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嘘は口からついてでる
考えもしないのに
つらつらと
本心や本音は
どこにあるんだろうか
雨音が耳に馴染む。
静かに地面を濡らす音も、窓を伝う滴の音も。
世界が心地良い音に包まれて、次第に自分までそこに取り込まれそうになっていく。
ふと気がつくと、遠くで水音に紛れて微かに祈りの声が聞こえた気がした。
軽い肌寒さを感じながらそっとベッドから抜け出す。地面に足先をつけて思いの外冷たいことに驚く。
すぐに傍にある靴をはく。履きつぶした緩い靴は歩くと脱げそうだ。
だけど、学校指定の靴は窮屈でまだ履きたい気分にはならない。
外の音が覚醒するにつれてはっきりと聞こえる。少しずつ音は激しくなり、世界を叩き始めた。
低い机を挟んだ隣で寝息を立てるルームメイトを起こさないように部屋の扉を開ける。屋根代わりになっている上への階段の向こうは土砂降りの雨だった。
「礼拝に行くには絶対に傘が必要だな」
呟いて一歩進む。
パタンと音を立てて扉が閉まった。
静かな音だったが、雨音から考えて明らかに異質で、静けさに敏感になっていたら耳についてしまう。
ここまでは起こさないように気をつけたはずなのに、起こしたかもしれないな。
「ごめん、ナータン」
聞こえないだろうルームメイトに小さく詫びてそのままさらに一歩進む。
階段を上がり、自分の真上の部屋に立つ。ノックをしたが全く返事はない。
「アディ、起きてる?」
中にいるはずの相手に一応声をかける。
ノブを軽く回すと相変わらず鍵はかかっていなかった。
今まで鍵がかかっていたのは何回だったかな。数える位も記憶がない。
本人は鍵をかけてるつもりなんだろうけど、すぐに忘れるあたり危機管理意識は足りないと思う。
「開けるよ」
ゆっくりとノブを深く回して音をたてないように扉を開ける。
雨音がよりいっそう強くなった。嵐のようだ。
彼は奥の窓辺にたたずんだまま雨を見ているようだ。部屋に響いてるのは彼の口から紡がれる祈りのような歌。
「そこに立っていたんだね、礼拝の時間に間に合わなくなるよ」
時間はまだたっぷりある。しかし、起こさないといけないと思った。
ゆっくりと振り返る彼の瞳は紅く深い。こっちに目線を合わせたと同時にその色はしぼむように緑に支配された。
驚きはしない。
幼い頃からこうだったから。
でも誰も気づいてはいないんだろう。
「カ、リ、ス」
静かに俺の名前を呼んでくる。
ゆっくりと噛み締める言い方は、彼がまだ覚醒していない証拠でもある。
「アディ、おはよう」
相手に合わせてゆっくりと空間に刻むつもりで名前を呼ぶ。挨拶をする。
アディ。
小さな頃から呼んでいる『アドルフ』の愛称だ。