目覚め
頬を撫ぜる、草の匂いの風。
さわさわと揺れる、木々の音。
差し込む光の暖かさ。
それを感じて、僕は目を覚ます。
「……え?」
驚きと共に、僕は身体を起こして。
「え、ええっ!?」
身体を起こす事の出来た事実と。
僕のものではない声に驚く。
此処は明らかに病院ではない。
僕が身体をあずけていたのは一本の木。
そして此処は、どう見ても森だ。
「……え、え!?」
さっきから「え」しか言えていない。
だって、有り得ない。
此処は何処で。
僕のこの声は何事なんだ。
「え……っと」
そう、まずは落ち着こう。
確か手に人と書いて飲み込めばいいんだっけか。
そんなことを考えて、手を見て。
「え……と?」
その手にはまった、非常に見覚えのあるモノを見て僕の思考は停止する。
なんだこれ。
いや、これは知っている。
そう、確か。
これは僕の自信作、闘神のガントレットだ。
いや、でもなんでそんなものが僕の手に。
「……まさ、か」
慌てて足元を見ると、そこには青いラインの入ったハーフブーツ。
間違いない、闘神のブーツだ。
ブーツから延びる黒い衣装を掴んで、びよーんと伸ばしてみる。
「タイツのようなダイバースーツのような……自分で作っといて正体のわかんないインナー」
身体に触れてみると、自分でデザインした服を纏っているのがよく分かる。
「てことは、まさか!」
頭の両端に手をやると、そこには立派なツインテール。
顔を触ってみると、明らかに僕のものではない事が分かる。
鏡を見れば多分、僕の想像通りのものが映っていることだろう。
そう、もはや疑いようもない。
これは、アリスの身体だ。
「……なんで?」
ゲームの中では、ない。
プリンセスギアにおいて武姫はあくまでパートナーであって、プレイヤーキャラではない。
つまり、アリスの視点になる事は有り得ない。
それに……何よりも。
感覚がリアルすぎるのだ。
プレイギアで体験できる仮想世界は、あくまで仮想世界である事を理解させる為に感覚的に足りない部分が多少存在する。
けれど、今僕が体験しているものはそんな欠落など全く感じさせない。
まるで本物の世界にいるかのようなリアル。
いや、違う。
ここは、本物の世界だ。
僕は足元の草をちぎって、パラパラと落とす。
吹いてきた風に流されて飛んでいく草。
ちぎった草の匂いのついた指。
「は、はは……」
気分が高揚してくるのを感じて、僕は走り出す。
嬉しい。
身体が自由に動く。
加速、加速。
風を身体に受けて、走る。
走って、走って。
崖のようなところにたどりついて、僕は慌てて止まる。
ギギィッ、とかいう急ブレーキのような音と共に停止した僕は、感嘆の声をあげる。
「うわあ……すっ……ごい!」
そこから見えるのは、雄大な景色。
広がる平原、そして立派なお城を中心に広がる街並。
視界の向こうの山も雄大だ。
そして、何処までも広がる青空と太陽。
そして……4つの月。
白い月、赤い月、青い月、緑の月。
うん、間違いない。
此処、日本どころか地球でもないよね。
というか、間違いなくプリンセスギアの世界だ。
確か……エメラルディア、だったかな。
ということは、僕の身に起こった事も整理できてくる。
「転生……ってやつかな」
一時期、すっごい流行ったジャンルだ。
ゲームとか異世界とかに生まれ変わるっていうやつだ。
理由は色々だけど、世界を変えるためとかいうのが多かったかもしれない。
そういう場合、普通は神様とかに会ったりするんだけど……少なくとも僕は、その神様とやらに会った記憶はない。
だから、何をどうすればいいかはサッパリわからない。
転生したら貰えたりするらしいチートとやらも、この身体には実装されていないように思える。
「うーん……」
この後、どうしたらいいのか。
そのヒントを求めて僕は、プリンセスギアの世界観を思い出す。
魔法と科学の融合した世界、エメラルディア。
