第二章Ⅲ 会議は終わりを迎える
セラフィスの言葉に会議室にいた者達は驚きを隠せなかった。そんな中信じられないレッサーはクラウドに説明を求めてきた。
「どういうことだ!?クラウド!?」
「まぁ簡単に説明しますと…。我軍は大体軍勢が3万です。そしてバイゼルは12万です。」
中堅国家であるエルネスト王国は大体全戦力を合わせて、3万程度、対する大国のバイゼルというのはエルネストよりも4倍もの数である。
完全に劣勢であり、勝つ要因など全く感じられない。ではどうしてもクラウドは負けないと言えるのか?
「どう見ても勝ち目がないではないか!?貴様私をバカにしているのか!?」
先ほどセラフィスから小馬鹿にされたことに苛立ちを覚えていたレッサーはもう少しで爆発しそうなほどの怒りのこもった表情でクラウドを見てきた。
「そうですね。確かに数だけ見たら勝ち目なんてありません。でも、皆さん考えてみてください?所詮は数です。」
クラウドはレッサーだけでなくここにいるもの全てに視線を送った。その目は何かに気づいて欲しいと訴えかける目であった。
そして、その中でイヴァンカがポツリと口を開いて呟いた。
「相手は烏合の衆…。」
「その通り!!」
クラウドはイヴァンカの何気ない一言に鋭く喰らいついた。それにイヴァンカは驚きビクッと一瞬だけ宙に浮いた。
そして続けざまにクラウドは少し古ぼけた地図を開いてそれを黒板に貼り付けた。
「この地図は、最近のものです。よく見てください!バイゼルの国境を…。」
皆は目を凝らして地図を見た。そこにあったのはヴァーネスト大陸全体が書かれた地図であった。
当然その中にも、エルネスト王国は載っていた。しばらく見ると殆どの人間が違和感に気づいた。
そしてその違和感に気づいたエルネスト三姉妹次女クリスタはクラウドにそのことを言った。
「クラウドこれって、バイゼルの国境が今と違う。」
「その通りだクリスタ。バイゼルは戦争に勝つことで、領土を拡大してきた。それも最近のことだ。」
クラウドの言う通り、ここ最近でバイゼル王国は隣国に戦争を吹っかけて勝利していた。そして領土を奪い取り、兵も奪った。
「バイゼルは敗戦国から領土と兵そして民を奪った。そしてそれを続けて今に至る…。」
「だから貴様は何が言いたいのだ!?」
はっきりと述べようとしないクラウドにレッサーはイライラしていた。そんな彼を必死に宥めようとドリトンは必死になっていた。
そんなレッサーをクラウドは不敵な笑みをこぼしていた。
「レッサー殿ならわかる筈ですよね?かつて軍を率いる立場にもいたあなたなら。」
「な、何を言っているかさっぱりわからん!ちゃんと説明しろ!」
いきなり投げ掛けられた質問に答えることができなかった。
ただ、かつて軍を率いていた立場にいた自分がわからないということを悟られたくなかったレッサーは答えを言うように命令をした。
「わかりました…。兵を敗戦国から手に入れて増加させていますが、バイゼルは数にこだわりすぎて兵の規律がまとまっていないということです。」
その言葉を聞いたレッサーは今更ながらハッと気づいた。戦いに置いてもっとも致命的なものは兵の規律が乱れることだ。
それは戦争に置いて鉄則であり、常識でもあった。これを聞いた者達はあ〜、と皆納得していた。一方のレッサーは戦いの常識を答えることの出来なかった自分が恥ずかしくなっていたのだ。
「それを裏付ける証拠はきちんとあります。それはまだ領土拡大をし始めたばかりの戦争の時間と拡大の領土の時間です。」
そのことを言った後、クラウドは指を鳴らして、自分の配下を呼んだ。黒ずくめの服で顔はフードで見えなかった。
そんな配下の者が持ってきた物は、どこにでもあるような砂時計2つ
であった
「こちらは、記憶の砂時計という、魔術具です。こちらの紫の砂の入った砂時計は以前のバイゼルの戦いの時間、
そしてもう一つの黄色い砂の方は最近の時間…。よく見ていてください。」
紫の方の砂時計を持ったクラウドは空中へ軽く投げ飛ばした。すると、砂が光だしてゆっくり割れることなく、着地した。
そしてその光は上に立ち込め、そしてある場面が映し出された。
「これは…。バイゼルの戦争?」
「えぇ、記憶の砂時計は時間だけではなくその時の場面も映し出します。よく見ていてください。」
以前のバイゼルの戦争が映し出されていた。その中では、兵の規律が整っており、疾風迅雷が如き勢いで相手国を攻め立てていた。
瞬く間に、相手国は敗走をしてバイゼルが勝利したのだ。
「やはりバイゼルは強いな…。」
出席していた男のひとりがそう呟いた。それを聞き逃さなかったクラウドはその男に対して優しく微笑んだ。
「安心してください。その心配というのは次ので杞憂になります。」
そう言うともう片方の砂時計を高く空中に投げ、これもまたさっきと同じように割ることなくゆっくりと着地して、光を発していた。
