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ドルシーデイズ

作者: 河空

夢を見た。そんなことはよくある。

その夢は、見たこともないような場所にいる夢だった。それもよくある。

だが……見たこともない女の子と出会ったのは、初めてだった。


気づけば僕は、緑広がる草原の上に立っていた。標高が高いのか、目の前にはいくつかの入道雲が山の頂上付近に鎮座している。

吹き抜ける風もひんやりとしていた。

そして……

僕は一人の女の子と出会った。いや、この状況ではまだ僕が単純に見つけただけなのだが。


――――見たことのない女の子だった。


薄く茶色がかった髪が肩に少しかかる程度にまで伸びている。白い肌に、薄い桃色の唇。すらりと伸びた白い腕に白のワンピース。

女の子のほとんどが純白だった。その純白な手で髪を掬っている。

その女の子を見ているだけで胸がドキドキしてきた。

見つめられただけで、おそらく僕は何も言えなくなってしまうだろう。

女の子は僕の存在には気づいていないようだった。

遠くにある灰色の雲で覆われた山岳の方角をじっと見つめている。

「!」

突然、強い風が吹き抜けた。咲いていたタンポポの綿毛が風と共に舞い上がる。

それと同時に女の子のワンピースもふわりと舞い上がる……って、おい。

僕は慌てて視線を逸らすが、僕の瞳には白のパンツがくっきりと焼き付いていた。頬がカァーッと火照るのを感じる。

「見た?」

「え?」

視線を上げると女の子は僕を見ていた。頬が微かに朱に染まっている。

つまり、女の子が言った「見た?」は「何を?」なんて聞き返すまでもなく……

「うん……」

と馬鹿正直に頷いてしまう僕だった。

「……エッチ」

女の子は僕の方に寄ってきた。

目の前に来て手をあげる。僕は咄嗟に目を瞑った。

「…………?」

しかし、いくら待っても僕の頬がはたかれることはなかった。

恐る恐る目をひら……

カツッ。

「痛っ」

額に鋭い痛みを感じた。

女の子が手を前に突き出し、中指がピンと伸びているのをみると、どうやら僕はデコピンされたらしい。

「エッチ」

再び女の子は言った。

「見えちゃったもんは、しょうがないじゃん」

デコピン(しかも意外と痛かった)を喰らった上に、二回も変態扱いされた僕は流石にムッときて言い返す。

「あ、言い訳~? 男の子だったら素直に謝りなさい」

女の子はビシッと人差し指を僕に向けた。そんな一つ一つの仕草が可愛くて……

先程の怒りなど、ブラックホールに飲み込まれたかのごとく一瞬で消失し、顔が朱くなるのを感じた。

「ん? 顔赤いよ? どうかした?」

女の子はいたずらっぽく言う。

「べ、別に何も」

僕は女の子から顔を逸らした。

「……そっか」

女の子も僕から目を背け、再び例の山岳の方角を見つめた。

僕はその女の子の隣に立って、同じ方角を見つめる。

「ねえ……」

「ん?」

「名前、何ていうの?」

女の子は、横目で僕の様子をちらちら覗いながら尋ねた。

「修一」

「あはは。しゅうくんだね」

「しゅうくん?」

今まで一度も呼ばれたことのない呼び方をされ、思わず聞き返してしまった。

「そ。しゅういちくんだから、縮めてしゅうくん。……駄目かな?」

「いや、別にいいけど」

「ホントに?」

女の子はサファイア色の瞳をより一層輝かす。

そんな顔されたら誰だって断れないだろう。

僕は頬を軽く掻きつつ「うん」と頷いた。

「やった! ……しゅうくん」

「なに?」

