第32話・デッドエンド
「隠密スキルカンストさせた俺、異世界生活始めました」
第32話です。
さらばケージ。(軽いネタバレですね)
よろしくお願いします‼︎
防衛戦が始まってから、1時間半ほどが経った。
放たれた魔獣はケイジ、ジーク、ガルシュがほぼ殺し、魔術隊が時折現れても戦線は安定させられるようになってきた。
「奴らに戦闘を長引かせるメリットはない。しばらく粘れば、他の街からも援軍が来るはずだ」
「だな。だからこそ向こうもさっさと片を付けたいはずだ」
この、今展開している壁沿いの防衛線が抜かれれば街を守るのは困難になる。
ギルドを落とされれば終わりだし、街に侵入されたら殲滅するのは困難になる。
「役立たずどもが……。ケモノ相手に何をやっている」
すると予備軍の奥から、黒いローブを着た男が出て来た。
馬上の男は何やら慌てている。
「な、何でお前がここにいる」
「貴様らがいつまで経ってもここを突破しないからだ。もうじき西の戦線は突破出来る」
その情報は、ケイジ達の耳にも届いた。
西の戦線が壊滅状態にあり、いつ突破されてもおかしくない、と。
「壊滅⁉︎ 何故だ⁉︎」
「詳しくはわかりませんが、相手の魔術師の1人がとてつもない魔力を持っていたと……」
伝令に来たエリーンの男は息も絶え絶えに言った。
そしてそれと同時に。
「出でよ、黒霧」
ローブの男がそう言うと、持っていた杖から黒い霧が出て来た。
密度はそれほど高くないのか、向こう側は透けて見える。
だが、風向きに関係なく戦線を覆っていく黒い霧は気味が悪かった。
「さっさと残りの兵を突入させろ。私の助けを持ってしてもここを突破出来なかったら、分かっているだろうな」
「ッ‼︎ 全隊突入‼︎ ケモノどもを殺せえ‼︎」
男の声を合図に、再び兵士たちが向かって来る。
「何だあの黒い霧は……?」
何か嫌な予感がする。
これは一旦引いた方がいい、と経験が告げている。
「ガルシュ‼︎ 一旦下がれ‼︎」
「大丈夫だ‼︎ こいつらもぶっ飛ばして……って、あれ?」
自信満々に迎え撃とうとしたガルシュ達だったのだが、霧が足元を覆うと、ガルシュ達は膝から崩れ落ちてしまった。
「ガルシュ‼︎」
「クソ、力が入らねえ……⁉︎ 毒魔法か⁉︎」
身動きの取れなくなったハンター達は格好の的となってしまった。
何とか立ち上がることが出来たものたちも、武器を満足に振るえず次々と倒されていく。
「クソ、だめだ‼︎ 数が多すぎる‼︎」
ジークのライフルが火を噴き敵兵を次々と倒すが、1人ではどうすることも出来なかった。
「クソ、どうすれば……⁉︎」
自分たちがあの霧の中に入ったら、助けどころではなくなる。
だからと言って、このまま仲間たちがやられるのを見ているわけにもいかない。
「ぐああっ‼︎」
敵兵の刃がガルシュに届いた。
地面が紅に染められていく。
「もう、やめて……。だめえええええええっ‼︎」
耐えきれず、助けに向かったのはメル。
「メル、よせ‼︎」
ジークの声も届かず、メルが霧の中に入った。
「クソ‼︎ ジーク、援護しろ‼︎」
「分かった‼︎ 」
メルを追いかけ、霧の中に入るケイジ。
ああクソ、力が……‼︎
風魔法でも吹き飛ばせない……‼︎
何とか踏ん張り、メルを追いかける。
だが。
「死ねえっ‼︎」
「あ……」
霧で力を奪われ、フラついて体勢が崩れたメル。
そこを狙って兵士の1人が剣を振りかぶった。
「メル‼︎」
どうにか飛び込み、肩に傷を受けながらも兵士を斬る。
「け、ケージさん‼︎」
メルが何とか立ち上がり、ケイジに手を貸そうとしたその時だった。
「あいつか……」
壁の奥にいたローブの男が何かを唱えた。
「え⁉︎」
「ちっ‼︎」
瞬間、男はケイジとメルの前に姿を現した。
攻撃されるのかとケイジは身構えたが、男は動かない。
「ひとつ聞く。何故貴様はこいつらを庇う。貴様も我々と同じヒューマンだろう」
「だったら何だ。ヒューマンだったらヒューマンを庇わなきゃいけない決まりなんてあるのか」
強がってみせるが、体に力が入らない。
さっきよりも霧の濃度が濃くなったのか、立ち上がることさえ出来なかった。
「……もう聞くことはない。さらばだ」
「ブレード‼︎」
男が杖を構えた瞬間、ケイジが叫んだ。
地中から何本もの刃が飛び出し、男に迫る。
だが。
「無駄なあがきを……」
男が手をかざすと、刃は土に戻り地面に落ちた。
相変わらず体は言うことを聞かない。
クソ、格が違うか……。
風魔法でも霧を晴らすことはできないし、詰んだかこれ……。
いや、その前にまだやることがある‼︎
魔力を集中させ、大きな風を起こす。
「無駄だ。貴様の魔法では黒霧は晴らせない」
「……違うさ」
その風は、ケイジのコントロール通り、戦場を駆け抜けた。
動けない仲間たちを運びながら。
そして大きな風はメルも掬い上げ、戦線を抜けた。
残念ながら俺は逃げられないみたいだ。
あの風を俺のところまで来させたら、こいつに消される危険があったからな。
「……ふん。ここに来て自分ではなく仲間を助けるか」
「あいにく、俺はバカなんでね」
魔力を使い切った。
もうまともに動くこともままならないだろう。
全く、本当にバカになっちまったみたいだ。
こっちに来る前なら絶対にこんなことしなかっただろうに。
丸くなったってことか。
まあ、まだジークもいるし何とかしてくれるだろ。
「そのようだな。眠れ」
杖の先から、魔力が具現化されて氷の刃が出て来る。
そして刃はケイジの胸元を突き通した。
「ゴハッ……」
冷たい。
血が逆流して口から出て来る。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「ケイジーーーーー‼︎‼︎‼︎」
ジークたちが叫ぶが、もうケイジには届かない。
そしてケイジは。
痛みや苦しみが頭を埋め尽くす中、思考を許された僅かな部分で、色々なことを思い出していた。
初めて人を殺した時のこと。
この世界に来た時のこと。
ガルシュと会った時のこと。
テリシアの家に行った時のこと。
フィルカニウムの街でのこと。
クロメと会い、ハクを助け、ジークと再開した時のこと。
魔法を使った時のこと。
テリシアと話をして泣いてしまったこと。
それを全部合わせて苦痛の感情に相対するのは、楽しかった、という感情だった。
そして、これで終わることが悔しくてたまらなかった。
もっとテリシアと話をしたかった。
もっとテリシアに触れていたかった。
もっとテリシアと一緒に過ごしたかった。
ちゃんと、自分の思いを伝えたかった。
クソ……。
これで終わりかよ……。
悔しさもあった。
やりきれない思いも。
だが、それでも。
最後に頭に浮かんだ感情は。
ありがとう




