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第52話・擬人化が好きなんです、大好きなんです


作戦はこうだ。

まず、ジェムドラゴンがレオル達の用意した鎖を破壊して逃げる前に俺とジークの魔法で強化する。その次はジークがスモークグレネード的な何かを投げて奴らの視界を奪って、俺が魔法で捕らえる。完璧だ。かなり大雑把だが。


「じゃ、やりますか」


「了解。身体強化『スピード』」


「スピード、オン!」


2人の足に魔力が宿る。まさに目にも留まらぬ速さで走り出した2人は、あっという間にドラゴンの両脇に移動した。


「なっ……!?」


「エンチャント、硬化!!」


「強化、と、沈静化」


2人がかりの魔法の力で強化された鎖はドラゴンをしっかりとつなぎ止め、壊れる様子は無くなった。そしてジークの沈静化の魔法により、ドラゴンは大人しくなった。


「スモーク」


レオル達には有無を言わさず、無駄のない動きでスモークの魔法を発動するジーク。すぐに洞窟内には煙が充満し、全員の視界が奪われた。


「サーモ、オン」


だが、魔法を発動させたケイジの目にはしっかりとレオル達3人の位置が映っていた。


サーモグラフィー。

物体の熱分布を図として表し分析する装置。最も有名と言える医療関係においては、皮膚の温度分布を測定し、それを色分布などで画像化して乳癌などの診断に用いる。


ケイジ本人はこの魔法をサーモグラフィーと称して使っているが、実際にはヘビのピット器官のようなものだという方がイメージが湧きやすいだろう。違いを明記するならば、ヘビの場合は「見る」というよりは「感知する」の方が近い。だが、ケイジの場合はサーモグラフィーのようにこの場の生き物全ての温度が彼の目に映っているのだ。


「チェイン!!」


ケイジはパッとレオル達のすぐ側に走り寄り、魔法で生み出した黒い鎖で3人をまとめて拘束した。


せっかくなのでここで話しておこうと思うが、この世界で魔法適性者が魔法を使う時に必要なのは、イメージとそれに見合った魔力のみである。物体を強化するなどの場合はその媒体となるものが必要になるが、毎回毎回魔法名を叫ぶ必要はないし、組み合わせも無限にある。

学問においてはよく「小学生が理解できる説明が出来て初めて自分が理解していると言える」などと言うが、この世界の魔法はその真逆だ。言葉に出来ないようなイメージでも、そのイメージと魔力さえあれば形にすることが出来る。もっとも、何かを精製する時などは自分に完成形の明確なイメージが無ければ上手く精製出来ないか若しくはおかしなものが出来上がるであろう。


今回ケイジがこの鎖にかけたイメージ、魔法は「被拘束者の身体能力の低下、及び一切の魔法発動の阻害」というものだ。まあ要するに捕まえたら最後、自分の手では抜けられないバインド魔法ということだ。


「おーおー、これはこれは」


「こんなところでレオル王が何をなさっていらっしゃるんですか?」


ニヤニヤと縛られたレオルを煽る2人。

レオルをアオル、語呂がいい。


「お、お前ら、何でここに……!!」


歯ぎしりをしながら2人を睨みつけるレオル。


「いや、こっちが聞きたいんだが」


「お前らのせいで、俺は王じゃなくなっちまったんだ!! もう国に戻ることすら出来ねぇ!!」


「ふんふん、それで?」


「このドラゴンをぶっ殺して、背中の七聖石を持って他の国に行く! そしていつかあの国とお前らに復讐してやるゥアアアァアアア!!」


目を血走らせて暴れるレオル。まあ逃げられる訳がないのだが。


「うるせぇ。ていうかだったらサービスしてやるよ」


「サービス?」


「ジーク、ちょっと手伝ってくれ」


ジークに手を借りながら、洞窟の入口付近までレオル達3人を転がして運ぶケイジ。

入口まで到着すると、こう言った。


「人間大砲改めロングレンジライオンキャノンだ」


「……お、おう」


おい、なんだその目は。


厨二臭すぎて草生えた?

やめろ、別にそういうつもりで言ったわけじゃ……ぐッ、お、お前らが俺をおちょくったせいで右手がッ……!

