王都ライデン
石畳の道を、ガタゴトと馬車が行く。
シュペル伯爵が珍しく黙り込んでしまうと、僕もやることがなくなってしまう。
そうなると仕方ないから、今乗っている馬車について考えてしまう。
乗り心地は最高というわけではないけど、気にはならない程度。
まあ、馬車なんてものに乗ったことはないからいいのか悪いのか判断はつかないんだけれども。
それでもシュペル伯爵が悪い馬車に乗るはずはないなあ……なんていう妙な信頼みたいなものはある。
ドアの仕掛けのことも考えると相当高いと思うんだけど、これが今の技術レベルなのかなあ?
「うーん」
馬車の窓のカーテンを少しだけ開けて、外を見る。
街の外にはゲームの時にも見た石造りの街が広がっていて、人々が行き交っている。
シャプニと比べると少し古い感じがするのは、王都のほうが歴史があるからだろうか?
この近くは商店街か何かなのか、表に商品らしきものを並べた店も多い。
おばさんがリンゴを指差して何か言い争いをしてるのは……値引き交渉かな?
隣のお肉屋さんらしき店では、弓を背負ったおじさんが何匹かの鳥を渡しているのが見える。
しっかり閉まった窓から声は聞こえてこないけど……なんだか見ているだけでテンション上がってくるのは不思議だ。
「あ、防具屋かな?」
ガタゴトと進んでいく馬車の窓から見えたのは、鉄の鎧らしきものを店先に飾ったお店。
うーん、でもなんだろう。ちょっとボロっちいような。
あ、ちょっと錆びてる。
「あれは展示用の品ですね。買い取った中古の鎧でしょう」
僕が見ているのに気付いたのか、シュペル伯爵が教えてくれる。
「んー? でも店先にボロいの並べたら誰も期待しないんじゃ?」
「店先に良いものを並べたら盗まれますからね。いいものは奥で店主の近くにあるんですよ」
「へえー……」
「特に高級品を扱うような武器防具店になりますと、完全武装の警備が立ってますよ。ちょっとでも怪しい動きをしたら即座に抜剣します」
怖いなあ。
でもまあ、武器とか扱うような店なら普通なのかな?
見えなくなっていく防具店を見ながら僕が頷いていると、シュペル伯爵がふうと溜息をつく。
「そういえば、どうしたんですか? シュペル伯爵が静かだなんて、珍しいですね」
「ええ、少しばかり悩み事がありまして」
「ふーん」
「聞かないんですか?」
「僕が聞いてどうにかなるなら聞きますけど」
そう言って振り向くと、シュペル伯爵は苦笑する。
むう、なんかシュペル伯爵が真面目だ。
本当にどうしたんだろう?
「……そういうところは、貴女は本当に似ている。まあ、当然の結果というところなのでしょうが」
「え?」
「私の悩みというのは」
聞き返した僕の言葉を遮るように、シュペル伯爵は口を開く。
「貴女が解決しようと望むならば、恐らくは解決できるでしょう」
「そうなんですか?」
「ええ。しかし、それによって貴女は抗いがたい流れに乗ることにもなるでしょう。いずれ避けられぬものではありますが、少々雑音が多すぎる時でもあります、出来れば避けたいのですがね」
うーん、言い回しが難しい。
えーっと、つまり。
「どうせ関わる事になるから、自分から関わろうとするのはやめとけってことですか?」
「まあ、概ね似たようなものです」
「そうですか。なら、聞かないことにします」
「それが利口でしょう」
頷くシュペル伯爵に、僕はむうと唸る。
「……なんかこう、こういう時の「利口」とかって、後々取り返しのつかない事態になって降りかかってくるフラグっていう気がするんですけど」
「フラグ、ですか。いずれ起こる出来事の分岐選択……という意味でしたっけ?」
「え? あ、はい。難しく言えばそんな意味だったような」
なんでそんな言葉知ってるんだろうね、この人は。
「なるほど、フラグ。そう考えると、確かにこれはそうなのかもしれません。全ては運命であったと……そういうことなのでしょうか。しかしそうなると、やはりイレギュラーではなかった……?」
再び考え込んでしまうシュペル伯爵をとりあえず放っておいて、僕は再び窓から外を覗く。
すでに商店街は通り過ぎていて、住宅街らしき場所に来ている。
「……あれ?」
何やら、近くの道から馬が数頭駆けて来るのが見える。
上に乗っているのは、鎧を着た騎士の様な人達。
んん? なんかこっちに向かってくるような。
「シュペル伯爵、なんか騎士っぽい人達がこっちに来ますけど」
「……ふむ。やはり運命ということでしょうか?」
そう答えて顔をあげたシュペル伯爵は、僕を見てうーむと唸る。
「ところで……その格好、どうにかなりませんかね?」
「え? どうしてですか?」
「話の流れによっては少々面倒なので。もう少し一般的な格好にしていただけたらと」
……一番言われたくない人に言われた気がする。
そんな真っ赤な格好して常識がどうとか、言う権利ないと思う。
「そう言われても……ねえミケ、どうしたらいいかな?」
鞄の中にいるミケに声をかけるも、返事は無い。
「ミケ?」
鞄の蓋を開けて覗き込む。
「……ぶかー、ぷしゅっ、ぷうぷう……」
