地下四階の探索
廃墟から出て歩き出す僕達の前に広がるのは、廃墟の町。
あるいは、廃墟の神殿。
町と呼ぶには生活感があまりにもない。
神殿と呼ぶには雑然としすぎている。
そういう印象の何かだ。
そもそも神殿というならば、何を奉っているんだろう?
そんな僕の思考を読んだ……というわけでは流石にないのだろうけど、シュペル伯爵が口を開く。
「ふむ……おかしいですね、この場所は」
「あ? 何がだよ」
「あえて言うなら、全てです」
「はあ?」
シュペル伯爵の言葉に、アグナムさんが疑問符を浮かべながら僕を見る。
見られても当然僕も分からないので、肩を竦めてみせる。
「分かりませんか?」
「あー……全部崩れてるとことか、か?」
「そこではありません」
ジャックさんの回答を一刀両断すると、シュペル伯爵はピタリと足を止めて杖で建物の一つを指し示す。
「この建物……というよりも、ここに来るまでに見た全ての建物に、紋章が存在しません」
「紋章?」
紋章っていうと、あれかな。
なんかこう、神様の印的な……。
「通常、神殿であれば何処かに奉る神を示す紋章が存在します。あるいは紋章が無くとも、神像や何らかの神のシンボルがあるはずです。しかし、此処まで来た建物のどれにもそれがない」
「そ、そうなのか? 正直、俺は生まれてこの方神殿なんぞの世話になったことはねえからサッパリ……」
ポリポリと頭を掻くアグナムさんとは対照的に、ジャックさんはそういえば……と言いながら頷いている。
「海底に建てるともなれば、考えられるのは海神シェルドゥーチェですが、かの神の紋章も無ければシンボルたる矛を示すものも無い。つまり、これは海神神殿ではないということがまず分かるわけです」
「なら、死神デルグホルンの神殿っていう可能性はどうだ? あの神様の信者は迫害されてきた歴史があるからな。紋章もシンボルもなくても不思議はねーぜ」
ジャックさんの言葉に、シュペル伯爵は首を横に振って否定する。
「いいえ。死神神殿は確かに地下神殿が多い。しかし、古来より死神の信者達は自らの教義に誇りを持ってきました。故に、彼等の神殿には必ず紋章とシンボル、そして神像がセットで存在するのです」
三人の話を聞きながら、僕はミケから習った知識を整理する。
確か、この世界は多神教だったはずだ。
まずは太陽神にして最高神、オルトレンゲル。
その妻である地神、ラーザウ。
二人の息子であり天空神、サリヴァル。
海神、シェルドゥーチェ。
火神、アグルゲーテ。
闇神、ベリルベレス。
戦神、ガトゥノトス。
愛神、ヴァレンテノス。
そして、死神デルグホルン。
これ等の神々がこの世界を作った……とされている。
まあ、なんで神々はデビルフォースから世界を救ってくれないのかっていう話があるわけだけど。
人が乗り越えるべき試練であるから……というのが理由らしい。
本当なら、随分勝手な神様だよね。
「……つまり、この場にある神殿は神を奉らぬ神殿であるということが予測できるわけです」
「お、おいおい。そりゃ有り得ねえよ。神を奉るから神殿って言うんだろうがよ」
アグナムさんの言葉に、僕も頷く。
そうだよね。神様を奉らなかったら、神殿って呼ばないよね。
「いいえ、それはどうでしょうね? 当時の人々にとって奉るべき対象が何であったか。それによって変わると……そう思いませんか?」
当時の人にとって奉るべきもの。
それって、当時の人々にとっての神様……ってことだよね。
でもそれって、何だろう。
この神殿の時代のことなんて、僕には分からないし。
「まあ、進みましょう。すぐに謎も解けることでしょう」
「ま……まあ、そうだな」
アグナムさんもすぐに同意して、僕達は歩き出す。
そして、実に驚くべきことなんだけど。
此処に来るまでの間、僕達は一度もフィッシャーマンの襲撃を受けてない。
これって、違うルートから進んでる事が功を奏してるってことなのかな?
