お父さんは許しませんよ!
「こら、何処に行ってたのですか! そんな娘に育てた覚えはありませんよ!」
お屋敷に帰ってきた僕への最初の一言は、そんな意味不明のお叱りだった。
「ご、ごめんなさい?」
「まったくもう! 今日はもう夕ご飯抜きですからね!」
「え、あれ。お父さんじゃなくてお母さん役!?」
「チャブダイガエシという必殺技については聞いていますが、ちょっと石のテーブルをひっくり返すのは腰がですね?」
くねっと腰を曲げた気持ち悪い動きをするシュペル伯爵に、見ていたカルラさんが「うっ」と呻いて顔を背ける。
フリードさんも固まってしまっているが……そんな二人を見て、シュペル伯爵は「さて」と何事も無かったかのように真面目な表情に戻る。
「アリスさんを送ってくださって感謝しますよ、探索者のお二人。で、貴方達は何処の何方ですかな?」
「……ギルド「風の翼」です。俺はフリード、こっちのカルラを含めた数人でパーティを組んでいます」
「ああ、知っていますよ。あそこのギルドマスターは冗談が通じない硬い方でしたね」
「え……? マスターが?」
カルラさんが何とも言えない顔をしているのを見て、カルラさんから見た風の翼マスターとかいう人は「硬い人」ではないんだろうなあ、となんとなく理解する。
まあ、会った事ないから分からないんだけど……。
「楽しい事とノリが大好きな方というから、私も全力で臨んだのに……一言目が「帰れ」でしたからね」
「え、全力って……何やったんですか?」
シュペル伯爵の全力とか、悪い予感しかしない。
「何って。選び抜いたダンサー100人と一緒に陽気な音楽を奏でて、東方の神秘「神輿」で乗り付けただけですよ?」
「まさか! 油でテカテカのマッチョで拠点を埋め尽くした馬鹿貴族とかいうのは貴様か!?」
「え……まさかウチがしばらく「マッチョの翼」とか呼ばれたのって、この人のせいなの!?」
「うわあ」
酷すぎる。
酷いっていうか惨い。
「あの、一応聞きますけど細マッチョと普通のマッチョのどっちを……」
「細マッチョなんて単語は私は認めませんよ? 脱毛したゴリラと見分けがつかないくらいが至高です」
うん、地獄だ。
ていうか脱毛したゴリラってなにさ。
「まあ、とにかくありがとうございました。仕事というわけでもないでしょうに送ってくださったこと、深く感謝いたします。 お礼をさせていただきたいのですが、後日ギルドに送った方が?」
「いや、それよりも……アリスが狙われている件について話をしたい」
「うちの子をアリス呼ばわりしないで頂きましょうか。何気取りですか貴方」
僕を抱き寄せてシャー、と威嚇するシュペル伯爵にフリードさんの頬が引きつる。
どうしてすぐ混ぜっ返すんだろうなあ……。
「武姫襲撃事件については聞いています。先程の件もそういうことだったのですね?」
「あ、はい」
「ダメでしょう、一人で飛び出しては。罠だったらどうするつもりだったんですか」
実際罠にかかったとは言えずに僕は適当に笑ってごまかすけど、足元で普通の猫のフリをしているミケの視線が物凄く痛い。
貴方罠にかかったでしょう、と言いたげなのが凄く分かる。
「そ、それでですね! 出来ればアリスの護衛をさせていただければと思っているんです!」
「ダメです」
「えっ」
「何故ですか。俺達はア……彼女とも面識がある。他の探索者よりはマシなはずです」
まあ、確かに。変な護衛を雇うよりはフリードさん達の方が安心ではあるけど……。
見上げる僕にニコリと笑いかけると、シュペル伯爵はフリードさん達に向けて指を2本立てる。
「理由は2つ。一つ目は、襲撃犯も武姫、あるいは新式武姫を使っていると思われる事。それもかなり高性能です。そんなもの相手に人間の護衛が役に立つとは思えません」
……確かに。ゲームでも武姫と機士との間には明確な能力の差があった。
機士が上手く導くことで武姫が戦い勝利を収めるというのが基本パターン。
その明確な実力差は此処でも……いや、此処では更に大きく広がっているように思える。
僕とやりあったあの武姫は、たぶん強い。
そんなものと戦って、フリードさん達が無傷ですむとは……僕にも思えなかった。
「……二つ目は、なんですか」
「簡単な事です」
正面から問いかけてくるフリードさんに、シュペル伯爵は二本目の指をたててみせる。
「私以外の男は皆狼です。ウルフです。うちの子はおバカなんですから、近寄らせたら危ないでしょう」
「なっ……!?」
「ちょっと! 僕バカじゃないですよ!?」
「大丈夫、いい意味でのバカです! 誉め言葉です! 凄い褒めてますよ!? アリスさんはバカですねえ! 勿論いい意味で!」
「え、あ。えーと……えへへ」
「ほらバカでしょう!?」
「え!? あ、うわーん!?」
騙された!
