10.空より出でし者
「ターティル様……いいえ。タルガランド陛下のおわす場で、女神の双剣を盗み取った大罪人、ターティル! 貴方の思惑は、ここで私達が阻止して差し上げますわ!!」
私の生み出した魔法の障壁を挟みながら、狼狽するターティルを睨み付けて叫ぶ。
するとターティルは、
「何故……何故ワシが双剣を奪ったのだと気が付いた!? ワシの隠蔽魔法は、この一千年余りの生涯の全てを注ぎ込んだ、完璧以上に完璧なものであったはず……。それをどうして見破る事が出来たというのだ!」
勢いに任せて怒鳴り散らし、口から唾を飛ばしながら問うてきた。
亀人族はかなりの長寿であると知られているけれど、彼の今の発言からして、人間の何倍もの時間を生きるというのは事実であるらしい。
……それだけの歳月を生きていれば、ろくでもない人脈だっていくらでも作れてしまうのだろう。
何せ千年前といえば、魔族大陸が封印された頃だ。あの封印から逃げ延びた魔族と関わりがあったのだろう。でなければ、あの双剣を盗む理由が見当たらない。
「所詮は貴様も、その程度の男だったというだけだろう」
「何ぃっ!?」
お兄様のストレートな発言に、ターティルは更に表情を歪めた。
「そもそも、あの状況下で双剣を持ち出せた者は貴様しかあり得なかったのだ」
「ボク達が来たせいで、あんな雑な作戦でも実行せざるを得ない、切迫した状況だったのかもしれないけど……残念だったねぇ?」
「くっ……小僧共が、ワシを舐めおってぇぇぇっ!!」
あの時、玉座の間に集まっていた私達以外のメンバーの中で、最も魔法に長けていたのはターティルだった。
彼であれば女神の双剣に隠蔽魔法を掛け、誰にも気付かれずにその場から持ち出す事が出来る。
その企みを暴いた私達は、こうしてターティルをおびき寄せる事に成功したのだ。後は……彼を無力化し、捕縛。そして双剣を取り戻すだけである。
ターティルは長い金属杖を召喚し手に取ると、それを天高く掲げて声を張り上げた。
「我が僕よ! 天を舞い、疾風の鋭さをもって我が敵を殲滅するのだ! 出でよ──グレートグリフォン!!」
杖の先端から激しい光の柱が立ち上り、それを中心として上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
そこから姿を現したのは、大きな翼と鋭い嘴を持つ、天空の覇者。
「来るぞ!!」
レオンハルトお兄様の声がした数瞬後、巨大な陰が私達を目掛けて襲い掛かって来るのが見えた。
私はそれとほぼ同時に、今度は自身を含めた全員に個別の防御のヴェールを展開する。
一人ひとりの身体を、頭の天辺から爪先までを覆う……例えるなら、魔法の衣。可能な限り攻撃に耐え得るよう防御力を高め、障壁が無くとも自由に動き回れる代物だ。
「グレートグリフォンよ! あやつらを……一人残らず、血祭りにあげるのだぁぁ!」
「ギュオオオオォォォォオォッ!!」
「やれるものなら、やってみせるが良い!!」
地面に立つ私達に突っ込んでくるグレートグリフォンに向かって、ウォルグさんが迎え撃つ。
その手には、孤島の神殿で得た女神の槍が輝いている。それをグリフォンの頭部に向かって、迷いの無い投擲を見せた。
空中で、グレートグリフォンと女神の槍が接触する。その瞬間、激しい破壊音が耳に届いた。
ウォルグさんが放った槍は、正面からグリフォンの頭部に突き刺さり、骨と嘴を見事に貫いているようだった。
「なん、だと……⁉︎ グレートグリフォンは、グリフォン種の中でも驚異的な頑丈さを持つ魔物だというのに……!!」
頭部に強烈な一撃を喰らったグリフォンは、槍が突き刺さったままの状態で地面に墜落していく。
激しく地表を滑っていったグリフォンと、そのまま刺さり続けた女神の槍──だが次の瞬間、槍はキラキラとした目映い光を散らしたかと思うと、忽然と姿を消した。
「フン……口ほどにも無いな」
しかし、いつの間にか槍はウォルグさんの手の中に戻っていたのである。
けれどもこれこそが、勇者が操る女神の槍の真骨頂。
一度敵に向かって放たれた槍は、必ず相手に命中する。そして使用者が望むタイミングで、槍はどんな場所からでも持ち主の手元に戻って来るのだ。
その戦い方は、千年前の勇者──ウォルグさんの前世の魂の姿である、シーグのものと同様だった。
私はそれに懐かしさと、同時に苦い記憶が蘇っていた。
グリフォンの最上位種であるグレートグリフォンを一撃で撃墜するだけの破壊力を持ちながら、女神の槍は魔王ディルミアードを倒すには至らなかったからだ。
……あの時、女神の武器を持って魔王と戦ったのは、巫女と勇者の二人だけだった。
残り五つの神器と五人の勇士が集まれば、本当にあの魔王に対抗する事は出来るのだろうか……。そんな不安が、私の胸に嫌でも込み上げてきてしまっていた。
しかし、これでグリフォンはもうほとんど動く事は出来ないはずだ。
すると今度は、リアンさんが玉座の間で見せたあの力を使って、身体能力を爆発的に上昇させた。猫耳のようなものが彼の頭に見え、瞬く間にターティルとの距離を詰め──
「せいやっ!」
「ぬおっ……!?」
ターティルの腹に重いパンチを叩き込み、相手は呻き声を上げて脱力した。
長寿の亀人族とはいえど、肉体派ではないうえに高齢なターティルには、まともに抵抗出来ない攻撃だったのだろう。そのまま彼は意識を手放してしまった。
動きが鈍ったターティルは、遅れて到着したホーキンス様たち兵団の手によって完全に拘束された。
彼の召喚によって呼び出されたグレートグリフォンはというと、術者が気絶した事により姿を消した。
ターティルと繋がっていた商人達も、今頃は城の牢に詰め込まれているのだろう。
それから間も無くして、女神の双剣は無事にターティルの私室から発見される事となる。
長いようで短かったガルフェリアの夜は……女神シャルヴレアの祝福を受けたかのように、清々しい朝日を迎えて明けたのだった。




