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出発しよう

 朝食を終えた僕達は、しっかりと柵でガードされたスクリッド海底洞窟の入り口に立っていた。

 柵……と表現はしたけれど、実際には簡単な砦というか関所というか。

 見張り小屋まである、完璧な防御体勢だ。


「なんか……すごいですね」

「あ? 当然だろ?」


 僕の率直な感想に、アグナムさんは何を言っているんだという顔で僕を見る。


「しっかり見張らねえと、どこの馬の骨が潜り込むか知れたもんじゃねえからな。此処は俺様が見つけたんだ。他の奴なんか入れやしねえぜ」

「その辺りの思考は海賊のままなんですなあ」


 言いにくい事をスッパリと言うシュペル伯爵に、アグナムさんはへへっと笑って鼻の頭を掻く。

 ていうか、ごめんなさい。

 船をチャーターして入ろうとしてました。

 それやったら、今頃大変な事になってたかもしれないなあ。

 まあ、僕は馬の骨じゃなくてロボなんだけどね。


「まあな。結局男はどう生きても変わらねえってものなのかもしれねえな。俺も海賊からは足を洗ったがよ。結局こうして好きな女は譲れねえ男なのさ」

「ええ、ええ。分かりますよ。私も好きな女性は自分色に染めたいタイプですからね!」

「お、それはちぃとばかし分かるぜ!」

「そうでしょう、そうでしょう!」


 ガシリと握手するアグナムさんとシュペル伯爵。


「束縛趣味とコスプレ趣味か……あいつらに好かれる女は大変だな」


 ジャックさんがポツリと呟くと、二人はジャックさんをギラリと睨み付けてその肩を掴む。


「そうは言うがよ、兄ちゃん」

「貴方だって、好きな女性に分かってほしい自分の理想くらいあるでしょう?」

「おい、そんな言い方じゃわかんねえよ。いいか、兄ちゃん。俺達男ってのはすべからく馬鹿なんだ。人に言えねえ趣味の百や二百くらいあるもんだ。その中にゃ、このくらいなら女に言ってもいいかなー、てくらいのもんもあるだろうがよ」


 ……僕のヒーロー趣味みたいなものかな。

 ちょっと違う気もするけど。


「ね、ねえよ!」

「「嘘だ!」


 うわあ、ハモった。

 そこまで言い切るようなものなんだ。

 二人はジャックさんに一層詰め寄ると、質問攻めを始める。


「てめえ一人だけスカそうだなんて、俺ぁ許さねえぞ!」

「そうですよ、自分の性癖一つ曝け出せない男が信用できると思いますか」

「うおお、よ、寄るんじゃねー! 会ってすぐの連中にそんなもん曝け出せるか!」

「だから曝け出して仲間になるんでしょうが!」


 ガクンガクンと揺さぶられるジャックさんからそっと離れて、僕は柵の前に立つお兄さんに声をかける。


「あのー、一人と猫一匹ですけど。入っていいですか?」

「え? あ、うーん」


 強面のお兄さんは僕を見ると、ちらりとアグナムさん達に目を向けて再び僕へと視線を戻す。

 その顔には、困ったような笑みが浮かんでいる。


「あー……悪いけど、団長のアレが終わるまでは通せないなあ」

「ですよねえ」


 頷いて、僕もアグナムさん達を見る。

 ……あ、なんかジャックさんが胴上げされてる。

 何がどうなってああなったんだろう。


「あ、俺はスパードっていうんだ。お嬢ちゃん、名前は?」

「え? 僕? アリスです。こっちの猫はミケです」

「そっか、アリスちゃんか。どうだい、団長達はまだ時間かかりそうだし、俺と見張り小屋でお茶でも飲まない?」


 お茶かあ。でも、朝ごはん食べたばっかりだしなあ。

 そもそもこの身体だと、食事ってエネルギー変換効率がそんなに良くないんだよね。

 でも、断るのもなんか悪いしなあ。


「うーん……それじゃあ少しだけ……」


 僕がそう言いかけると、胴上げを中断したアグナムさんが慌てて駆け寄ってくる。

 当然、胴上げされていたジャックさんが落下してぐえっという声をあげる。

 ……うわあ、超痛そう。


「コラコラ、スパード! てめぇコラ、まだ病気治ってねえのか!」

「へ!?」


 病気と聞いて僕が思わず後ずさると、スパードさんが傷ついたような顔をした後アグナムさんにくってかかる。


「団長、ひでえっすよ! アリスちゃんが誤解しちまったじゃないですか!」

「うるっせえ! 女と見りゃあ誰でもナンパしやがって! それで暗殺者まで差し向けられといて、まだ懲りねえのか!」

「ありゃ純愛ですよ! スザンナだって俺と一緒に生きたいって!」


 ……何やったんだろ、この人。

 僕は柵の反対の方に居たヒゲのお兄さんの隣に移動して、突いてみる。


「ん?」

「スザンナさんて……誰ですか?」


 僕のその質問に、ヒゲのお兄さんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 眉間を押さえて溜息をつくと、スパードさんを横目で見ながら教えてくれる。


