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2.森を抜けて

 ハーフエルフであるウォルグさんが持つ瞳の魔法によって、荒れ果てた大地にしか見えなかった景色は、みるみるうちに豊かな森林へと続く道へと様変わりした。


 ……この森の奥に、エルフの女王が座す宮殿がある。

 人間とエルフとの間に誕生したハーフエルフを蔑み、あまり他種族とは交流を持ちたがらない傾向のある種族──それがエルフの人々なのだと認識されている。

 私の恋人であるウォルグさんは、そんなエルフ達に強い憎しみを抱いているのだ。

 本来であれば、わざわざ嫌いな相手の本拠地になど、行きたくもないはず。

 それでも彼は、勇者シーグの生まれ変わりとして……この世界から今度こそ魔王を討ち滅ぼす為に、ここに来る決意をしてくれた。


 森の中を進みながら、私はちらりと横目でウォルグさんの方を見る。

 彼の表情はあまり豊かではないけれど、今回ばかりは、誰の目から見ても様子がおかしいのが分かる程だった。

 魔力に敏感なエルフの血のせいで、随分と居心地が悪いのだろう。眉間に深いしわが寄っており、険しい顔をしている。

 このリティーアの森の中は、私達人間であっても、隅々まで清らかな空気で満たされているのがよく感じられた。それもきっと、この森に古くから暮らすエルフ達の魔力が根付いているからなのだと思う。


 ……それはウォルグさんにとって、忌まわしいものでしかない。

 彼と私が出会うよりもずっと昔に、決定的な何かがあったせいなのだろう。

 せめて私は、リティーアの女王様から神器を受け取り終えるまで、少しでも彼が心安らげるようにいてほしい。


 ……私が彼の心を癒やしてあげられれば、一番良いのだれけど。


 そんな願いを込めながら、私は隣を歩くウォルグさんの手に、そっと指を絡めた。

 心臓がドキドキとして、急に手を繋いできた私の方を見た彼と、バッチリと目が合う。

 どんどん頬が熱くなってくるのを感じながら、私は少し前を行くお兄様達には聞こえないぐらいの声量で、囁くようにこう言った。


「あの……少しだけ、こうしていても良いですか……? その、ウォルグさんがお嫌でなければ……ですけれど……」


 本気で恋に落ちた殿方と手を繋ぐという行為は、こんなにも胸が高鳴るものなのですね……!

 私がまだセグの婚約者候補の一人──花乙女の第一位だった頃、是が非でもセグを落としてみせようと、彼にグイグイ迫っていたあの自分とは別人になってしまったかのような錯覚を覚えてしまう。

 ウォルグさんにとってはほんの些細な事なのでしょうけれど、自分から積極的にアピールするというのは、結構度胸が要るものなのですわね……。


 と、彼の反応を待っていたのだけれど……。


 私の予想に反して、ウォルグさんが大きく目を見開いたかと思うと、急に立ち止まってしまったではないか。

 いったい何事かと焦っていると、彼は空いた右手の甲で口元を隠しながら、恥ずかしそうに目を逸らして言う。


「あ、あまり、そういう行動は取らないでくれ……。前世でも今世でも惚れた女に、目の前でいきなりそんな愛らしい事を言われると……どうしたら良いのか、分からなくなってしまう……!」

「んっ……!?」


 お待ちになって!!??

 あの……わ、私の方こそ、どうにかなってしまいそうなのですけれど……!?


 何なんですの、その反応は……っ!

 いつもクールでぶっきらぼうで、戦闘となれば文字通り眼の色を変えるようなウォルグさんが、薄っすらと頬を染めながら私への愛を吐露(とろ)してるだなんて!!

 可愛いが過ぎるのですけれど!? 私をこれ以上ウォルグさん沼に落としても、既に全身が愛の底なし沼に沈みきっておりますが! あまりの愛らしさに私、窒息死してしまいそうなのですが……!?


 ……いえ、いけないわレティシア!

 私は誉れある、誇り高きアルドゴール家の娘! いくらお相手が愛しい殿方だからといって、冷静さを失ってはなりませんわ……!