この世界は常に、とある現象に悩まされていた。
デビルフォース。
一定周期で時空の狭間より現れる、異形の軍勢。
世界の歪みそのものであると言われるデビルフォースは、現れる度に人々を蹂躙した。
伝説によればデビルフォースによって何度も文明は滅んできたという。
しかし、エメラルディアの人々は諦めなかった。
世界中の技術を統合し、ダンジョンから発見される古代の技術をも統合。
ギアと呼ばれる超古代の兵器を復活させた。
ギアはデビルフォースを押し返し、人々に希望を与えた。
……だが、それでもまだ足りなかった。
ギアは戦況を膠着させたかのように見えたが、それでも強大なデビルフォースの前にじりじりと押されつつあったのだ。
このままでは、世界は滅ぼされてしまう。
ギアの稼いでいる僅かな時間を有効に活かす為、技術者はギアの性能向上を試みた。
探索者と呼ばれる人々は膠着した戦況を覆す為、古代の遺跡を巡った。
……そして、とある超古代遺跡の最奥よりプリンセスギアと銘打たれた女性型のギアが発見された。
人間の女性と変わらぬように見えたプリンセスギアは、ギアを超える戦闘力を持った人型兵器だった。
自分を見つけた探索者をパートナーとして人々の前に現れたプリンセスギアは、人々の希望を背負い戦った。
その実力は非常に高く、プリンセスギアはデビルフォースを瞬く間に押し返し、滅ぼした。
だが同時に、プリンセスギアもまた修理不可能なまでに破壊されてしまった。
そのパートナーであった探索者もまた、最後の瞬間にプリンセスギアを庇い死亡した。
人々はその栄誉を称え、プリンセスギアの破壊と探索者の死を悲しんだ。
そして同時に、やがての自分達の子孫の為にプリンセスギアの複製を造る事を試みた。
勿論、それはプリンセスギアの性能には遠く及ばなかった。
けれど人々は目に見える性能よりも、プリンセスギアと探索者の紡いだ「絆」の力を信じた。
それは、いつか再び現れるであろうデビルフォースに抗する為。
それは、人々の見た探索者とプリンセスギアの絆を忘れない為。
それが武姫と呼ばれるモノの始まりである。
プレイヤーは武姫と共に暮らす「機士」として、この世界で暮らしていく……と。
大体がこんな感じだ。
実際には農業とかやってる生産系の人もいたせいで、機士イコール戦う人、というイメージは僕の中には無い。
無い、のだが。
ここまで思い返してみて、僕は気づいてしまった。
転生、とか言ってみたけど。
確かに健康で無敵な身体を望んだけど。
「……めっちゃロボじゃん、僕」
確かに武姫は生命体として認識されてる部分もあるけど。
……でも、ロボだよね。
男とか女とか、そんな事すら霞むくらいにロボだよね。
まあ、いいか。
もう不健康な身体とはさよならできたんだし。
なってしまった以上、割り切るしかない。
「となると、何が出来るか確かめないとなあ」
たぶん、能力は初期値のまま……のような気がする。
こういう場合、ステータスオープンとかいうとステータス画面が開いたりするんだけど。
名前:アリス
レベル:1
装備:
闘神のガントレット
闘神の衣
闘神のブーツ
闘神のブレスレット
セットスキル:
ライトニングナックル
ライトニングキック
ライトニングアタック
称号:
プリンセスギア
機士:
なし
「うわっ!?」
突然目の前に展開された画面に驚いてしりもちをつく。
どうやら本当にステータス画面が表示されたらしい。
装備は……うん、初期値のままだ。
ステータスが表示されなくなったのが不安だけれども、たぶん初期値のままだろう。
装備が最高のものを用意してるから、実際の数値はもっと高いはず。
頷いて……何やら、ステータス画面の端に妙なものを発見する。
称号。
こんな項目、覚えがない。
しかも……表示されている称号がヤバい。
プリンセスギアって。
いやいや、世界観的にそれはマズイ。
