第59話・ゆっくりと
時刻は午後7時。
場所はテリシア宅にて。
リビングの椅子に腰掛けるケイジと、ソファの上で穏やかな顔で眠るエラム。
結局、こいつが泣き疲れて眠ってから起きなかったからさ。そのまま家に帰って来たんだ。特にやることもなかったし、それに1人にするなって言われちまったから、今日は家でゆっくりハンドガンのカスタムとかしながら過ごしてた。
「スー、スー……」
全然起きないなこいつ……。
そんだけ疲れてたってことか。逃げてきたって言ってたし、洞窟でもろくに休んでなかったんだろうな。
「何だってこう、この世界の奴らは苦労ばっかりしてるんだろうな……」
ケイジはそう呟きながら、優しくエラムの頭を撫でた。
「んぅ……」
テリシアもこいつもガルシュも、随分と辛い経験をしてる。俺が知らないだけで、メルやミルさんにも何かあったかもしれない。俺に優しくしてくれる人たちは皆、心に傷を抱えてるんだ。
本当に、俺は助けてもらってばっかりだ。俺だって、俺を助けてくれる皆を助けたい。皆には、きっちり幸せになってもらわなきゃ困る。
努力して来た奴や苦境でも頑張った奴はちゃんと報われるべきなんだ。それが綺麗事だったとしても、現実味の無い絵空事でも、俺はそうあって欲しいと、そうあるべきだと思ってる。
「ふう……あ、ケージさん帰ってたんですね」
テリシアが帰って来た。いつもより少しばかり時間が早いのは、2人を心配したからだろう。
「おかえりテリシア。悪いな戻らなくて」
「いえ。ふふ、エラムちゃんお疲れみたいですね」
「……ああ」
「お夕飯はどうします?」
「あ~、軽くでいいから何か作ってくれるか?」
「分かりました。少し待っててくださいね」
こいつはもう腹一杯だろうな。起きる気配も無いし、ベッドまで運んでやるか。
「よっと」
眠りこけるエラムを持ち上げる。
軽い。体重は見た目通りみたいだ。
そのまま寝室に向かう。
ベッドは……まあとりあえず俺のでいいか。
「ん……」
そっと降ろしたつもりだったのだが、目を覚ましてしまったようだ。
「悪い、起こしちまったか」
「ここは……?」
「俺たちの家だ。まだ眠いだろ、寝ていいぞ」
「うん……」
エラムは再び目を閉じた。
「大丈夫だ、もうお前を1人にはしないから」
すやすやと寝息を立て始めるエラムの頭を撫で、リビングに戻る。
テーブルにはいくつかのパンとオレンジジュースが用意されていた。
「寝ちゃいました?」
「ああ。安心して眠ってる」
テリシアの隣に腰掛け、パンを口に運ぶ。
すると、不意にテリシアが言った。
「……本当に不思議な感じですね」
「ん、何がだ?」
「1ヶ月前は1人っきりでこの家にいたのに、気付いたらエルちゃん入れて4人暮らしですよ? 自分でも驚きです」
困ったような嬉しそうな笑みを浮かべてテリシアは続けた。
「前までは1人が普通だったのに、ふとしたら今が普通になってるんです。不思議ですよね」
「まったくだ。俺だって1ヶ月前はそもそもこんな世界に来るなんて思いもしてなかったし、沢山仲間作ったり同業者と再会したり、自分に嫁さんが出来るなんて思ってもみなかった」
「ふふ、私もです」
「何があるか分からないもんだな、現実ってのは」
「ほんとですね。でも、私は今が幸せですよ」
「ああ、俺もだ」
何となくいいムードになる2人。
「テリシア……」
「ケージさん……」
ゆっくりと、お互いの顔が近付く。
そして、唇が触れ合いそうになったとき。
「あーー! 疲れたぁー!」
そう、エルが戻って来たのだ。
「……ッ!」
「はあ、はあ……!」
イチャついてた2人はというと。
「あれ、2人とも何でそっぽ向いてるの?」
「何でもない……」
「エ、エルちゃん! お夕飯食べますか?」
「食べるー!」
結局、いい所で邪魔されてしまう2人なのであった。
平和な平和な日常の1ページである。




