回避と防御
ウッドドールの拳を、右に上半身を動かして避ける。
そのままカウンターで拳を突き入れ、ウッドドールを破壊。
砕けたウッドドールが地面に転がるのを見て、一息をつく。
フォレストゴーレムとの戦いで、僕は回避とか防御とかを真剣に考えるようになった。
転生して浮かれてはいたけれど、僕はレベル的にはまだまだ雑魚に過ぎない。
幾ら装備がいいっていっても、まだまだそれを使いこなせるレベルでもないのだ。
それだけじゃない。
いつかレベルが上がっていけば、装備の適正レベルになっても怖い連中がいる。
その時の為に、今から回避や防御を実際の感覚として覚えないといけない。
ゲームの中の「アリス」には出来ても、僕は回避や防御は上手くない。
幸いにもこの身体は近接戦闘用の素体で、最初のポイントも敏捷に結構な数値を振っている。
戦い方によっても今後のレベルアップ後の数値の上がり方が違うはず。
だから、こうして回避や防御を覚えるのは無駄じゃない。
「ウルロロロロ……」
突如響いた声に振り向くと、そこにはいつの間に湧いたのか、ゲル状の身体を大きく広げた泥スライムの姿。
僕を飲み込むように覆いかぶさってくる泥スライムを、慌てて僕はバックステップで回避する。
危ない、危ない。
スライム系の攻撃には捕縛の状態異常効果と継続ダメージ効果がある。
見つけたら優先的に撃破するのがセオリーだ。
「ウロルルルル……」
僕を飲み込み損ねた泥スライムは不満気に身体を収縮させ、丸いグミか何かのような通常形態に戻る。
この形態にただの雑魚と勘違いした初心者が突っ込んで飲み込まれるのを、僕はゲームで何度も見た。
こいつ、実は枯葉の精霊と同じ……という程ではないけど、物理攻撃が非常に効き辛いのだ。
具体的に言うと、無属性攻撃に対する耐性がやたらに高い。
倒せないわけじゃないんだけど、こいつの攻撃が厄介なのもあって、無属性攻撃だけだとやたらに苦労する。
魔法型だと、こいつの厄介さには全く気付かなかったりするんだけどね。
ともかく、こいつは今の僕としては逃げるか、スキルで倒すか。
どちらかが推奨行動ということになる。
まだレベルアップしてからスキルは使ってないし……泥スライムは経験値は悪くない。
ここで1回くらい使っても問題ない……かもしれない。
「……コード、セット」
覚悟を決めて、僕は発動の言葉を口にする。
セットしたスキルは、ライトニングナックル。
腕に青白い光を纏い、僕は疾走する。
「ウルロロロロ……!」
「ライトニングゥゥゥ!」
グミのようだった泥スライムの身体が縦に、横に広がっていく。
攻撃態勢に入ったようだけれど、こっちだってそうだ。
必殺の威力を秘めた拳を。僕は広がりきった泥スライムの身体に突き入れる。
「ナァァァックル!」
腕に纏った青白い光が、流れるように泥スライムの身体に伝わっていく。
ズドン、と。
拳を叩きつけた個所を中心に、衝撃がはしる。
衝撃で吹き飛んだ泥スライムを、激しいスパークが包む。
響くスパーク音の中で、泥スライムは身体を広げたり縮めたりしながら苦痛の声をあげる。
間違いない。完璧に極まった。
確信した僕は後ろにジャンプすると、そのまま着地。
泥スライムに背を向けて、腕を横に払う。
「ブラスト……エンド!」
僕の声と同時に輝く光。
勿論僕の声で発動したわけではなく、トドメ演出に僕がタイミングを合わせただけだ。
光の炸裂と共に響く爆発音。
泥スライムは、バラバラになって四散する。
「……きまった!」
全ての音と光が収まったその後で、僕はこみ上げる感動に震える。
そう、これだ。
こういうのがずっとやりたかったんだ。
「うわあ、もう。僕ってば超カッコいい! あは、あはは!」
ぴょんぴょんと跳ね回って、転がって。
目の前に転がっている泥スライムの残骸を見て、我に返る。
「あ、そっか。ドロップアイテム回収しとかないとね」
バラバラになったとはいえ残骸が残っているという事は、きっとアイテムも回収できるはず。
僕はとりあえず目に付いた大きめの残骸に手をかざし、唱える。
「回収」
アースドロップを手に入れました!
「む、レアアイテムかあ」
確か、入手確率がそれなりに低いアイテムだったと思う。
効果はよく覚えてないけど、消費アイテムだった気がする。
アイテムを実際に見てみれば分かるかもしれない。
そう考えて、僕はポケットに手を突っ込んでみる。
「ん」
何もない。
「んー?」
服のあちこちをパタパタと叩いてみる。
何もない。
カバンに類するアイテムは、アリスには設定していない。
「ん……と……」
そういえば、全く気にもしていなかったけど。
入手アイテムって何処に消えてるんだろう?
ゲームの時は確かドロップアイテムは全部プレイヤーである機士のアイテム一覧にあったけど。
こうして現実になってみると、何処に消えてるのかサッパリ分からない。
えっと……確か……。
「メニューオープン……わっ」
試しに言ってみると、目の前に見慣れたウインドウが出現する。
表示されているメニューはアイテム、装備、スキル、メッセージの4種類。
なんか随分少なくなっている気がする。
とりあえず、アイテムを選択。
カバンアイテムが装備されていない為、アイテムメニューを使用できません!
