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ミケのありがたいお話

「バカですな」

「うっ」


 開口一番、ミケは腕組みして僕にそう言い放つ。

 此処は、ハルクラ島のアグナム海戦団の砦……の一室。

 海の見える三番目にいい部屋らしい。

 ちなみに一番はアグナムさんの部屋で、二番は副団長さんの部屋らしい。


 で、この眺めのいい部屋で、しっかりと扉を閉めて。

 近くに誰も居ない事を確認してからミケに助言を求めた僕に、いきなり言い放った一言がコレだ。

 ひどくないかな。

 ていうか、足をタシタシと鳴らして杖でパシパシと手を叩きながら僕を睨み付けるのはやめてほしい。

 凄く怖い。

 目を微妙に細めている辺りが、更に怖い。

 プルプル震える僕を、ミケは容赦なく睨み付ける。


「まあ、ご主人がバカなのは知っておりましたが、ここまでバカとは。いやいや、申し訳ない。ご主人のバカっぷりを甘く見積もっていた吾輩のミスかもしれませんな。このミケをもってしてもご主人がバカオブバカであることを見抜けませんでした。これからは、この事を忘れぬようご主人をバカと呼ぶ事で次に活かすことにいたしひゃひゅ」


 ミケの頬をむにっと掴む。

 いい加減にしないと僕、泣くぞ?

 そのままムニムニしていると、ミケが僕に杖を向けてくるのでパッと手を離す。

 危ない危ない。

 

「こんな所でマジックショットなんか使ったらダメだよ? ミケってば非常識だなあ」

「ハッハッハ……フシャーッ!」


 笑顔を浮かべたミケが、僕の頭に杖を振り下ろす。

 ゴン、と響く音と共に僕の視界に一瞬ノイズが走る。

 い、いったあい!


「ちょっとミケ! バカになったらどうするのさ!」

「だまらっしゃい! それ以上ご主人に馬鹿になる余地があるはずないでしょう!」


 スパーン、という音を立てて僕の頬が叩かれる。

 肉球で叩かれた気持ちよさと、鞭のようにしなるミケの手での痛さの相乗効果。

 く、くそう。

 なんか単純に痛いと文句を言えない分悔しい!

 ていうか僕、バカじゃないもん!

 ミケはそんな僕の複雑な心境など知らないとでも言うかのように、杖でドンと床を叩く。


「さて、ご主人。吾輩に聞きたい事があるのでしたな?」


 フシュー、と牙を剥き出しにして威嚇するミケ。

 うう、怖いよう。


「……ミケが怖いんだけど、どうしたらいいかな」

「そうですな。吾輩の美しい顔に悪戯せず、ご主人が真摯な態度を」

「ぷっ」


 美しい顔って。

 ミケは猫じゃないか。

 うん、イケニャンだとは思うけど……でも、自分で言うかなあ。

 僕がクスクスと笑っていると、ミケが僕の頬をピタピタと叩いている。

 ……げっ、顔が超怖い。

 なんか不動明王みたいな顔してる。


「はて、叩き足りませんでしたかな?」

「えっと……ごめんなさい。ミケはイケニャンです」

「よろしい」


 僕がブルブル震えながら謝ると、ミケはいつも通りの顔に戻る。

 えーと、何の話だったかな。


「で、何が聞きたいのですかな?」

「あ、うん。ちょっと待って」


 ミケが怖いから全部頭から飛んじゃったよ。

 僕はミケに聞こうとしていた事を、必死で思い出す。


「えっとね、ミケ。どちらにせよ海底洞窟に向かう事になるんだけど……僕、海底神殿なんて知らないし……あのアグナム海戦団なんてのも知らないんだよ」

「はあ、ご主人が何かモノを知っている方が驚きなのですが」

「そういうのはいいから」


 僕の言葉にミケはふーむ、と唸る。


「そうですなあ。ご主人の知識ではどうなっているのです?」

「んーと……まず、ハルクラ島にこんな砦はないかな。で、海底洞窟はあっても海底神殿なんてものはないし。そもそも、アグナムさん達は極悪非道のアグナム海賊団のはずなんだよ。アグナムさんの容姿も……もっとこう、違うんだよねえ」

