選択
「シュペル伯爵の家に……ですか?」
「ええ、私の屋敷です。いかがですか?」
いかがですか、と言われても答えようが無い。
シュペル伯爵は、僕の知らない何かを知ってそうだ。
……でも、僕が王都に行くのは結構危険な気がする。
「迷っているのですね?」
「う……ま、まあ……」
「それも当然ですね。積極的に誘いを受ける理由が無い」
うんうん、そうでしょうとも……とシュペル伯爵は頷く。
「当ててみせましょうか。如何にも何かを知ってる風の私ですが、全部演技かもしれない。あるいは知っていても、何かを企んでるかもしれない。企んでいなかったとしても、王都は当然大勢の人間の居る場所です。当然、貴女の秘密がバレる可能性は格段に高まるかもしれない……と。そう考えているのでしょう?」
「うっ」
まさにその通りなんだけど……自分で言っちゃうかなあ。
でも、うん。
シュペル伯爵が信用できたとしても、王都の他の人達はどうか分からない。
特に貴族はフリードさん達の話からすると、ロクでもない人多そうだしなあ。
権力が云々っていう話には関わりたくないんだよねえ……。
「まあ、結論から言えばバレるでしょうね。貴女、結構お馬鹿ですし。何かの拍子にポロッとバレて、そうしたら王都中に広がるでしょう」
「うっ」
「けれど……それは今の所に居ても早いか遅いかの差であることは分かっていますか?」
む、むう。
確かにフリードさん達も来たけれど……でも、拠点に篭っていればそれ程危険でもないような気もするんだけど。
「拠点に篭っていればいいとか思っているのかもしれませんが、貴女には無理です。貴女は、そういう風に出来ているのですから」
「え……」
そういう風に出来ている?
それがどういう意味かを問う前に、シュペル伯爵は言葉を続ける。
「貴女は、人と関わることをやめられない。それは貴女の本能です。貴女が貴女であるが故に、危険と理性が止めても人と関わってしまうのです」
「そ、それって……僕が武姫だから、ですか?」
機士と武姫は二人で一つ。
機士を失った武姫は感情を暴走させた「はぐれ武姫」となる。
だから……ってことなのかな。
「いいえ」
でも、そんな僕の考えをシュペル伯爵は首を横に振って否定する。
「武姫は所詮、機士の武器として生み出された存在です。戦いの中にこそ、その存在理由がある」
「それは……」
それは、間違ってはいない。
デビルフォースに対抗する為、かつてのプリンセスギアを夢見て作られた武姫。
それはつまり、その類まれなる戦闘力を再現しようとしたということでもある。
そしてその目的は、やがてのデビルフォースに対抗する為。
……そう。武姫とはつまり、武器だ。
デビルフォースと戦うための剣であり、槍であり……盾なんだ。
「ですが、貴女は違う」
「え? でも、僕は武姫ですよ?」
「いいえ」
シュペル伯爵は、静かに否定する。
違う?
何が?
僕が武姫じゃないって言ってるんだろうか?
……まだアクティブになったままの、あの「称号」のことを思い出す。
でも、まさか。
戸惑う僕に、シュペル伯爵は静かに告げる。
「貴女はプリンセスギアです、アリスさん。いや、正確には試作型プリンセスギア……セイジがやがての未来の為に残そうとした、唯一無二の「本物」です」
セイジ。
その名前に、僕の中の何かが反応する。
セイジ。
何か、とても重要なものに思える響き。
セイジ。
その名前は、なんだっただろうか。
「あれ……唯一無二って。でも、前のデビルフォースを退けたのは」
そう、前のデビルフォースは「プリンセスギアとその機士」が退けたはずだ。
だからこそ、プリンセスギアの伝承が残っているわけで。
たとえ壊れて無くなってしまったからといって、僕が「唯一無二」という話にはならない。
まあ、僕が本物かどうかも結構眉唾だと思うんだけど。
というか、うう。
何処から驚けばいいのか分からないよう。
「前のデビルフォースを退けたのはプリンセスギア……」
「ほら、やっぱり」
「……と言われていますが、実際には超高性能の武姫です。プリンセスギアということにしたので、そうなっているだけです」
「え、でも」
それは、おかしい。
武姫はプリンセスギアの劣化版のはずだ。
プリンセスギアがあってこそ、武姫が生まれた。
なのに、どうして……。
「本来プリンセスギアと呼ばれるべきであっただろうソレは、その役割を果たしませんでした。しかし、この世界にプリンセスギアは必要だとセイジは言ったのです。故に、「プリンセスギア」の伝説が残っています」
シュペル伯爵の言葉が、僕の中に響く。
信じるには、あまりにも突飛過ぎる。
説明としては、あまりにも重要な部分が抜けている。
今の説明だと、つまり。
この世界の根幹にある「プリンセスギアの伝説」を意図的に作ったみたいに聞こえてしまう。
「疑問に思いますか? ならば答えましょう。未だこの世界の表舞台に「プリンセスギア」は現れていません。故に、デビルフォースに勝てなかった。つまりはそういうことです」
「勝て……なかった?」
「そうです。前回は辛くも押し返しただけ。あんなものは勝利とは呼びません」
でも、伝説では「瞬く間に押し返し滅ぼした」はず。
だからこそ、「世界の歪み」も大きく修正されたはず。
「伝説とは、人を鼓舞する為に歪むもの。あの戦いを大勝利と言える者など、いるはずもありません」
でも。
でも、それじゃあ。
「次回のデビルフォースの襲来は、いつ起こってもおかしくはありません。幸いにもまだ予兆はありませんが……貴女が目覚めている以上、絶対はありません」
デビルフォース。
一定周期で時空の狭間より現れる、異形の軍勢。
何度も文明を滅ぼした、世界の歪みそのものといわれる何か。
その残滓ですら、あのロックドラゴンのように強力。
なのに、今の僕は……どうしようもなく、弱い。
そして、この世界に「武姫」は少ない。
どこまで戦えるものなのかも、僕には分からない。
だとすると……たとえば今この瞬間にデビルフォースが襲来したら、どうなってしまうんだろう?