「……遠くの町のな、男爵夫人だよ」

「へえー。身分差の恋ってやつですか。素敵ですねえ」


 なんか少女漫画みたいだなあ、と思って頷く僕に、ヒゲのお兄さんは遠い目をする。


「そうだな、素敵かもな。年が50も離れてなけりゃあ、な……」

「……」


 黙って見つめあう僕と、ヒゲのお兄さん。


「あの、スザンナさんって年は……」

「確か今年で74だったかな。仲睦まじい夫婦ってことで有名だったんだが、なあ……」


 今どうなってるのか、聞くの怖いな……。

 僕のそんな気持ちを感じ取ったのか、ヒゲのお兄さんは頷いてみせる。


「これ以上は聞かないほうがいいぜ。アイツと関わりたくなくなるからよ……」


 うわあ、凄く気になる。

 でもなんか聞きたくない。

 聞いたが最後巻き込まれそうな、そんな気がする。


「……つーかよ。俺のこと心配しろや」

「あ」


 ジャックさんが、僕の肩に手を置く。

 もう片方の手で腰を抑えている辺り、痛みは引いてなさそうだ。


「えーと、大丈夫?」

「遅ぇんだよ」


 パシッと頭をはたかれる。

 むう、そんな事言われても、あんな話題についていけないよ。


「でも、なんで胴上げされてたの?」

「しらねー」

「ああ、それはですね!」


 ジャックさんがぶっきらぼうに答える横に、シュペル伯爵が顔を出す。


「ジャックさんの理想が清純派だということが分かりまして。恋人は可愛らしい服の似合う、ちょっと世間知らずなくらいのところのある子がいいそうですよ! いやあ、実に男の欲望煮えたぎる理想でしょう! こりゃそのうち駆け落ちとかやらかすタイプだと、おっと!」


 ジャックさんの拳をひらりと避けると、シュペル伯爵は後ろ向きにスキップしながら離れていく。


「何を恥ずかしがることが? いいじゃないですか、清純好き。実に結構! 自分色に染めてみたり、汚れた自分を再確認したりしてみたいんですよね! いやあ、うんうん! そういうのも有りだと思いますよ! むしろ私と色々趣味が合うんじゃないですか? あ、でも私はむしろ反抗期で世間にも反発しちゃってる子を舞踏会とかに連れ出したりするのも結構好きで」

「聞いてねえ!」


 そのままジャックさんはシュペル伯爵を追いかけていってしまう。

 うーん、もう腰平気なのかな。

 ていうかジャックさんも動き早いのに、それを難なくかわしてるシュペル伯爵って何者なんだろ……。

 そんな事を考えながら二人の追いかけっこを見ていると、背後のほうからゴン、という鈍い音が聞こえてくる。

 振り向くと、そこには頭を抱えるようにおさえたスパードさんと、荒い息で拳を震わせるアグナムさんの姿。


「……ったく、この野郎は! ちったあ反省しやがれってんだ!」

「ま、まあまあ団長。そいつもちっとは反省してるんですよ?」

「嘘こくんじゃねえよ。こいつの反省ってのはアレだろ? もっと俺が上手くやっていればどうのこうのとかっていう」


 うっと言葉に詰まるヒゲのお兄さんに、アグナムさんは深い溜息をつく。


「ったく。こいつぁしばらく外にゃ連れていけねえな」

「ええー、困りますよ団長。こいつ、一日中昔の女の事ばっかり呟いてうるせえんですよ。せめて女性団員を雇えば少しは……」

「馬鹿かおめえは。このアホが迷惑かけると分かって雇えるかよ。おまけに他の奴だって目の色変えるぞ。ただでさえこの島にゃ女いねえんだからよ。アリスはガキだからいいが、それなりの女なんか連れてきた日にゃあ……」


 ガキって。

 失礼だなあ。

 いや、別にいいんだけどさ。

 こういう人達の言う「女の人」って、それこそスタイルの凄い人のことをいうんだろうし。

 僕はそういうのとはほら……方向性違うから。

 分かる人は分かってくれるもん。

 うん、そうだよね。

 ミケならきっと分かってくれる。

 僕がそう考えていると、頭の上からフッという声が聞こえてくる。

 あ、くそう。

 顔は見えないけど、きっと鼻で笑ってるな。


「うし、じゃあ出発するか。ったくよう……行く前から疲れちまったぜ」

「あー、はい」


 僕が答えると、アグナムさんはそこで初めて気付いたかのように僕の頭の上を見る。


「そういえばよ。その猫、連れて行くのか?」

「あ、はい。ミケなら大丈夫ですよ?」


 僕がそう言うと、アグナムさんは顎をさすりながら頷く。


「そうか。まあ、お前がそう言うんならいいけどよ。しっかり自分で守れよ」

「はーい」


 まあ、必要ないと思うけどね。

 いざという時には戦える猫だから。

 置いてきてもよかったんだけど……僕の大事なサポート役だから、ね。

 ていうか助言が無いと、また余計な事しちゃいそうで怖い。

 いや、僕がバカなんじゃなくて、ほら。

 参謀役とかそういうのがね、うん。

 

「フッ」


 さっきよりもハッキリとした鼻で笑う音が伝わってくる。

 くそう、今に見てろよ。


「で、あの二人は何処行ったんだ」

「ここにいますよ」


 そう言って汗一つかいていないシュペル伯爵と、息も絶え絶えなジャックさんがやってくる。


「ち、ちくしょう……化け物かこいつ……」

「貴族ですから」


 うーん、ジャックさんが早くも限界だ。

 アグナムさんも呆れ顔で二人を見ている。


「おいおい……始まる前からこれで大丈夫かよ……」

「そうですよね。まともなのが僕一人だけとなると、苦労しそう……」


 そう言って頷いていると、三人が僕をじっと見ているのが分かる。


「え? な、何?」


 三人は僕を見て……その後顔を見合わせると、再び僕を見る。


「いやあ……それはねえよ」

「類友ですよね」

「だなあ」


 なんだよう。

 あんまり虐めると、泣くぞ?

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