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「ちょい待ちいや」
俺より先にナータンがアディを止めた。
「そっちでええの? もういっこの方の朝食メニュー確認せえへんの?」
「もういっこ? 飯なんてどっちでもいいだろ。こっちの方が近いし、わざわざ向こうまで見に行くのか?」
アディは一応歩みを止めてナータンと話す。
俺達学生のための食堂は二つある。
一つはアディの行こうとしてるこっちの寮に近い場所。礼拝堂みたいな広い空間に長机が置かれている。今の礼拝堂の前に使用していたものを再利用したとかだったはず。
基本は料理は自分でカウンターから取るし、食器の返却、机の掃除までして食事終了だ。
ナータンの言うもう一つは、ここから離れた場所にある綺麗な建物の食堂だ。
そこではレストランのように数人掛けのテーブルがあって、料理も運ばれてくる。終わってからも片付けてもらえる。二階、三階のテラス風の席からは、真中にあるステージが見下ろせる。食事しながらコンサート気分だって味わえる。コンサートの演奏者は『音楽コース』の生徒だ。
どっちの食堂もメニューは毎日それぞれ別になっていて、みんな好みの料理の場所に行くことが多いらしい。
俺は料理ではなくて、明るい方であるもうひとつの方に行くことが多いんだけど。
「それに、あっちはかなり遠いし、居住区の一般側にあるんだろ? だから他の学科の連中も多いって聞く。俺は静かに飯が食いたい」
アディの言うように、俺たちの暮らす場所は、学業を行う学校の区域と分けて『居住区』と総称される。
その中でも聖職者になろうとする俺たちは礼拝堂なんかが近い場所に寮がある。
通称『聖職側』として厳格なイメージがある。
図書館や音楽ホール、カフェなんかがあって、華やかな方は『一般側』だ。
俺は遊ぶなら断然一般側だし、食堂もそっち側がいい。寮から徒歩20分かかるから、この雨の中はきついけど。
それでも他の学科の人たちとも知り合っておいて損はないと思うけどな。
「ほなやっぱり行かへんの?」
「まぁまぁ、今日はこっちにしようよ。雨も酷いし、後で向こうに行くんだから、昼食はあっちだよ」
俺はナータンを説得することにした。ナータンはこだわってなさそうだけど、アディは頑として行きたくないみたいだし。
「あ」
アディが小さく声をもらした。
食堂の入口を目の前にして一歩下がる。
「アディ、どうしたんだい?」
俺はアディより先に入口に足を踏み入れた。
傘を閉じて傘立てに入れる。壁に並ぶ数字の書かれたタグを一つ取って傘にぶら下げて、同じ数字のキーホルダーをポケットに入れた。
「アディの傘のタグも持っておいてあげるよ」
俺が振り返った時、アディの視線は、入口ホールに立つ女の子たちに向けられていた。