ジャックさんが来た
翌朝。
僕は、もやもやした気分を抱えたまま目を覚ました。
人間の頃と違うのは、朝が弱いとかそういうのが無いところだ。
寝ているというよりは、パソコンとかのスリープモードに近いんじゃないだろうか。
僕の意識自体は確かに無いんだけど、何かあればすぐに目覚められそうな気がする。
というよりも、なんだろう。
このくらいで起きよう、と決めたあたりでパッチリと目が覚める。
ひょっとすると僕の中って、目覚まし機能か何かを内蔵してるんじゃないのかな?
「おはようございます、ご主人」
「おはよう、ミケ。随分早いね?」
「猫ですからな」
猫って、そういうものだっけ。
飼ったことないから分からないや。
「それよりご主人、分かっていらっしゃいますな」
「う、うん。分かってるよ」
昨日ミケと確認したことを思い出す。
戦いは拳。
スキルはあんまり使わず、聞かれても誤魔化す。
あとは、人間らしく振舞う。
うん、大丈夫。
「心配すべき点があるとするなら……アレかな」
「ふむ?」
「僕のカッコよさってさ、ほら。人間離れしてるから」
「ハッ」
思いっきり鼻で笑われた。
ひどいや、ミケ。
「まあ、その調子なら大丈夫そうですな」
「うん。頑張るよ。でも、さ。海底神殿って、何なのかな?」
「さあ。行ってみなければ分かりませんな」
うん、結局はそうなってしまう。
そもそもの話で言えば、ゲーム時代でもスクリッド海底洞窟に関する詳しい説明は無かった。
どういう経緯で出来た洞窟だとか、そういうのは僕は知らないのだ。
だから、実は海底神殿がありました……ということがあっても不思議ではないんだけど。
でも、知らないっていうことは不安だ。
ダンジョンというものは基本的に、奥に進めば進むほど敵が強くなる。
これは、現実となった今でも一緒のはずだ。
つまり、スクリッド海底洞窟の奥にある海底神殿とかいう場所は、僕が想定していたレベルよりもずっと高い場所ということになる。
そんな場所に行って、無事でいられるんだろうか?
身代わりドールがあればある程度の保険にはなるけど、あれはもう無い。
他に保険になるものっていうと……。
「むう……使うしか、ないのかなあ」
取り出した一枚のスクロールを、僕は握りしめる。
あまり数は無いけれど、これもいざという時には使うしかないだろう。
どんなに貴重でも、命には代えられないものね。
そんな事を考えていると、部屋のドアがドンドンと叩かれる。
僕は慌ててスクロールを仕舞うと、ドアへと振り向く。
「おーい、朝だぜ。起きてるか?」
ジャックさんの声だった。
僕はミケを抱えて立ち上がると、返事を返す。
「うん、起きてるよ!」
「おう、じゃあ入るぜ」
そう言うなり、ジャックさんは部屋に入ってくる。
如何にも眠そうで、おっきなアクビなんかしている。
「ジャックさんは眠そうだね」
「おう、そりゃ眠ぃさ。そういうお前は随分スッキリとした顔してやがるな。そりゃアレか。ほれ、あー……アレだからか?」
アレを連発するジャックさん。
たぶん武姫って言いそうになるのを誤魔化してるんだろうなあ、と思う。
誤魔化し方は……まあ、下手だけど、その心がなんとなく嬉しい。
「そうそう、アレだからだよ。僕もよく分かんないから、本当にそうかは自信ないけど」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
ひとしきり笑った後、ジャックさんは思い出したように僕の頭に手を載せる。
「まあ、いいや。おはようさん」
「うん。おはよう、ジャックさん」
グシグシと乱暴に頭を撫でる感覚を感じながら、僕も笑顔で返事を返す。
そうした後、僕はふと思いついたことをジャックさんに聞いてみる。
「そういえばジャックさん。本当についてきちゃってよかったの?」
「よくはねえなあ」
構わねえとか言うと思っていた僕の予想に反して、ジャックさんは苦笑しながら頭を掻く。
「フリードの野郎との約束をすっぽかす形になっちまったからな。でもまあ……事情が事情だからな。アイツもあんまり五月蠅くは言わねえだろうさ」
「事情?」
僕が首を傾げると、ジャックさんはピクリと頬を動かす。
その後、僕の頬をぐいーっと笑顔でつねり出す。
「お・ま・え・だ・よ! お前がシャプニの有名人二人に絡まれてなけりゃ、俺だって約束をすっぽかさずに済んだんだよ! 分かってんのかコラ!」
「ひひゃひ! ひひゃふぃふぉ、ふぁっふふぁん!」
「痛いのは俺の心だ! 慰謝料請求すんぞ!」
僕の頬に捻りまで加えた後、ようやくジャックさんは僕の頬を離してくれる。
つねられた頬をさすりながら、僕はジャックさんに涙目で抗議する。
「ひどいや、ジャックさん。いざとなれば、僕だってあの場から逃げられたんだよ?」
「ほう、どうやってだ」
ジト目で睨むジャックさんに、僕は俯いて目を逸らす。
すると、同じ目でミケが見上げているので、別の方向へと目を逸らす。
「おい、どうした。どうやって逃げ出すつもりだったって?」
「え、えーと。力尽く?」
「……とんでもねえバカだったんだな、お前」
可哀想な目で僕を見るジャックさん。
うう、違うもん。
僕、バカじゃないもん!
