9.追い求めたもの
目前に頭部を喪った人が倒れている。
そして、俺は自分の血液で赤く染まった手を恐る恐る見る。
紛れもなく人の生々しい血液だ。
俺は罪を犯してしまった。とんでもない大罪を犯した....。罰せられるべき悪徳だ。こんなの許されるようなことではない。
しかし、俺は本当に嘘偽りなく、何の冗談でもなく、ただ反射的に...
殺人をした。
認めたくはなかった。どうせ夢に決まっていると。
元々この状況下が可笑しいのだと。
しかし、いくらそう思念しても夢から目覚めることはない。
もう、認めざるをえなかった。
自分のあの残虐な姿を人に見られ、もしそれが広まっていったらどんな不幸な後先が待っているのか直ぐに想像がついた。
だから俺はそれを防ぐためにも、殺人をしたまでだ。
非常に論理的で理に敵っている。
しかし、合法ではない。
殺人とは大罪だ。
この六帝国では死刑にされるほどの大罪...。そんなことを俺はしてしまったのだ。
しかも、自分の身に危険が及ぶからと言う、自分勝手な思考で...。
何て邪悪な人間なんだ。
そうだ。俺は昔から何も変わっちゃいない。
妹のためにではなく、本来は自分のために迷宮探索を始めた。
にもかかわらず妹が帰らぬ人となった時は盛大に泣き崩れた。
所詮これは欺瞞だ。
妹のために迷宮探索をするとう嘘の仮面を被り、その仮面の下の素顔はただ苦しんでいる妹を見ると、自分までもが、苦しくなるという顔が隠されていた。
つまり、同情し、同じ状態になることで、自分自身の精神を安定させていたのだ。
俺は元々頭が可笑しかった。
こんなわけのわからない事を...。
そして唯一の家族を何もまともなことをしてやれずに死なせた。
結局これも殺人と何ら変わりないじゃないか...。
畜生....。
俺は真っ赤に染まった手を関節が外れるほど力強く握りしめ、過去の失態と今の失態の両方を悔やんだ。
いや…
自分の人生の全てを悔恨した。
俺の人生は儚いものだったはずだ。
しかしある人の手によってそれは尊いものとなった。
それは十年前に遡る...。
*****
当時は三帝国しかなかった。
そしてその三帝国間による戦争が始まった。
始まった原因は、南の帝国の王様が住んでいる宮殿に、東の帝国の法を取り締まる騎士団が独断で総勢百名ほどで侵入したことだ。
そこで、大虐殺が行われ、それにより、爵位の高い者達が次々に死んだ。
そして、騎士団の者達は臣下の前で、王様の首を見せびらかした。
それに激怒した南の帝国側の騎士団が宣戦布告をせずに、東の帝国へ怒涛の進撃を開始。
西の帝国も、南の帝国の要請を受け、戦争に加勢することになり、この二対一の三帝国での戦争が始まった。
暗黒の一年間。
そう呼ばれた。その名の通り暗黒にも似た戦火が各地で起きた。
場を選ばない総力戦によって幾多の人間は何の抵抗もできず無残に戦争中の闘争に巻き込まれ死に絶えた。
その時、俺もその場にいた。
大草原だった焼け野原で人の声で溢れかえっていた。叫び声、絶望する声、威勢を上げる声、苦しんでいる声。
どれもこれも聞いているだけで吐き気が襲ってくるほどの残酷な音だった。
その発生源は、傭兵や騎士達が剣や槍みたいな武器を手に持ちお互いに斬りかかる人々。
戦場でが剣を天高くに突き出し雄叫びを上げる人々。
荷物を持ち逃げ惑う人々。
戦場を目の当たりにし硬直し、身動きが取れなくなっている人々。
阿鼻叫喚な光景は目前に広がっていた。
俺はただ呆然とそれを妹と二人で見ることしかできなかった。
両親は俺たちを置いて行きもう何処かへいってしまった。
戦場に取り残された。
不思議と涙は零れなかった。
なぜなのかははっきりわからない。
家族に愛着がなかったら?
