第71話・問いの理由
ユウがクロメとハクを連れてギルドを出て行ってからしばらくして。
カウンターには座席側にレニカ、ケイジ、エラム、ジーク、メルの順に座っており、内側にはテリシアとミル。エルはケイジの背中に乗っている。
俺はすぐにでもユウを追い掛けて事情を聞こうと思ったんだけどな、レニカさんが「バラバラに動くと情報伝達が難しくなる、ガルシュに任せておけば必ず理由は分かるから今はここにいてくれ」って言ったから。ま、なんていうか流石はギルド最古参の1人ってことだな、ガルシュも。
「待たせたなみんな。分かったぜ」
「おお、すげえな」
ガルシュは「ふう」と息をつき、レニカの隣に腰掛けた。
「それじゃあ説明して貰っていいか?」
と、レニカ。
ガルシュはコクリと頷き、切り出した。
「端的に言えば、和国で反乱が起きたそうだ」
「反乱、ですか?」
「ああ。姫様なんて呼ばれてるんだからクロメが和国の女王であるはずなんだが、何者かが反乱を起こして和国を乗っ取ろうとしてるらしい。それが誰かまでは分かってない」
イマイチ事情を飲み込めていないエラムを除き、その場にいる全員が渋い顔をしていた。
「反乱を起こすってことは、かなりの割合で勝てる自信があるからやってるんだろうな」
と、ジーク。
「だろうな。そうなるとここに手紙で情報が届いたってのも怪しくなってくる」
と、ケイジ。
「どういうことだ?」
レニカが問う。
「国盗りの準備を済ませてるんなら、情報漏洩に一番気を遣うはずです。バレたら終わりなんですから。ましてや手紙なんて、すぐに見つかって焼かれるなりするはず。なのに、あの手紙はユウの元まで届いた。海を越えて」
ケイジの言葉をジークが引き継ぐ。
「つまり導かれる結論は1つ。断言は出来ないが、高確率で罠ってことだ」
「そういうことです」
予想されうる中で最も最悪、且つ今の状況から最も有り得るシナリオにみなが顔を顰める。
「けどまあ、そこまで分かったんなら早く俺達も行こうぜ」
バッと立ち上がるケイジ。それに続いてエラムとメルも席を立つ。
だが。
「何でだ?」
疑念の声を上げたのはジークだった。
「は? 何だよ何でだって」
「何故俺達が、いやお前が行く必要があるんだ? お前はクロメのことは好きじゃないんだろう?」
「ジークお前……何が言いたいんだ」
ケイジの表情が複雑になっていく。
「それが本当にクロメのためになるとでも思っているのなら今すぐ帰って寝ろ。ガキじゃあるまいし」
「何だとテメェ!」
ケイジはジークの胸ぐらを掴み、怒鳴っていた。
賑わっていたギルドの中が静まり返る。
「ふー、ふー……!」
「いい加減にしろ。お前のクロメに対するそれはただの自己満足じゃないのか」
「黙れ……! お前こそ何でそこまで噛み付いてくんだよ! らしくねぇぞ!」
珍しく怒りの色を見せるケイジに、ジークはため息をついて言う。
「らしくない、か。言ってくれるじゃないか。いつからお前は俺のことを理解したつもりになってたんだ?」
「ジーク……」
いつもは共に戦い共に笑っていたはずの2人が衝突する姿に、メルをはじめとしてみなが不安を隠せずにいた。
「……時間稼ぎをしたいなら勝手にしろ。俺は行く」
嫌気がさしたような顔をしたケイジはパッとジークを放し、歩き出そうとした。が、ジークは尚続ける。
「本当にそれがクロメのためになると思ってるのか?」
「ああ」
「じゃあ聞くが。お前にとってクロメは何だ?」
「……あ?」
「サギリ・ケイジにとってクロメ・サツキとはどういう存在なんだ? 言ってみろ」
「……」
本気の顔でそう問いかけるジーク。怒りに満ちていたケイジもそれを見て、そして問いかけを受け言葉が詰まる。
メル、テリシア、エラム、エルの4人は心配で仕方がないといった顔をしていた。
一方で、ガルシュ、レニカ、ミルは真剣な表情でそれを見ていた。2人が本当に衝突しそうになったら止めるつもりで、だがギリギリまで互いの想いを告げさせようとしているのだ。それがどれだけ大事な事かを理解しているから。
