*プロローグ*
気がついたらだだっ広い場所に突っ立っていた。
茫然と周囲を見回してみると、すぐ近くには小さなほったて小屋があり、その小屋の傍には大小それぞれまた小屋が建っている。足元は雑草だらけで、小屋とその広い敷地を囲むように白いペンキがはげた木の柵が覆っていた。
えーっと、ここはどこ?
私は先ほどまでのことを思い返してみる。
私の名前は立花木葉。大学卒業後、就職しひたすら仕事にまい進したOLだ。自分でお金を稼げるのが嬉しくて、友達づきあいもそこそこにサービス残業もなんのそのと身を粉にして働き、そして気が付けばアラフォーとなっていた。仕事ばかりしていた結果か、恋人もなく独身。友達はお酒だけという孤独っぷり。四十手前にして自分のこれまでの人生を振り返り、なんのために仕事をしてきたのか……なんて考えてしまった。会社の後輩にはお局様がウザイとか陰口をたたかれ、私よりも若い子達が次々と寿退社していく。惨め、ああ惨め! 半ば自暴自棄になった私は全財産持ってアパートを飛出し、仕事をボイコット。
私は自由になるんだーなんてヤケクソに海岸線を走りまわりる不審者となっていた。
そして海に向かって、
『全財産あげるから、人生やり直させてーー!!』
と叫んだのである。今考えてもすごく恥ずかしい。
しかし問題だったのはその後。返事などあるはずのない叫びに、返す声があったのだ。
『その願い、叶えてあげようか?』
その声が聞こえたと同時に、私は真っ白な不思議空間に飛ばされていた。ここはどこなのかと慌てていると私の眼の前に光り輝く玉のようなものが降ってきてこう言った。
『やあこんにちは、木葉。私はこの世界とは違う世界の神様だよ。実はね、私の世界は今、重大な危機に瀕しているんだ。人間達が自然を壊した結果、精霊達が逃げちゃって土地が痩せ、植物が育ちにくくなってしまったんだ。そこで君のお金を元手に私の世界のとある土地を買って、精霊達を呼び戻せるすてきな農場を築いて欲しい』
突然のことにどうしたらいいか分からずにぼけっとしていた私に、神様とやらは付け加えるように言う。
『人生…………やり直したくない?』
『やり直したい!』
その言葉にカッと覚醒した私は、光の玉にぐいぐい迫った。すると神様は嬉しそうに一回転して、そうこなくっちゃ! と笑った。
『私の世界に行って農場を作ってくれるなら、君を若返らせて人生やり直しさせてあげるよ? どう?』
私は少し悩んだ。人生やり直すならこの世界が良かったのだが……。でも願いが叶うなら贅沢はいっていられない。その農場とやらを作りながら友達や、できれば素敵な人と出会い楽しく有意義な人生を送りたい。
『私、異世界に行く! 人生をやり直させて!』
『ありがとう木葉! じゃあ、さっそく君を私の世界に送るね。土地についたら小屋があるはずだからまずはそこに入って、本棚にある『はじめての異世界』と『はじめての農場』を読んでね!』
その言葉が聞こえたと同時に私の体は真っ白に包まれた。神様は私のまわりをぐるぐる回る。
『君の新たな人生に幸多からん事を!』
こうして気が付けば、この場所にいたのだ。
ここが神様が言っていた、異世界の私が買った土地なんだろうか?
びゅおっと冷たい風が吹いて思わず身震い。とりあえず神様が言っていた小屋に入って本を読まなくては……。しかし小屋は三つあるんだけど、どれ。
まずは一番小さなボロい穴あきの小屋に入ってみる。
えっと、なんというか、なにもない。ただ、動物を飼育する為の水飲み場のようなものがあるからもしかしたら動物小屋なのかも。農場と言っていたし動物を飼う場所があっても不思議じゃない。
次にお隣にあった一番大きな小屋に入る。ここもまたなにもなく広い空間が広がり、こちらにも水飲み場と餌箱が置いてあった。この小屋は大きな動物用のようだ。
そして最後は二つの小屋より少し離れた場所にあるほったて小屋。ぎしぎしとなる扉を開ければそこには所謂ワンルームで一脚の椅子とテーブル、小さなキッチンと本棚、堅そうなベッドと箪笥が置いてある。
本棚発見!
