第91話・フラグ回収
「そういえば、名前も気を付けないとな」
「名前?」
「ああ」
そう、ここはノスティア公国なのだ。ある程度名の知れているエリスの名をそのまま呼んでは、普通に身バレする可能性が高い。
今のところはエリスも部隊もあの魔術師も、全員が行方不明で作戦は失敗、ってことになってるはずだ。もしここでエリスがいる~なんて騒ぎになれば、俺達の策の成功率が大きく下がる。
「お前らってそこそこ有名な部隊なんだろ?」
「まあ、それなりにはな」
「今でこそ鎧着てないけど、普通に名前呼んだらバレるだろ」
「それもそうか……じゃあどうするんだ?」
「ん~、まあ適当に……エリーとかでいいんじゃないか?」
「エリー……まあ、うむ。分かった」
腑に落ちない、というよりは慣れていないような様子。ある意味あだ名みたいなもんだし、ずっと軍にいたエリスが慣れていないのも当然か。俺やジークなんかは実名で呼び合う方がよっぽど違和感があったんだがな。
出来れば日が暮れるまでに街の中も見て回りたい。そう思いながらある程度周りを注視しつつ、街に入る。外から見ても凄かった人混みがどっと襲い来る。
「はあ、こりゃまた随分な……」
「今日は……そうか、国立記念日か……」
エリスがポツリと呟く。
国立記念日、なるほどな。そりゃあお祝いムードにもなるだろう。人が多いのは苦手だが、身バレしたくない俺たちにとっては好都合だ。
「エリス……じゃなかった、エリー」
「なっ、ケージ!?」
一際密度の高い人の波が見えた。それに飲まれる前にエリスの手を握る。
「はぐれたら面倒だ、暫くこうしててくれ」
「わ、分かった……」
エリスの顔が真っ赤になる。別にそこまで気にすることもないと思うが……。
間。
すっかり日は落ちた。空では星がキラキラしているが、街の中は街頭や出店の光で明るく、相変わらず賑わしい。
一先ず街の外周と主要な通りは見ることが出来た。空から見た通りの規模だが、細い路地なども割と多いみたいだったからステルスには良さそうだった。となれば、残りは兵士たちの家族の居場所を調べるだけ、なんだが。
「はー、はー……」
「エリー……?」
問題がひとつ。
「ななな、なんだ!?」
「……」
エリスさんの様子がおかしい。まあさっきの出来事が原因なんだろうけど……。
回想? 必要か?
ああ、分かったやるから! やればいいんだろ!
~~~~数十分前~~~~
「ふう……」
ようやく外周を回り終えた。魔法を使えばすぐ終わるが、念の為だ、普通の人間が歩くとどのくらいの時間がかかるのかも調べておきたかった。
「ケージ、どうかしたか?」
「いや、少し疲れただけだ……お前は相変わらず平気そうだな」
「まあ、この程度ならな。普段の訓練に比べれば何ともない」
うん、部隊の連中も苦労してそうだ。あとで食い物差し入れてやるからな。
「にしてもでかい街だな……これから中も歩かなきゃいけないとは」
「まあ、仕方ないだろう。今回ばかりはケージの作戦に従う他ない、何かあれば言ってくれ」
「ああ」
相変わらず謙虚な奴だ。ここに来る前にジークたちと少し話したが、エリスは「自分は戦闘においての作戦しか考えたことがないから」なんて言って極力今回の作戦に対しての進言はして来なかった。そこまで遠慮することもないと思うが、そういう所からも兵士たちのことを大切に思ってるのが分かる。
良い指揮官と良い部下。こういうのほど見ていて楽しいものは中々無い。
さてと、エリスを褒めるのもこのくらいにして、いよいよ街の中心部に入るとしよう。正直に言うと街灯の位置まで細かく把握したいくらいだが、今はあまり時間が無い。主要な路地を覚えるくらいを目安にどんどん歩き、情報を集めよう。
そう思い、歩きながら俺達は街中を見て回った。その最中に、ある店で足を止めた。
「ディル二ー……?」
そう書かれた大きな看板。
いや、うん、向こうの世界にいた人間なら足を止めるのはしょうがないだろ?
こんなあからさまにデ○ズニーのパクリみたいな店があったら思わず二度見するって。
「知らないのか?」
エリスが口を開く。何やら麺料理のようだが。
「ああ、全く。美味いのか?」
「うむ、美味いぞ。特製のタレが麺によく絡んで病みつきになる」
「腹も減ったし、買ってみるか」
そうして俺達は列に並び始めた。ディル二ーってのはいわゆる塩焼きそばみたいなやつで、まあそこそこ美味かった。
え、なんで飯テロしないのかって?
いや、重要なのはそこじゃなくてだな。なんでエリスさんがおかしくなってるかの回想だろ?
