スクリッド海底洞窟
スクリッド海底洞窟。
それは、その名の通り海底に存在する洞窟……ではなく、海底にまでつながっている洞窟だ。
段々と地下へ、そして奥へと潜っていく構造になっているんだけど、考えてみればその成り立ちについてゲーム時代も明確な説明はされていなかった。
僕自身、然程の興味があったわけでもないんだけど……神殿なんてものがあるってことは、ひょっとすると古代文明の名残であるのかもしれない。
何しろ、古代文明に関しては「なんか凄い」ってだけのふわっとした情報しかない。
空に浮く遺跡が残っているくらいなんだから、海底に遺跡があったとしても何の不思議もない。
むしろ、そのほうが常識的であるようにすら思える。
洞窟の中をパシャパシャと水音を立てて歩きながら、僕はそんな事を考える。
「なあ、アリス」
「何? ジャックさん」
「お前よぉ、そんな高そうな鎧を海水に浸しちまって平気なのか?」
そう、このスクリッド海底洞窟は浅瀬のような水溜りがあちこちにあるダンジョンだ。
そのおかげで、「飲水作成」の魔法があれば飲水に機士用の水に困らないという、素敵なダンジョンだったりする。
ソレがない人の為に、ダンジョンの要所要所に商人系のプレイヤーが出張価格で水や食料を販売する露店を開いていたのもいい思い出だ。
意外と儲かるから最初の資金稼ぎにはいいらしいんだよね、あれ。
まあ、それはさておき。
「うん、大丈夫だよ」
「そうなのか? 何で出来てんだ、それ」
「えーと、秘密」
フリードさんにも似たような事聞かれたけど、僕だってそんなの知らないもん。
聞かれたって困るよ。
「ふーん。しかし高そうだな」
「そうですねえ。私も知らない材質に思えます。もし未発見の金属だとすれば価値は天井知らずでしょう」
「……マジかよ。すげえな、そりゃ」
そこに、最後尾を歩いていたシュペル伯爵が余計な事を言う。
ほらあ、ジャックさんの目が輝いてきちゃったじゃないか。
「なあなあ、アリス。それって何処で手に入れたんだ? な、ちょっと教えてくれよ」
「秘密だってば。ほらもうジャックさん。前見て歩いてよ」
「で、でもよう」
ああ、もう。シュペル伯爵が余計な事言うからだぞ。
僕が抗議の意味を込めてシュペル伯爵を睨むと、シュペル伯爵はおどけたように肩をすくめてみせる。
「おやおや、これは冗談が過ぎました。ジャックさん、それはただの魔法鋼ですよ。未発見の金属なんて、そんなのあるわけないでしょう?」
「え? でもよう」
「ヤですねえ、冗談の通じない方は。あ、ほら。そこでレッドスターが空飛んでますよ?」
レッドスターっていうのは、いわゆるヒトデみたいなモンスターだ。
人の頭くらい大きいから、とてもただのヒトデだなんて呼べないけどね。
勿論、空なんて飛ばない。
「ちっ、わかったよ。そいつは魔法鋼。そういうことでいいんだろ」
「実はただの鉄かもしれませんよ? フフッ」
露骨にからかいに入ったシュペル伯爵に、ジャックさんは舌打ちして前に向き直る。
「……性格悪いな、アンタ」
「失礼な。とてもいい性格をしていると、皆さんお褒めくださいます」
褒めてないよ、それ。
明らかに嫌な奴だって言われてるよね。
僕が振り返ってシュペル伯爵を生暖かい目で見ると、鞄の中から僕を生暖かい目で見るような視線を感じる。
おのれミケ。僕は違うもん。
「おいおいお前等、ちっとは気を引き締めてくれよ」
そこで流石に我慢の限界にきたのか、先頭を歩いていたアグナムさんが立ち止まって振り返る。
このスクリッド海底洞窟の一階は、実のところ大した敵は出ない。
というよりも、自分から攻撃を仕掛けてくるアクティブモンスターが居ない。
それは現実になった此処でも同じなようで、僕達はとても気楽な気分で進んでいたのだ。
本番は、地下二階へ降りてから……ということになる。
「ハハハ、申し訳ありません。こんなダンジョンなど探索するのは久々なもので、ついテンションが上がってしまいました」
「ああ、分かるぜ。しかも未踏破どころか世間的にゃ未発見のダンジョンときたもんだ。これで興奮するなってほうが無理だろ」
そうだよね。
僕にとってはゲームで何度も来たダンジョンだし、ゲームではどちらかというと初心者卒業の証みたいなダンジョンだった。
でも、ここでは違う。
アグナムさん達が存在を隠しているダンジョンで、僕も知らない海底神殿なんていうものがあるダンジョンなんだ。
言うなれば、まさに最新のダンジョン。
僕にとってもそうだけど、ジャックさん達にとってはもっとそうだよね。
「おいおい、遠足じゃねえんだぞ。浮足だって役に立たねえんだったら、今すぐ帰ってもらってもいいんだぜ?」
「そりゃねえよ、アグナムの旦那。こんな場所まで連れてきて、そいつは殺生だよ」
「だったら、もっと真面目に願いてえもんだな」
アグナムさんはそう言って、深く溜息をつく。
……うーん。ゲームの時のアグナム海賊団イベントとは別人としか思えない。
って、おっと。
僕はそういうのに振り回されないって決めたんだ。自重自重っと。
