第二章Ⅱ 会議は終わらない
クラリアは侍女の言葉に耳を疑った。カノンが来ている?どうして?用事なんてないはずなのに…。そんなことを脳内で考えていた。
「どうしてカノンが?」
「いえ。私もクラリア様を呼んでこいと言われただけですので詳しい事情は……。」
「そ、そうなのね…。わ、わかった!いくよ!!」
今まで部屋に引きこもっていたクラリアは急いで身支度をすませてドアを勢いよく開けた。とにかくはやくカノンのところへ向かいたい。それだけを思いなりふり構わず廊下を走っていった。
「あ!クラリア様!!お待ちを!そちらではありません!」
ろくに行先も聞かずに感情で行動したクラリアは当然目的の場所に到達するはずもなく、侍女が追いつくまでひたすら城中を走り回り迷うことになった………。
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エルネスト王国応接間にて……。
「あいつはどうしたんだ?おそすぎやしないか?」
不機嫌な顔をして応接間のソファにふんぞり返ってクラリアの友人カノンは座っていた。流石に王族の住む城であるためか、いつもの作業服は着ておらず、儀礼用の服装を着用していた。
だが、普段とは慣れていない服装なのか腕や腰を左右に回したりしていた。
「すみません。もうすぐでいらっしゃると思われますが…。」
そばにいた侍女はカノンに申し訳なさそうな表情をしてお辞儀をしていた。カノンが怒るのも無理もない。呼ばれてからもう1時間経っている。
カノンの堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題ではなかった。それイライラがわかりやすく貧乏ゆすりという形で伝わってきた。
侍女からしてみれば、自分が悪いわけでもないのに申し訳ないという気持ちを持たずにはいられなかった。
とにかく侍女にとってはこんな不穏な空気からはやく逃げ出したかった。その時……。
ガチャン!!!
「ご、ごめん!!カノン!!!遅くなっちゃった!!!!」
勢いよくドアが開きそこからハァハァと息が荒く走ってきたと思われるクラリアが現れた。ついた途端カノンに抱きつこうとしてきたクラリアだが…。
ゴス!!!
骨に響くような鈍い音がした。その音の出処はクラリアの頭からであった。
「い、いったぁぁぁいーーー!!!何するのよ!!?」
「それはこっちの台詞だドアホ!!!何時間待たせんだよ!?頭捻り潰すぞ!?」
怒りが爆発したカノンはクラリアの頭に拳骨するだけでは飽き足らず、グリグリと思いっきりこすりつけてきた。
クラリアの方はあまりの痛さに膝を曲げて悶絶していた。さらにくる追撃に頭を守ろうとするがそれも無駄であった。
「なんで遅れた?おい?ちゃんと説明しないとわからないだろぅ?」
「行先聞くの忘れてた…。い、いったぁぁい!!!ごめんごめん!」
カノンからしてみればふざけた理由であったためか、余計にグリグリを強くしていった。
しばらくしてようやく、開放されたクラリアはカノンと同じくソファに座り真剣な顔に変わった。
「それでどうしてここに来たの?」
先ほどカノンに受けた拳骨によるコブが痛々しく目立つも痛みに我慢して話を切り出した。今日ここにカノンが来たことについての素朴な疑問を投げかけた。
その疑問を聞いたカノンは少し間を開け口を開いた。
「お前が2日前だったか?軍資金欲しいから金くれって言ってきただろう?」
そう、今からちょうど2日前にカノンのところを訪れたクラリアはカノンに12億ベルを貸してほしいと頼んだ。しかし、そんな金はないと言われて突っぱねられたのだ。
そして今に至る。頼みを断られたために何故ここにカノンがいるのかは実際、不思議である。
「うん、でも無理だって言われたし。カノンに…。」
「まぁそうなんだがな……。その……なんだ…。ある条件つきでなら出してやってもいい。ほかの奴らもそういってたぞ?」
「え…?そ、それ…ほんと?本当なの!?カノン!?!?」
思いがけないことだった。お金をだしてくれる?あれほど渋っていたのに!?どうして?あまりに受け入れられない出来事にクラリアはむ思わず頬を自分でつねった。
しかし、痛みがあったものの夢ではなかった。ということはこれは現実である。そのことに目に涙を浮かべた。
「あぁ、本当だ。たださっきも言ったように条件がある。」
「その条件って?」
条件というのは、もしかして鉱山の独占?市場の独占?何れにせよ相手はあくまで商人である。お金を貰うということは当然、対価が発生するはずだ。それに相手はかなり大きな財力をもつブルジョワジー。それだけ対価も大きいと思われる。
クラリアはどれくらいの対価が発生するのか息を飲んだ。
「バイゼルを倒せ。そして我が国に勝利をもたらせ。それだけだ。」
「え……?対価は?」
「いらん!そんなのもらったところで負けたら終わりだ。それなら、そんなものはじめからなくていい。」
意外な答えがクラリアに帰ってきた。その言葉にクラリア自身唖然としていた。彼ら商人にとってお金だけをあげてなんの対価も貰わないなど考えられない。彼らのやっていることは自分の首を自分で絞めているようなものであった。
だがカノンの顔は真剣そのものであり、こちらが圧倒されるほどである。カノンたちとて国の1人の民である。だからこそ、国のためにと行動をしてくれたのだ。