うん、やめとこうオチに困るヤツだからこれ。


「なっ……や、やめろ! やめてくれ!」


トラウマを呼び起こしたのか、血相を変えて頼み込むレオル。

だがまあそんなのを聞くわけもないケイジは、手際よく3人の腹の近くにデスソース爆弾を括りつけた。


「な、何だよこれ……!」


「ん、デスソース。前にプレゼントしたやつの234倍辛い」


「う、ウソだろ……?」


「気を付けろよー? 暴れると破裂するぞ」


ケイジがそう警告すると、レオル達はピタリと暴れるのをやめた。

やっぱり痛かったんだろうな、タバスコ爆弾。


「それで? 次はどうするんだ?」


と、ジーク。


「ん、こいつら他の国に行きたいらしいからよ、俺達で送ってやろうぜ」


「なるほど。だがそんな高威力で飛ばしたら着地の時に死ぬんじゃないか?」


「たぶんな。だから、そのためのこれだ。『シールドボール』」


ケイジが魔力をこめ精製したのは、半透明のシールドだった。それが球形になり、レオル達を囲っている。


「おお、すごいなこれ」


「ああ、あんまり触るなよ。球体だから転がってったら止めらんないぞ」


「ん、じゃあさっさと飛ばすか」


そう言って、ジークは背中のライフルを取り出した。慣れた手つきで丁度いい場所にバイボットを降ろす。


「ぬう、重いんだよお前ら……!」


何とかシールドボールをライフルの銃口のところまで持ってきた。


「さーて、しばしのお別れだな。まあ安心しとけ、死にはしない」


「よし、ケージ、魔力を頼む」


「ん」


グッと2人が力を込め、ライフルの動力を生み出している魔法対応型の基部に魔力を流し込んでいく。分かりやすい、魔力を込めれば込めるほど威力が上がる仕様のようだ。


「……よし、オーケーだ。もう撃っていいか?」


「おう、いいぞ。じゃーなレオル、生きてたらまたタバスコやるから」


キイイィイィン、と音を立てながら込められた魔力がバレルに集中していく。


「フーッ、フーッ、お前ら覚え」


ドオオォォン、と大きな銃声を立てて飛んでいったボールは、あっという間に見えなくなった。


「……ジークさん?」


「なんだ?」


「せ、せめて最後まで言わせてあげたら?」


笑いをこらえながらケイジが言った。


「いや、早くしないと沈静化の魔法切れちまうから」


「お前の魔法がそんなヤワなわけないだろうに」


洞窟内に戻り、ガルシュとメルと合流する。


「2人とも大丈夫か?」


「ああ、余裕」


「ジーク、怪我してない?」


「おう。メルも無事だな」


4人は今度こそドラゴンの元へと向かう。


「さーて、メインターゲットだ。ガルシュ、この世界のドラゴンって喋れるのか?」


「喋れるって噂も聞いたことあるが、実際に見たことは無いな」


「そうか……」


ドラゴンは鎖に囚われていたが、沈静化のお陰か、暴れることもなくじっと、それでいて堂々と佇んでいた。


「3人はそこにいてくれ。ジーク、いざとなったら逃げる準備しとけ」


「了解」


3人を後方に残し、ドラゴンの前に立ったケイジ。


「お前、喋れるのか?」


「…………」


ドラゴンは答えない。


「何で逃げないんだ? お前ならこのくらい、簡単に壊せるだろ」


元々疑問はあった。

村の畑は荒らしているのに、荒野に活動の痕跡が全く無かったこと。

レオル達程度の連中に捕らわれかけていたこと。

やけに沈静化が上手くいっていたこと。

それらから導き出されたケイジの答えは。


「お前、腹減ってるんだろ?」


……だから何だよその目は。

何でそんな頭悪い奴を見るような目するんだよ。


何か他に答えがないのかって?