けど、アグナムさんもジャックさんも進めば進むほど険しい顔になっていく。
「ねえ、どうしたの? 順調だよね?」
僕がジャックさんの服の裾を引っ張ると、ジャックさんは振り向かないままに答える。
「……んなわけねえだろ。明らかにおかしいぜ、こいつはよ」
続いて、アグナムさんも進む先を警戒しながら呟く。
「さっきから一匹とも出会わねえ。そんなわけがねえ。上手くいきすぎてる」
ん……そんなものなのかなあ。
でも、確かに。
普通に歩いてて出会わないってことは、別の場所にいる……ってことだもんね。
問題は、それが何処か……だけど。
「……見えてきたな」
そう言うアグナムさんの先には、一際立派な建物が見えてきている。
見た感じだと屋根も崩れていないし、何処も壊れていなさそうに見える。
「これはこれは……一つだけ壊れていない建物のお出ましとは」
「そういえば、傷一つないように見えるな」
シュペル伯爵に、ジャックさんも同意する。
でも、そうだよね。
他の建物は無残に壊れてるのに、この建物は凄く立派だ。
「んなこたどうでもいい。あいつ等がここまで来てねえっていうんなら、チャンスだ。行くぞ!」
走り出すアグナムさんに、ジャックさんも続けて走り出す。
対するシュペル伯爵はというと、僕をじっと見下ろしている。
「あ、あの。何か……?」
「本気で戦う準備をしておいたほうがいいですよ。たぶんそろそろでしょうからね」
「え?」
「さ、行きましょう」
そんな意味の分からない事を言うと、シュペル伯爵も悠々とした様子で神殿に向かって歩き始める。
一人置いていかれる形になってしまった僕は、慌ててその後を追いかける。
そうして途中でシュペル伯爵を追い越して神殿の前に到着すると、アグナムさんが嬉しそうに手を振っているのが分かる。
対するジャックさんはというと、神殿の正面の扉を色々と調べている。
「おい、アリス。こっちだ!」
言われて、僕はアグナムさん達の下へと駆け寄っていく。
アグナムさんの側で、僕も正面の神殿の扉を見上げる。
そこにあるのは、僕を縦に三人並べても上に届きそうにないくらいに大きい扉だ。
キッチリと閉まったその扉には鍵穴も何もついてなくて、実は壁か何かなんじゃないかと勘違いしたくなる。
けど、その扉には文字が書かれていて……どうやら、僕にもそれが読めるみたいだ。
けど、最後にやってきたシュペル伯爵が扉を見上げて僕より先に読み上げてしまう。
「ほうほう、我は扉、我は門番。この先に全ての終焉の使者は入ること叶わず。されど、汝が希望を継ぐ者であるならば先へ進むべし。扉は自ら開かれよう。されど希望潰えし時なれば、その後継者へと全てを託す。故に後継者よ、知るがよい。終末の太陽が昇る時、銀の騎士が黄昏の虹を描く。試練を越え、正当なる証を示すべし」
終末の太陽、銀の騎士。
アグナムさんが言ってた碑文って、これのことだよね。
「よし、早速始めるぜ。まずは終末の太陽……まあ、銀の騎士のアリスが持っていたほうがいいよな」
アグナムさんはそう言うと、ペンダントを取り出して僕に手渡してくる。
「……無くすなよ?」
「な、無くさないよ!」
僕はそう言うと、ペンダントを首にかけてみる。
「で、どうすればいいの?」
この扉、鍵穴も何も無いみたいなんだけど。
この終末の太陽を、どう使えばいいのさ?
僕が答えを求めてアグナムさんを見ると、アグナムさんは困った顔をする。
「俺も分からん。鍵が揃えば自然とどうにかなると思ったんだがなあ」
「その太陽とやらをセットする場所もねえなあ。ありうるのは、実はこれは扉じゃなくて、別のどっかに隠し扉がるってパターンだけどよ」
ジャックさんの台詞に、アグナムさんはむうと唸る。
「どうしたもんかな……伯爵様は、何かいい案はねえのかい?」
「そうですねえ……」
シュペル伯爵は、すいと僕達が来た方向を指差す。
「彼等に聞いてみればいいんじゃないですかね?」
「彼等……?」
僕達はシュペル伯爵の示す方角を見て、思わずげっと叫ぶ。
そこに居たのは、フィッシャーマンの群れ。
二十、三十。いや、もっといるかもしれない。
それに、その更に先にいるのは……一際大きくて、一際立派な装備を身につけたフィッシャーマン。
「……あれって、フィッシャーキング……?」
そうだ。
確か未実装の中ボス、フィッシャーキング。
巨人のような体躯のフィッシャーキングは、黄金の三つ又槍で地面をドンと突く。
「……お、おい。どう思うよ。あれ、歓迎してくれてるんだと思うか?」
「パーティでも開いてくれるってか? ハハ、そいつは面白ぇや」
僕達は、背後の扉に目を向ける。
しっかりと閉まった扉は、開く様子すらも見せはしない。
「やるしか、なさそうですねえ」
そう言って杖を構えるシュペル伯爵に、ジャックさんとアグナムさんも覚悟を決めたように武器を構える。
……うん、そうだよね。
やるしか、無い。
僕も、フィッシャーマン達を見据えて拳を構える。
神殿を背にすれば、少なくとも回り込まれることはない……けど。
僕は鞄の中から、素早く一枚のスクロールを取り出して広げる。
「証を此処に示す。故に、我等の身に戦神の盾が宿る!」
ガードバリアLV5スクロール消費。
ガードバリア!
僕達の身体を、青い輝きが覆う。
ガードバリア。一定ダメージまでを上限に、一定回数の攻撃を防いでくれる魔法のスクロールだ。
でも、まだまだ!
「証を此処に示す。故に、我が身に力の証が宿る」
攻撃力増加スクロール消費。
物理攻撃力増加!
魔法攻撃力増加!
「証を此処に示す。故に、我が身は疾風と化す」
速度増加スクロール消費。
速度増加!
「証を此処に示す。故に、我が身は鋼鉄と化す」
防御力増加スクロール消費。
物理防御力増加!
魔法防御力増加!
「……突っ込みます! 援護、お願いします!」
僕はそう叫んで、こちらに突っ込んでくる大軍の中へと身を躍らせた。