「……えぇー……」
つまり、カバンがないとアイテムが溜まるばっかりで取り出せないと。
そういうことのようだ。
「うーん、確か倉庫にはカバンあったよなあ」
プリンセスギアでは、倉庫はアカウント内共有になっている。
確か倉庫に幾つかデフォルト販売のものも含めて幾つか入れてあったはずだ。
……でもカバンなんて単なるアクセサリー扱いだったのに。
妙なところで世知辛い。
というよりも、今ので困ったことが判明した。
プリンセスギアでは、個人の所持できる重量を超えない限りはアイテムの種類や量を関係なく保持できる。
しかし、重量を超えると容赦なくステータス一時減少や移動速度減少のペナルティを受ける。
今の僕がアイテムコマンドを使えないということは、つまり。
下手にアイテム回収が出来ないということでもある。
元々アリスは新規キャラだからアイテムは装備重量しかないはずだけど、調子にのって散々アイテムを拾っている。
幸いにもまだ重量ペナルティは感じてはいない。
でも、これ以上はきっとマズイ。
何となくだけど、そんな気がする。
「倉庫、か……」
そう、それだ。
倉庫さえ使えればカバンを取り出せるしアイテムも格納できる。
でも倉庫があるのは各街か、拠点のみ。
街……は、この近くに王都ライデンがある。
其処で倉庫を使う為に必要なキャラがいたはずだけど。
でも、此処は現実であって無機質に対応してくれるわけじゃない。
そこで、僕の現状を考えてみる。
僕……機士のいない、野良の武姫。
ついでに武姫のオリジナルであるプリンセスギアの一体である疑惑あり。
「むう」
プリンセスギアの称号は隠してあるけど、野良武姫って時点でどう考えても騒ぎになる。
そう、プリンセスギアでは武姫は機士と契約しているのが普通の状態だ。
プリンセスギアで過去にイベントとして、はぐれギアやはぐれ武姫の討伐イベントなんてものもあったくらいだ。
今の僕が街に近づけば、間違いなく討伐対象になる。
つまり、街には行けない。
「うーん……」
つまり、僕が無事に倉庫を使うには拠点に行くしかない。
拠点。
それはプレイヤーの目的の1つでもあるモノだ。
各街や、あるいは外の決められた場所に設定できるモノであり、別名「自宅」とも呼ばれている。
武姫の回復を早める機器や、各種コマンドの使用、装飾アイテムによる飾りつけなど。
便利機能から自己満足まで、色々な事が出来た。
内装は基本セットから課金セットまで色々あり、それを元にプレイヤーが専用ツールでデザインをカスタマイズする事も出来た。
結果としてオフィス風からSF風まで、色々な拠点が溢れたものだ。
ちなみに僕の拠点は、課金アイテムの「超古代文明セット」を基本にカスタマイズしたものだ。
拠点は基本的にイェンと呼ばれる通貨で家賃を払い維持する設定になっている。
僕の拠点は確か……アルギオス山脈の中腹にあったはずだ。
場所的には、このストナの森から王都方面に進んだ先に見えた山だ。
適正レベルは25。
僕のバカ。
カッコいいからとか言って不便なところに設置しやがって。
ともかく、其処まで辿り着かないとどうしようもない。
辿り着いたとしても、この世界に僕の拠点がある保証もないけれど。
でも、たぶん。
なんとなくだけど、僕の拠点はこの世界にも存在する気がする。
僕がプリンセスギアとしてこの世界に転生したっていうんなら、それが存在した「遺跡」がないと矛盾するからだ。
……まあ、そんな都合なんて一切考慮されてない可能性もあるけど。
「ステータスオープン」
名前:アリス
レベル:12
装備:
闘神のガントレット
闘神の衣
闘神のブーツ
闘神のブレスレット
セットスキル:
ライトニングナックル
ライトニングキック
ライトニングアタック
称号:
プリンセスギア(非表示)
機士:
なし
レベル12。
ストナの森で上げようとしていた目標は15。
アルギオス山脈の適正レベルは25。
正直、まともに戦えるとは思えない。
アルギオス山脈にはアクティブモンスターは少なかったはずだけど……それはゲームの話だ。
この現実でも、そうであるとは限らない。
囲まれ襲われでもしたら、やられてしまう可能性だって充分にある。
そうなったら、今度こそ死ぬかもしれない。
「でも、拠点に辿り着きさえすれば状況が変わるんだよなあ……」
拠点に辿り着きさえすれば、全てのコマンドが使用可能になる。
倉庫だって使えるし、そうすれば溜め込んだアイテムを取り出せる。
高速回復だって出来るし、セットスキルの変更も出来る。
転送機能だってあるから、移動もある程度楽になる。
確かアイテムの通販機能だってあったはずだ。
「ん……んんー……」
悩む。
命をかけてみる価値は、充分にある。
拠点に辿り着きさえすれば、此処と拠点を行き来する事だって簡単になる。
何より、便利アイテムを色々使えるようになるのは大きい。
高速レべリングには、少なからず便利アイテムの使用は必須だ。
何よりポーションだって使えるようになれば死から遠ざかる。
全て、辿り着きさえすれば手に入る。
「……行くか」
結局、それしかない。
ライトニングナックルなら、まだ数回は使えるはず。
万が一の事があっても切り抜けられる……はずだ、と思う。
僕は自分を無理矢理納得させながら、ストナの森を抜けるべく走り出す。