「アグナムさん、聞いてもいいですか?」
先頭を歩くアグナムさんの隣まで駆け寄ると、アグナムさんは僕を見下ろす。
「ん? なんだ?」
「まだ聞いてなかったと思うんですけど……どうして、海底神殿に行きたいんですか?」
基本的にダンジョンっていうものは、潜れば潜るほど敵が強くなる。
それは、現実となった今でも変わらない真実であるようだ。
だから、僕も知らない海底神殿にいるモンスターは、きっともっと強いはずだ。
ひょっとすると、僕が全力で戦っても敵わないようなモンスターがウジャウジャいるかもしれない。
ロックドラゴンより強いボスがいるかもしれない。
なんでそんな場所に行きたいのか、僕はまだ聞いていない。
「……ああ。そういや話してなかったな」
アグナムさんはそう言うと、立ち止まって胸元からペンダントを取り出す。
それはこの島に来る前にも見た、何かの紋章の書かれた赤い宝石のついたペンダントだ。
「そうだな。今のうちに話しておいたほうがいいかもしれねえ」
アグナムさんはそう言うと、後方へと振り返る。
「おい、お前等二人も聞いとけ。こいつは重要な話だからよ」
そう言うと、アグナムさんは胸元のペンダントを手で大切そうに撫ぜる。
「これは俺の親父のそのまた親父の親父の……まあ、ともかく随分昔から伝えられてきた話だ」
その話では、こう伝えられてきたらしい。
世界の何処かに、海の底へと繋がる洞窟がある。
その先には、かつて栄華を誇った古代文明の一つが眠っている。
だが、そこへの道は固く封印されている。
至るには、鍵が必要だと伝えられている。
「終末の太陽が昇る時、銀の騎士が黄昏の虹を描く。試練を越え、正当なる証を示すべし。これが海底神殿で見つけた碑文だ。その終末の太陽とやらは見つけたし、銀の騎士と黄昏の虹も揃った。これで、正当なる証とやらは揃ったはずなんだ」
つまり、アグナムさんはその三つを揃える事が「試練」であり「正当なる証」であると考えているらしい。
「んー……しかしよう。銀の騎士とやらがアリスっていうのは無理がねえか?」
そんな事を言うジャックさん。
でも、僕もそれは同意するなあ。
「別にそれでもいいんだ。とりあえず、黄昏の虹はあるんだからな」
「そこがまず分からねえ。黄昏の虹っていうのはなんなんだ?」
「……なるほど。虹の軌跡を描く剣ですか」
ジャックさんの疑問に答えるように、シュペル伯爵が口を開く。
帽子の縁をコツコツと叩きながら、シュペル伯爵は何かを思い出すように語り始める。
「えーと、確か……そうそう、思い出しました。神々の祝福すらも届かぬ地に眠る剣あり。其は虹の軌跡を描き、失われた時代を記憶するものなり……でしたかな?」
「そうだ。俺はそれこそが黄昏の虹だと考えていたが、ちっとも見つからなかった。別の方向で考えようかとした時に現れたのが、アリスだ。運命を感じるなっていうほうがムリな話だろう?」
「まあ、そうですね。思わず結婚を申し込みたくなる程に運命的ですな」
「いや、それはねえがよ」
うん、それはない。
でもまあ、理由は……分かった、かな。
終末の太陽が昇る時、銀の騎士が黄昏の虹を描く……か。
うーん……でも、それだけじゃあなあ。
「でも、実際にそれをどうすればいいんですか?」
「分からねえ。だから、とりあえず揃えてみることにしたんだ」
「まあな、それは理解できるぜ。全部揃えて初めて理解できることもあるかもしれねえ」
アグナムさんの言葉に、ジャックさんが頷く。
うーん、確かにね。
キーアイテムは全部揃ってこそ意味があるっていうのはある意味で王道で常道だ。
その気持ちは、僕にもよく分かる。
「まあ、あとは……実際に現場まで行ってみねえと分からねえ。今回も開かねえようだったらまた別の手を考えるさ」
「そん時になって、何もねえから報酬も何もねえってのは無しだぜ?」
「ハッ、勝手についてきやがったくせにほざきやがる」
ジャックさんとアグナムさんが、冗談交じりにそんな事を言って笑い合う。
うーん、シーフ系な人同士で気が合うのかなあ。
「いやあ、仲がよろしいですねえ。如何ですか、我々もこれを機会に」
「えーっと、それはまたの機会に」
いつの間にか寄ってきて背後から両肩を掴むシュペル伯爵の手を剥がすと、僕はスタスタと前へと歩いて行く。
「さあ、そうと決まったらドンドン行きましょう!」
「おう、行くのはいいけどよ。道わかんねえだろ。俺が先頭で行くから、な」
「そうだぜ、落ち着けよアリス」
おっと。
そうだよね。何度もゲームで来た場所だからって、迷いなく歩いたりしたら変だよね。
「あ、そっか。そうですよね。えへへ」
僕が笑って誤魔化すと、アグナムさんとジャックさんが顔を見合わせて苦笑する。
「おいおい、しっかりしてくれよ。お前が今回の鍵の一人なんだぜ?」
「ご、ごめんなさいアグナムさん」
なんとか誤魔化しきってホッとする僕の頭をポンと叩いて、アグナムさんは再び先頭を歩いて行く。
まず目指すは、地下二階。
そこからが本番だ。