ギルドのメンバーたちもテリシアたちと同じく、心配そうな目で2人を見つめている。
「どうした。早く答えろよ」
「黙れ……」
俺にとって、クロメはどんな存在か。
「答えが出ないのか?」
最初に出会った時は飄々としていて、正に女王って感じだった。
「お前にとって、クロメは本当に必要な存在なのか?」
だが、いざ依頼を受けにクロメの屋敷に行って話した時、アイツは本当に辛そうな顔をしていた。そして「藁にもすがる気持ちでここまで来た」と言っていた。俺のような素性も知れないようなヤツに頭まで下げて。
「半端な覚悟しかないのなら、お前は行くべきじゃないだろう」
クロメは、いつでも真っ直ぐだ。
想ったことは必ず叶えようとする。叶えるために、精一杯努力してる。
「お前はどうなんだ?」
俺は、今までそれを受け流して来ただけだった。
自分には眩し過ぎると思っていたから。
テリシアがいたから。
そんなくだらない言い訳を並べて。
「クロメの気持ちを受け止められるのか?」
受け止めるさ。必ず。
分かったんだ、自分の本当の気持ちが。
「ああ」
クロメは、俺にとって必要な存在だ。
「受け止めてやる」
「……お前の結論は?」
「クロメは俺に必要な存在だ。俺が愛してるのはテリシアだが、それでも俺はクロメにも近くにいて欲しい」
「……強欲だな」
「悪いか?」
「……早く行け」
「ああ」
ケイジは足早にギルドを出て行った。そしてエルとエラム、テリシアがそれを追いかけていった。
「ふー……」
ケイジがギルドを出て見えなくなったのを確認した後、ジークは溜息をつきながらカウンターの椅子に腰掛けた。
「親友というのも大変な役回りだな」
苦笑いしながらそう言ったのはレニカ。
ジークも同じく、疲れたような顔をして応える。
「本当に。バカな友人を持つと苦労する」
「にしても迫真の演技だったなぁジーク。ケージのあれ、マジギレだったろ?」
「たぶんな。ったく、クロメの為にあそこまでキレるんだったら最初から答えは出てるだろうに」
「ケージさん、ああ見えて意外とアホなとこあるからねぇ」
疲れたような、それでいて何処か嬉しそうに話す4人。なのだが、メルだけは疑念に満ちた表情を浮かべていた。
「え、ジーク、あれ演技だったの?」
「まあな」
「何で……?」
「必要なことだ、ケージにとって」
「必要って……ケージさん、あんなに怒って……」
メルの表情は暗いままだ。
「もしかして心配してるのか?」
「うん……だってせっかくまた再会出来た友達なんでしょ? このまま仲悪いのなんてやだよ……」
ションボリとするメルの頭を、ジークは優しく撫でる。
「大丈夫だ、心配するな。ケージが帰ってくれば元通りになるし、間違いなくアイツならクロメも助ける」
「だろうな。ケージなら大丈夫だ、ギャハハ!」
「ジークくんのお陰で覚悟も出来たろう、ケージくんならきっと大丈夫だ」
「今回はエラムちゃんとエルちゃんもいるし、何とかなるよケージさんなら」
「そっか……」
笑う3人を見て、それでもメルの表情は微妙だった。
そんなメルを見てジークは頭を撫でながら、
「メル、そんな顔するな。お前は俺の太陽なんだ。いつも笑って、俺に光を分けてくれ」
「ヒュウ、詩人だねぇ」
「私達はお邪魔かな」
ミルとレニカが穏やかに笑う。そして3人は他の席へ移っていった。
「ジーク……やっぱり私怖いよ……」
メルはギュッとジークに抱き着いた。その腕が微かに震えていることにジークは気付いている。
「ケージさん大丈夫かな……」
「……俺も行く」
「え?」
「俺も行くよ。確かに心配だし、こんな所でアイツに死なれちゃ困るからな」
「だ、だったら私も!」
そんなメルの顔をむぎゅっと抑え、ジークは言う。
「お前はここにいてくれ。俺達が帰ってくるために」
「うぅ、分かった……」
やはり今回の事態がかなり重いことを分かっているのだろう、メルはすぐに了承した。
「とりあえず家へ戻ろう。準備をしないと」
ジークとメルは、自分達の家に向かって歩いて行った。




