海底洞窟の怪物達
「せい……やぁあ!」
僕の拳が、手裏剣みたいに跳んでくるレッドデススターを迎撃する。
うん、そっか。忘れてたよ。
レッドスター系のモンスターは飛ばないけど、跳ぶんだよね。
さっき余計な事言わなくてよかったー、なんてドキドキする僕だけど、戦闘に手を抜いたりなんてしない。
すぐに地面でシュルシュルと回転しながら態勢を立て直すレッドデススターを睨みつける。
ちなみにレッドデススターは地下二階をウロついているボスモンスターの一種で、取り巻きとして複数のレッドスターを連れている。
最初に連れていた奴はもう倒したけど、放っておくと取り巻きを再召喚してしまう。
実を言うと、取り巻きを連れていないボスの方が珍しい。
ロックドラゴンが取り巻きを連れていないタイプだったのは、僕にとっては幸運だったんだと思う。
もし、あの時取り巻きのいるタイプのボスだったら……いやいや、余計な事を考えるのはやめよう。
跳んでくるレッドスターを再度迎撃すると、僕はレッドスターに追撃するチャンスを狙って距離を詰める。
「我が愛は輝き駆ける雷の如し。故に、我が心より顕現せよ!」
レッドスターと睨み合う僕の背後から、シュペル伯爵の朗々とした声が聞こえてくる。
「奔れ、届け、我が愛の始まりを伝えよ! サンダーショット!」
なんだか詠唱が僕の知ってるものと随分違うけど、それは雷属性の魔法弾を放つサンダーショットの魔法だ。
シュペル伯爵の杖から放たれたサンダーショットはレッドデススターを黒焦げの炭に変える。
うーん、明らかにオーバーキルだ。
「ひょー……すっげえ。でもよ、やりすぎじゃね?」
見ていたジャックさんが、そんな感想を口にする。
うん、僕もそう思う。
「そんな事はありませんよ。モンスターというものは、自分より強い敵には近づいてこないものです。故に、ここであの強そうな敵を圧倒的実力差で倒しておくことは必須なのです」
「ま、一理あるな」
シュペル伯爵の言葉に、アグナムさんも同意する。
「モンスターってえのは下手な人間より分かってるからな。勝てないと思う相手よりも、勝てる相手に向かっていくもんだ。まあ、徹底的な実力主義なんだな。さっきのデケえレッドスターを見りゃ分かるだろ?」
「そ、そうかもね」
僕は適当に相槌を打ちながら、考える。
うーん、そっか。そういう考え方もあるのかあ。
なるほど、強いボスに弱いモンスターが従っているのって、普通そういう理由だよね。
あれ、でもそうすると……もしかして、再召喚っていうのはゲームの中だけの話なのかな?
……よし、決めた。
僕は余計な事は一切言わないぞ。
「そういえばよう、アリス」
大きなシミターを鞘におさめていたアグナムさんが、僕の腰の剣を見る。
う、やっぱり見るよねえ。
この戦いで僕、一回も抜刀してないもん。
「お前さん、その剣使わねえのかよ?」
「え? う、うん」
「噂じゃ相当な名剣だって話じゃねえか。使えばさっきの奴も一撃だったんじゃねえの?」
うう、ごめんなさい。
期待されているところ悪いんですが、僕の知っている限りじゃエルダーレインボウはそこまで凄い武器じゃないんです。
ていうか僕が使いこなせてないだけで、闘神のガントレットのほうがずっと凄い武器なんです。
うう、でも言えないよう。
「え、えーっと。ほら、この剣に何かあったら後々困りますし。ね?」
「まあ、そりゃそうだがよ。しかしなあ」
「アグナムさん、そのくらいに。貴方だって分かるでしょう?」
「あ?」
アグナムさんの肩を、シュペル伯爵がポンと叩く。
「先程の動きを見ていれば、アリスさんの戦闘スタイルが格闘であることは明白です」
ギクッとして、思わず肩がビクリと震えるのが分かる。
うん、まさにその通り。
僕に組み込まれたモーションは、格闘系が基本だ。
というか、往年のヒーローアクションを模している。
武器の扱いもヒーローっぽいものは組み込んであるけど、基本的には格闘なのだ。
「となると、剣を持っているのはむしろ剣そのものの威圧感を重視していると見るべきでしょう。無手に見えるよりは、そちらの方が襲われにくくなりますからね」
「む。しかしよう、あの時剣を抜いた所作は素人にゃ見えなかったぜ」
うん、ごめんなさい。
それって基本の動作モーションなんです。
僕に組み込まれてる剣撃モーションなんて、めっちゃショボイんです。
基本モーションと必殺用のモーションしかないんだもの。
「おや、そうなのですか。私はそれを見てないので何とも言えないのですが……どうなのでしょう?」
言われて、僕は視線をなんとなく逸らす。
「アリスさん?」
うわ、逸らした先に割り込んできた。
うう、もう。えーと……。
「み、見様見真似……なんです?」
「ほう、なるほど。何処かの有名な方ですかな?」
うっ、そうだよね。
普通は有名な人の真似するよね。
え、えーと。
僕の知ってる剣士さんっていうと、えーと。
「……フ、フリードさんっていう人の剣捌きを前に見て。それで、かなあ……」
「ほほう、フリード……ですか。聞いたことはありませんが、成程。まあ、無名の剣士の中にも剛の者はいるでしょうしね。興味がわいてきました」
「あ、あはは……」
ああ、ジャックさんが僕を呆れた顔で見てるし。
ていうか、フォローしてよもう。
「ふーん、フリード……ねえ。俺も聞いたことはねえが、剣使いの端くれとしちゃあ、一度手合わせしてみたいもんだな」
アグナムさんも、感心したように頷く。
うう、ごめんねフリードさん。
でも、この場を乗り切るためだったら許してくれるよね。
「ハハハ。近頃は王宮も人材不足だと言いますしね。ちょっと前にルビリア姫の乗る馬車を盗賊が襲う事件があったところです。アリスさんが真似したくなるほど凄腕の剣士ならば、護衛に推薦するのもいいかもしれませんね」
「ほー、近頃は陸も物騒だなあオイ。だがよ、海だって危険なんだ。そんな剣豪ならウチのほうが合ってると思わねえか?」
うわあ……なんかどんどん本人の与り知らぬ所で評価が勝手に上がってる……。
ていうかルビリア姫の護衛ってそれ、近衛騎士ってこと?
