第50話・縛り発動(デジャヴ!!)
休憩を挟みながらゴトゴトと馬車に揺られること約18時間。目的地であるノーム湿原の近くの村に到着した。
馬車の動きが止まり、ガルシュとケイジが目覚めた。
「到着したみたいだな」
「ん、着いたか。おい、起きろ2人とも」
ゲシゲシと眠りこけるジークの足を蹴る。
ったく、気持ちよさそうにくっ付いて寝やがって。
「ん……くああ、ふう。やっと着いたのか」
「眠い……ジーク、抱っこ……」
「はいはい」
言われるがままにメルを抱き上げ、ガルシュとケイジに続き馬車から降りるジーク。
「わざわざありがとな。ほい、馬車代」
そう言ってガルシュは運転手のエルフの男に金の入った袋を手渡した。
「ありがとうございます。ガルシュさん、くれぐれもお気を付けて」
「おう、任せとけ」
来た道を戻っていく馬車を見送り、4人はまだ静かな村に入った。
「さてと、とりあえずこの村を拠点にして、ノーム湿原に向かおう。出発は10時、それまでは各自自由ってことで」
「分かった」
「ジーク、まだ眠いよ……」
「あ~、じゃあ宿にでも入るか」
そう言いながら、ジークとメルは空き部屋があるらしい宿に入っていった。
「あ、あいつら朝になってから夜戦突入とかしないよな……?」
「ま、まあ大丈夫だろ。ケージ、俺たちはどうする?」
「そうだな……。もう少しすれば酒場も開くだろうし、そこで朝飯食いながら情報収集するのがいいんじゃないか?」
「オッケーだ。じゃあ行くか」
ケージとガルシュは村の中心にある酒場に向かって行った。
ガルシュへの当たりが柔らかくなってるって?
まあ、そうかもな。
こっちに来てからしばらく経ったけど、まあ悪い奴じゃないのは知ってるし。色々と世話になってるからな。
うるさいとか声がデカイとか思うことは相変わらずあるが。
間。
時刻は午前6時。
ケイジとガルシュは村の中心にある酒場で朝食を食べていた。
フェアリー・ガーデンでも普通は朝7時から開いてるから、辺境の酒場にしてはかなり早い部類に入るだろう。
まあ、うちのギルドの場合は夜通し騒いでるなんてことがよくあるから何とも言えないのだが。
「あれ、お客さんたち見ない顔だね。どこから来たんだい?」
ケイジがサンドウィッチを口に運んでいると、店員であろう猫耳の女性が話しかけてきた。綺麗な仕事着に身を包んで、尻尾には赤いリボンが付いている。
「ユリーディアから。依頼があって来たんです。このサンドウィッチ美味いですね」
「あら、ありがとね。安い、早い、美味い。これがうちの自慢だからね」
そう言って店員さんは嬉しそうに尻尾をくねらせた。
「店員さん、ここってコーヒーありますか?」
「サーチェでいいよ。コーヒーね、ちょっと待ってて」
サーチェと名乗った女性はコーヒーの用意をするために厨房に入っていった。
「ガルシュ、どうだ?」
さっきからじっと、テーブルの上に広げたこの周辺の地図を見ていたガルシュに、ケイジが尋ねる。
「そうだな。ジェムドラゴンが居そうなのはこの三箇所だな」
赤いペンでマークした3つの場所を指差して言う。
「1つ目はここ、巣穴らしい洞窟だ。だがここで戦うのはたぶんキツい。で、2つ目がここの川沿いの湿地帯。ここは見晴らしは良いんだが、ぬかるんでて足元が安定しない」
ここまで聞いて、ケイジは苦い顔をした。
いくらなんでも、こっちが満足な力を発揮出来ない場所でドラゴンを相手にするのはハイリスクすぎるな……。
「で、3つ目。ここ、この荒野だ。ジェムドラゴンの行動範囲的に、1つ目の洞窟が巣ならここにもヤツは現れる」
確かに、他の二箇所よりは戦える条件が揃っている。
だが、地図を見たケイジはさらに顔をしかめた。
