第70話・手紙
「お、おいユウ、大丈夫か?」
「こ、これはケージ殿……申し訳ありませぬ、自分は大丈夫です……」
時刻は午前10時、相変わらずギルドの中は大騒ぎである。
ケイジの前で床に倒れているのは鬼族でクロメの家臣であるユウ。事情は大方察しがつく。
年末年始でのクロメとハクの無理難題に奔走し、ギルドに来てからは色んなやつにさぞかし飲まされたのだろう。
「全然大丈夫じゃないだろそれ。ほら、立てるか?」
「すみませぬ……」
「よっと。テリシア、冷たい水一杯くれ」
「はーい」
「やれやれ、なんて有様だよこいつら……」
カウンター席にはとうとう酔い潰れたのかニヤケながら突っ伏して眠るジーク、食べかけの料理の皿に顔面を埋めて眠るガルシュの2人がいた。
うん、どう考えても飲み過ぎ。自重しろ。
「はい、お水です」
「ありがとうございます、テリシア殿」
疲れ切った顔でグイッと水を飲むユウ。
「少しは落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます」
「やれやれ、アンタも大変だよな」
「わ、分かって頂けますか!?」
ケイジの手を掴み、ウルウルと目を潤ませるユウ。
こいつ、どれだけ苦労してるんだ……。
「お、おう」
「本当に大変なんですよ! 姫はいつもいつもワガママばかりだし、ハク様はいたずらばかりするし……!」
「その割には楽しそうだな」
苦労話をしているユウは、何だかんだで楽しそうに見える。
「……まあ、やりがいはあります。私は姫の家臣でありますから」
「へぇ、あのアホ狐も良い部下を持ったもんだ」
「あ、ありがたきお言葉……」
照れ隠しに俯くユウ。
こういう主従関係ってのは良いもんだな。主も部下も、お互いに尊敬と信頼をしてるってのはさ。いや、クロメの場合信頼はともかく尊敬してるかは分からないが。
「で、問題の姫さんは?」
先程まで座っていた場所にはいない。
2人はキョロキョロとギルド内を見回す。
「あ、いましたよ」
「どこだ?」
「あそこです。あの、真ん中の大きなテーブルの真ん中に」
「……何やってるんだアイツは」
「踊ってますね」
「いやそれはそうなんだけどさ……」
クロメは、ギルドの真ん中に設置されたかなり大きい円形テーブルの真ん中に乗り、酔っ払いの踊りを披露していた。見てる連中もベロンベロンだ。
「と、止めなくていいのか?」
「へ? 何でですか?」
「いや、何でもない」
うん、きっと良い主従関係ってのはこういう事なんだろうなー。きっとそーだよなー。
「そういえばハク様はどこへ?」
「あそこ……ん?」
ケイジはサーチェの元を指差した。絶賛おままごと中、なのだが、周りのギャラリーの数が……めちゃくちゃ多い。
何だ、どんなおままごとやったらあんなに人集まるんだよ。
「あの方は……?」
「給仕嬢のサーチェ。大丈夫、あの人は数少ない常識人だ」
「そ、それならいいのですが、何故あれほど観客が……?」
「俺も聞きたい。まあ危険はないはず」
「な、ならば良いのですが……」
すると、そこに一段落ついたテリシアがやって来た。
「ユウさん、いつもご苦労様です」
「ああ、いえいえ。家臣として当然です」
「クロメさんとハクちゃんのお世話、大変でしょう?」
「ま、まあ楽ではありませんね」
「何かお手伝い出来ることがあったら言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
すると、そんな会話を妬ましげに見ていたケイジが、
「まあ、テリシアには俺やエルたちの世話もあるからな。結構忙しいんだからな」
「ちょ、ケージ? どうしたの?」
「テリシアは俺のだからな。勘違いすんなよユウ」
「ふふふっ、分かっていますよ。相変わらずお二人は本当に仲睦まじいですね」
「当たり前だろ痛え!」
調子に乗ってペラペラと喋るケイジの頭にテリシアの軽いゲンコツが落ちる。
「やめてよ、恥ずかしいじゃないバカ」
「すいません」
「あはははは」
そんなふうに3人で話していた時、突然「それ」はユウの元に届いた。
「うぃ~、おいユウさんやい、アンタ宛に手紙だぜぇ」
顔を真っ赤にしてフラフラと歩いて来たのは、郵便員のエルフのおっさんだった。
仕事柄顔が広く、ケイジもよく話す相手である。
「おいおっちゃん飲み過ぎじゃないか? 奥さんにどやされるぞ」
「バッキャロー年明けに飲まなくてどうすんだ!」
「いや威張るなよ……」
「ユウさん、お手紙には何て書いてあったんですか?」
「…………」
ユウは答えない。額には冷や汗が滲んでいる。
「おい、ユウ?」
ケイジも心配そうに尋ねると、ユウはバッと立ち上がり、
「私達は今すぐ和国へ戻ります」
そう言った。
「な、何でだよ?」
「申し訳ありません、機密事項です。ただ、本当に緊急事態なのは確かなのです」
そう語るユウの顔は真剣そのもので、そして焦りと不安が滲み出ていた。
ユウはそれ以上は何も言わず「失礼します」とだけ言い残して、クロメとハクを連れてギルドを出て行った。
「……ありゃ相当ヤバい事なんだろうな」
「そうみたいだな」
そう後ろから話し掛けてきたのはガルシュとレニカだった。
「2人もそう思うよな……」
「ユウさん……」
詳しい事情は一切不明だが、新年早々良からぬ事が起きている事にはケイジは気付いているのであった。




