拠点
扉の先にあるのは、更に3つの扉。
左に1つ。
正面に1つ。
右に1つ。
僕は四つん這いの情けない格好で動きながら、左の扉に手を触れる。
ポーン、という音と共に左の扉が開いて、中の光景が露わになる。
そこにあったのは、何処かのマンションの一室のような光景。
白い壁。
壁にかかった時計。
ふわふわの絨毯。
何処のものか定かではない光景を映す窓。
大きめの机と椅子。
ちょっと立派な革張りのソファーセット。
そして、部屋の隅に置かれたベッド。
ジョークで置いたトイレやシャワールームも完備。
そう、これはゲストルームだ。
設定としては……なんだったかな。
急な来客を泊める為の部屋……だった、はずだ。
右の部屋は応接室になっていて、機密を見せずに来客に対応する為の部屋、という設定だ。
つまり入ってすぐのこの階は、拠点としての大事な機能はほとんど設定していない。
大事な物は、正面の扉から入るエレベーターで降りた先の、僕がレベル2区画と呼んでいた場所にあるのだ。
でも、それでもこの場所も僕が設定した大事な場所である事に変わりはない。
ふわふわの絨毯に身を横たえて、僕は深く息を吐く。
「はあ……このまま寝ちゃいそう……」
部屋の床に設定した高級絨毯は、こうして現実になってみると物凄く気持ちいい。
すっかり動けない僕にとっては、布団に匹敵する抗いがたさを持っている。
それに、ここでなら。
ここでなら、寝ていても敵が出てくる事なんてない。
ここには、僕だけしかいない。
ここには、僕しか入ってこれない。
「安らぐなあ……」
別に引きこもりのつもりはないんだけれども。
僕自身の微妙な状況とか。
今日あった色んな事とか。
正直、僕には処理しきれない。
だから、こうしてゆっくりするのは間違いじゃない……と、思う。
柔らかい絨毯をもふもふと触って。
「……ああっ!」
僕は大事な事を思い出して立ち上がる。
「こんな事やってる場合じゃない!」
僕は気合いと共に立ち上がり、扉に触れて開ける。
この拠点の扉は基本的に僕が認めた人しか開けられない。
僕自身は、勿論フリーパスだ。
バタバタと僕は走りながら、真ん中の扉に触れる。
ブゥン、という何かのスイッチが入ったような音がした後、ポーン、という音と共に扉が開く。
エレベーターの中に入ると、扉は自動で閉まって僕を下の部屋へと連れて行く。
そして再びポーン、という音が響いて。
開いた扉の先には、僕がレベル2と呼んでいた区画……超古代遺跡風の、いわゆる未来的な内装の部屋が現れる。
何処かの光景を映している壁の巨大モニター。
ゲーム内では適当な風景を映していたけど、今はどうやらアルギオス山脈の何処かを映しているようだった。
壁沿いにセットされた機器や端末。
これ等もほとんどはただの装飾に過ぎなかったけど、たぶん今では何かに使える。
そして、如何にも司令官風の席。
ゲーム時代に様々な拠点の設定やゲーム機能を扱えた場所だ。
本来はあそこの機能を使う為にここにきたんだけど。
僕はそこを通り過ぎて、エレベーターとは反対側の扉を開ける。
そこは、プレイヤー……機士用の部屋。
このプライベート空間の中でも、更にプライベート。
何故なら、此処には。
「にゃーん」
「わあ、わあ! やっぱり居たあ!」
何処かの風景を映している窓際で丸くなっている猫の姿。
課金アイテムの永遠猫だ!
設定としては、超古代文明の遺産でありプリンセスギアのペットとして造られた永久に生きる猫……だったかな。
無限給餌機や猫トイレなどの機能付き装飾を含めた愛猫セットが、価格は3000円。
実装当時は運営が回収モードに入ったと騒がれたけど、緻密に設定された永遠猫の可愛らしさにメロメロになったプレイヤーは僕含め、本当に多かった。
色んな種類を出してほしいという要望が出た時点で、当時の運営の大勝利だったに違いない。
僕は部屋の隅で水と餌の入った無限給餌機をチラリと見た後、永遠猫に視線を戻す。
無限猫……ミケと名前を設定した永遠猫は、こっちを見向きもしない。
「ミケー、ミケー」
名前を呼ぶ僕に、ミケはおざなりに尻尾を振って答える。
……くっ、可愛いなあもう!
僕はミケを捕まえるべく窓際に寄って。
「捕まえたあ!」
「フシャーッ!」
……そこまで怒る事無いじゃないか。
しょぼんとしながらミケの肉球をふにふに。
そうしていると、窓の外の風景に気付く。
「……あれ? これって……スタット平原?」
何処かで見た風景だと思っていたら、間違いない。
スタット草原の光景が窓の外に映し出されている。
この窓は開けられないからアレだけども……そうなると、これって窓に見せかけた映写機か何か、なのかな?