問題はここからなんだよ。
~~~~~~~~~~
列に並んで数分。俺たちの番が来た。
「10人前くれ。2つは小分けで、あとは一纏めで頼む」
「あいよ! にーちゃんたち、よく食うんだな?」
エラムたちからすれば秒で終わる量だが、頼み過ぎても店に迷惑だからな。このくらいで抑えなきゃならない。
「ああ、ここにゃいないがツレがよく食うんだ」
「そーかそーか! うちのディル二ーはうめぇぞ! にしても……」
店主のおっちゃんの目線がエリスに移る。もしや、と一瞬身構える。
もしもバレたら、どうにかして店主がエリスの名を口に出す前に無力化しなければならない。面倒だが遅延魔法あたりが妥当だろう。
「キレーな彼女だなおい! 羨ましいぜ!」
「ほっ……」
「何言ってんだいあんたは!」
「あだっ!」
俺がホッとしてる間に店主は奥さんから愛の平手打ち。何事もなくて良かった……と、俺は思ってたんだが。
「かかかか、彼女……!?」
エリスさんは何事があったようで。
「なんだ、違うのかいにーちゃん?」
俺に話を振るな返答に困る。
「当たり前だ! わ、私とケージはそんな破廉恥な関係では……!」
「へえ~」
と、ここで更に面倒なヤツが追加。
「じゃあさ、お姉さん俺たちと遊ぼうぜ」
金髪ロングで両耳と鼻にピアス、腕には派手な刺青、よくわからん種族のチャラチャラ2人組が声を掛けてきた。
凄く……チャラいです……! 正直価値観のズレた大学生みたいなショボイチャラさが滲み出ています!
そんな彼らを見てエリスはため息。そして一言。
「断る」
「えー、つれないなー」
「可愛い格好してるのにクールとか、ギャップ萌えパネェんだけど~」
「なっ、可愛っ!?」
こっちにもギャップ萌えとかパネェとかって単語あるんだな。意外。そしてエリスさんあれ案外簡単にホストとかに嵌るタイプだな。
「おーい、お前ら俺を無視しないでくれよ」
「なんだ、あんた彼氏じゃないんだろ?」
「いや、それは昨日まで。今日から付き合ってんだよ俺ら。なあエリー?」
「はあ?」
(話合わせろエリス!頼むから!)
「そ、そそそ、そうだったな! よし、行こうケージ!」
「何だ、そういうことだったのか! はいよにーちゃん、彼女と仲良くな!」
「ああ、ありがとう」
そしてふざけんなこの野郎! アンタが彼女とか言わなければこんなことにはならなかったんだぞ! ディル二ー美味そうだなおい!
左手に飯、右手にエリスを掴んで逃げようとする。だが、チャラ男たちは懲りずに絡んでくる。
「待てよ。そんな話信じられるか」
「ぜってー俺らの方が楽しいからさ! ほら!」
「貴様ら……!」
「ままま待てエリー!」
手が出そうになるエリスを何とか静止する。コイツらをぶっ飛ばしたいのは俺も同じだが、騒ぎを起こすのはまずい。
「じゃあ何すれば信じてくれるんだよ」
「じゃあここでキスしてみろよ」
「なっ……キキキキキ、キ……!?」
ヤバい、エリスがとうとう言葉まで不自由になってしまった。
「いや、お前ら……こんな人前でキスさせて喜ぶとか変態みたいだぞ」
この国の価値観は知らんが、俺は日本人なんだ。そんなオウベーイなノリはついていけん。
「キスくらい普通だろ」
「ああ。そこらじゅうでしてるぞ? ほら」
言われるがままに辺りを見回すと、カップルがあちらこちらでイチャコラしていた。うーむ、欧米か。
「……エリー?」
「なっ、ななななんだ!?」
少しだけ魔力を溜めてエリスの口元に触れる。
「ケケケケケケージ!?」
「いいから。じっとしてろ」
エリスって慌てると口が突っかかるんだな。ケケケケケ、って……。
「ん……」
「~~~!!??」
「……っと、これで満足か?」
「ちぇっ、ほんとに付き合ってんのかよ」
「ならそう言えよな~」
チャラ男A チャラ男B は 逃げる を使った!
という訳でようやくチャラ男から解放。へたり込むエリスに手を貸す。
「おーい、大丈夫か?」
案の定と言うべきか、エリスの顔は真っ赤。
「あ、ああ……」
「……やれやれ」
再びエリスの口元に手を伸ばす。
「ケ、ケージ!? まさか、また……!?」
慌てるエリスを気にせず、口周りから薄い魔力の層をペリペリと剥がす。
「あ、これは……?」
「薄っぺらいシールドみたいなもんだ。騒ぎを起こすのはまずいと思ってな、これしか方法が思い浮かばなかった。悪かった」
「ああ、いや……」
とまあ、こんなとこだ。
え、フラグ回収?
いやいや、セーフだろあれは! ちゃんと壁越し、いやちゃんとってよく分からんが、直キスじゃないだろ!?
ったく、嫌な予感はしてたんだよ!
じゃあな! 次回に続く!
俺はもう寝る!




