5.強者の集い
五感が機能してきた。
辺りはしんと静まり、水滴が地に滴った音が反響し、木霊する。それが耳に響く。何とも不思議な感慨がある。
そして、鼻孔にわずかな生臭い血のような悪臭が入ってくる。いや、血の匂いそのものだ。
目を閉じたまま、左右の手を四方に触れてみたが、硬質な岩があり、また小石もちらほらある。
意を決して瞼を開けると、岩が弾きし詰められている部屋の中にいた。
ここは、ダンジョンなのだろうか。
そういえば先ほどまで身の毛もよだつ容姿をした悪魔のような少女に追われ、最終的には漆黒の鎌で俺は斬られたはず...。
手で身体中をくまなく触り損傷がないか確認する。後頭部、腕部、脚部、背部、腹部。
しかし何処にも大きな損傷は見られず、迷宮探索で負った切り傷や擦り傷程度の軽傷しかなかった。
どういうことだ…。
確かに俺は鎌で斬られて、死んだはず…。
いや...
斬られたのではなく、触れられた?
もし斬られたのなら、その時に痛みは感じるはず...。
しかし、俺は鎌が肌に触れた途端に、意識を失った。
理解できない...。
「おい...こりゃどうなってんだ...」
するとそこに一人の屈強そうなモヒカン男が何の前触れもなく突如と出現した。
歴戦の戦士みたいな肉体にはこの男が相当な実力者だと窺うかがえる。
しかし、その間抜けの不幸顔のせいで見ていてこっちまで不幸になりそうな気がする....。
にしても、なぜいきなり人が...。
「おい...小僧。これはどういうことだ」
「いや、俺に聞かれても困る」
「あん?喧嘩売ってんのか?俺は過去の決定戦で3位になったことのある、ジョゲル様だぜ?」
その名前には聞き覚えがあった。
俺がまだ迷宮探索を始めていない四年前のガキの頃に働いていた酒場では『決定戦』の結果の話題で盛り上がっていた。
その時にこんな名前のやつを聞いた気がする。
しかし、それがなんだって言うんだ。
俺は挑発と言わんばかりの口調で話した。
「あぁそうか、そりゃよかったな。ピーナッツ野郎」
「っ...!てっめぇ...!まじでこの俺様とやるってんだな!?今から泣いて謝ったって赦さねぇーぞ?ガキー!?」
何とも掛かりやすい、脳無しの野郎なんだ。
顔から連想したピーナッツと言っただけで、感情が高ぶり、奮闘体勢に入ってやがる。嘲笑せざるを得ない。
「くそ...!!生意気なガキが...! 」
「あなた達二人、いい加減にしてくれないかな...ふぅっ...」
途端に女性の声がした。
声の方角へ頭を回転させると、手を顎にやりやれやれと呆れている姿の女性がいた。
紫紺の長髪をしており、妖艶な顔立ちだ。
この美しい美貌に暫し見惚れてしまった。
それもつかの間、身体を見やると…
頭部以外、身体中に白銀の鎧を身につけており、腰には一目で相当な代物だとわかる細剣がかけてあった。
しかし、それを抜剣して攻撃してくるような敵対感はない。
この女性もさっきのピーナッツ野郎と同じように唐突に現れた。
ピーナッツ野郎もそれには眉間にしわを寄せて、怪訝な視線を送っている。
「てめぇ....どっから現れやがった....」
「その口調辞めなさい。聞いていて耳が腐ってしまう」
「なんだとぉお...!!」
「ふぅっ...言うことを聞かない男の子ね...」
そう言うと、腰に捧げている細剣を外す。
すると、強烈な轟音とともに、女性が一瞬にして消失。
刹那、ピーナッツ野郎の真正面に立っていた。
手に持った細剣をピーナッツ野郎の喉元に当て、身動きを取れば刺すといった威圧感が感じられた。
ピーナッツ野郎は怯えて身をすくませた。
それには俺も驚愕した。
あの瞬きにも似た超短時間だけで、約4メドル(メートル)程の距離を一瞬にして高速に移動した。
いや....