「呼んでみただけ」

女の子はえへへと笑う。

「……ところで君は何て言うんだ?」

「…………」

「?」

すぐに応えてくれると思っていた質問に対する応えは返ってくることがなかった。

「どうしたの?」

「私ね……名前がないの」

「は?」

「私には名前が存在しないの。今までずっと、この誰もいない世界で生きてきたから……誰からも私は呼ばれることがなかったから」

女の子は俯きながら自分の境遇を語る。その横顔は最初に見たときと同じ表情だった。

――――あの、悲愴に暮れた顔。

「名前、つけてあげよっか?」

「ほえ?」

女の子は顔をこちらに向けた。女の子の顔を見つめるのが恥ずかしくて、逆に僕が女の子から目を逸らし山岳を見やる。

「名前ないんでしょ? だったら僕が名前つけようか? ずっと、『君』って呼ぶのも嫌だし」

「……ほんとに?」

「うん」

「じゃあ……しゅうくんが付けた名前が気に入ったらそれにする」

むむ。それは僕のセンスが問われるということか。

僕は女の子の方をチラッと覗く。女の子は目をシリウスのように輝かせ、僕のことをジッと見ていた。僕が考える名前に相当期待しているように見える。

どうしようか……そういえばこの娘、全体的に白いんだよね。髪と瞳は違うけど。

白くて可愛い……

白愛はくあ

「え?」

「白愛はどう? 白に愛と書いて白愛」

「白愛……」

女の子は顎に指をあてて何やら考え込んでいる。

微妙だろうか? 確かに白愛って何だか外国人みたいだもんな……

「駄目かな?」

僕は女の子の顔を覗き込む。

「ううん! 白愛、凄くいい!」

「ホント?」

女の子はパァーッと明るい顔になって子供のように嬉しそうに言った。

「ありがとう、しゅうくん!!」

「うわっ……!」

白愛は突然、僕に飛びついてきた。小さな白愛の体を受け止めると、その体温が伝わってきて心臓が破裂しそうなほどに鼓動している。

えと……こういう時ってどうすればいいんだろう……? 手とかどこに置けば……

僕の腕は、白愛の背中から少し離れた位置を彷徨っていた。

白愛の髪から出ているであろう、甘いクリームのような匂いが僕の鼻腔をくすぐる。

さらに、ワンピース一枚という布地でしか白愛の地肌は守られていない。だから、白愛の柔らかいものが僕の胸に伝わってしまうわけで。

これはまずい……いや、いろんな意味でこれはまずいだろ……どんな意味があるかは知らないけど。

今はまだ理性が勝っているが、ずっとこのままだったら理性が崩壊する恐れがある。崩壊したら……なんて考えただけでゾッとする。

僕は白愛の肩をつかみ、自分から引き離した。

名残惜しい気持ちはあるけれど……

「そ、そんなに良かった?」

僕は邪な気持ちを紛らすために話を元に戻した。

「うん! すごくいい」

邪な気持ちなど、白愛の喜ぶ顔を見ていたら消えていったが。

僕は自分が付けた名前がここまで気に入られるとは思ってなかったので、凄く照れる。

「……そろそろ時間かな」

「え?」

が、白愛の言葉で冷静になった。

「そろそろ、しゅうくんの夢が解けちゃう」

「ごめん。意味がわからないんだけど……」

白愛の顔はまたも悲しそうな表情だった。

どうして……どうしてそんな顔をするんだろう。せっかく笑ってくれたと思ったのに……

「ここは、人々が見る夢の世界――――通称『ドルシー』。ドルシーはたくさんあるんだけど、この世界はその中の一つ。でも、ここにくる人は今まで一人もいなかった。よくわからないけど、ここには人は来れにくいみたいなの。しゅうくんが初めてだったんだよ?」