そういうわけではない。おそらくは今までも全て何の支障もなく人生を送れた。だから、絶対なんとかなると。
しかし、そんな好都合に物事が運ぶわけがない。
いつまで立っても両親は来ない。
だから俺と妹の二人は歩き続けた。
無意識に歩く。歩く。歩く。
靴がなくても気にも留めず、歩く。
感覚器官が機能しなくなるほど、石や岩で形成されいる凸凹な道を歩いても足には何の痛覚も感じない。
感じるのは必ず助かるという希望だけだ。
それ以外のことは何も考えなかった。
そしていつの間にか戦場のど真ん中に居た。
四方八方には剣と剣を交えた時に出る鉄音が重なり、何とも禍々(まがまが)しい不協和音が耳に共鳴した。
これは悪魔の叫びだ...。
悪魔が殺してやる...!殺してやる...!
と呻いている。
俺と妹はどうすることもできず耳を塞いだ。
それでも、その手と耳の僅かな隙間を掻い潜り、耳に木霊する。
頭から離れない。
細く禍々しい声が恐怖を連想させる。
俺と妹は、希望から絶望の念を抱いた。
もうどうしようもないと。
ついには人生という試合をリタイアした。
そこで、一人の若い傭兵が駆けてきた。
「大丈夫か君たち。今すぐ安全なところへ連れていくから安心していい。」
そう言って携えていた武器を捨て、俺ら二人を両手でしっかり持った。
そこに、無精髭を生やした壮年の男の傭兵が来た。
「お前、そんなことをするな!戦場では常に勝利を考えろ!人間の命の一つや二つそこに捨ててしまえ!死にたいのか...!?」
「この子達はまだ幼いんだぞ!放っておられない!」
「お前、その年にしてお嫁さんがいるんだろ。あいつはどうするんだ。お前に帰ってくるのを神に願ってるはずだ!見捨てるっていうのか!もう一度、いや...もう暮らしたくねぇ...のかよぉ...」
「....。」
彼は僅かに顔を逸らし、何かに苦悩しているような顔をした。
こんなの一択しかないだろう。赤の他人と身内。ましてや今まで一番愛した人。なぜ悩む必要がある?
俺にはわからなかった。
「これは僕が決めたことだ」
「そうか...。なら可愛い後輩のためにもサポートしなくちゃーな。」
「....いいんですか。」
「ああ。」
そういって男は鞘から剣を外す。
そしてそれを構え、彼の方向へと走る。
刺す気なのか...?
「....え。」
そして、男は剣を突く。
その方向には彼はいなく、いたのは敵軍の者だ。
血が溢れる。
喉に刺さった剣を抜き取る。
「サポートする、つったろ?」
彼は感激の目をしていた。
俺には理解できなかった。なぜ賛同したのかが...。
そして彼は俺らを腹に持ったまま、戦場を抜け出すように走る。
その走行している振動が体に重く伝わって来る。
なぜ、こんなことを…。
すると、前方に敵軍の者が現れた。
彼には武器がない。
敵を迎撃することはできない。
しかし、それでも止まらず走り続ける。
槍や剣がいくつか身体を掠めた。
彼は歯を食いしばり、その痛みに耐える。
そして、腰を低くして敵を押しのけ、根性で抜け出す。
抜け出せ...た...?
後方をみると、死に物狂いで剣を振り回している無精髭の男が居た。
男は全身血だらけだ。彼を通させるために敵を必死に攻撃していたのだ。
男は最後に微笑し、首を断ち切れた。
それを見た彼も苦い笑みを返す。
またしても俺には理解できなかった。
戦場から抜け出し、焼け野原を縦横無尽に疾走する。
彼は何度も転倒しそうになり、意識も朦朧としている。
ただただ何かを求め、走り続ける。
すると小さな町が見えてきた。
途端に彼は地面に倒れた。
それと同時に俺らは外へ投げ出される。
彼は身体中に幾つもの傷を負っており、意識が混濁としている。
しかし、顔だけ笑っていた。
何かを成し遂げた時の喜悦の顔だ。
俺にはまたさっぱり理解できなかった。
なぜ彼はこれまでするのだろうか。
酷く大きな罪悪感が俺を襲う。
赤の他人である俺らのために命を投げ打ってまで助けた理由がわからなかった。
そして彼の口から言葉が漏れた
「人間とは...弱い生物なんだよ...」
掠れた声でそう言った。
俺には何を言っているのかわからなかった。
「君たちには生きて欲しい...。最後の最後まで。僕とは違って命を大切に使って欲しい...。」
彼は何を言っているのかわからなかった。
俺はただ呆然と彼を眺めることしかできなかった。
「僕は理想を追い求めていたのかもしれない...。」