光速と言った方が妥当だろう。
「これ以上無駄口を叩くようならば、その口を聞けなくしてやろうか。」
先ほどの口調とは打って変わって、力強くなっている。
「...」
ピーナッツ野郎は素直に従ったようだ。
さすがの俺でも、硬直していた。
これって俺は話していいのだろうか...。俺の不快な表情を察してか、女性は頷いてみせた。どうやらいいらしい。
ふぅ...。
「何か面白い面子が揃ってるね~。うん!いい予感!」
とそんな、お調子者だと直ぐわかる声を発した者が次に現れた。
金髪に青眼。いかにも貧しそうな服を見にまとっている
。
その後ろにも小柄な少女はが一人膝を抱えて座っていた。
身体中褐色な少女にはつい前に似たようなものを見て、少々怖気がついたが、よく見れば全く違う。
マスコット見たいに可愛い感じがする。
彼女はずっと俺を見ていた。
何処か哀れんでいるような表情で....。
なんなんだこいつは....。
俺はこいつを徹底的に無視することにした。
そして、俺は疑問に思ったことがあったのでこの場にいる者に聞いて見た。
「聞きたいことがあるんだが、この前どこに....」
「3.1415926536....あ、間違えた。ちくしょぉぉぉーー!」
俺の声が一瞬にして掻き消された。
何だこいつは...てかなんだよその数字の羅列は...。
見た目は智慧が豊かで、四六時中冷静を保っていそうな人に見えたが...。
一瞬、全知全能な男に見えたのは気のせいか....。
まぁ、人は見た目だけで判断しちゃだめだな。
場の全員はこの男に侮蔑の視線を向けているが、それには気にもせず男は永遠に数字の羅列を唱える。
これも無視するしかない。
何か変人の集団みたいな感じがしたのだが、勿論、俺は違う。
いつの間にか人数が増え、部屋には十人程ど居た。
服装、容姿、武器、年齢が様々だった。
その中でも一人だけまとう雰囲気が異色な人物がいた。
身体中を漆黒の鎧で包まれ、兜を付けているので、年齢も幾つかわからない。そして背には巨躯の背丈を上回る程の大剣を携えていた。
その大剣も鎧同様、漆黒...。
身に付けている全てのものが宝具とも言える程の代物だろう。
こいつは一体何者なんだ...。
部屋の中に十人もの人が居るというのに、物音一つもなかった。
おそらく全員が、その黒鎧の男を見て衝動的に口を閉ざしているのだろう。
その男からは異常な程の威圧感を感じられるのだ。
俺でも安静になるほどの威圧感が....。
俺だけではなく、先ほどのはあんなにもピーナッツ野郎に吠えた、紫紺の女性騎士も、安静を保持している。
そして、一刻ほど経過しても、この部屋に突如と集った十人はただ、自己と対面し議論することを続けることしかできなかった。
この場はどうなっているのか?どうすればいいのか?
そう、自問自答するのであった。
*****
果たしてどれほどの間、この大広間で沈黙を保ったのだろうか。
誰一人として声を発さない。
静寂に包まれる。
そしてついに、その沈黙を破ったのはあの黒騎士だ。
「こうも安静だと癪に障さわる。まぁ硬直しなくてもよかろうに。ここはひとまず自身の紹介でもしたらどうだ。」
凄く透き通るような声だ。
俺はそれに気圧された。
これが戦争の最前線で指揮を執る人だと言えば、即座に信じてしまうだろう。
それほどにも気高い声だ。
そして黒騎士の提案したことは最も正しいだろう。
今の状況を打開する以前に、まず交流を深めるのは正論にもほどがある。
最近は連携戦闘が求められるからな。
俺が言うことじゃないか。
俺はとりあえず頭を縦に振る。
他の人も肯定の意識を表した。
そして、黒騎士が辺りを一通り確認したあと、手を交えて、
「我が名がアリオン・イェヴィダー。剣聖の称号を持つ気高き覇者だ。剣の腕で我を越える者はいないであろう。」
黒騎士の名を聞いて、場にいるほとんどが顔に変化が起きた。
驚愕した者もいれば、笑みが溢れる者、目を輝かせる者、無表情で今だ座っている者もいる。
あいつ....。いや、無視するんだ...。あんな奴はここにはいない。
そして、俺の顔は豹変していた。
「剣聖」という名を聞いて平静を保っている方がどうにかしているだろう。そう、俺は至って通常の反応だ。決して不可解ではない。
