5.獣王の血脈
セイガフの理事長が、何故このガルフェリアに……それも、国王陛下の隣に佇んでいるというの……!?
その混乱は私だけでなく、リアンさんとウォルグさんにも及んでいた。
すると、私達から困惑の視線を注がれている相手──ログス理事長が、陛下と短いアイコンタクトを交わしてから口を開いた。
「……まさか、お前まで来ているとはな。リアンよ」
「そ、それはこっちのセリフだよ! 何でオヤジがガルフェリアに居るんだ!?」
……え、今何と仰いましたの?
オヤジ……親父、という事はつまり、お父様という事……?
更なる混乱ワードを投下したリアンさんは、慌てふためいた様子で言葉を続ける。
「オレ、てっきりオヤジはもうこの国には来ないつもりだと思ってたのに……どういう風の吹き回しなんだ……!!」
硬く拳を握りしめながら叫んだリアンさんの横顔は、どこか苦しげで。
こんなにも辛そうで、声を震わせた彼を見たのは初めての事だった。
二人の会話を聞く限り、リアンさんとログス理事長が親子関係なのはほぼ確定。
炎を思わせる紅蓮の髪と、果てしなく澄んだ青空を連想させる瞳の色は、彼らの最も特徴的なポイントだと言えるだろう。
けれども、この二人には相違点が一つある。
ログス理事長の赤い髪の間から覗く猫耳らしきものが、リアンさんには生えていないのだ。
あの猫耳がある以外は人間と同じ外見をしている理事長も、種族的には獣人に近いものなのかもしれない。しかし、その息子であろうリアンさんにその特徴が遺伝していないのは……どういう理由があるのだろう。
そんな事を頭の中で考えていると、今度は理事長と対になるように玉座の横に立っていた亀の獣人らしき老人が、しわがれた声で会話に割って入った。
「そこまでにせぬか、セイガフ家の。炎獅子王の御前であるぞ……!」
ゆったりとした仕立ての良いローブに身を包んだその亀老人は、モノクル越しに鋭い視線をリアンさんに浴びせる。
陛下の傍に居るという事は、あの老人はガルフェリア王国内でも重要なポストに就く人物なのだろう。
そんな相手に厳しく叱り付けられたリアンさんは、理事長にまだ何か問い詰めたそうな様子だったけれど、ぐっと押し黙る事しか出来なかった。
すると今度は、その老人が私とお兄様に視線を移した。
脚が悪いのだろうか。杖を突いた状態であるものの、しっかりとした礼をとってから、改めて口を開いた。
「お久しゅうございます、レオンハルト殿。そして……伝説の姫巫女殿の再来であらせられる、レティシア殿。遠路はるばる、この獣王国まで足をお運び頂き──」
「ターティル、下らぬ長話は不要である。本題に移れ」
「……ははっ、王の御心のままに」
ターティルと呼ばれた老人の挨拶は、まさかのタルガランド国王陛下の言葉によって遮られてしまった。
そんな事を予測もしていなかったのはターティル様も同じだったらしい。少々言葉に詰まりながら、陛下に小さく頭を下げてから話し始めた。
どうやらこの玉座の間に集められたのは、タルガランド陛下が最も信頼を置く臣下の一人であるマーカス・ターティル様と、私達にも獣王国にも顔が通じるログス・セイガフ理事長であるという。
まずターティル様は、古くから王家に仕える忠臣であるらしい。彼は今回の女神の神器の受け渡しを見届けるという重要なお役目があり、こうして顔を出しに来たのだとか。
続いて、ログス理事長についてなのだけれど……。
ターティル様が仰るには、やはり理事長とリアンさんは実の親子なのだそうだ。
まさかこんなにも身近なリアンさんが、自分達の通う学校の理事長子息だとは思いもしなかったわ。
けれども今思えば、入学試験の頃からリアンさんの家名を聞いた覚えが無かったのよね……。
仮に彼の口から『オレはリアン・セイガフだ』だなんて名乗られていたら、否が応でも学校と関係のある人物なのかと想像してしまうはず。だからこそ、リアンさんはこれまでその事を伏せてきたのだと思う。
自分が理事長の息子であると周囲に知られれば、少なからず学校内で距離を置かれてしまうでしょうしね。リアンさんなら、そんな風に気を遣われながら学校生活を送るだなんて、まっぴら御免なはずですもの。
「未だ暫定的ではありますが、この度ルディエル国王陛下より報せを受けた限りでは、件の魔王復活の兆しに対抗し得るのは……孤島の姫巫女と同等の力を有する可能性を秘めた、レティシア殿において他ありませぬ。それに際し、我らが獣王国ガルフェリアにて厳重に保管されてきた秘宝──女神の双剣をお返しするにあたり、こちらのログス・セイガフ殿にご助力願おうという話になったのです」
言いながら、ターティル様は後方に控えていたホーキンス様に目配せする。
すぐさまどこかへ姿を消したホーキンス様だったけれど、ほんの数秒で玉座の間に戻って来た。
そうして陛下の前に膝を折った彼の両手の上には、質の良い真紅の布に包まれた細長い物が乗っていた。
その布を、ゆっくりと玉座から立ち上がったタルガランド陛下が取り払う。
そこから現れた光に、私とウォルグさんは反応せずにはいられなかった。
あの目映く清らかな力……間違い無い。あれはシャルヴレアのななつ星の一つ、紛れも無く女神の神器であろう事が窺えた。
陛下は女神の双剣を見下ろして、次に私へと目を向ける。
炎のような、それでいて血のように真っ赤な鬣と、あらゆる獣達の王である事を証明する獅子の相貌。
気を抜けば喉元に噛み付かれてしまうのではないかと錯覚しそうになる程の迫力に、私は思わず表情が強張ってしまう。
しかしかの王の瞳は、殺戮者のそれではなく。
国の平穏と民草を愛する、正しき王の慈愛に満ちた眼だった。
「姫巫女を継ぐ者、レティシアよ。永き封印より目覚めんとする悪しき魔王を討ち果たしたくば、我が王家の遠縁──勇猛なるログスを負かしてみせよ! さすればこの星の女神の双剣、喜んで貴殿に差し上げようぞ……!」
「王家の……遠縁……?」
ログス理事長が、ガルフェリア王家の遠縁……?