いや、ないだろ。ほかのことに目もくれず畑を食い荒らした、十分な力が出せてない、すぐ弱る。

腹減ってる以外の何物でもないぞこれは。うん。


「……ダッタラドウシタトイウノダ」


「おお、やっぱり喋れるんだな」


「本当ニ鬱陶シイ種族ダ。ワザワザ人気ノナイ場所ニ居ルトイウノニ塒ヲ荒ラシニ来テハ宝石ヲヨコセト」


ドラゴンはかなり大きなため息をついて言った。


「あ~、まあそうかもな」


「貴様ラモソウデハナイノカ」


「まあそれもそうなんだけどよ。とりあえず村を荒らすのは勘弁してくれないか?」


「馬鹿ヲ言ウナ。私ハ腹ガ減ッテドウシヨウモナイ時ニシカ村ノ作物ハ食ワヌ。村人ヲ傷付ケルツモリナド無イワ」


「なんだ、そうなのか?」


思ったよりも常識のあるドラゴンだった。恐らく怪我をした村人も、こいつが畑を荒らす時に巻き込まれたとかなんだろうな。


「分カッタノナラ早クコレヲ解イテ去レ。私ハ腹ガ減ッタノダ」


「あー、じゃあよ……って言うかその前にさ。そのカタカナ喋りどうにかならないのか?」


「ドウイウ意味ダ?」


「颯来がカタカナ喋りって打つのが面倒くさすぎて死ぬとかうるせぇんだ」


本当に辛いんです、カタカナ打ち。


「面倒ナ奴ラダ。ダッタラマズハコレヲ外スカ」


するとドラゴンは何でもない様子で立ち上がった。そう、ケイジとジークが魔力を込めた鎖を簡単に引きちぎって。


「お、お前まだこんなに動けるのかよ」


「愚問ダ」


ドラゴンは体に力を込めながら短く応えた。

すると。


「うおおあぶねえッ!」


大きな音を立て、背中の甲殻が宝石ごと外れた。いわゆる脱皮に近いものらしい。

そして、甲殻を外したドラゴンは魔力を込め、ある魔法を発動した。光と煙で視界が奪われる。

攻撃魔法か、と警戒したケイジだったのだが、次の瞬間、目の前の光景に衝撃を受けた。


「ふう、これで満足か?」


そこに立っていたのは、赤黒い髪を腰まで伸ばし、頭には2本の短めな角、背中には人間サイズの翼を生やした女の子が立っていた。着ている簡素な服は恐らく魔法で精製したのだろう。


「いや誰だよ!?」


「お前の目の前にいたドラゴンに決まっているだろう。それくらい理解しろ」


「す、すいません」


「それで? 話の続きは何だ?」


「あー、その、なんだ。腹減ってるんなら俺が美味いもん食わせてやるからさ。て言うかその体なら話も早いし、一緒に来ないか?」


「断る」


「よし、それじゃあさっさとってアレェ!? 何でだよ!?」


「動くのが面倒臭い。ここまで持ってこい」


「お前本当にドラゴンかよ……」


まるでニートのような発言をするドラゴン娘。だが、ここで引く訳にはいかなかった。


「ああ、勿体無いなぁ。別に俺はここまで持って来てもいいんだけどな? 料理ってのは出来立てが1番美味いんだよ。ここまで持って来ようとしたら冷めちまうだろうなぁ~」


「ぐっ……」


お、揺れてる揺れてる。ここは畳み掛けるしかないぜ!


「それにお前が一緒に来てくれれば村の酒場で食い放題っていうオマケが付くんだけどなぁ。あ~、勿体無いなぁ~」


「わ、分かった! 付いていく!」


「お、物分りがいいドラゴンは助かるぜ」


「ど、どんな食べ物があるんだ?」


「んーと、俺が食ったのはサンドウィッチだ。焼きたてのパンに肉厚のハム、それとチーズにシャッキシャキのレタス。美味かったなぁ」


思い出すだけで腹の虫がなりそうだ。


「は、早く行こう! 食べ放題なんだろう!?」


「分かった分かった、引っ張るなって」


途端に子供のように振る舞うドラゴン娘に、思わず笑みが零れるケイジ。

やっぱり悪いヤツじゃないんだろうな。


「あ、そういえばさ、あの脱ぎ捨てた背中の殻は要らないのか?」


「あれか? 別に要らないぞ」


「まじか」


目的達成じゃないですかやだー。

しかも追っ払うんじゃなくて手懐けちゃったよ。

グイグイと引っ張られながらも、手で合図してジーク達を呼ぶ。


「ケ、ケージ? その娘は?」


「ん、ドラゴン」


「う、嘘だろ?」


と、ガルシュ。


「いや、マジ。なんか腹減ってるみたいだからさ、俺とコイツは先に村に行くわ。お前らはあの甲殻から七聖石といい感じの宝石を取っておいてくれ」


「ケージさんってほんとタラシだよね……」


「いや何でだよ!」


「ケージって言うのか。行くぞケージ、私は腹が減った」


ドラゴン娘はそう言ってケイジを腹から抱え、翼をバサッとはためかせて一気に洞窟の入口まで行き、空へ飛び立った。


「美味い飯ー♪」


「うおおおおおおおお!」


晴天の空に虚しくケイジの叫びが響いていくのであった。


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