だから、この場にいる者たちは通常ではなく「異常」なのだ。
それを聞いて顔が強張らない方がおかしい。
剣聖とは、六帝国中にただ一人譲渡される称号。六帝国を統治し、中央に位置する『アスカテ大帝王国。』
その天辺に鎮座する、王様と謁見し、直々にその称号を王様の口で与えられる。
物的に存在しないのに『剣聖』と言う称号はこんな扱いをされるほどの、化け物染みたものなのだ。
なのに...なのに...。俺と他何人かだけだ、こんなにも顔面崩壊しているのは...。
何がかっこいいだ...。下らん。
情けなくて仕方がない。
もうかっこいい何て捨ててしまえばいいんだ。
体にへばりついただけ、邪魔になる。思考が違う方向へ行く。
その結果、阿鼻叫喚な目に会ったりしかねない。
しかし、その感情はどうにも捨てきれない。くっそ...。
そして一人一人自己紹介を終える。
出自を言う者もいれば、名前だけの者もいた。
どれもこれも一度は聞いたことのある名ばかり。
強者のフルコースだ。
特に目立った名前の者もいた。
あの女騎士は西の『イマラヤ帝国』にあるかの有名な『神界の十騎士』でトップに躍り出る騎士だった。
前人未踏の女性の序列一位。
それにはその帝国だけに止まらず、全六帝国でも知れ渡っていった。
ならばさきほどピーナッツ野郎に喰らわせる直前までした、あの光速の抜刀術が出せたことに説明がつくだろう。
世界最高峰の女性騎士「シャルル・グレネイダ」と言いさえすれば...。
女騎士以外にも驚いた名前も幾つか聞いた。
あの数字の羅列を唱えていた....いや、微かにだが今も口をパクパクしているような...。(アホだな)
そいつはダンジョンを発見した第一人者だ。俺の勘は的中したようだ。
ダンジョンはつい15年前に発見されたばかりだ。彼はそれを独断と偏見で解明して見せ、全帝国にその名を轟とどろかせた。
どういう場所に出るか、ダンジョン内はどういう性質か、脱出するためにはどうすればいいか。そのダンジョンについての全てを解明したやつだ。
俺の生き甲斐でもある迷宮探索を作ったようなやつ。
「アレクサンドロ・ショー」偉人だ。
しかし、その功績とは裏腹に今、目の前にいる彼には侮蔑しかねない。アホすぎる...。
そして、ダンジョン捜索の機械を作ったのも彼だ。
彼は多方面に関して一流である。機械制作は勿論。
ダンジョンを研究するにはダンジョンに潜る。だから彼の戦闘技術も一流。『決定戦』で本戦まで行ったような話も聞く。
そしてダンジョンの数多の謎を検出し、それから分析。それをたったの数時間だけで謎を解き明かしたと巷で噂になった。頭脳も常人離れしているのだ。さぞかしモテるのだろう...。
まただ...。脱線した。この思考どうにかならない物なのか...。
それから疑念が残った者もいた。
「ベルクリュー」と名乗ったやつだ。出自については触れなかった。
あの金髪調子もの。
聞いたこともないし、ましてや名前が一綴りだけだ。
何か隠しているような気がする...。
でも危機感は感じられないので、とりあえず頭の片隅に置いておく。
そして、問題なのはあの褐色少女。
名前がわからないというのだ。
訳がわからない。
ここへ飛ばされた時に何らかの刺激を受け記憶の断片が外れ一時的な記憶障害を起こしているのか、単に元々自分のことを知らないのか...。
脳に疲労をきたし、思考を巡らすだけ無駄だと判断し、これは捨てる。とそんな取捨選択を繰り返す。
そしていつの間にか俺の番になっていた。とりあえず簡単な情報だけ伝えればいい。
「俺はアレク・アンドロメダ。東のアルヴォイド迷宮大国出身だ。日々ダンジョンを潜り続けているから、あのおっさんには感謝してるよ。」
とそんなことを言った。
しまった...。
ショーの方を見ると、顔をソッポに向けて僅に顔を紅潮させている。
おい....。
そして女性陣は俺とショーに少し引き気味。いやそう言う関係じゃないから。
第一印象大事なのに、やらかした...。
後悔と言うものは、取り返しがつかないものだ。後から償ったとしても、それは後悔した経験とは別種のものを償っただけで、直接後悔を拭い去るようなきっかけとはならない。何この格言、かっこいい。
はぁ...。
俺は落胆し、悲壮感に満ち溢れるのであった。