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俺の胸辺りの身長のアディは、深く澄んだ緑の大きな目で俺を見上げている。金のくせ毛が少し首を傾げるとふわっと揺れた。幼い頃は全く感じなかったが、成長した今、とうてい同い年には見えないような彼が愛らしいと思う。
時間に取り残された感じだ。5年前、どうしようもない事情で俺と離れてしまった時からアディだけ止まってしまったみたいに。
「うわっ! なんだよっ!!」
じっと見る俺にようやく焦点を合わせて目を見開いたアディが大袈裟に手を広げた。
そして彼自身がわずかに白む。その瞬間、アディの周りに白い羽が舞い、彼の中に吸いこまれた。
そのまま倒れて頭をベッドの角にぶつける。
「なんなんだよ、鍵を閉めてただろ!」
起き上がりざまに叫ぶ。手を差しのべた俺の手をアディは掴まない。
「シスターエマに鍵を借りたんだよ?」
鍵が開いてることを注意するべきかどうか悩む前に口から溢れるのは言い訳か嘘か。
「寝てる時に突っ立ってたら驚くだろ!」
「ベッドから落ちるなんて寝相悪いなぁ」
嘘に嘘を固めて、今の状況は『寮母のシスターに鍵を借りて寝てる幼馴染みを起こしにきた』なんて。
立って歌っていたことも無意識なのか。
「男に起こされてもテンション落ちるだけだ」
「ひどいなぁ。僕が起こさなければ誰が起こすんだよ。このまま礼拝に遅刻してたら目をつけられて学校生活が苦痛になるよ?」
わざとらしく肩をすくめて首を傾げてみる。
ようやく立ち上がった彼は、俺を少し高い場所から見下ろした。
今の一瞬に身長が【普通】に戻ったらしい。
大きくて綺麗な目は、少し目つきが悪くなり細められている。ふわりと揺れていた金髪は、ただ寝癖が目立つだけの硬いものになっていた。
それももう驚きはしない。
伝えることもあえてしない。
だいたい、本人は気付いてもいないんじゃないんだろうか。
「とにかく準備して、今日は礼拝に出るんだよ。後で迎えに来るから」
俺は彼に指差して命令口調の後で再び扉を開けて出て行く。
横殴りの雨は、階段の先を濡らしている。屋根もあまり役には立たないな。
自分の部屋を見ると、ルームメイトのナータンが扉を開けて雨を眺めていた。
「ナータン、おはよう」
「おはようやで」
ナータンは手をあげると上を見る。黒髪に深海の色をした瞳が印象的だ。
澄んだ目は天使すら連想されるが、そんなことは伝える必要もない。
そう思うと俺は黙ってばかりだよな。
「ヤマグチくんは起きたんかいな?」
ヤマグチくんか。
耳馴染みの悪い言葉に俺は表情を強張らせた。
アドルフ・ヤマグチはアディの名前で、ナータンはまだ親しくないからか名字で呼んでいる。
そういえばアディ自体はナータンの名前を呼んだところを見たことがないな。まあ、知ってはいるけど会うことなんてあまりないからな。