鞄の中に居たのは、幸せそうな顔で眠るミケ。
杖をしっかり抱えて、本当に幸せそうだ。
「……えい」
「ふがふが……むがっ!」
「おはよう、ミケ」
軽く鼻を摘んで引っ張ると、ようやくミケは起きてくれる。
「ごしゅじ」
「お説教は後で聞くから。王都で着てておかしくない格好って何かな?」
外ではすでに馬車が止まって、御者のおじさんが時間を稼いでくれている。
早くどうにかしないと。
「前に来てたお嬢様っぽい格好でよいのでは?」
あー、メルヘンセットか。
そういえばそんなアバター、あったね。
「なら……衣装変換!」
アバターが無しになっている今の状態から、各所にアバターをセットしていく。
頭:メルヘンリボン(青)
身体(上):メルヘンドレス(青)
身体(下):メルヘンドレス(青)
手:なし
靴:メルヘンシューズ(青)
マント:なし
「これでよし……っと。変身!」
僕の姿が光に包まれて、姿が変換される。
青を基調にした、ほんわか系の童話の主人公っぽい服に包まれた僕を見て、シュペル伯爵がほうと感心した声をあげる。
「なるほど、その格好なら問題ありませんね。仕立ても良すぎるほどに良いですし……おおっと、うるさいですね」
ゴンゴンと叩かれる扉に嫌そうな顔を向け、シュペル伯爵が立ち上がる。
そうしてシュペル伯爵が扉を開けると、鎧を纏った男の人が顔を出す。
なんだろう、如何にも「はねっかえりで元気が取り得です」っていうこの顔には覚えがある。
「突然のご無礼、申し訳ありません。私はフィルス王国騎士団所属、第七小隊長のジョシュアです」
その自己紹介に、僕は思わず立ち上がって声をあげそうになる。
うう、我慢我慢。
……思い出した。
ジョシュアっていえば「デビルズブラッド」っていう大型クエストの鍵となるキャラクターだ。
確かクエスト内容は……えーっと。
「……失礼ですが、そちらの方は?」
ジョシュアが僕の事を話題に出したのに気付いて、僕は思考を中断する。
「沈黙は金、と言いますぞ」
ぼそりと鞄の中からミケの声が聞こえて、僕は黙って微笑んでみることを選ぶ。
そうするとジョシュアは何故かたじろいで、さっと顔をそらす。
「あの子のことはどうでもいいでしょう。それで? たかが騎士団が私の馬車を止めたのです。それ相応の理由があるのでしょうね?」
「は……はいっ! その、実は……王都で近頃発生している事件と関連しまして、そのう」
僕の方にジョシュアがちらちらと視線を送ってくる。
う、なんか怪しいと思われてるのかな?
そっと目を逸らして、やっぱり目を逸らすのは怪しいかなー……と視線を戻してみる。
すると、今度はジョシュアが視線を逸らしてしまう。
うう、なんだよう。
「……その話なら、門のところで聞いています。私は今日シャプニから帰って来たばかりでしてね。何の関わりもありませんよ?」
「え、そ……そうなのですか?」
初めて聞いたというようなジョシュアの言葉に、シュペル伯爵が溜息をつく。
「ちょっと調べれば分かることでしょうに。門兵の仕事の邪魔と私の邪魔の、どちらがより問題かなど……教えられなければ分かりませんでしたか?」
「うっ、うう……し、しかし。その、事情がございましてっ!」
「ほう、事情。どのような?」
詰め寄るシュペル伯爵に、ジョシュアと仲間の騎士達は思わず一歩下がる。
「じ、実はその……二日程前に、門の出入り記録が紛失したと報告を受けまして。王都への出入りが一部不明な状況になってしまっているのです。その不明者リストにその、伯爵のお名前も……」
「……なるほど?」
シュペル伯爵は頷くと、にこりと笑い……ジョシュア達も、ほっとしたような顔をする。
「それならば、せめて門兵に聞き取り調査をすべきでしたね。繰り返しになりますが、門兵の仕事の邪魔と私の邪魔の、どちらがより問題かなど……教えられなければ分かりませんでしたか?」
「も、申し訳ありません!」
土下座しそうな勢いで顔面を蒼白にして下がったジョシュア達は、それでも去っていくことはせず……ごくりと唾を飲み込みながら再び前に出る。
「まだ何か?」
「そ、その。一応職務ですので、そのう。その馬車の中の方のお名前を、ですね」
「アリス。私がシャプニの街で出会った大切な方です」
そう言って、そこでシュペル伯爵は一度言葉を切る。
「さて。これ以上私に時間をとらせるようならば……」
「し、失礼しました! これで私達は!」
敬礼をして、ジョシュア達は馬に乗って慌てたように去っていく。
それを見てシュペル伯爵は、長い溜息をつく。
「……まったく。真面目なのは彼の良い所なのですが……新人時代からちっとも成長しませんね……って、おや。どうしました?」
鞄の中からミケを引きずり出してしっかりと抱えている僕に、シュペル伯爵が怪訝な顔をする。
「いや、その、えーと。シュペル伯爵って、貴族っぽいこともできるんだなあ……と」
「貴族ですからねえ」
正直、ちょっとだけ怖かったです。
そんな感想を抱く僕とミケと……シュペル伯爵を乗せて、馬車は再びガタゴトと進んでいく。