「わ、私ったら、レディとしてはしたない事をしてしまいましたわね……。ごめんなさ──」


 そう謝罪しながら手を離そうとすると、今度は彼の方から強く手を握り返して来る。

 むしろしっかりと互いの手を絡ませ合うように、指の一本一本が交互に並ぶ──ミーチャから何度も聞かされていた、いわゆる【恋人繋ぎ】というものに変わっていたのだ!


「いや、謝らないでくれ……!」

「えっ……?」


 思わず聞き返すと、ウォルグさんは先程まで逸らしていた視線をこちらに戻した。


「……これからエルフの女王に会いに行く事だけで頭を満たしていたせいで、過剰に気が立っていたようだ。こうしてレティシアと手を繋いでいると……不思議と落ち着くんだ。だから、俺の方こそ……しばらく、このままでいさせてもらえると有難いんだが……」

「ウォルグさん……。ええ、私が貴方のお役に立てるのでしたら……!」

「おーい、いつまで二人きりの世界を繰り広げてるつもり〜?」

「「…………っ!?」」


 急に私達の間に割って入ってきたルークさんが、困ったように苦笑していた。

 よくよく周囲を見回せば、いつの間にか先を歩いていたレオンハルトお兄様とリアンさん達との距離が、随分と開いてしまっていた。

 ルークさんは途中で私達が立ち止まって話し込んでいるのに気付いたらしく、こうしてここまで戻って呼びに来て下さったようだ。


「全くさぁー、キミらの仲が良いのは麗しくて良いんだけどさ……。何しにこんな森の中を歩いてたのか、すっかり忘れちゃってないかなぁ? お二人さん」

「ご、ごめんなさい、ルークさん! ウォルグさん、早くお兄様達の方へ向かいましょう!」

「あ、ああ……!」


 すっかりルークさんに呆れられてしまった私達は、大急ぎで走り出した。

 勿論、ウォルグさんとはしっかりと手を繋いだままで。


 そんな私達の後ろ姿を見ながら、ルークさんが、


「やれやれ……世話の焼けるバカップルだねぇ」


 なんて言いながら、少し遅れて走って来る足音が聞こえて来る。

 そうしてお兄様達に追い付いてから、ちょっぴり二人で叱られたりもしつつ……。


 しばらくそのまま森を進んでいくと、深い谷に掛かった木製の橋が見えて来た。

 その橋の向こうには、集落があるのが見える。

 橋は、ロープと木材を組み合わせた簡素な作りになっていた。木の板の隙間から谷底は見えないが、橋の上から見える範囲では、落ちたらただでは済まない高さであろう事が窺える。


 まずはレオンハルトお兄様が先に橋を渡り始め、その次に私とウォルグさんが。

 その後に続いて、リアンさんとルークさんも渡る……のだけれど。


「ねえ、これ落ちたら絶対死ぬよね!? オレ、高い所苦手なんだけど! ねえ、レオンハルト様〜! どうしてもこの橋渡らないとダメなの〜!?」

「あれ? バカと煙は高い所が好きなんじゃないの?」

「オレは確かにバカだけど、高い所はムリなの! オヤジとやり合うより、何千倍も怖いんだよっっ!!」


 完全に拒否反応を示しているリアンさんと、そんな彼をからかって遊んでいるルークさん。

 ここから様子を見る限り、ルークさんは高い場所も平気なようだけれど……。確かにこの橋の高さは、私も思わず足がすくんでしまいますわ……。

 ……けれども、私にはウォルグさんとお兄様が居ますもの! 頼もしい恋人とお兄様が一緒なら、後は気合いでどうにかなりますわっ!