苦しい顔だが、幸せそうにそういって彼は息を引き取った。
最後の最後まで彼の求めたことはわからなかった。しかし、彼の言ったことは妙に頭から離れなかった。
ずっと心の中に残り続けた。
今は彼の追い求めたものがわかったような気がする...。
*****
俺は理想を追い求めている。
正体のわからない正解を。
その人生の理想を求めている。求めて、それをこの手にしなければならない。
自分の今までの悔恨を報いるために追い求めなければならない。
その理想の先には何が待ち受けているのかわからない。善と悪のどちらかわからない。わからない。
けれどこれは使命なのだと思う。
今まで犯した罪、これをも許されるほどの報いをしなければいけないと思う。それが理想の先だ。
『六大帝国一最強者決定戦』。
そこを目指す必要があると思う。
たとえそこで優勝し、名誉を与えられたとしても、俺は理想を手に入れられるのかわからない。
しかし、ひとまず目指す場所は決まったはずだ。
まずはそこで優勝する。
そうすれば、その先に何かあるかわかるのかもしれない。
自分の追い求めたものが...。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
俺はまだ血で赤く染まった拳を握りしめていた。ほんの一瞬で過去を回顧し、何かを決断したような気がした。
何か不思議な気分だ。
そして、目の前で首のない死体を哀れむかのように見遣る。
俺が殺した人。
今頃気づいたが、その血だまりに横死しているのはあのピーナッツ野郎だった。
それを知ると不思議と焦りが収まってきた。
俺は何て最悪な人間だ。
自分の神経に呆れる。何で俺はこんな可笑しな人に...。
俺は自分が嫌いだ。
日々、自分に嫌悪感が湧く。素はこういうやつだ…。
今までは役を演じ切っていただけだ...。詐欺的なやつなんだ..。
ましてや自分まで騙すほどの...。
ーーーーー「俺」は本当に「俺」なのだろうか。
役を演じている時はまるで、それが本当の自分だと信じて疑わなかった。
アレク・アンドロメダは常にかっこいいを求めている人間だ、と。
この固定観念が脳に住み着いてた。
しかし俺は実際そんな脳なしのやつではなく、常に人の顔色を伺い、思慮深く、自分自身のためにしか行動せず、残虐な悪党だ。これが仮面のしたの素顔だ。
しかし、仮面を被っている間は全く俺は悪党だという認識がなかった。
そういえばいつからかだ?俺が本来の自分を認識できるようになったのは...。
顧みてみたがあまりわからなかった。
頭がこの短時間で膨大な情報を処理できていない。脳が追いついていないのだ。頭が疼く。
このまま疼痛が継続するのもこの先に支障を来たすので一時的に脳から違和感を意識しないようにした。
そうしたら徐々に痛みが薄れる。
「そろそろ行動をしなければ...。」
まだ少女と戦った場所から離れていない。
そして、壁に嵌まり込んだ蜘蛛型のモンスターが徐にピクピクと触角が動き、今にでも意識が覚醒しそうな予感がする。
俺は危険をすぐさま察知し、とりあえずこの岩道から離れる。
駆け足で別の岩道を走る。
なるべく足音を静ませる。
すると別れ道が出てきた。
いつ蜘蛛型のモンスターが追ってくるかわからない。
俺は勘で右方を選択し、そのまま走り続ける。
ーーーーやけに静かだ。物音一つしない。
すると、突如と側壁が発光し始めた。
「なんだ?!」
それに続いて、床、天井。
洞窟内全てに光明がさす。
反射的に瞼を伏せ、目に右手を当て、光を遮る。
しかし、それでも眼孔は微光に少し刺激され、痛い。
俺は両手で目を覆い隠す。少しは容態が良くなった。
にしても何だこの眩しすぎる光は...。どういう状況だ。
俺はただ無抵抗にこうするしかなかった。
すると途端に地面の岩が断層のごとくずれ、高低差が激しくなる。
左右の足の地面の高さがだしぬけに変異したせいで、踏み場が悪くなり、岩から転げ落ちる。
その岩の下には地面みたいな支えの物がなかったのか、俺はそのまま落ち、何か呑まれたように意識を失った。
*****
遥か深淵で歪みが激しく軋み合っていた。
それは殺気のある邪気を孕んでいる。
そして、その歪な邪気は解き放たれた。
本当に話し言葉少ないですよね…
これが完結したら、いかにもなろうっぽいものを書こうかな…。
完結する前に書くかもしれませんが。