「いや、でもこれは……」
「……ああ」
ガルシュも同じように難しい顔をする。
「近すぎるだろ、この村に……」
マークされた荒地は、この村から1キロ程度しか離れていなかったのだ。空を飛び世界を移動するドラゴンからすれば何でもない距離だし、寧ろ今日まで無事なのが奇跡なくらいだ。
「そうなんだよなぁ……。さすがにここで戦うのは危なすぎる……」
「この村のことは知ってたのか?」
ケイジが問う。
「ああ。だが、ユリーディアで見た地図とはかなり違うんだ、この村の場所が。向こうで見た地図じゃ、この村はもっとフィルカニウムに近い場所だった」
「ふー……」
どうするか……。
と、ため息をつき悩んでいると、サーチェがコーヒーを持って戻って来た。
「はいよ、特製ブレンドコーヒーお待ち、ってどうしたんだい2人とも。そんな難しい顔して」
サーチェは不思議そうな顔で尋ねた。
ああ、やっぱりあの荒地では戦えないな……。
この人たちの大切な村を破壊されるリスクは犯せない。
「依頼の話です。なかなか条件が悪くて」
「へえ、大変なんだね……って、この地図……」
三箇所に赤いマークのついた地図をまじまじと見つめるサーチェ。
「もしかして、あのドラゴンを退治しに来てくれたのかい!?」
ハッとしたサーチェは、ケイジの手を取ってそう言った。
「……いや、違います。確かにそのドラゴンが目的ですが、俺たちは退治じゃなくやつの宝石を奪いに来たんです」
ガルシュもばつが悪そうに目をそらす。
残念だが、本当のことを言うしかない。
いや、残念でもないか。
「そ、そっか……」
何でかって?
いや、あのアホ悪魔の縛り忘れたのかよ?
「あのドラゴン、この村にも?」
「ああ……。怪我人も出てるし、畑も荒らされた。この村も時間の問題だろうね……」
尻尾がダランと垂れる。
ほんと、ケモノ属性入ってる人たちって分かり易いよなぁ。
「あ、じゃあついでに退治もしましょうか?」
隣でギョッとするガルシュ。
いや、どうせ困ってる人を放ったらかしになんて出来ないし。
「え、いいのかい!? っていや、ダメだよ。いくらなんでも、危なすぎる。それに払うお金だってこの村には……」
「あ~、じゃあこうしましょう。俺とサーチェさんの、友人からの頼みってことで。仕事じゃなくて、お願いって形なら金はかかりません」
隣のガルシュはサーチェに気づかれない程度に顔をフルフルしている。
残念だったな、ここで断ったら俺の命が無いんだ。
「で、でも……」
「だああ、強情だな。分かりました、じゃあ2つだけ退治したら報酬をください」
「ふ、2つ?」
「はい。まず1つ。そのドラゴンを退治したら帰るまでのここのお代をチャラにしてください」
「そ、それくらいでいいなら構わないけど……2つ目は……?」
「耳と尻尾を触らせてください」
……おい、何だよその目は。
いいだろ、あんなに綺麗なんだから。触ってみたいじゃんか。
「……ふふ、別にそれくらい好きなだけやっていいよ」
そう言ってサーチェはケイジの体にギュッと抱き着いた。
「ごめん、本当にごめん。どうか、この村を……って、お客さん?」
「おお~、柔らけえ~」
すげえ、耳も尻尾もモッフモフだ。超気持ちいい。手触り最高なんだが。
「まったくもう……無事に帰って来てくれたら、いくらでも触っていいから……」
「……ほんと、ケージって無意識タラシだよなぁ」
切なそうな嬉しそうな曖昧な笑みを浮かべケイジに抱きつくサーチェと、子供のようにキラキラした顔で尻尾や耳の感触を堪能するケイジ。
そんな2人を眺めながら、退治まで請け負ってしまったことに頭を悩ませるガルシュなのであった。