白愛は、笑顔でこの世界の説明をした。その笑顔は、作り物だったけれど。

「夢の世界って……夢って、あの寝てるときに見る夢?」

「うん」

これが夢なんだということは初めから気づいていた。

でも、白愛に会ってそのことをすっかり失念していた。いや、違う……


僕は――――


僕は、これが夢だと思いたくなかったのだ。

白愛みたいな可愛い娘と出会って、話してみると意外と子供っぽくて……

そんな白愛と過ごした今までの時間が、夢だなんて思いたくなかった。ずっと白愛の笑顔を見ていたかった。これが現実で、こんな毎日がいつまでも送れたらいいと願っていた。

でも……

「夢」は覚めるものだ。

例えどんなに長い時間夢を見ていたとしても、いつかは必ず覚める。

「やっぱり、これは……夢なんだね」

ポツリと零したその言葉に白愛は「うん」と頷く。

「大丈夫――」

「大丈夫じゃない!」

僕は白愛の根拠のない言葉につい叫んでいた。叫んでからしまったと思ったが、いまさらもう遅い。

僕は拳をギュッと力強く握った。涙が自然と頬を伝った。

「大丈夫だよ、しゅうくん」

「!」

突然、拳を暖かくて柔らかい感触が包んだ。

「白愛……」

白愛は僕の拳を両手で覆っていた。白愛は幼い子供をあやすように優しく微笑んだ。

「大丈夫。確かに夢はいつか覚めるもの。でもね……覚めたのなら、そこにはまた世界が広がっている。現実という世界が」

「でも! そこに白愛はいない」

「うん……」

「だったら何が大丈……!」

顔を上げれば、そこには絶対的な確信を持った白愛の瞳があった。

「ドルシーの世界に来る人々は、心に何らかの傷を負った人々。しゅうくんも、きっと傷を抱えているからここにきた。私たちドルシーの住人の仕事は、その人たちの傷をいやすこと。だから」

白愛はそこでとびっきりの笑顔の花を咲かせた。

「目を覚ませばそこには傷が癒えたしゅうくんがいる」

「そんな保障どこにも……」

「ううん。いるの。ドルシーにきた人々は、その住人と出会って話をすると傷が癒える……それはこの世界の摂理なの」

諭すように白愛は説く。


――――先日、僕の弟が交通事故で亡くなった。

弟は本当に素直な優しい奴で、絶対にわがままを言わなかった。

僕は兄として、そんな弟にわがままを言ってほしかった。また、それを叶えたかった。

でももうそれを叶えることはできない。


そうか。だから僕はここに来たのか……


「大丈夫。しゅうくんが心に傷を負ったらまたここに来る。それにしゅうくんが起きた時には、この世界であったことを全て忘れているから」

全て忘れる?

この世界であったこと全て忘れられてしまうのか? ここに来た人々に。

ただでさえ、誰もいないこの世界で過ごしてきたというのに、誰の記憶にも残らないなんて、そんなの……

「そんなの、悲しすぎるよ」

「大丈夫。慣れてるから」

まさかーー

「僕は前にもここにきているのか?」

「……」

白愛はその質問には答えなかった。

「もう夢がとけちゃう……バイバイ! しゅうくん!」

「待って! 白愛!」

刹那。強烈な突風が吹きぬけた。

駄目だ。目が開けられない……!

本当にもう僕は夢から覚めるのだろう。

なぜだか、そんな確証があった。だったら……!

「白愛! ありがとう!! 僕は白愛が好きだ――――!」

吹き抜ける風の嵐の中。白愛に届くようにと、僕は叫んだ。

それから間も無く、僕の意識はブラックアウトした。




「馬鹿……」

白愛は修一の最後のお礼と告白が聞こえていた。

「しゅうくんは忘れられるからいいけど、私は忘れられないのよ! それなのに……!」

修一は今までもドルシーに3回来ていた。今回ので4回目である。

「私だって言いたいのに……!」

しかし、叶わない恋だとわかっているからそれは出来ない。

白愛にできるのは、修一が再びここに来た時、初めて会った風を装い話すことだけだ。

(でも……これでしゅうくんの傷が癒えるなら、嬉しい)

白愛はそう思うことで何とか自分を支えてきた。

(しゅうくん。私に名前を付けてくれた……)

修一は前回ここに来た時、『白愛』という名前など付けずにそのまま帰ってしまった。

だが今回は付けてくれた。そのことが白愛にとっては凄く嬉しかった。

白愛は再び遠くにある山岳を見つめる。

その横顔は……

修一がこの世界に来て、最初に見た表情、ではなかった。どこか嬉しそうで、少なくとも悲愴に暮れてなどいない。

白愛は待ち続ける。

修一が再びこの世界に来ることを。

例え自分のことを覚えてなかったとしても、また好きと言ってもらうために。


ここまで読んでくださり、ありがとうございましたm(_ _)m

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