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月夜

「もう夜、か」


 ストナの森の木々の隙間から見える夜空。

 満天の星空。

 博識な人であれば星座の違いが云々とかで異世界を再実感するんだろうけど。

 僕には、そんな知識は無い。

 星がいっぱいで綺麗だなあ……くらいのものだ。

 そして何よりも、もっと異世界を感じる箇所がある。


「今夜は緑の月か……微妙なとこだな」


 このエメラルディアの世界にある月は、4つ。

 誕生の白の月。

 静寂の青の月。

 惑いの緑の月。

 終末の赤の月。


 白の月がもっとも輝く夜は、何も変わらない。

 青の月がもっとも輝く夜は、モンスターも静かになる。

 緑の月がもっとも輝く夜は、何が起こるか分からない。

 赤の月がもっとも輝く夜は、モンスターが狂暴になる。


 ゲーム時代では、緑の月か赤の月の夜に狩りにいくプレイヤーが多かった。

 緑の月の夜は、時々経験値が微妙に増加する事があったのだ。

 赤の月の夜はモンスターが全てアクティブになる上に数も増えるから、大量に狩る事が出来た。


 でも、現実となった今では緑の月の夜は何処となく不安だ。

 何が起こるか分からない。

 それが文字通りの意味になる可能性だってあるんだから。

 何しろ僕の現状ときたら、アイテム使用不能なんていう縛りがついている。

 回復手段が休むかレベルアップしかない現状では、何が起こるか分からない緑の月は不安しかない。

 

 ……いや、それでも。

 赤の月の夜よりはマシなのかもしれない。

 もし今夜が赤の月の夜だったら、僕は今頃避難場所探しに奔走していたはずだ。

 何しろ、今の僕には範囲攻撃なんてないんだから。

 ウッドドールだけならまだしも、泥スライムや枯葉の精霊に囲まれたらと思うとぞっとする。


 僕は走って、走って。

 ふと、今日は何も口にしていない事に気づいた。

 そう、この世界に降り立ったのが……たぶん、朝。

 そして、今は夜。

 何も口にしていない割には、喉の渇きも空腹も感じない。

 その理由を考え……すぐに思い当たる。


「そっか。僕、武姫だもんなあ」


 プリンセスギアでは、プレイヤーである機士は食事や水分補給が必須となる。

 怠れば倒れるし、集中力の低下によるステータスダウンなども発生する。

 それに比べ、武姫は食事も水も必要ない。

 勿論摂取して生命力や魂力の回復も出来るし、武姫の好みのものを提供することによって親密度も上がる。

 しかし、厳密に言えば武姫は何も食べなくても、飲まなくても稼働可能なのだ。

 