「任せて!!私じゃないけど、うちの軍師のクラウドが約束してくれたもん!絶対に勝つって!」
「ふふ。そうか。今度はその軍師殿を、見せてもらいたいものだ。どうやら安心して渡せそうだ。12億ベルはこちらに持ってきている。受け取れ。」
そういうと座っているソファに隠れていた大きな鍵付き箱をテーブルの上に置いた。そしてポケットから鍵を取り出し開けると、金貨が溢れるように入っており、12億ベルしっかりと入っていた。
その金貨の輝きには目が眩しく開けられないほどであった。
「ちゃーんと大事に使えよ?これはウチらブルジョワの人間が出しあった金だからな?」
「うん!ありがとう!!カノン!!大好き!!」
口では厳しいことをいうが顔は笑顔であり、優しさを感じた。そんなカノンをみてたまらなくなったクラリアは思わずカノンにギュッと抱きつき涙がこぼれ落ちていた。
抱きつかれたカノンは恥ずかしそうに顔を赤らめたが決して引き離そうとはしなかった。
「お、おい!抱きつくなよ!恥ずかしいだろ!?」
しばらくカノンから離れなかったクラリアである。だがそれほど彼女にとって嬉しい出来事であった。
絶対に無理であっただろう、資金集めを見事に達成できたのだから…。
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一方、クラウドの方はと言うと……。
「さてと、今回君たちに集まってもらったのは他でもない。今回のバイゼル王国との戦いについてだ。」
クラウドが今いるところは、城の中にある大会議室である。ここでは軍議の真っ最中であった。クラリア除くエルネスト姉妹に王国最強と呼ばれる5人の騎士五大将軍(何人かいないが)、それを除く各部隊隊長クラスの人間、大臣などとそうそうたるメンバーが揃っていた。
「さっそくだがクラウド。我が国に賞賛はあるのか?」
エルネスト王国最強を誇る無傷の騎士の異名をもつイヴァンカが質問を投げかけた。
「はっきり言って勝つのは不可能だ。相手は大国のバイゼルだからな。」
この場で最もふさわしくない言葉をみんなの前で言って見せた。当然他の人間からは反感を買うに決まっている。それだけではない。クラウドはまだまだこの中では新参者である。
それにも関わらず、エルネスト王国の軍師であり、クラリアたちから信頼の厚いクラウドというのは古豪からしてみれば気に食わない存在であった。
クラウドに反感を持つものはここぞとばかりに追求してきた。
「クラウド、貴様ふざけているのか?仮にも軍師であるお前がそんなことをいうなど指揮を下げているだけではないか?」
「レッサー殿の言う通りだ。賞賛のない戦いならばやる意味がないだろう?」
ここぞとばかりにクラウドにきつい言葉を浴びせる彼らはエルネスト王国の左大臣と右大臣だ。右大臣のレッサー・ベルトルトそして左大臣のドリトン・オラルドである。どちらも中年の男性の風貌をしており、レッサーの方は小太りである。
彼らは古豪であるためクラウドのことが嫌いなのだ。そのためあらを見つけては指摘するという嫌がらせをよくしてくる。
「レッサー、ドリトン。出過ぎです。少し黙りなさい。」
諌める形でエルネスト三姉妹の末っ子である冷血宰相の異名をもつクラリスが彼らを叱った。しかし彼らはそれでも追求をやめようとはしなかった。
「いえ、クラリス様これは大事な問題です。軍師であるクラウドが負けるなど言っては示しがつきませんよ?」
レッサーはクラリスに冷静な口調で反論してきた。嫌味な人間に思えるが彼が言っていることは理にかなっている。
戦いの戦略をねるはずの軍師がそんなことを言ってしまっては他の人間は不安に駆られるだろう。現にクラウドの言葉を聞いた人間は信じられないような顔をしている者もいれば、失望した顔をしている者もいる。
クラウドは厳しいレッサーの追求に対して怪訝な顔をするどころか涼し気な顔をしていた。
「ええ、レッサー殿の言う通り、私が言ってしまっては指揮が下がります。
しかし、考えてみてください?兵力、土地、財力すべて我が国はバイゼルに劣っています。それなのに勝てるなんて無責任なことは言えませんよ?」
思わぬ返しにレッサーは何も言い返せなかった。それはレッサーだけではない、レッサーに賛同していたドリトンも黙ったまま2人を見つめていた。
そしてその2人の会話に横槍をいれるが如く今まで黙って話を聞いていた少女が口を開いた。
「レッサー。あんた本当、馬鹿よね。鼻からバイゼルとの戦いに勝てるわけがないってわかってるでしょ?右大臣のあなたが、理解してないなんてほんとバ・カだわ。」
「なんだと!?セラフィス貴様!!私を侮辱しているのか!?」
レッサーに対して真正面から切り込む少女。美しいパープルのロングヘアをなびかせており、綺麗な顔立ちをしたエルネスト王国の参謀で五大将軍の1人セラフィス・ドレッドノートである。
「クラウドの言葉をよく聞いてなかったの?一言も負けるなんて言ってないわよ?」
「「「っっっっ!!!」」」
その場にいた人間は思わずハッとした。思い返してみれば、彼は勝てないとは言ったものの、一言も「負ける」という言葉口にはしていない。
その言葉を聞いたクラウドはセラフィスと顔を見合わせにっこり微笑んだ。