戦う?
誰が?
戦える戦力がなかったならば、間違いなくこの世界は滅ぶ。
「予め言っておくと、この国に……いえ、この世界にデビルフォースに対抗できるだけの力はありません。今この瞬間にデビルフォースが出現すれば、世界は間違いなく蹂躙され滅びるでしょう」
僕の考えを読んだかのように、シュペル伯爵は囁く。
「私の元に来なさい、アリスさん。契約をしろという気はありません。それは貴女の選択するべきことだ」
「なら、なんで僕を……」
「約束だからです」
僕の呟きに、シュペル伯爵は朗々とした声で答える。
「このシュペル・メディウス・アルステイルとセイジ・ヨツヤとの間に結ばれし約束により、私は貴女を導く義務がある。貴女を育て、導き……世界の希望としなければならない」
「セイジ・ヨツヤ……」
「おいでなさい、セイジの忘れ形見よ。セイジが託した全てを、貴女自身が受け取らなければならない」
セイジ。
僕がセイジっていう人の、忘れ形見?
でも、僕は。
僕は、この異世界に武姫として……ロボットとして転生しただけの。
「全ての始まりは、病室」
シュペル伯爵が、そう呟く。
「次の人生は、健康で無敵であるように」
それは。
それは、僕の願い。
あの時、あの病室での。
「無敵ではありませんでしたが、セイジは幸せだと言っていました」
僕の思考が、一瞬停止する。
待って。
待って欲しい。
なんでその「セイジ」って人が、僕みたいなことを言うんだろう。
だって、それは僕の。
僕が、「アリス」になる前の。
「……あれ?」
そういえば、僕の名前。
僕が「アリス」になる前の名前って……なんだったっけ?
そう、確か。
……あれ?
待って、落ち着こう。
少しずつ思い出すんだ。
あの病室。
あの病室で、僕は「アリス」のデータを作った。
そう、あの……そういえば、あの病院の名前って、なんだったっけ?
あの病室の窓の外は?
ドアの外は?
僕の……家族は?
「あれ……あれ?」
いや、落ち着こう。
ずっと病室から動けなかったんだもの。
忘れてたって仕方が無い。
そうだ、ゲームのことを思い出そう。
僕のメインの機士は、「虹の記憶」に所属していたはずだ。
ギルドマスターは……。
「……あれ?」
思い出せない。
なんで?
そんな、どうして。
「アリスさん」
シュペル伯爵の目が、僕を見つめている。
「貴女は……「転生者」ではありません」
「……!」
決定的な言葉を、シュペル伯爵は僕に突きつける。
でも、それは変だ。
それなら僕は……この記憶は、なんだっていうんだ。
「知りたいならば、私と一緒に来なさい。貴女は、貴女の真実を知るべきだ」
「僕の……真実……?」
「デビルフォースはやってくる。それは避けようの無いことです。しかし、自分が何かも分からないままであるよりも……真実を理解なさい。それは必ず、貴女の助けになるはずです」
差し出されたシュペル伯爵の手を、僕はとる。
それを強く握ったシュペル伯爵は、ぐいっと引っ張って僕をベッドから立たせた。
「選択はなされました。私も約束を果たしましょう……さあアリスさん、他の煩い人に見つかる前に島を出ますよ」
「え?」
「楽しくて面白い事大好きなシュペル伯爵は、たまたま見つけた面白い武姫を連れて抜け駆けする……つまりは、そういうことにしておきましょう、ということですよ」
「え? え?」
「この部屋は二階ですから……このくらいなら窓からジャンプでいけますね。レッドアドベンチャー号も私の合図一つで迎えにきますし……お忘れ物はないですか、アリスさん」
「え? 窓? 忘れ物? え?」
「ご主人、行きますぞ」
鞄に潜り込むミケとシュペル伯爵の間で、僕は視線を交差させる。
「ど、どういうこと……ですか?」
「煩い男二人に事情を説明するのは煩わしいでしょう? だから、逃げちゃいましょう。そーれ!」
「う、うわわ!?」
僕を抱えたシュペル伯爵が、窓を開けて思い切り飛び出す。
「カモーン、ソウルフルレッド号!」
視界の先。
島の端の海岸に、シュペル伯爵のギアシップが猛スピードでやってくるのが見える。
「さあさあ、船に乗ればこっちのものです! いきますよー!」
「え、あ、わわわー!?」
こうして。
混乱する僕は更に混乱しながら、ギアシップに放り込まれる。
「発進!」
「いぃあああああー!?」
ズドン、という轟音を立てて発進するギアシップに必死で掴まりながら、やっぱり早まったかなあ……なんて僕が考えたのは、無理も無いこと……だと思う。