ものすごい騙された!
酷い、超酷い! いい意味だって言ったくせに!
「大丈夫ですよ、アリスさん。そんなおバカなところも貴女の魅力だと思っていますよ。専門用語でバカワイイってやつです。9:1くらいですかね?」
「バカが9割じゃないですか!」
「でも1割は可愛いんですよ? それにほら、幾ら塩味が美味しくても9割塩であれば塩辛いだけでしょう? 1割で丁度いいんですよ」
「え? まあ、それは……」
「今思いついた戯言ですがね」
もうシュペル伯爵の言う事なんか信じるもんか。
嫌いだ、嫌いだ。ふんだ。
ムクれた僕の頭をポンポンと叩いて、シュペル伯爵は笑う。
「というわけで、貴方達の出る幕はありません。でも友人としてなら歓迎します。それ以上は許しませんが」
「……つまり友人として、彼女の身を案じて自主的に護衛についてもいいと?」
「そんな友人がいるもんですか。来るなら普通に遊びに来なさい。もっとも、デートのお誘いは叩き出しますが」
「しかし……」
「フ、フリード! そのくらいにしましょ! 遊びに来るのはいいって言ってくれてるじゃない!」
「だが」
「アリス! また遊びに来るわね!」
「あ、うん。また」
ずるずるとフリードさんを引きずっていくカルラさんに何となく手を振っている僕の前で、いつの間にか現れた執事さんが扉を閉じて。
それを確認したミケが、すっと立ち上がる。
「実は吾輩、ビットを飛ばして様子を見ていたのですがな。しっかり見ましたぞ、敵の罠に引っかかって地面に落ちたご主人の姿を」
「うぐっ」
「あそこで会ったのが顔見知りだったからよかったものの、無頼漢だったらどうするつもりだったのですかな?」
「え、えーと……」
僕が目を背けた方向に回り込んで、ミケは杖で僕の頭をコンコンと叩く。
「結構危険な目にもあってきたはずなのですがなあ。ご主人の頭の中には一体何が入っておられるのか……もしかして、頭脳の代わりにスライムでも入っておられるのですかな?」
「うぐぐ……そこまで言わなくてもいいじゃないか」
「では学習して頂きたいものですな? ん?」
はあーん? と言いながら顔を近づけてくるミケの息が、僕の顔にかかる。
うん、獣臭い。
「まあ、そのくらいにしましょう。しかしアリスさん。あのムッツリ青ロンゲの食いつきっぷりは只事じゃありませんよ。どんな誘惑をしたらああなるんです?」
「ゆ、誘惑なんかしてません!」
「ご主人は危なっかしいですからな。庇護欲を刺激されたのでは?」
「ああ、なるほど。だとするとロリコンの気も……ムッツリロリコン青ロンゲ……長いですね、ムッツロリコンゲ……いやもう、ロリンゲでいいですか。あのロリンゲのミケさんの評価はどんなものです?」
「そうですな。ロリンゲ殿は剣士としてはそれなりだと思いますぞ。人格についてはまだ判断がつきかねますが、善人寄りなのではないかと」
ロリンゲって……そういうのじゃないと思うけどなあ。
最初に会った時から契約したいって言ってたし、僕の性能が高いのは確かなんだろうし。
「アリスさんの評価はどうです?」
「えーと……いい人だと思います。あとロリンゲじゃなくてフリードさんですから」
「ふむ」
僕がそう言うと、シュペル伯爵は何かを納得したように頷く。
「それなりの評価というわけですか。とするとまあ、一考の余地はありますかね?」
「そこまでいくのは少々早いのでは?」
「勿論です。しかし、友人としてはギリギリというところでしょう?」
「あのー……友人にギリギリとかそうでないとか」
「ごーしゅーじーんー?」
抗議しかけた僕を、ミケのジト目が見つめてくる。
「うっ! な、なに?」
「ご主人は本当にプリンセスギアの自覚がおありなのですかな?」
「あ、あるよ!」
「でしたら、絆を深める相手は慎重に選びなさい。貴女の選択が、人類の未来を決定するのです」
「……友人でも?」
「友人でも、です。その友人の中から、貴女の機士が生まれるかもしれないのですから」
機士。
僕の機士。
プリンセスギアの僕の後ろに立つ、僕を助けてくれる僕の機士。
共にデビルフォースに立ち向かう、唯一無二の相棒。
つまり、そういう人でないといけない。
この世界で生まれた僕の。
プリンセスギア・アリスのたった一人の大切な人。
「……本当に見つかるのかな、そんな人」
「見つけねばなりません。デビルフォースが出現する、その前に」
「そう、だね」
僕は、そう言って頷く。
機士。
僕の、運命の機士。
それは一体、どんな人なんだろう?




