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逃亡という名の戦術

「ともかく!」


 気を取り直した僕は、盗賊親分にびしっと指を突き付ける。


「僕が来た以上、盗賊行為なんか許さないぞ!」

「へっ、許さなきゃどうだってんだ?」


 盗賊親分がくいっとアゴを動かすと、逃げないように馬車を囲んでいた盗賊手下達が馬車への攻撃を再開する。


「なあ、どうすんだオイ」

「こうするよ」


 こっちから目を離した隙に、僕は盗賊親分の懐に一気に飛び込んでいる。

 そのままボディに一発、ドスンと響く重めの一撃を入れる。


「えぼっ!?」


 金属鎧がちょっとヘコむくらいの一撃に、盗賊親分はよろよろと後ろに下がる。

 馬鹿だなあ、もう。

 武姫じゃないかと疑った時点で離れてればよかったのに。

 盗賊親分は足をガクガクとさせると、そのまま地面に膝をつく。


「お、親分!?」

「はーい、注目ー」


 前のめりに倒れて唸っている盗賊親分をそのままに、僕はガントレットを嵌めた手を叩く。


「このまま、このヒゲを持って帰ったら痛いことしないけど。どうする?」

「お、おい! 勝手にそんな事を!」

「鎧の人達は黙っててくれる?」


 軽く睨んで鎧の人達を黙らせると、ざわついていた盗賊達のうち、1人が僕の近くに近づいてくる。


「ん、交渉成立?」

「お、おう……」


 僕が頷いて一歩下がって見せると、盗賊は親分を引きずるように仲間の元へ連れて行って……数人で、抱えるようにして逃げていく。

 うーん、あの反応は……完璧に武姫だって思われてるな。

 仕方ないけど。

 真実だしね。

 

 そうやって盗賊達が居なくなると、そこには鎧の人達と馬車だけが残った。


「じゃ、僕はこれで……」

「ま、待て……待ってくれ!」

「嫌です。それじゃ」


 待ちたくなんかないです。

 余計なフラグも欲しくないし、余分なクエストもいらないです。

 つまり、待つ理由なんかゼロです。

 僕が身を翻すと、そこに馬車の中から声が響く。


「お、お待ちになってください!」


 何処かで聞いた声……っていうか。

 さっき悲鳴あげてた人の声だ。


「せめて、お礼を言わせてください……!」

「いや、恩を売る為に助けたわけじゃないですから」

「それでも……お礼も言わずに帰したとなれば一生の恥! どうか、どうかお待ちになって!」


 慌てたように馬車の扉を開けようとする音が響く。

 うわあ、もう。

 断りにくい事するなあ……。

 この状況で居なくなったら僕、外道じゃないか。


「ひ、姫様……!」

 

 慌てたように扉の両側に陣取る鎧の人。

 ていうか、ちょっと。

 姫様って。

 一般市民とか豪商通り越して姫様って。

 やっぱり逃げた方がよかったかなあ……と思っている僕の前に出てきたのは、成程。

 豪奢な青いドレスを着た、可愛らしい金髪のお姫様。

 騎士の手を借りて馬車から降りてくると、お姫様はスカートの裾をつまんでお辞儀をする。


「ダイアルド国第3王女、ルビリアです。この度は助かりました」


 ……うん、凄く知ってる。

 イベントで何度か見た事ある。

 確か政治的能力が高い上にお転婆で行動力まで兼ね備えた、通称……冒険姫。

 国民の人気が一番高いお姫様……だったかな。


「お忍びの旅の帰りだったのですが……王都のこんな近くで盗賊にあうとは思ってもいませんでした。あのままだとどうなっていたか……本当にありがとうございます」

「いえいえ、偶然通りがかっただけですので」


 手を振って僕は答える。

 話せば話す程ボロが出る、身元不明の怪しい僕。

 下手な事を言えば、恩人から不審者へのクラスチェンジは一瞬だ。


「出来れば、王都でお礼をしたいのですが……貴方の機士の方はどちらに?」

「へ?」

「貴方のような素晴らしい武姫のパートナー……きっと、高名な方なのでしょうね」


 あ、すでにマズイ。

 僕が武姫ってこと前提で話進んでる。

 おっかしいな、そんな目立つ事はしてないはずなんだけど。

 というより、この話の流れはマズイ。

 僕には機士なんていないんだから。

 はぐれ武姫だなんて、万が一にもバレるわけにはいかない。


「えっと……僕、用事の途中でして! もう行かないと!」

「あら、それは申し訳ありません」


 よし、ナイス僕!

 この言い訳なら近くに機士がいなくても何とかなる!

 しかも嘘もついてないぞ!

 ルビリア姫の微笑みに僕は成功を確信する。


「それでは、改めてお礼を致しますのでお名前とお住まいを教えて頂けると嬉しいのですが……」


 やだもう、食いついてきたあ!

 でも当然の要求過ぎる!

 こうなったら、えーと。


「え、えーと。僕はアリスです。それじゃ!」

「あ、いえ……って、あ!」


 ダメダメ、これ以上はもう無理!

 すでにかなり不審者だったよ僕!

 

 とにかく全力で走って、声の聞こえなくなる距離まで遠ざかる。

 よし、このままアルギオス山脈まで行っちゃおう!

 僕はそう決めて、スピードを更に上げる。

 とにかく拠点だ。

 そこまで行って、後の事はそれから考えよう!


「オブオオン!」

「邪魔っ!」


 目の前に出現した暴れブタを弾き飛ばして、僕は走る。

 今更スタット平原のモンスターなんか敵じゃない!