それなら、その息子のリアンさんも……王家の血を引く者の一人という事になる。
そんな彼が私と共にここへやって来たのは、単なる偶然?
……いいえ、そんな風には思えない。
ガルフェリアに向かう前日。アルマティアナの宿屋で見た、リアンさんから発せられたあの光は──あれが、私の持つ『聖女の魔眼』で見えた勇士の証だったというのなら……!
「さあ、姫巫女の担い手よ。魔王を討ち果たさんとするその意志を、我が前に示してみせるが良い!!」
ふと、レオンハルトお兄様が私に耳打ちしてきた。
「陛下に実力を示せば、神器が手に入る……。俺の想定通りの流れではあるが、ログスの相手は誰に任せる?」
──これは、巫女の生まれ変わりであるお前が選ぶべき事だ。
お兄様は、そう呟いて姿勢を正した。
タルガランド陛下は、私達の中で誰か一人をログス理事長と戦わせるつもりらしい。
圧倒的な威力を誇る魔法を扱えるお兄様や、勇者の転生者であるウォルグさんなら互角か、それ以上に渡り合える相手ではあるだろう。
けれど、この勝負はあくまでも『女神の双剣』を懸けた戦いだ。
ならば……それを持つに相応しい力を宿す彼にこそ、この場を任せるべきだわ。
きっとそれこそが、女神シャルヴレアのお導きだと思うから──!
そんな私の意図を知ってか知らずか、私の前に大きく一歩を踏み出した背中があった。
あの時も私は、彼の背中を見ながら入学試験の模擬戦に臨んだ。
太陽のように明るい笑顔と、小柄というハンデを俊敏さとして活かした機動力。
そして、腰に差された二振りの剣。
リアンさんは静かに、けれども力強い声で、私に背を向けたままこう告げた。
「レティシア……ここは、オレに任せてくれないかな? オヤジの剣を超えるのは、オヤジの息子であるオレでなくちゃならない」
「リアンさん……」
「……いつかは越えなくちゃいけない壁だとは思ってたんだ。だけど、まるで運命みたいな巡り合わせで、オレとオヤジがこの国で再会した」
何かに強く引き寄せられるようにして、古き王家の血を引く親子が向かい合う。
ずっしりと佇むログス理事長が、その手にリアンさんのものより二回りは大きな双剣を召喚するのが見えた。
「きっとオレがここに来た意味は、この時の為だったんだ。オヤジを……オレがまだ小さかった頃から憧れてきたギルドマスターを倒して、レティシアの為に女神の双剣を王様から貰う……!」
それに呼応するように、リアンさんが自身の腰に下げられた双剣の柄に手を添える。
「……絶対に負けない。だから、どうか頼む……ここは、オレに行かせてくれないか?」
その問いに対する返事など、とうに決まっていた。
あの時リアンさんに出会った事も、同じ学校に通うクラスメイトとして過ごしてきた事も、私が彼に光を見出した事も……全てはきっと、繋がっているはずだから。
私はそっと彼の背中に手を触れて、その体温を指先で感じる。
どうか彼こそが、私達と共に歩む勇士の一人でありますように──そんな願いを、一心に込めながら。
「こちらこそ、どうかお願い致しますわ。……リアンさん。どうか貴方に、女神シャルヴレアのご加護があらん事を……!」
「……っ! ありがとうな、レティシア!!」
私の言葉を受けて声を弾ませたリアンさんが、大きく頷いてまた一歩前に躍り出た。
私達や国王陛下は、二人の双剣士の戦いの行く末を見守るべく、玉座の間のそっと中央から距離を置く。
女神の双剣を預かっていたホーキンス様は陛下の命令で、この戦いが終わるまで、用意してあった専用の台座に剣を安置させる。
そしていよいよ、女神の神器と巫女、勇者の転生者……そして双剣を護ってきた獣王や臣下達が見守る中。
二頭の獅子による激しい剣戟が──その幕を開けた。




