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終わりからの始まり

 ……ノイズが、聞こえる。

 意識は、混濁している。


 真っ赤な空の下。

 まるで、何もかもが燃えているかのような。

 そんな、赤い空の下。

 辺りにあるものは、壊れた建物。

 あちこちから、燻る煙。

 まるで、全てが終わってしまった後のような……そんな景色。


「どうか……貴方に全てを押し付けてしまう私を許してください」

「……君は悪くない。武姫と機士の戦い方を考えれば、いつかこうなるのは分かることだったのに。結局、僕は君に甘えていたんだ」


 僕の腕の中にいるのは、黒髪の……壊れかけの女性。

 そう、壊れかけ。

 そのボロボロの姿は、彼女が人間ではなく武姫と呼ばれる存在であることを明確に示している。

 まだパチパチと燃える火。

 何処かがガラリと崩れる音。

 そんな、終末にも似た光景の中。

 僕じゃない僕の腕の中で、武姫は静かに微笑んでいる。


「……無理を言っているのは分かっています。それでも……どうか……」

「分かってる。アイツは僕が倒す。もし、それでもダメなら……あの子に託すしかない」

「セイジ……あの子は……」

「……上手くいくかは分からないさ。所詮僕はただの……」


 ……ノイズが、聞こえる。

 僕じゃない僕が、どんな顔をしているのかは分からない。


「……ごめんね、……めて……める頃には……るように……」


 ノイズが、聞こえる。

 ノイズが、見える。

 音が、映像が……ブツンと途切れる。


「アリス。おい、アリス!」


 僕は、呼ぶ声に目を覚ます。


「お、目を覚ましましたね」


 感じるのは、ちょっと硬くて臭いベッドの感覚。

 うーん、結構長い間干してない匂いだ。

 お腹の上に何か乗ってる感覚があるのは……これはミケかな。

 なんかもふっとしてる気がする。


「えっと……此処は……」

「アジトだ。お前が倒れてから五日ってとこだな。放っておいても直るって聞いた時には冗談かと思ったが……武姫ってのは皆そうなのか?」


 アグナムさんのムスっとした顔が見える。

 ……んーと。

 確かゲーム時代では時間と共にジワジワ生命力と魂力が回復してた気もする。

 それをリアルな表現にすると……なるほど、自己修復ってことになるのかもしれない。

 でも、武姫が全部そうかは僕には分からない。

 だから僕はまだぼうっとしてて聞こえなかったフリをする。


「まあ、アリスさんは他の安物とは一味違うということですよ」

「安物って……武姫自体がどれだけ……いや、いいんだけどよ」


 シュペル伯爵が何か誤魔化すようなことを言ってくれたっぽい。

 そういえば結局この人って、なんなんだろう?


「それよりよぉ、もう大丈夫なのかよ? 前よりずっと目覚めるのが遅かったぞ」

「前というのがいつかは知りませんが、色々と修復すべき箇所が多かったのでしょう。仕方ありませんよ」


 前……ロックドラゴンのことだよね。

 確かにあの時は、すぐに目覚めた……んだと思う。

 今回みたいに五日もかかったなんてことはなかった……かな?


「おい、アリス。全然喋らねえけど……本当に大丈夫なのか? まだどっか壊れてるんじゃねえのか?」


 ジャックさんの言葉に、アグナムさんがギョッとしたような顔をする。


「マジかよ。こういう場合って医者……じゃねえよな。どうすりゃいいんだ?」

「起きたてでぼうっとしてるだけですよ。心配はいりません」


 またシュペル伯爵のフォローが入って、ジャックさんとアグナムさんは互いに顔を見合わせる。

 ……喋る。

 そう、何か喋らないと。

 意識すると、口が自然と動き始める。


「あ……」

「アリス!?」

「お……」


 えっと……こういう時って、言うべきことは。


「おはよう……?」

「ええ、おはようございます」


 何やら力の抜けた顔をしているアグナムさんとジャックさんとは対照的に、シュペル伯爵がニコニコと笑いながら答えてくれる。


「今更かよ……どんなボケだっつう……」

「いやまあ、元気そうでよかったってこったな」


 ジャックさんとアグナムさんが溜息をつく。

 うーん、僕そんなに変なこと言ったかなあ?