さっそく本棚から二冊の本を取り出して開く。本棚はすっからかんで二冊の本しか入っていなかったので迷うことはない。
まずは『はじめての異世界』。
この世界はファルティーダという名前で、この世界の女神様の名前をとったものだそうだ。私が買った土地は西の大きな大陸、エルに属する小さな島の一角。町はここから東に一時間くらいかけていった場所にある。島民の人と仲良くなれるといいんだけど……。
それとやはり神様が言っていた通り、この世界は人々が自然を壊した為に今まで仲良くしていた精霊に嫌われ植物が育ちにくい世界になってしまっているようだ。これをなんとかするのが、私がここに来て人生をやり直す条件だから、がんばらないとね。
本を閉じて、次は『はじめての農場』を開く。
私が買ったこの土地には神様の加護がかけられており、精霊のいなくなったこの世界でもすくすく植物を育てることができるようだ。そうして動物からの酪農物や畑の農作物を収穫して農場を豊かにしていくと自然ポイントが上がっていって、それが溜まると精霊達の怒りは収まりゆっくりとこの世界に戻ってきてくれるそう。なるほど、ということは私は一生懸命農場を豊かにしていけばいいということか。
がんばるよ、神様!
とりあえず何をすればいいのかなと、次のページを開くと。
『農場に生えた雑草を片づけよう!』
とのこと。そういえば雑草ぼうぼうでどこが農地なのかも分からない状況だった。それとあともう一つ重要な項目が。
『課題を一つずつクリアしていこう!』
課題とは『まずは農場に生えた雑草を片づけよう!』などのように農場を発展させていくうえで必要な行動を示したもので、それをクリアしていくことで自然ポイントと後は農場ランクを上げることができるみたい! 農場ランクを上げるとやれることが増えていくよとのことだからこちらも小まめに確認しないとね。まあ普通にやっていけばほとんどはクリアできる課題らしいけども。
自然ポイントと農場ランクはそれぞれ季節の最終日に神様からお手紙が届いて知らされるようだ。
カレンダーをチェックしよう。周囲を見回してみれば壁に質素ながらカレンダーがかけられていたので覗いてみる。今日は冬の第三月三十日、冬の季節の最終日のようだ。明日から新しい年、春の第一月一日になる模様。季節は春、夏、秋、冬と四季があり、それぞれに一月、二月、三月まで。そして一月が三十日で綺麗に区切られている。曜日もあって月曜日から日曜日まで、土日とお祭りのある日は祝日扱いのようだ。このあたりは日本と変わらない感じで安心。
しかし農場に土日祝日は関係ないな。こればかりは休むわけにはいかないし、適度に体を休めながら頑張ろう!
しかしまずは……。
本を閉じるとぐぅーっとお腹が鳴ってしまった。そういえばなにも食べてない。なにか食べる物はあるかな。部屋を見回すとキッチンが光輝き、ぽんっと何かが飛び出してきた。
驚いてそれを見れば、アツアツのハンバーグが!
そして皿の下には手紙が添えられていた。
『神様の加護その一、ご飯配給。やあ、いきなりなにもない土地に飛ばしちゃってごめんね! しばらくは食べ物にも困るだろうから私からご飯は配給させてもらうよ。自分でなんとかできるようになったら配給は停止して、別の加護が与えられるようになるから、まずは配給停止を目標にがんばってね!』
神様、ありがとう!
さっそくテーブルに運び、じゅうじゅうと熱い湯気がたつハンバーグをナイフで切るとじゅわりと肉汁が溢れ芳ばしい匂いが漂い、口に運ぶと凝縮された旨味が口の中に広がって、冷たくなっていた体をじんわりと温めてくれた。
美味しい! すごく美味しいハンバーグだ!
神様の美味しいハンバーグをぺろりと平らげた私は、狭い室内を探索してみることにした。床には絨毯などはなくそのまま木の床で、壁にもはげた壁紙が張られているだけのボロ屋。雨風しのげるのはありがたいが、このおんぼろさはどうにかならないんだろうか?
と、これからのことについて考えながら歩いているとふと、誰かに見られているような気がして振り返れば、そこには鏡が立てかけてあった。どうやら視線は自分自身の姿だったようだ。一安心。
なんともなしに鏡を覗いて、私は驚きに目をまんまるにしてしまった。
若い! 私、すごく若くなってる!
気が付かなかった。そういえば、神様は私を若返らせると言ってくれていたのを思い出した。見た目からいってどうやら十四か、五くらい。茶色の肩くらいのボブヘアにこげ茶の目と平々凡々な容姿で中学生の時のアルバムに映っている自分と同じ姿をしている。服装も農場の娘にふさわしく落ち着いた色合いのエプロンドレスに花柄の三角巾を被っていた。くるりと一回転! なかなか可愛いお洋服だ。
一気に二十以上若くなって、心が躍った。
明日は、町に行ってみよう! 友達もできるかもしれないしね! 脱、孤独だ。
と、わくわくしつつ固いベッドに横になり、私はある重大なことに気付く。
あ、お風呂がない!!
10/13 主人公の口調を変更。回想部分を少し追加。修正。