「やっぱり俺がついてきて正解だったな。お前、そんな調子じゃすぐにバレるぞ?」
「そっ、そんなことないよ……」
「いいや、そんなことあるね。しかもいざという時にゃ、また自分から死ににいくタイプだよ、お前は。いくら死なねえっていっても、やっていいことと悪いことがあんだろうよ」
死なない、わけじゃない。
あれは身代わりドールの能力であって、僕の能力じゃない。
しかも身代わりドールはもう残ってない。
つまり今の僕は、死を回避できない。
でも、それをジャックさんに言うのは躊躇われた。
「……おい」
「へうっ!? な、何!?」
やばっ、全然聞いてなかった!
僕が慌てて笑顔で誤魔化そうとすると、ジャックさんは胡散臭そうな顔をする。
「……お前、また何か隠してるだろ」
「隠してないよ?」
「本当か?」
「う、うん」
目を逸らしながら答える僕の顔を、ジャックさんがガシッと掴む。
その顔は、とっても真剣だ。
「本当に、本当か? 言えることは全部言っておけよ? この後は、あの胡散くせぇ貴族と海賊野郎が一緒なんだからな?」
「……うん」
やっぱり、僕を心配して来てくれたんだ。
ジャックさんって、本当にいい人だよね。
「……」
少しだけ、考える。
どうせ、もう一個も残ってないんだし……このくらいは、言ってもいいのかもしれない。
「えっとね」
「おう」
考える。
本当に言ってもいいのかな、って思う。
そんなものが存在するっていうことを、口に出してもいいんだろうか?
「どうした?」
「うん……えっと、ね」
考えた後。
僕は、ちょっとだけ真実を隠す。
「あの死なない能力だけどね。もう使えないんだ」
身代わりドールのことは、口には出さない。
ジャックさんの誤解も解かないまま、僕は事実だけを口にする。
「だから、次はたぶん……死んじゃう、かな?」
「なんで疑問形なんだよ」
だって、よく分からないんだもの。
最後の一回の時。
あの時は間違いなく、身代わりドールは残っていなかった。
あの時の力がまた使えるかどうかは不明。
でも、使えないかどうかも不明だ。
「ん……ともかく、その、そういうことなんだ」
「それが隠してたことか?」
違う。
本当はもっと、いっぱいある。
僕は武姫どころかたぶん、プリンセスギアなんだってこととか。
元々はこの世界じゃなくて、違う世界の人間だったってこととか。
話せないことは、いっぱいある。
隠してることは、いっぱいある。
だから僕は、俯いて黙り込む。
そんな僕の頭に、再度ジャックさんの手がのせられる。
「別にそんな事は気にすんな。命は一個だけっていうのが普通なんだからよ」
「……うん」
「まあ、他にも色々隠してそうだが……別に聞きゃしねえよ。俺だって隠してる事がないわけじゃねえしな」
その言葉に、僕は驚いたように顔をあげる。
「そうなの?」
「おう、いーっぱい隠してるぜえ? あのスカしたフリードの野郎の趣味とか、カルラの奴の隠してるつもりの好みとかな」
うわ、ちょっと気になる。
でもそれ、ジャックさんじゃなくて他の人の秘密だよね。
「……ジャックさんの秘密じゃないんだ」
「俺の秘密か? それもいっぱいあるぜ? 教えてやらんけどな!」
そう言って笑うジャックさんに、沈んでいた僕の気分も少し浮上してくる。
「ふふっ、ズルいやジャックさん。僕だって秘密を一つ教えたのに」
「あーん? お前が勝手に話したんじゃねえか」
俺には関係ねえよ、と両手をあげてアピールするジャックさん。
小ばかにした笑みを浮かべている辺りがムカっとするので、隙だらけの脇腹を人差し指でズンと突く。
「うぐうっ! ぐえほっ!? て、てめえアリス! 何しやがる!」
「ふーんだ。ジャックさんが意地悪するから悪いんだもん」
あっかんべーをする僕の頭を、ジャックさんがガシッと掴む。
「おうおう、いい度胸じゃねえか。そこまで言うなら教えてやらあ。俺はなあ、人の脇腹を突くような奴の頭には拳をくれてやるって決めてるんだ!」
言うなり、ジャックさんは僕の頭を両側から拳でグリグリとする。
「いたいいたいいたい! いったあい! ちょ、やめ、バカになる! バカになっちゃ、いたたたたたあ!」
「安心しろ、それ以上バカにゃならねえ!」
ジャックさんの拳をかわそうと動く僕を、ジャックさんが逃すまいとグリグリする。
「おや、楽しそうですよね?」
「おう、シュペルの旦那か。朝っぱらから何の用だい?」
ようやく僕の頭から手を離してくれたジャックさんがそうシュペル伯爵に言うと、シュペル伯爵は笑顔を浮かべて答える。
「いえいえ、本日の予定としては、朝食を食べて出発……ということらしいので。僭越ながら私が迎えに来た次第でして」
「おう、そいつは有り難いな。だってよ、アリス。食べられそうか?」
「え、うん。大丈夫だよ」
僕はそう言うと、痛む頭を押さえて立ち上がる。
ジャックさんのせいで頭は痛いけど、食事くらい出来る。
わざわざそんな事聞くなんて、僕の頭をグリグリしたのをそんなに気にしてたのかな?
次回、出発です。




