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私は貴女を待っていました

 ……かつて「セイジ」が降り立ったのは、「プリンセスギア」の世界。

 ゲームの時代から2000年以上も前の世界であった。

 それはすなわち、「プリンセスギア」の世界観で語られる「伝説」の時代であり……デビルフォースの侵攻が始まった時。

 そんな時代に「機士」として降り立ったセイジは、オープニングにて名前だけ出てきていた「プリンセスギア」を探すべく、一緒に世界に現れた「武姫」達と共に戦った。

 しかし、探せども探せども「プリンセスギア」は見つからない。

 世界中を巡り、デビルフォースと戦って。

 それでも「プリンセスギア」は見つからない。

 唯一セイジが知っているシュペル伯爵とも協力し、更に奥地へ、更に秘境へとセイジは旅立った。


「……しかし、世界は非情でした」


 ようやく見つけた「プリンセスギア」は、セイジの武姫達の力を恐れたデビルフォースによってセイジ達が辿り着く一歩前に、目覚める事のないまま破壊されてしまい……伝説となる予定だった「最初の機士」も殺されてしまった。

 このままでは、デビルフォースを倒せない。

 いや、倒したとしても「プリンセスギア」と「最初の機士」無しでは次のデビルフォースの時に人類は勝てない。

 故に、セイジは新たな「プリンセスギア」を造る事にした。

 プリンセスギアの残骸を拾い集め、チュートリアルをクリアしていなかったせいか唯一起動しなかった最後の武姫「アリス」にそれを組み込んだのだ。


 ……だが、そうしている間にもデビルフォースの攻撃は苛烈さを増し、アリスは一向に起動しなかった。

 せめて起動さえすれば。

 どんな性格でもいいから、せめて起動さえすれば。

 

「そう考えたセイジは貴女にセイジの知識や記憶……魂とすら言えるモノをコピーしました」


 シュペル伯爵の言葉が、僕の中に染み込んでいく。

 僕は、「僕」じゃない。

 僕は、「セイジ」じゃない。

 僕は、「アリス」だ。

 動かない不良品の武姫に「セイジ」を詰め込んだ、それだけのモノ。


「貴女の中には恐らく、セイジの記憶がどの程度か分かりませんが存在していると思われます」


 そう、僕の中には「僕」……「セイジ」と思われる人の記憶が存在している。

 今まで思い出そうともしなかったけど、それは断片的で……僕は、「僕」の名前すらそうであると知らない。

 記憶や知識……魂を詰め込んだというけれど、僕の中にはそれしかない。


「……結局貴女は起動せず、セイジ達は最後の戦いへと赴き……セイジの語る「伝説」通りに死にました。セイジと共にあった武姫達もバラバラに散り、誰が何処に眠っているのかは私にも知る術はありませんでした」


 シュペル伯爵に出来るのはただ、次なる「デビルフォース」に備える事のみ。

 それ故に、「アリス」の眠るセイジの基地をひっそりと護り続けていたのだが……。


「ようやく、貴女が目覚めました。改めて初めまして、アリス。この世界を護る、プリンセスギア。私は貴女をずっと待っていました」


 シュペル伯爵の喜びに満ちた言葉に、しかし僕は答えられない。

 だって今の僕は……デビルフォースどころか、ロックドラゴンにも遅れをとる弱者だ。

 デビルフォースなんて、撃退できるわけもない。


「しかし、貴女が目覚める時はどのような人格になっているかと心配していましたがね。セイジは「自分が目覚めたら女の子とか、妙なテンションになってるのが目に浮かぶわー」とか言ってましたが……」


 そういう風にも見えませんね、とシュペル伯爵は頷く。

 ……まあ、そうだろう。

 僕は、「僕」がどんな性別であったかすらも知らなかったんだから。

 そして、それすら疑問に思うことは無かった。


「……シュペル伯爵」

「はい、なんでしょう?」


 だから、僕は正直にシュペル伯爵に話すことにする。


「……僕は、たぶんシュペル伯爵の期待には答えられないと思います。僕、その「セイジ」の記憶……ほとんど、無いですから」

「ほう?」


 けれど、シュペル伯爵は面白そうに唇の端を持ち上げただけだ。


「別に、それはそれで構わないと思いますがね?」

「あと僕、とっても弱いです。たぶんデビルフォースにも勝てません」

「弱いなら鍛えればいいではありませんか。セイジは貴女のレベルが1だとか言ってましたからね。大体想像はつきますよ」


 僕の逃げ道を、シュペル伯爵は次々と潰していく。


「私が心配していたのはむしろ、貴女が性別の壁に苦しむのではないかという一点でしたからね。それがないというのであれば、むしろ最大の難点の一つが解決したというところでしょうか?」


 ハハハ、と笑うシュペル伯爵。

 でも、僕はとても笑う気になんてなれない。


「……いいん、ですか? 僕じゃデビルフォースには……」

「どの道貴女が勝てなければ、次の侵攻で世界は終わります。ですから、貴女が勝てるように私がサポートしましょう」

「え、で、でも。デビルフォースは「武姫」一人じゃ……」

「そうですね」


 僕の反論に、シュペル伯爵はアッサリと頷いてみせる。


「セイジ達も武姫五人がかりでようやくでした。ですが、貴女はプリンセスギアです。まあ……正確にはプリンセスギアの部品を組み込んだ武姫ですが、普通の武姫よりはずっと強くなる資質があるはずです」

「えっと……」

「機士が必要というならば私でもいいですし、なんなら良い相手を探しましょう。他の心配事も全て私がサポートしましょう。他に何か不安点は?」


 まるで僕が何を言うかを想定しているかのように、スラスラと答えていくシュペル伯爵。

 そしてトドメを刺すかのように、シュペル伯爵はこう告げる。


「ちなみにもう一つの「最大の難点」は貴女がセイジなのかアリスなのかで苦しむことでしたが……記憶が無いなら丁度いい。忘れてしまいなさい」

「へっ」

「セイジが知っていること程度であれば、大抵は私が知っています。セイジの書き残したノートもありますしね。振り回されるくらいならば、忘れて「アリス」として生きたほうがずっといい」


 ……そんな簡単で、いいんだろうか。

 僕は、「アリス」でいいんだろうか?


「貴女はセイジではなく、アリスです。だから、私は貴女にもう一度言いましょう」


 初めまして、アリス。

 この世界を護る、プリンセスギア。私は貴女をずっと待っていました。


 その言葉は、僕の中にゆっくりと伝わって。

 ズレていたギアがカチリとはまったような……そんな、感覚がした。

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