 

 王都を迂回するように走って。僕は目の前に見えるアルギオス山脈に向かって走る。

 緑の月に照らされたスタット平原の幻想的な光景なんて、楽しむ暇すらない。

 これ以上誰かに会うのは御免だもの。


「……ふう」


 走って、走って。

 到着した場所で、僕は広がる光景を見つめる。

 アルギオス山脈。

 遥か昔のデビルフォースとの戦いの際の拠点である砦のあった場所。

 今では砦は放棄され、モンスターの住まう廃墟になっている……という設定だけど、たぶんそのままの設定が活きているんだと思う。

 何しろ、僕は見上げる登山口。

 探索者が切り開いたとされる其処と、その周りの掘っ建て小屋までそのままなんだもの。

 なんだか、こういうのを見ると意味の分からない感動がこみあげてくる。

 ああ、同じだ! みたいな、そういう感じ。


「……よし!」


 気合いを入れて、僕は登山口に進んでいく。

 ここまで設定が同じという事は、バッタリと探索者と出会いかねないということでもある。

 またさっきみたいなトラブルは御免だし……慎重にいかないとね。


「えーっと……確か、そんなに迷う場所じゃなかった、よね」


 自分の拠点があるかもしれない場所を思い出しながら、僕はアルギオス山脈に侵入する。

 ここから先は、適正レベル25。

 今の僕はポーションも使えない身なんだから、出来る限り戦闘は避けて進みたい。

 意外に広い道を進みながら、僕は辺りを警戒する。

 ウインドホークみたいな飛行系は此処には出ないけれど、代わりに此処にはロック系のモンスターが出る。

 例えば、ウッドドールの上位互換のロックドール。

 岩の巨大蛇、ロックワーム。

 岩巨人、ロックゴーレム。

 ボスモンスターのロックドラゴンでも出ようものなら、間違いなく殺されてしまう。

 それどころか、今の僕だとスキルを使ってようやくロックドールに勝てる程度だと思う。

 回復手段の無い現状で、そんなリスクの高い事をするわけにはいかない。

 幸いにも道は広いから、ロックゴーレムが出たって逃げ切れる。

 そう、ロック系のモンスターは皆鈍足なのだ。

 そして、僕は足が速い。

 つまり、導かれる答えは1つ。


「楽勝……ってことだよねー!」


 カラカラと笑う僕の背後で、ガラガラと音が鳴る。

 そして、月明かりの下で僕を覆う影。


「……あれえ?」


 振り向いた視界に映るのは、拳を振り上げたロックゴーレムの姿。

 慌てて走る僕の背後で、地響きと共にロックゴーレムの拳が振り下ろされる。

 ズズン、と。

 大地を揺るがす一撃に僕は本気で肝を冷やす。

 あんなの今の僕が受けたら、一撃でスクラップになっちゃう。

 ていうか、なんでよりによって背後に!

 でも、前方に出てこられるよりはマシ……なのかな?


 そんな事を考えながら、僕は走る。

 とにかく今の僕は逃亡の一択。

 とにかく逃げて逃げ切るのみ。

 そうして、僕は山道を走る。

 突然真横に現れたロックワームから逃げて。

 一息ついたところに出現したロックドールから逃げて。

 そうして逃げているうちに、僕はとても見覚えのある場所にやってきていた。


「あ、ここは……」


 そこは、今まで通ってきた山道よりも更に広い場所。

 言うなれば、広場とでも言うべき空間。

 周りを切り立った崖に囲まれた此処のあちこちには、人が入れそうな亀裂がある。


 ……そう、此処こそがアルギオス山脈の安全地帯。

 モンスターの出ない場所であり、此処にある亀裂が拠点として利用可能な入り口になっているのだ。

 フィールドの景観を崩さない為の苦肉の策にしか見えないこの場所はしかし、アルギオス山脈の設定もあって古代遺跡を利用しました的なロールプレイを楽しみたいプレイヤーには人気の場所でもあった。


「……」


 辺りを見回した後。僕は亀裂の1つに頭を突っ込む。

 ゲーム時代はこのほとんどが拠点で埋まっていたけれど。


「何もない……か」


 そこを吹き抜けるのは、ただ風のみ。

 幾つかの亀裂にそうして頭を突っ込んだ後、僕は溜息をついて。

 亀裂の中でも、かなり大きな亀裂に入り込む。

 亀裂の中を進んで、奥に入る。


「……あった……」


 そこにあったのは、薄い青色の金属で出来た扉。

 鍵穴の1つすら無い近未来的な扉はしかし、この世界においては超古代文明の扉とされている。

 けれど、僕にとっては見慣れた扉だ。


「今の僕に開けられるかな……?」


 扉に手をかざすとポーン、という電子音と共に扉がスライドして開く。

 よかった、アカウントが一緒だから大丈夫だったのかな?

 慌てて部屋に転がり込むと、そこには何度も見た僕の拠点の風景が広がっていた。

 プリンセスギアの……ゲームの中で散々見た、僕の拠点。

 パシュッという音を立てて扉が閉まり、僕はヘナヘナと床に座り込む。

 転生して、ストナの森に居て。

 調子にのって、フォレストゴーレムに殺されかけて。

 走り抜けて、人と会わないつもりがお姫様に会っちゃって。

 新しい世界の最初の一日で、こんなにもたくさんの事があって。


「は、はは……立てない、や」


 思ったよりもずっと、僕は緊張してたらしい。

 頑張って立とうとしても、ちっとも動けやしない。

 僕の拠点。

 僕だけの、安心できる場所。

 そこで僕は、ようやくほっとした笑顔を浮かべられたんだ。

 

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