第53話・食欲には抗えないのです
現在時刻は午後2時。
空の旅なうでございます。
もう少し贅沢を言うならゆっくり景色とか風とかを楽しみたいところなんだが、彼女はそうもいかないようだ。
「ケージ、お前が言ってた村はあれであってるのか?」
「あ~、あってるぞ」
やはり恐るべしドラゴン。あの洞窟からものの十数分で村まで帰り着いた。よほど空腹だったのだろう。
「で、食べ物屋はどこだ?」
「そ、そこまで飛んでくのかよ」
「当たり前だ!!」
「あれだよあれ。あの村の真ん中の建物」
すい~っと、スピードを押さえて酒場の真上まで飛んでいくドラゴン娘。
「おい、入り口通り過ぎてるんだが」
まあ、ドラゴン娘に人間の常識が通じるわけないよね。
「入り口?」
俺を抱えて飛ぶ彼女は、よくわからないといった顔で無慈悲にもケイジをその場で落とした。
「うおおおおおおおおい!!」
そこまで頑丈な作りでもない屋根だったため、ケイジの鍛えられた体は屋根も天井もぶち抜いて落下していった。
「痛ってぇ……あの野郎……」
「ケージさん!? え、何で天井から!?」
「あ~、すいません話すと長くなるので。とりあえず何でもいいんで美味いもん沢山用意してもらっていいですか?」
「わ、分かった……」
困惑しているところ悪いが、とりあえずサーチェには食い物を用意してもらわねば。
厨房に向かうサーチェを横目に、すーっと降りて来たドラゴン娘に目を向ける。
「おいこら、何やってんだアホドラゴン」
「ケージ、食べ物はどこだ?」
「…………」
目をキラキラさせて酒場の中をキョロキョロと見回すドラゴン娘ちゃん。
うん、完全に俺の話聞く気ないよな。
え?
いい加減ドラゴンちゃんに名前付けろって?
いや、それは俺じゃなくて颯来の役割じゃないのかよ……。
「食い物はすぐ来るから待ってろ。ところでお前さ、名前とか無いのか?」
「名前か? 無いな」
「無いのかよ。呼び名がないのも不便だし、俺がつけてもいいか?」
「別にいいぞ」
うーむ、やっぱり価値観の違いというやつか。俺ら人間と違って、名前に対するこだわりとかが全く無いみたいだ。
ジェムドラゴン、だろ?
うーむ……。
あ、思いついた。
「じゃあ、エラムで」
「エラム?」
「ジェムドラゴンのアナグラム。適当だけどな」
「よく分からんが、まあいいだろう。エラムか。悪くない」
「そりゃあ良かった」
満足げにフン、と息をつくエラム。すると、いい気分になったからか再びエラムの腹が鳴った。
「ああ、腹減った……」
「はい、お待ちどうさまって、ケージさんのお友達さんかい?」
「あ~……まあ何というかそんなとこです」
何となくエラムがあのドラゴンであるということを言うのに気が引けたケイジは、やんわちと誤魔化した。
「おお~……!!」
思いっきり顔を緩ませ、口からはヨダレが垂れているエラム。そのまま情けない顔でケイジの顔を見つめている。
「……おう、食っていいぞ」
「頂きまぁす!!」
言うのが早いか、エラムはものすごい勢いで料理を口にし始めた。食い方はかなり汚いが、魚の骨は的確に取り除き、骨つき肉はひとかけらも残さず食い尽くしている。
……これ、ほんとに#無料__タダ__#で大丈夫か?
「あはは、すごい食べっぷりだねお嬢ちゃん。こりゃあもっと追加しないと」
そんなエラムを見て苦笑いで厨房に戻ろうとするサーチェを、ケイジが軽く引き止めて言った。
「サーチェさん、追加の注文した後少しいいですか?」
「え、ああ、いいけど……」
さっきは咄嗟に誤魔化してしまったが、やはり言わなければならないだろう。エラムに悪気はなかったんだし、ここの人達なら受け入れてくれるはずだ。
「エラム、まだまだ食い物は出て来るから好きに食ってていいぞ」
「本当か!? ありがとうケージ!!」
絵に描いたように嬉しそうな顔をするエラムに、こっちまで腹が減って来る。やれやれ、単純なやつだ。
間。
酒場の裏口にて。
結局は村人全員に伝えなければならないのだろうが、まずはサーチェ1人に伝えて、どのような反応を示すのか確かめておきたかったのだ。
卑怯だとか、打算的だとか言われれば反論の余地もないが、異物を好まない人間の悪意をよく知っているケイジには無計画なことは出来なかった。
自身はともかく、これで何かが起きてエラムの心に再び傷がついたりしたら取り返しがつかない。
「それで、何か用事かい?」
「……すいません。俺はさっき、1つ嘘をつきました」
「嘘?」
「はい。あいつ……俺と一緒に来た女の子は、この村の畑を荒らしたドラゴンなんです」
「えっ……」
真実を告げられたサーチェは、まだ理解出来ていないような顔をしていた。
「さっきは誤魔化してすいませんでした。ただ、やっぱり伝えなきゃいけないと思ったんです」
そう言ってケイジは頭を下げた。
「えーと、とりあえずケージさんが謝ることじゃないから顔を上げて?」
「うむあ」
サーチェは謝るケイジの顔をむんずと掴み、そのままグイッと上げて続けた。
「でも」
「でもじゃなくて。あの子の様子見てれば悪い子じゃないのは分かるし、ケージさんがいい人だってことも分かってるから」
「サーチェさん……」
「ケージさんだって、あの子が悪い子じゃないって分かってて、それであの子がお腹が空いたって困ってたから、私達に何か言われるかもしれないって分かってて連れて来たんでしょ?」
「まあ、そうです」
「……まったくもう、不器用なんだから」
渋い顔をするケイジを、サーチェはやれやれといった様子で抱きしめた。
「今日が初対面だしそう思うのも分かるけどさ、もう少し私達を信用しれくれてもいいんだよ?」
「すいません……」
「村のみんなも絶対大丈夫だから。そんなに気にしなくていいって」
……何だろう。
なんかすげえサーチェさんから母性を感じる。こういうのを何て言ったっけな……。
「ほら、戻ろうよ」
「あい……」
そうして、2人は酒場に戻っていった。
そこにとんでもない光景が広がっていることなど知らずに……。