うーん……確かフリードさんの拠点って王都だったよね……。
「アリスさんはどう思われます?」
「ウチのほうが合ってると思うよな?」
「ど、どうでしょう……あはは……」
フリードさん、本気でごめんね。
知らないところで、なんか有名人にしちゃったっぽいです。
でもきっと、悪いのは僕だけじゃないと思うんだ。
それに、きっとあれだよね。えーと。
ほら、王族に見込まれるのは剣士の誉れだって言うし。
うん、そう、そうだ。
僕は悪いことしてないよね。
それにフリードさんって凄い剣士だって僕信じてる。
よし、理論武装完了。
これで次会っても怖くないぞ。
たぶん、きっと。……そうだといいな。
「……俺、しーらね」
ああ、ジャックさんが僕を見捨てた!?
ガクリと肩を落としつつ、僕は先へと歩く。
塩水の池のあちこちに出来た通路をポチャポチャと歩く足音が、物悲しい。
「しっかしよお。この海底洞窟ってな、どうなってんだこりゃ」
「どうなってる、とは?」
ジャックさんの言葉に興味をもったのか、僕を真横からニヤニヤと見つめていたシュペル伯爵が視線を逸らさないまま問いかける。
……せめてジャックさんの方向いて喋って欲しいなあ。
「いや、地下に神殿があるってこたあ、人工物なんだろ、この洞窟はよ」
「まあ、そうなるな」
一番背後で警戒していたアグナムさんが、何を当然の事をといった声色で答える。
まあ、そうだよね。
ん、でも元からある洞窟に神殿を造ったっていう可能性も……まあ、黙ってようっと。
「何の為に造られたんだ? 海底にそんなもん造って、何の意味がある? 結局こうして、モンスター共の住処になってるじゃねえか」
……それ言っちゃうと地上にある場所もそうだしなあ。
でもまあ、言いたいことは分かる。
海底でなければならない理由は何処にあるのかーって話だよね。
うん、分かってるよ。
「ふーむ……それについては仮説を幾つか立てられますが」
僕の右のツインテールの先っぽを弄りながら、シュペル伯爵はそう答える。
ていうか、毛先を一本一本確かめながら歩くって器用だなあ、もう。
そのまま壁にぶつかっちゃえ。
「まあ、最有力なのは……海底でなければならなかった、ということでしょうね」
「あ? 海底でなければならかった理由ってなんだよ?」
海底でなければならなかった理由。
地上では駄目だった理由。
僕は、それを知っている。
その理由を、識っている。
「……デビルフォース」
ぼそりと。
そんな言葉が僕の口をついて出る。
「その通りです。デビルフォースは地上を蹂躙し、天空をも赤に染めたといいます。ならばと海底に何らかの施設が出来たとして、何の不思議もありません」
「……まさか、未発見の超古代遺跡……しかも、中期以降のものだって言うのかよ」
「可能性はありますな。まあ、超古代文明のものと決まったわけでもありませんが」
シュペル伯爵の言葉に、ジャックさんと……アグナムさんからも、燃える熱気のようなものが湧き上がるのを感じ取る。
確か超古代文明っていうのは初期がギアの全盛期。
中期以降にプリンセスギアが開発された……とされている。
確かめた人なんているはずないから、分からないんだけどね。
ゲームのオープニングでも、そこまでは語られてない。
でも、もしそうなら。
本当に中期以降の超古代文明の遺跡ならば。
プリンセスギアは無くても、それに繋がる何かがある可能性はある……かもしれない。
何もないかもしれないし、あったとしても普通のギアかもしれないけど。
「ハハッ、俄然やる気が出てきたぜ! おいアグナムの旦那、万が一俺が選ばれても恨みっこ無しだぜ!」
「ぬかせガキが。選ばれるなら俺に決まってんだろうが!」
うーん、あの二人はもう武姫か何かが見つかるつもりみたいだ。
「……いいんですか? あんな無責任に盛り上げちゃって」
僕がシュペル伯爵を見ると、シュペル伯爵は肩をすくめてみせる。
「はて、私は一言も武姫が見つかるなんて言った覚えはありませんが。それに……」
「それに?」
「いえ、なんでもありません。それよりほら、枝毛が」
「ええっ!?」
「まあ、冗談ですけどね」
そう言って、スイーと僕から離れていくシュペル伯爵。
困った人だな、もう。
地下三階への階段を視界におさめながら、僕はシュペル伯爵に向けて思いっきりあっかんべーをした。