 すると、一足先に橋の向こう側に到着したお兄様が、少し声を張ってこう告げた。


「集落への回り道はあるにはあるが、徒歩では数日掛かるらしい。だが、リティーアの女王からはこのルートで来るようにと命じられている。その橋を渡れんと言うのならば、俺達が戻るまでそこで待っている事になるぞ。……ただ、この付近には夜間に危険な魔物がうろつく事があるという。それでも構わんのなら、そこで野営をするしかないぞ?」

「そ、そんなぁぁ〜……!!」


 お兄様から告げられた残酷な内容に、その場で力無く膝を折るリアンさん。


「それじゃあ、臆病なリアンは置いてって、ボクもさっさと向こうの集落に行っちゃいますかー! また後でね〜、リアン!」

「あ〜〜! 酷いよルーク先輩!! パートナーのオレを置いて、自分は先に行っちゃうの!? この人、鬼だ! 悪魔だぁ〜!!」

「うーん、惜しい! ボクは吸血鬼なんだなぁ〜!!」


 とても楽しそうに別れを告げて、軽い足取りで橋を渡って来るルークさん。


「……ひとまず、俺達も渡り切るぞ」

「は、はい……」


 何とも言えない表情で二人のやり取りを見ていたウォルグさんは、私を連れて集落の方へと進んでいく。

 私達が渡り終えたすぐ後にルークさんも追い付いてきて、とうとうリアンさんだけが向こう側に取り残されてしまった。

 リアンさんは遠くから「みんなー! 置いてかないでよ〜!!」と、最早半分泣きながら、必死に助けを求めて叫んでいる。


 まさかリアンさんが、高所恐怖症だったなんて……。むしろ、ウィリアムさんの方が怖がっていたような気がしていたわ。

 アルマティアナ行きの空船で空を飛んだ時は楽しそうにしていたけれど、自分の足で高所を移動するのは怖いのかしら……?

 それか、いつも口喧嘩してばかりいるウィリアムさんが一緒だったから、無理して強がっていたとか……?


 ……どちらにしても、このまま彼を放っておく事なんて出来ない。


「……私、リアンさんの所に戻ります」

「おい、レティシア……!」

「大丈夫ですわ、ウォルグさん。すぐに彼を連れて来ますから、お二人と一緒にこちらで待っていて下さいな」

「……ああ。足元に気を付けるんだぞ」

「はい、ありがとうございます」


 引き止められはしたものの、ウォルグさんは私を送り出して下さった。

 少し名残惜しそうに眉を下げた彼にときめきを覚えつつ、私は子鹿のように震えるリアンさんの元へ戻っていく。


「リアンさん!」

「レティシア……! 来てくれたんだな! ありがとう……本当にありがとう!!」


 橋の向こうに戻ると、リアンさんはまるで救世主でも見るかのように、私を見詰めていた。


「ウィルみたいな事言うけど、まるでレティシアが女神様みたいにみえるぜ……!」

「ふふっ、いくら何でも女神様は大袈裟ですわよ」

「そんな事ない! 今のオレにとって、レティシアは間違い無くオレの女神様だよ!」

「も、もう……! そんな事言っていないで、ほら……! 私が手を握っていて差し上げますから、頑張って一緒に向こう側までこの橋を渡り切ってしまいましょう?」

「う、うん……! が、頑張るよ、オレ!!」


 そうして私とリアンさんは、集落側で待つ三人に見守られながら、ゆっくりと……けれども、着実に歩みを進めていった。



 しかし──橋の真ん中辺りに来たところで、異変が起こった。


 頭上を素早く大きな影が通り抜け、鳥でも飛んで来たのかと思い、私とリアンさんはふと上を見上げる。


「え……?」

「あ、あれは……!」


 それは、鳥でも魔物でもなかった。

 その影は人の形をしていたけれど、背中には黒い──そう、例えるならコウモリのような羽が付いているのだ。

 その人影は、私達がその正体を認識するよりも素早く動いた。


 と同時に、空気ごと斬り裂く鋭い音。

 橋を構築していたロープを斬られたのだと気付いた時には、既に私達の身体は下へ、下へと落下を開始していた。


 私は悲鳴を上げる事すら忘れて、頭上でこちらを見下ろしているその人物の顔を凝視する。



 剣を手に持ち、鎧に身を包んだ、薄桃色の髪の女性……。

 それは、タルカーラ大森林で金髪の吸血鬼に連れ攫われ、そのまま行方不明になっていた女性騎士──カナリアさんだったのだ。

今回から連載を再開します。


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