「……凄い身体だよなあ、考えてみると」


 エネルギー補給なしで動くって、どういう身体なんだろう。

 こうして武姫になってみても、どういう原理なのかサッパリ分からない。

 目の前に現れたウッドドールを右拳の一撃で破壊して、僕は走る。

 ストナの森の出口までは、もうすぐ。


「……っと!」


 ストナの森の出口。

 アビト渓谷に繋がる場所で、僕はストナの森の奥を振り返る。

 僕が目覚めた場所。

 僕が死にかけた場所。

 そこに向かって、僕は叫ぶ。


「バーカ、バーカ! いつか戻ってきてブッ飛ばしてやるから覚えてろー!」


 姿すら見えないフォレストゴーレムに向かって、叫ぶ。

 今の僕には倒せそうにないけど、近いうちに必ず。

 散々叫んで、僕はストナの森に背を向ける。

 ここからは、アビト渓谷。

 ここをちょっと進めば、王都ライデンのあるスタット平原に辿り着く。

 初心者レベルの人にとっては、アビト渓谷は基本的に急いで通り抜ける場所だ。

 何しろ此処は空を飛ぶ敵が多くて、近距離タイプにはちょっと辛い。

 遠距離攻撃タイプなら苦労はしないけど、初心者レベルだとそれでも辛い。


 つまり、何を言いたいかと言うと。

 僕に向かって飛んできている緑色の鳥……ウインドホークに対して、僕は効果的な攻撃手段をもたないということだ。


「鳥目のくせに! 鳥目のくせにー!」


 ウインドホークの飛ばしてくるエアショットを躱しながら僕は全力で走る。

 ウインドホーク。

 風属性の遠距離攻撃、エアショットを使って攻撃してくるモンスターだ。

 一匹ならともかく、リンク……近くの仲間も一緒に攻撃してくる厄介極まりない相手だ。


「ってうわあ、増えてる!」


 ウインドショットが激しくなってきたと思ったら、1匹増えてる!

 マズイ、マズイ!

 このまま増えたら避けきれない……早く逃げ切らないと!


「くるなくるな、こっちくるなー!」


 叫びながら、僕は走る。

 ああ、もう!

 せめて遠距離スキルの1つくらいセットしとくんだった!

 僕のバカ!

 何が浪漫だ!