考え込む僕の腕をミケは抜け出して、無限給餌機のエサを食べ始めている。
うーん。
こうして拠点が現実になってみると、謎が多いなあ。
この拠点に他にある機能としては、武姫の回復を早めたりスキルセットを行ったりする、ラボと呼ばれる部屋がある。
武姫である僕の部屋は、本来はそっちなんだけど。
「……」
僕の足に身体をすりつけて匂いをつけているミケを見て、僕の心は決まった。
僕の部屋は此処。回復上昇効果なんて知った事か。
ベッドの上で寝息をたてはじめたミケをそのままに、僕は中央のモニタールームに移動する。
司令官席に座って、僕は並んだキーボードを見回す。
うーん、サッパリ分からない。
でもまあ、たぶんコレを使う必要はない。
「コマンドオープン」
拠点設定
基本メニュー
終了
僕の声に反応して、目の前に拠点コマンド画面が現れる。
拠点設定コマンドは部屋の内装や侵入許可設定などを操作するためのコマンドだ。
こうして現実になった拠点を見る限りだと、もう少し色々出来そうだけど……今は置いておく。
僕は基本メニューを開いて、その中から倉庫コマンドを開く。
「んー……と」
プリンセスギアの倉庫は、分類で分けられている。
武器防具、消費アイテム、拠点アイテムや装飾アイテム、その他……といった具合だ。
上限を超えない限り自動で分類される為、僕は色々放り込んでいた。
その中の装飾アイテムから僕は腰につけるタイプの小さい鞄を1つ選んで取り出す。
それを装備すると、鞄のものらしき感覚が腰のあたりに追加される。
ためしに触ってみると、確かにそこに鞄が追加されている。
これで、外でもアイテムコマンドが使えるようになったはずだ。
「あとは手に入れたアイテムを……」
アイテムウインドウに入っていたものを、片っ端から倉庫に放り込んでいく。
元々あまり大したものはないから、分類は倉庫任せ。
アイテムウインドウが空になったのを確認すると、今度は消費アイテムのタブを開く。
並んでいるポーションから、効果のあまり高くない初心者用ポーションを幾つかアイテムウインドウに放り込む。
ゲームを始めるとドッサリ貰える初心者用ポーションは、何となくもったいなくて使わずに終わってしまうアイテムの代表格だ。
同様に使わずとっておいた初心者用魂力ポーションをアイテムウインドウに放り込む。
こっちは数がそんなに多くないので、普通の魂力ポーションもアイテムウインドウに追加する。
生命力を回復するポーションと比べると魂力ポーションは高い。
それでも、持っていかないという選択肢だけはない。
魂力の減少がどれだけマズイ事かは、僕自身が身を持って体感している。
更に状態回復用のポーションを何種類か放り込んで。
ちょっと悩んで、食糧アイテムも幾つかアイテムウインドウに放り込む。
僕自身は必要ないけど、食糧も持たずに歩き回っているというのは如何にも怪しい。
そういう点で、必要になってくる場面もあるだろう。
「あ……あれも、かな」
魔法スクロールを幾つかピックアップしてアイテムウインドウに放り込む。
魔法スクロールは魔法職が使うような魔法を使う事が出来る使い捨てのアイテムで、魔法職で無ければかなり便利な物だ。
僕が今回選んだのは速度増加と攻撃力増加、フリーズストームのスクロールだ。
フリーズストームは名前の通り、範囲攻撃のスクロールだ。
魔法攻撃に必要な知能の能力をそんなに高く設定してない僕だと、そんなに威力は出せないけど。
けど、フリーズストームの重要な点は氷結の追加効果だ。
囲まれたときに足止めして逃げ出すには最適だし、ボスを氷結させれば雷系の攻撃の威力が増加する。
それだけでも、持っていく価値がある。
更には戦闘不能回避の身代わりドールを数個。
虎の子のエリクサーも3つアイテムウインドウに突っ込む。
「あとは……えーっと……」
まだ何か必要だった気がする。
うーん。
あ、そうだ。遠距離攻撃だ!
スキルで遠距離攻撃をどうにかする手もあるけど、遠距離攻撃のほとんどは魔法攻撃に分類される。
正直、今の僕に魔法攻撃を多用するのは荷が重い。
となると、サブ武器として遠距離武器を持つか、スクロールを大量に持つしかない。
スクロールは却下だろう。
数に限りがあるし、スクロール自体がそれなりに貴重品だ。
……となると、遠距離武器だ。
弓か、銃。
弓は扱いがそれなりに簡単で、「器用」の能力が大きく影響する。
確か「器用」の値はそれなり……だったはずだ。
矢もそれなりに備蓄はあるから、使える……とは思う。
次に、銃。
これは一種のロマン武器だ。
誰が扱ってもそれなりの結果は出すけど、ここぞという時の決定力に欠ける武器が多い。
これは銃の持つ利点であり欠点でもある部分なのだが、銃は基本ダメージを銃自体に、追加ダメージを装填した弾丸に依存しているのだ。
つまり威力の高い弾丸を威力の高い銃で撃てばいいのだけど。
そこまで破壊力のある銃は無いし、最低ダメージと最大ダメージのブレが大きい上に一定確率で銃がオーバーヒート状態になって使えなくなる。
更に一定以上のレベルの弾丸は店売りしてないのだ。
だから遠距離攻撃を魔法職以外が安定して使いたいなら、弓が無難。
これはプリンセスギアでは常識であり、銃を使うのは一部の物好きだけだ。
そして僕は、その物好きにあたる。
何故なら、僕は持っているのだ。
サンダーカノン。
属性銃と呼ばれる、それ自体が属性を持っている銃。
基本的に属性は弾に依存するから、銃が属性を持っていても何の意味もない。
けど、サンダーカノンは例外だ。
あらゆる弾丸は使用不可。
魂力を使用して雷属性の攻撃を放つのだ。
勿論、これだって銃の仲間だから色々と不便はある。
でも、それでも。
「ふ……ふっふっふ……」
ロマンっていう言葉は、やっぱり僕は大好きなのだ。