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王都への道

 シュペル伯爵のギアシップでシャプニに戻った僕は、そのまま引き摺られるようにしてシュペル伯爵の馬車に乗り、王都ライデンを目指している。


 王都ライデン。

 それはフィルス王国の首都であり、王城であるレニフィウム城を中心に広がる街の名前だ。

 ゲームのプリンセスギアでは初期の街……だった、はず……だ。


「……」


 シュペル伯爵の言葉が、僕の中で繰り返される。


 転生者ではない。


 シュペル伯爵は、確かにそう言った。

 でも、それなら……僕は。

 この「僕」は、なんだというんだろう。

 ガタンゴトンと揺れる馬車の中で、僕はそれをずっと考え続けている。


「もうそろそろ王都に着きますね」

「え、あ……はい」


 シュペル伯爵の言葉に、僕は現実に引き戻される。

 そんな僕をシュペル伯爵はじっと見つめてくる。


 シュペル伯爵。

 色々なイベントで出てくる変人。

 ノン・プレイヤー・キャラクターの一人で、その強さや詳細な設定がゲームで明かされたことは無い。

 ……そう、それがゲーム知識の……はず、だ。


 ここはゲームじゃない。

 それは充分に分かってる。

 ゲーム知識に振り回されないために、僕は頑張ってきたはずだ。

 でも、僕が転生者でないというのなら。

 僕が僕でないというのなら……この知識は何なんだろう?

 僕は……一体、誰なんだろう?


「悩んでおられるようですね」


 そんな僕の心を見抜いたかのように、シュペル伯爵が僕に声をかける。

 けれど、それに何と答えたらいいか分からず……僕は無言になる。


「予測された結果の一つではありました」


 そんな無言の僕には構わず、シュペル伯爵は言葉を続ける。


「如何にセイジが規格外であったとはいえ、計画自体の無茶と時間不足は否めませんでした」


 セイジ。

 セイジ・ヨツヤ。

 その人は一体、誰なんだろう。

 知っている気もするし、知らない気もする。


「ただ、今言える事があるとするならば」


 シュペル伯爵の言葉は続く。


「貴女が、アリスであるということ。それだけです」


 アリス。

 そう、それが今の僕の名前。

 今の、僕。

 ……いや、転生者でないのなら僕に「前」は無い。

 なら、僕の持っている記憶は……誰の記憶?

 そんな思考のループは、馬車がゴトンと止まる音と……罵声のような声で打ち切られる。


「おや?」

「だ、旦那様! 盗賊が……ヒイ!」

「へへへ! こんな所を護衛もつけねえなんざ笑っちまうぜ!」


 御者の人の声が聞こえてきて、同時に何処かで聞いたような声が聞こえてくる。

 あれ、この声ってもしかして。

 そんな僕の反応に、シュペル伯爵が怪訝そうな顔をする。


「おや、いかがされました?」

「ん、えーと……」

「降りてこないとブッ殺すぞコラア!」

「えっと。ここで待っててください」


 僕はそう言うと、馬車の扉に手をかける。

 どういう理屈になっているのかは知らないけど、シュペル伯爵の馬車のドアは決められた人以外は開けられない。

 だからああやって、降りて来いと言ってるんだと思う。

 

「えい」

「ぶふぉっ!?」


 僕がドアを思い切り開けると、ドアを何とか開けようとしていたらしいおじさんが鼻を押さえて地面に転がる。


「ショ、ショーン! てめえ、何しやが……ああっ!?」

「あちゃー、やっぱり」


 そこに居たのは、いつだったか出会った盗賊の集団。

 棘付き兜のリーダーも健在みたいだ。


「お前……あの時の武姫! やっぱり貴族のものだったのか!」

「ん? んー……」


 どう答えたものかなー、と迷う。

 人間だよー、って言っても信じないだろうし。


「まあ、どうでもいいじゃん。それより、まだ盗賊やってたの?」

「まだたあなんだ! 俺達『黄昏の闇狼トワイライトオブダークウルブズ』にたまたま前回不意打ちで勝ったからって調子に乗るんじゃねえぞ!」


 ……ん?

 なんか今、変な単語を聞いたような。


「えっと……トワ……何?」

黄昏の闇狼トワイライトオブダークウルブズだ! 国軍すら手玉にとる俺達の名前を知らねえとは言わせねえぞ!」

「んと……その名前って、誰が?」

「あ? まさか騙りだって言いてぇのか!」


 うん、いや……そうじゃなくて。

 んーと……まあ、いいや。


「で、えーと……トワイラ……んっと。とにかく、どっか行ってくれる? 僕、悩んでる最中なんだから」

「おう、行ってやるとも。金目のものは全部置いて行って貰うがな!」


 うーん、こう来たかぁ。

 前回僕にやられたのに、どうしてめげないんだろう。

 僕が渋い顔をしていると、ローブらしきものを羽織った盗賊が前に出てくる。


「お頭、ここは俺に任せてください」

「ルクナー、お前……」


 そのルクナーとか呼ばれた人は僕に指を突きつけると、ローブのフードをとる。

 そこから出てきたのは……筋肉質でツルリとした頭のおじさんだ。


「前回は卑怯な攻撃でやられたが、今回はそうはいかねえ。俺にだってプライドってもんがあるんだからな!」


 えっと……誰だろう。

 あ、ひょっとして僕が蹴り倒した魔法使いの盗賊かな?