確かに僕がどこで生まれたのかっていう説明はつくけど。
プリンセスギアはマズイ。
武姫のオリジナル扱いじゃないか。
こんな称号見られたらどうなるか分からないぞ。
オフにできないかな……と弄っていたら、称号の表示非表示の設定を見つけて非表示に設定する。
「ふう……あせったあ。あとは……これか」
機士、なし……と表示された項目。
これは仕方がない。
アリスを造ったのは僕なんだし。
つまり、今の僕は野良の武姫……ってところなんだろうか。
というか、そもそも此処は何処なんだろう。
さっきのでかい城は、たぶんレニフィウム城……だった気がする。
そうなると、此処は王都ライデンの近くのストナの森ということになるんだと思う。
狩場としては初期の初期、初心者から抜け出したい人用のフィールドだったはずだ。
「……よし」
拳を握って、気合を入れる。
今の僕は、アリス。
僕が最高の出来と自負している、最高で最強の武姫。
なら、それに相応しいように生きなきゃいけない。
この自由に動く身体で、全力で生きる。
それが今生の僕の……アリスの目標。
「いくぞぉ!」
叫んで、走る。
アリスだと自覚すると良く分かるが、この身体は凄い。
前の僕が元気だったとしても、こんなに速くは走れない。
そんな身体が、僕の思い通りに自由に動く。
「やっほー!」
嬉しくなって、また叫ぶ。
もう、どんなに大声で叫んでも体調を崩したりなんてしない。
走って、走って。
森の中を駆け巡る僕の前に、木で出来た人形のようなものが立ち塞がる。
モンスター……確か名前は、ウッドドール。
対人戦闘の練習用としてうってつけのモンスターとして有名なやつだ。
僕自身は、戦いに詳しくなんてない。
かつての僕は、ベッドからまったく動けなかったんだから。
でも、アリスは違う。
アリスには戦闘用のモーションを組み込んであるし、アリス自身である僕にもその使い方が分かる。
速度を落とさないまま、僕はウッドドールに突っ込んでいく。
「とぉ……りゃあ!」
闘神のガントレットをはめた腕で、通常攻撃の打撃。
その一撃で、ウッドドールは吹っ飛んで砕け散る。
ちなみに、本来であればウッドドールはレベル1が一撃で撃破できるような相手じゃない。
撃破できたのはおそらく、装備の性能のせいだ。
他の武姫で集めた素材と有り余る時間で造り上げた廃装備は伊達じゃない。
実力に合わない装備だから本来より能力は大幅に下がっているけれども、充分だ。
レベルアップ! レベル2になりました!
レベルアップ! レベル3になりました!
メッセージが流れて、僕がレベル3になった事を教えてくれる。
うん、懐かしい。
初心者を此処に連れてきて、戦闘を教え込むついでの養殖プレイは定番だった。
懐かしみながら視界の隅に目をやると、そこには壊れたウッドドールが倒れている。
ここまでゲームと同じなら、たぶんアレもできるはず。
そう考えて壊れたウッドドールに近づいて、手をかざす。
ゲームと同じことができるならたぶん、これでいけるはずだ。
「回収」
木屑を手に入れました!
木屑を手に入れました!
無表情な木仮面を手に入れました!
メッセージが流れると共に、ウッドドールの残骸が消えていく。
たぶん何もせずに放っておいても時間と共に消えるだろう。
少なくとも、ゲームではそうだった。
「よし、よし。いけるぞ」
思ったよりも、ずっと身体がよく動く。
この調子なら、ここで戦っていても問題なさそうだ。
このストナの森で一気にあげられるのは、せいぜいレベル15程度までだ。
そこから先は適正レベルになってしまうので、レベルアップ速度は遅くなる。
ちなみに武姫はプレイヤーのパートナー扱いなので、職業の概念は無い。
だから、レベルをガンガンあげていけば問題ない。
まずはレベル15。
そこまであげてから、次の事を考えるべき。
いろんな問題を先送りにすると、僕は縦横無尽にストナの森を駆け巡りはじめる。