そしてその映し出されたものをみて、ここにいる殆どの人間は違和感に気づくことができた。
「クラウドの言う通りだ。規律が取れてない…。」
「ほんとね。不協和音がでまくってるわ。」
五大将軍と呼ばれる今日ここにいるイヴァンカとセラフィスはその映像をまじまじと視聴し、正直な感想を述べた。
兵同士で連携が取れておらず、かなり動きにくそうにしているのが見えていた。
「さて、皆さん。これでわかりましたか?なぜ私が負けるとは言わなかったのか?」
皆は今までの説明により、暗い顔をしていたのが徐々に明るくなっていた。皆、「これは勝てるかもしれん!」や「やる気が湧いてきた!」などと言っていた。
その姿を見ていたクラウド自身も明るい表情を見せていた。
「皆さん、これでわかりましたよね?結束力の強い我らが負けたりしないということを」
「おう!クラウド殿の言う通りだ!!」
「そうだ!俺たちはエルネスト王国の人間だ!負けたりなんかしねぇ!!」
皆の指揮が段々あがってきた。レッサーもそれには驚いており、そして自分自身もクラウドの言葉を認めざるを得なかった。
あれだけ批判をしたくせに見事にしてやられたレッサーは湧き上がる者達とは対照に押し黙って座っていた。
「数では圧倒的には負けていますが、臆することはありません!私があなた方を勝利へと導きます!」
その言葉を聞いたものたちはさらに歓声が沸き上がった。手を叩いて拍手を送るものもいればバンザイをしているものもいた。
クリスタとクラリスもお互いを見合わせ軽く微笑みそしてクラウドに期待のこもった眼差しをした。
「皆さん今が踏ん張りどきです!大変かも知れませんが、私についてきてください!お願いします!」
クラウドは出席者すべての方向を向いて深々と頭を下げた。
これから絶望とも言えそうな戦いに向かう。そんな中、みんなのモチベーションをあげるのも軍師の役目である。
勝ち目のない戦いだからといって、諦めるのは簡単である。だがクラウドはクラリアと約束をしたのだ。
必ず勝つと…。自分の愛する主君そして、主君の愛する仲間、民のため…。
こうして、長い会議はとりあえず終了した。もっとも作戦を考えた方がいいと思うだろう。しかし、今回の会議というのは皆の指揮を高め結束力を強めるために意図して行ったものである。
「クリスタ、クラリス後で俺の部屋に来てくれないか?」
会議を終え皆がそれぞれの持ち場に戻ろうとする中、クラウドはクリスタとクラリスを呼び止めた。
当然、呼び止められた2人はほぼ同時に首を横に傾げた。
「どうしたの?クラウド?」
「どうかなさいましたか?」
「まぁ、ここでは言えないからさ、とりあえず俺の部屋で…。」
クラウドは周りを気にして、確認が終わると2人に近づき耳打ちをした。そして、耳打ちが終わった後、会議室をそそくさと出ていき、自分の部屋に向かった。
残された2人だったが、クリスタは何を思ったのか顔を赤らめ恥ずかしそうにしていた。
「部屋にお呼ばれなんて〜、もしかして…愛の告白!?」
「それは有り得ませんから大丈夫ですよクリスタ姉様。」
クラウドの耳打ちから勝手な妄想して1人で自分の世界に入っていたクリスタを現実に戻すような一言の顔色一つ変えずクラリスは言って見せた。
「なんでよ!?クラウドからのお呼ばれなんだよ!?」
「何故、クリスタ姉様はクラウド殿のことになるとおかしくなるのですかね?」
呆れたような顔をしてクリスタを見たクラリスは懐から懐中時計を取り出し時間を確認した。
「ではクリスタ姉様、そろそろクラウド殿の部屋へ参りますか?」
「もうー!!なんでクラリスはそんなにロマンがないの!?」
自分の桃色の妄想をことごとく冷静に返すクラリスに少しムッときたクリスタはロマンという言葉を使った。
姉妹でもどうして、こうも性格が違うのかと思わされるが、一人一人に個性があるのがエルネスト三姉妹である。
クリスタからの軽いイヤミにも特に表情を変えずに早く行きましょうと言わんばかりの顔をして姉を見るクラリスであった。
「わかったわよ…。じゃあ行きましょう?」
もう、自分の妄想というものが受けてもらえないと悟ったクリスタは渋々クラリスと一緒にクラウドの部屋へと向かうことにした。
……
……
……
……
会議室から出ていった出席者の中で唯一不機嫌な顔のまま出てきた者。右大臣のレッサーは表情からわかるほどに苛立ちを立ち込めていた。
先ほどの会議において、遠まわしに自分のことを侮辱されたことに気に食わなかったのだ。
「おのれ…クラウド……。いい気になりおって……。私を怒らせたこと…後悔させてやる……。」
帰り道の廊下でふと立ち止まり窓から空をのぞきこんだ。そして、レッサーは不敵な笑みを浮かべ、それが窓に影がかかって映り込んでいた。
エルネスト王国とバイゼル王国…。圧倒的な差があるにも関わらず、果たして勝つことができるのか……。