「……まあ、いいや。元気になったならよかったよ」

「うん……ありがとう、ジャックさん」

「ケッ」


 ポリポリと頭を掻いたジャックさんは、ふと思い出したように僕を凝視する。


「そういやぁよ、あの剣士の姉ちゃんは何者だったんだ? お前、知り合いだったみてえだけどよ」

「剣士の姉ちゃん?」

「シルヴェリアさんのことですよ」

「……そういや伯爵も知り合いぽかったな」


 シュペル伯爵のフォローに、ジャックさんが半目でシュペル伯爵を見る。


「ええ、そうですよ。何故私に聞かないのかと思ってましたが」

「聞いても誤魔化されそうだし、伯爵様に気軽に聞けるかよ……」

「おやおや。妙なところで尻込みするのですな」


 面白そうにシュペル伯爵が笑うと、ジャックさんはケッと言ってソッポを向いてしまう。


「結局あの女は神殿の奥に戻っちまったし、あれからは何やっても扉は開かなかった。なあ、あれは結局なんだったんだ?」


 アグナムさんも興味があるみたいで、ずいっと僕に顔を近づけてくる。

 うん、まあ……仕方ないよね。

 ずーっと神殿の謎を追ってたんだもの。

 でも、僕もよく分からないんだよなあ。


「と言われても、僕もよく分からなくて……。伯爵は何かご存知ですか?」

「ええ、知ってますよ。アレはデビルフォースに対抗する為に残された力の欠片です」

「デッ……」

「デビルフォースだとぉ!?」


 ジャックさんとアグナムさんが、その単語に反応してバッと飛びずさる。

 うん、まあ……当然の反応だよねえ。


「あの神殿とやらは、来るべき時までそれを保管、守護しておく為のものです。彼女……シルヴェリアが再び眠りについたのは、まだ目覚める時ではないと判断したが故です」

「つまり……あの女が守護者ってことなのか?」

「そうとも言えますし、違うとも言えます。まあ、この辺りは聞かないほうがよろしいかと」


 シュペル伯爵の言葉に、二人は顔を見合わせて黙り込む。

 ……うん。

 たぶん国家機密とか、そういう類のものなんだろうなあ。


「で、でもよお。なんでそんな重要な場所が放置されてんだ? いや、俺達に占拠させていい場所とも思えねえが」


 アグナム海戦団の本拠地だもんねえ。

 ……って、あれ?


「ここって……無人島っていう認識だったんですよね?」

「お、おう。どうでもいい島みてえだったようだが」


 僕とアグナムさんの疑問に、シュペル伯爵が頷いてみせる。


「ええ。だって、此処にこんなものがあるなんて……王族も知りませんからね」

「んなあっ!?」


 ……なんでそんなものを伯爵が知ってるのさ。

 僕の無言の疑問を感じ取ったのか、シュペル伯爵はニヤリと笑ってみせる。


「さて、何故私が知っているのかはさておきましょう。しかし……アグナムさん、この件についてはこのまま隠し通したほうがよろしいかと。そうですね、地下には何も無かった。ただの海底洞窟で、どうでもよすぎて調べてすら居ない。そんなところがよろしいかと」


 笑顔ではあるけど有無を言わさぬシュペル伯爵の迫力に、アグナムさんはおう……と頷くしかない。


「ジャックさん、貴方も同様ですよ。お仲間には、此処では釣りと海を楽しんだとでも言っておくとよろしいでしょう。勿論、アリスさんのことについても他言無用です。余計な事を勘繰られても迷惑ですしね」

「わ、分かってるよ」


 ジャックさんに口止めすると、シュペル伯爵は僕へと向き直る。


「貴女もですよ、アリスさん。貴女が一番口が軽くて嘘つけないんですから、「海がちょー綺麗で釣りをぼけっと見てたら寝ちゃった」くらいにしときなさい。余計な事言おうとしたらボロでそうですからね」

「え、僕だけひどい!?」


 しかも僕だけバカの子みたいな台詞を強制されてる!?

 僕、そんなにバカじゃないよ!?


「さて。ではお二人は少し席を外していただけますかな? 私はアリスさんと少しばかりお話があります」

「ん……おう」


 シュペル伯爵がそう言って微笑むと、アグナムさんはジャックさんの肩を叩いて一緒に部屋から出て行く。

 やがて扉がバタンと閉まって、遠ざかる足音が聞こえてくる。

 それを確認して、しばらくの無音の後。

 僕のお腹の上でずっと丸まっていたらしいミケが、ごそごそと動く。


「……もういいですよ」

「そうですか。シルヴェリア殿のインパクトで我輩の印象が薄れたのは好都合でしたな」

「まあ、全部含めても夢としか思えませんしね。彼等の中で整理がつく前に口止めできたのは好都合でした」

「しかし、彼等は約束を守りますかな?」

「守りますとも。知ってはいけない事だと勘違いしてるうちはね」


 何やら悪役みたいな会話をしてる二人は、僕にじっと視線を向けてくる。

 というか、ミケは僕の胸元に乗ってるから顔が超近い。

 息が獣臭いよう。


「さて……ご主人。気分はいかがですかな?」

「うん。ミケが獣臭い……」


 無言で肉球が僕の口を押さえる。

 むう、獣味。


「今回のことで分かりましたが……アリスさん。貴女の機能は色々と不完全なようです」

「ひゅひゃんひぇん?」


 そこでミケの肉球が僕の口からどけられる。

 なんか嫌そうな顔してるのがムカッとくる。

 この野郎、もふもふしちゃうぞ。


「ええ、不完全です。まあ、色々と仕方の無い面ではあるのですが……恐らくは貴女が目覚めた状況にも関係しているのでしょう。その辺りの記憶もないようですしね」


 僕が目覚めた状況。

 確か、ストナの森……だったよね。

 転生したんだから始まりが唐突でも当然だと思ってた……けど。

 なんだろう、何かが違う気がする。

 なんとなくだけど、僕とシルヴェリアや、シュペル伯爵達との認識が違う気がする。

 なんだろう。

 何か……決定的な何かの認識を、僕は間違えている気がする。

 正体不明の焦燥感に脅える僕に、シュペル伯爵は優しく笑いかける。


「アリスさん、提案があります」

「提案……です、か?」

「ええ、提案です」


 シュペル伯爵はわざとらしく辺りを見回して、口元に人差し指をあててしー、と言う。

 そうして、今だけの特別なお誘いですよ……と悪戯っぽく僕の耳元でこう囁いた。


「……王都に来ませんか? もっと平たく言えば、私の屋敷に来ませんか、アリスさん」

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