「うわおーっ!?」


 足元に着弾したエアショットに冷や汗を流しながら、僕は必死で逃げて。

 ストナ渓谷の雄大な景色を楽しむ暇も余裕もないまま、一気にスタット平原まで転がり出る。


「に、逃げ切ったぁ……」


 戻っていくウインドホークを見ながら、僕は草の上にへたりこんで荒い息をつく。

 遠距離攻撃で削り殺されるなんて、冗談じゃない。

 心の復讐ノートにウインドホークを追加しながら、僕はゆっくりと深呼吸する。

 身体の中に広がる、草の香り。

 風に吹かれてさわさわと揺れる草の上に、僕は寝転がる。


 スタット平原。

 初心者が最初に出るフィールドの1つだ。

 正直、此処は安全すぎる程に安全な場所だ。

 出てくるモンスターは弱いし、アクティブモンスターもいない。


 まあ、現実な此処でアクティブ云々の設定が活きているとも思えないけど……それを差し引いても、安全と言える。

 遠距離攻撃する奴も、ボスもいないしね。

 だから、僕が此処で警戒するべきは……むしろ、人との遭遇だ。

 何しろ、僕は野良の武姫。

 人に見られたりしたら、余計な騒動しか起こしそうにない存在だ。

 異世界転生して他の人と会えないというのも寂しいものはあるけど。

 人里に行くにしてもせめて、余裕が出来てからにするべきだろう。

 今の僕には、とにかく余裕が無さすぎる。

 僕は、今のこの世界がどういう状況かすらも知らないんだから。


 エメラルディア。

 魔法と科学の融合した世界。

 デビルフォースとの終わりなき戦いを続ける世界。


 プリンセスギアでは、デビルフォースはイベントとして出現したことがあった。

 現れる異形の軍勢とプレイヤー達は激突し、激しい戦いを繰り広げた。

 ……そう。

 モンスターとデビルフォースは、違うモノだ。

 世界の法則の中にあるモンスターと違い、デビルフォースは世界の歪みだと言われている。

 何故そんなものが出来るのかは分からない。

 けれど、デビルフォースに敗北する時は世界の終りだと言われている。

 ゲームの頃は、そんなものは場を盛り上げる設定でしかなかった。

 けれど……今は、違う。

 僕はこのエメラルディアに生きている。

 だから、いつかデビルフォースが現れるなら……僕は、僕の生きる場所を守る為に戦わなきゃいけない。

 でも、今の僕では無理だ。

 もし、この場にデビルフォースが現れたなら……今の僕では、抵抗すら出来ずに殺されるだろう。

 この世界で、次にいつデビルフォースが現れるのか僕には分からない。

 でも、いつかその時は必ず来る。

 その時までに、僕は強くならなきゃいけない。

 幸いにも、プリンセスギアの世界観ではこうなっている。

 プリンセスギアの活躍によってデビルフォースは壊滅し、世界の歪みは大きく正された。

 現在の歪みは小さいものになり、デビルフォースの力も限定的なものに留まっている……と。


 つまり、僕がプリンセスギアのプロローグを再現するような羽目にはならない、ということだ。

 それさえわかっていれば、多少気は楽になるというものだ。


「……よしっ」


 飛び起きて、僕は思い切り伸びをする。

 幾ら安全とはいえ、此処は王都の近くだ。

 いつ人と出会うか分からないし、夜のうちに駆け抜けてしまうに限る。

 うろ覚えの柔軟体操をすると、僕はアルギオス山脈に向けて走り出そうとする。


「キャァァア!」


 ガキーン、カキーン。

 悲鳴と共に、金属がぶつかり合う音が響く。


「……えーと」


 どう考えても戦闘音。

 しかも、モンスター相手じゃ響きそうにない金属音。

 どう考えてもこれは……あれだよね。

 盗賊に襲われる商人の馬車とか、乗合馬車とか、そういうの。

 ……そっか。プリンセスギアでもクエストで護衛とかあったよなあ。

 盗賊かあ……。


 ちょっと考えて、僕は悲鳴の聞こえた方角へと向けて走り出す。

 人とは出会いたくなかったけど、もう仕方がない。

 聞こえちゃった以上、見捨てるなんて出来ない。

 ああ、もう!

 行ってみて襲われてる方が強すぎて盗賊全部撃退とかなってたらいいなあ!


「……うわーお」


 そんな僕の願いも空しく、襲撃者の盗賊と思わしき方は結構な数が居た。

 街道の中央にある立派な馬車の周りを固めているのは、立派な鎧を着た人達。

 強いみたいだけど、どう見ても多勢に無勢。

 ていうか、あの馬車も。

 凄い立派だよ……。一体何処の何方様なのやら。

 うう、関わりたくないなあ。

 でも、頑張って馬車を守っている鎧の人に向けて何やら詠唱らしきものをする盗賊の男の姿。

 魔法使いか……あー、もう。パッとやってパッと逃げよう!

 僕は一気に飛び出すと、詠唱を完成させようとしていた男を蹴り倒す。


「ぶほあっ!?」


 モンスターじゃないから、ある程度手加減。

 うん、ちょっとピクピクしてるけど元気だね。


「だ、誰だテメエ!」


 なんか一番偉そうな装備の盗賊が、僕に向かって叫ぶ。

 これがリーダーかな?

 ピカピカの金属鎧の上に何かの毛皮を被って、更には棘付きの兜。

 偉そうな髭まで生やして、これでリーダーじゃなかったら詐欺だと思う。


「名乗るほどの者じゃないさ……あえて言うなら、こんな静かな夜に人を襲う外道の敵かな」

「小娘が……不意打ちでルクナーを倒したからって、調子にのってんじゃねえぞ」


 あ、ひょっとして僕、武姫だってバレてない?

 ならイケるかも?


「いくら武姫が強ぇったってな。その辺に隠れてるテメエのご主人様を捕まえちまえばこっちの勝ちなんだよ」


 あ、バレてました。

 即バレじゃん。


「ぼ、僕、武姫なんかじゃないヨ?」

「ウソつけえ! そんな奇天烈な格好した奴が武姫じゃねえわけあるかあ!」

「な、なんてこと言うんだバカ! テンプレ盗賊スタイルのくせに! 何その毛皮、カッコイイと思ってんの? バーカ、バーカ! 髭達磨!」

「ん、んだとお!?」

「大体、違うもん! こ、この格好は僕の趣味だ! こんな超カッコイイ格好を奇天烈とか……このセンスゼロ!」


 全く、このカッコよさが分からないなんて。

 確かに僕は武姫だけど、奇天烈なんかじゃないぞ。


「……いや、結構アレだよな……」

「ああ……ちょっとな……」


 あ、あれれー?

 鎧の人達まで!?

 くそう、僕の最高傑作なのに。

 なんで皆可哀想なものを見る目で僕を見るんだ。

 ……泣いてなんかいないぞ。

 ぐすん。

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