「俺の必殺の魔法を受けてみろ!」


 ルクナーはそう叫ぶと、両方の腕を天へと向ける。


「我が心は夜の底にうねる深淵の如し。其は地の底、水の底、空の果て、夢の果て。我が生み出したるは原初の黒にして始原の黒。我は盟約によりて汝に」

「えい」

「へぼぉっ!?」


 近寄ってビンタしてみると、ルクナーは回転しながら地面にドサリと倒れる。

 ピクピクしてるけど、とりあえず元気そうだ。


「ル、ルクナー!?」


 盗賊親分の悲痛な叫び声に、ピクピクしてたルクナーが力無く笑う。


「へ、へへ……すみません、お頭。カッコつけといて、このザマだ……」

「ルクナー……気にするな! お前はよくやった!」


 あ、鳥が飛んでる。

 気持ちよさそうだなあ。

 そんなことを考えながらぼけーっと空を見上げていると、なにやら罵声が聞こえてくる。


「……おい、聞いてんのか!」

「え、ごめん。聞いてなかった」

「て、てめえ!」


 斧を構えて突っ込んでくる盗賊親分は、そのまま僕に上段から斧を振り下ろしてくる。

 でもまあ……あのフィッシャーキングの槍に比べたら、威圧も何も感じない。

 慌てずひょいっと避けると、盗賊親分が怒りに満ちた目で僕を睨んでくる。


「避けるんじゃねえ、卑怯者!」

「えー……そんな事言われても」

「詠唱の最中に攻撃するなんざあ、卑怯な真似しくさって……」


 詠唱妨害は基本だと思うんだけどなあ。

 そもそも魔法使い同士の撃ち合いでもないのに魔法使いが前に出てくるってどうなんだろう。


「お前等、いくぞ! 全員でこいつをやっちまうんだ!」


 斧を振り上げて、僕の目の前で盗賊親分が叫ぶ。

 盗賊団のメンバー達は、それぞれの武器を振り上げてそれに答えて。


「えい」

「おふっ」


 隙だらけの盗賊親分の腹に、手加減気味の拳を撃ち込んだ。

 お腹を押さえた盗賊親分は膝をつくと、そのまま地面にどしゃりという音を立てて倒れる。

 

「お、親分!?」

「はーい、注目ー」


 前のめりに倒れてピクピクしている盗賊親分をそのままに、僕はガントレットを嵌めた手を叩く。

 うーん、これ前にも同じことやった気がするなあ。


「この親分とローブの人、持って帰ってくれる?」

「お、おう。なんかアンタ、前回より強くなってねえか?」

「うん。かなりね」


 近づいてきた盗賊の人達がローブの盗賊と盗賊親分を背負って逃げていく。

 うーん、逃げ足速いね。

 あっという間に見えなくなる盗賊団を見送ると、僕は御者席へと目を向ける。


「えっと……大丈夫ですか?」

「は、はい。お嬢様も平気ですか?」

「僕は平気です。全くもう、伯爵も御者席が安全な工夫すればいいのに」


 僕がそんな不満を漏らすと、御者の人は苦笑する。


「あまり完璧だと、色々と言う輩がいるそうでして。あえて不完全に造っているそうですよ」

「そんなもんですか?」

「ええ、そんなものです」


 僕が首を捻りながら馬車に戻ると、シュペル伯爵が拍手で僕を迎える。


「お帰りなさい。はは、盗賊程度じゃあ相手になりませんね」

「ん、んー」

「そういえば、ご存知ですか? この国のルビリア姫様がこの近くで盗賊団に襲われたときに、武姫に救われたとか」

「へ、へえ」


 そういえば、シュペル伯爵も貴族だから当然ルビリア姫とは接点あるよねえ。


「ひょっとして、それもアリスさんだったりしますか?」

「え、えーと……まあ、はい。僕です……」

「そうですか」


 シュペル伯爵はそう言うと、ふむと納得したように頷く。


「って、あれ? ルビリア姫から聞いたんだったら、僕の容姿も知ってたんじゃ?」

「いえ、ルビリア姫が仰ったのは武姫に救われたという事実だけです」

「え?」

「まあ、屋敷についたらその辺りも含めてご説明しましょう」


 ガタゴトと音を立てて進んでいた馬車が再び止まると、御者の人と誰かが話しているのが聞こえてくる。


「おや、何やらもめているようですね。ちょっと失礼」


 シュペル伯爵が馬車から降りて……また少しすると、馬車へと戻ってくる。

 それと同時に馬車は再び動き出して、窓の外の風景は石造りの建物へと変わっていく。

 どうやら王都の中に入ったらしいと気付いた僕が窓に張り付いていると、シュペル伯爵は何やら悩むように唸り始める。


「そういえばさっき、何かあったんですか?」

「いえ、たいしたことではありません。私がシュペル本人であることの確認のようなものですね」

「ふーん」


 窓の外の風景に集中していた僕ではあるけれど、僕の耳はシュペル伯爵の呟きを……「面倒なことにならなければよいのですが……」という呟きを、しっかりと拾っていた。

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