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月の夜

 僕は、セイジじゃない。

 転生した「セイジ」は、もう死んでいて。

 僕はその記憶と知識を移された「アリス」。

 シュペル伯爵は僕にそう説明してくれた。

 僕は、セイジじゃない。

 でも、それなら。どうしてセイジは僕に「セイジの記憶」をもコピーしたんだろう?

 それさえ無ければ、僕は自分がセイジだなんて誤解をしなくて済んだのに。

 僕が今後どう生きればいいのかなんて……悩まなくて済んだのに。


「……ねえ、セイジ。君は僕がどう生きる事を望んでいたの……?」


 シュペル伯爵の屋敷の屋根の上で、僕は座り込んで一人呟く。

 ミケはシュペル伯爵と何か話しこんでいるみたいで、僕は此処に一人だ。

 いや、ミケだって元をただせば「セイジ」のものだったはずだ。

 僕についてきてくれているのは……たぶん、セイジへの義理のようなもののはずだ。

 だって、僕は武姫。

 本来であれば人間の機士に使われる機械人形のはずだもの。


「……」


 静かに、月を見上げる。

 空にあるのは、誕生の白の月。

 何も変えず、何も変わらない月。

 僕の……いや、僕の中にある「セイジの記憶」が知っている、「元の世界」に一番近い色をした月。

 嗚呼、こんなにも「懐かしい」と思うのに。

 これすらも、僕の記憶じゃない。


「僕は……」


 呟きかけた僕の耳に、何かが屋根に飛び乗る音が聞こえる。

 ミケにしては足音が重い。

 となるとシュペル伯爵だろうか?


 アラート。ロックオンされました。


「え……」


 鈍い思考のまま振り返った僕の顔に、何かが衝突する。

 いや、違う。これは足だ。僕は、誰かに蹴られたのだ。


「う……あっ……くうっ!」


 大丈夫。どこも壊れていない。ダメージは軽微だ。

 衝撃で飛ばされながら、僕は屋根の上でなんとか態勢を立て直し立ち上がる。

 そしてその時にはもう、その蹴りの犯人の拳が迫っていて……僕は即座に格闘モーションの「蹴り」で相手のお腹と思われる場所を蹴っ飛ばす。

 蹴りの発動から終了までが組み込まれた「蹴り」モーションは僕の思考とは別に完璧なる動作で相手を蹴り飛ばし……その間に僕は相手の姿をよく確認する。

 黒いフードつきのマントと、鼻から下を隠す覆面。

 どう軽く見積もっても暗殺者ですと宣言しているようなスタイルだけど……武姫である僕を油断していたとはいえ蹴り飛ばすなんて、どう考えても普通の相手じゃない。


「……君、誰?」

「対象の健在を確認。ダメージ軽微。比較実行。ダメージ軽微。ミッション実行に支障なし」

「その言い様は……!」


 覚えがある。

 あの無機質で、色々と融通の利かなさそうな言い回し。

 アレは……武姫が初期状態でチュートリアル戦闘をやる時の「全く感情の存在しない状態」での戦闘台詞だ。

 ここから色々な性格に育てていくのが「プリンセスギア」の醍醐味だったわけだけれど……ということは、アレは「武姫」である可能性が高いということだ。

 でも、どうしてこんな所に。

 確かフリードさん達の話じゃ武姫は貴族とかしか持ってないって話だったんじゃ……。


「……ねえ、君の機士は誰なの?」

「戦術パターン再確認。攻撃動作選択。実行」


 あ、ダメだ。話を全く聞いてない。

 武姫と思われる相手は腰から短剣を抜くと、明らかに人間離れした速さで僕に接近、なんと首を狙って横薙ぎに攻撃を繰り出してくる。


「う、うわあっ!?」


 な、何なの!? どう考えても僕を殺しにきてる動きだ。

 どんなに武姫が頑丈だって、首を落とされたら動けない。

 そこは唯一の弱点とも言えるけど……いきなり首を狙ってくるなんて普通じゃない。


「くっ……!」


 でも、今僕が装備しているのは「闘神のガントレット」だ。

 普通のナイフくらいなら、充分に対応できる……!

 格闘モーション「拳打」でナイフを叩き落とそうとして、しかし格闘モーション「拳打」は僕の意思を無視してファイティングポーズに移行。

 再び迫ってくるナイフをも完全無視して相手の懐に潜り込み、その腹に強烈な打撃を叩きこむ。

 相手はナイフを取り落して後方へと吹き飛んでいくけれど……正直ヒヤッとした。

 そういえば個別モーションって、連携させておかないと色々とアレなんだよね……。

 とにかく相手は無事に吹き飛んだので、ちょっと焦った心情は隠しながら僕は相手に呼びかける。


「どれだけやっても無駄だよ。そろそろ諦めなよ」

「……作戦実行に支障あり。撤退条件に合致。撤退開始」

「あっ、ちょっと!」


 即座に身を翻して逃げる相手を追おうとして、僕はその足を一瞬止める。

 そういえば……そもそもどうして相手は僕を狙ったの?

 狙いは僕だけ?

 まさか、シュペル伯爵の屋敷にいる相手を全員……とか。

 そこに考えが至った僕は、迷わず屋根を叩き壊して屋敷の中に降りる。

 

「シュペル伯爵……ミケ……!」

「何の騒ぎですか!」


 二人を探そうと辺りを見回した僕の目の前で部屋の一つの扉が開き、シュペル伯爵と……その足元からミケが顔を出す。


「ご主人……屋根を壊すのは吾輩としてもどうかと思いますぞ? 建物には扉というものがあってですな?」


 ……この様子からすると、どうも無事だったみたいだ。

 ほっと息を吐く僕に、シュペル伯爵とミケは不思議そうな顔をして……続いて、壊れた屋根を見上げる。


「で、これは一体何事ですか? 壁ならまだしも、屋根を壊されると私としても少々困るのですが」

「えーっと……ごめん! 説明は後でするから! ちょっと僕、出かけてくる!」

「あ、ちょっと……!」


 引き留めるシュペル伯爵の声を背に、僕はジャンプで勢いよく屋根へと飛び上がる。

 あの武姫の目的は、きっと僕だった。

 そして正面から敵わなかった以上、次はどんな手で来るか分からない。

 なら……ここでどうにかしなきゃ、次こそシュペル伯爵やミケ達が危ないかもしれない。


「確か……あっちに行ったよね!」


 僕は襲撃者の武姫が逃げて行った方向へと走り、屋根から屋根へと飛び移る。

 きっとまだ、そんなに遠くへは行っていないはずだ。

 なら……絶対に追いついてやる!

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