「ふむ? 単純に知識が古いようにも聞こえますが、ご主人の意図する意味とは違うようにも感じますな。むしろご主人の知識とズレがある、というところですかな?」


 流石ミケ。

 そう、僕の知識はゲームの知識だ。

 でも、ゲームの中での知識と実際の状況にはかなり差がある。

 例えば、武姫の状況。

 例えば、アグナム海賊団。

 僕の腰にあるエルダーレインボウだってそうだ。

 基本的な部分は同じでも、細かい所がかなり違う。

 だからこそ、色々と油断してしまう。

 大丈夫だと思う部分で違いが発生する。

 これは今後、大きな弱点になると思う。


「ふむ……ならいっそ、全部忘れたら如何ですかな?」

「へ?」

「万全ではない知識に振り回されるくらいなら、その方が余程安全であると思いますがな」


 ミケの言葉の意味を、僕は反芻する。

 全部忘れる。

 それは、確かに魅力的な提案にも思えた。

 下手に知っているから、安全圏を見誤る。

 ならいっそ、何も知らないものとして行動したほうが余程安全な気がする。


「でも……そんな簡単に忘れられるとも思えないけど」

「どうせ食い違いが発生しているのです。役に立たない知識と知っていれば、それに頼る事もなくなっていく……とは思いますがな」


 そういうものなのかな。

 でも、そうだよね。

 何度も自分に言い聞かせてきたことではあるけれど……ここは、ゲームじゃない。

 ここは現実で、僕はアリス。

 前の僕の知識は、参考程度に留めておくか……いっそ忘れてしまうべきなんだろう。

 それは、分かっているんだけどね。


「まあ、その話はまた今度でも良いでしょう。今優先すべき事は他にありますからな」

「他?」


 僕が疑問符を浮かべると、ミケはチッと舌打ちをする。


「え、何今の。ミケ、なんで舌打ちするの?」

「ご主人に危機感がないからです」

「危機感って……あ、ひょっとしてシュペル伯爵のこと?」

「他に何があるというのですか」


 いや、だって……色々ありすぎたっていうか。

 シュペル伯爵も濃いけど、正直それどころじゃなかったよね。

 僕がそう言うと、ミケは呆れたような顔をする。


「いいですか、ご主人。吾輩の見立てでは、あのシュペルとかいう男……ご主人の正体に気付きかけておりますぞ?」

「うっ」


 そういえば、確かにそれっぽい発言を色々してたけど。

 でも、流石に武姫じゃないかな、くらいじゃないかなあ。


「ご主人、分かってないようならハッキリ言いますぞ。あの男、ご主人がプリンセスギアである可能性についても考えておりますからな?」

「えっ。で、でもまさか。プリンセスギアがそう簡単に見つかるものじゃないことくらい」

「ご主人。あの男が固定観念に縛られてくれるような男に見えましたか?」


 今日会ったシュペル伯爵の言動と行動を思い返して、僕は頭を抱える。


「み、見えない、かな……」

「そうでしょう? あの男の前では、万全の注意を払うべきです」

「で、でも万全の注意っていっても……」


 どう行動すれば万全の注意を払った事になるんだろう?

 僕がミケをじっと見つめると、ミケは僕の格好を見て考え始める。

 今の僕の格好は、騎士鎧セットに剣。

 腕には闘神のガントレット。

 どこからどう見ても騎士風だと思うのだけれども。


「そう、ですな……ご主人は剣はどの程度?」

「たぶん基本的なモーションならいけるけど……それ以上は無理かな」

「分かりました。そちらは諦めて拳で戦う方向でいきましょう」


 うん、僕もそっちのほうがいいと思う。

 基本付属のモーションを超える動きは、僕も出来ないし。

 まだこだわって作った拳のモーションの方がマシだと思う。


「出来れば武器換装も使わない方がよいのですが……あのジャックとかいう男がいますからな」

「そっか。ジャックさんには武器換装見られてるもんね」

「しかしまあ、ごまかしはきくでしょう。今回は使わないように」

「う、うん。スキルはどうする?」


 僕が聞くと、ミケは天井を向いて考え始める。

 僕のスキル。

 電撃を拳に纏うライトニングナックル。

 電撃を脚に纏うライトニングキック

 電撃を武器に纏うライトニングアタック。

 どれも最高に派手な、僕の自慢の必殺技だ。


「……使わなければ、あのジャックとかいう男に怪しまれるでしょう。しかし、使えばシュペルに怪しまれるでしょうな」

「むう」

「もう少し地味なスキルは無かったのですか?」


 ……だって、地味な技なんか作っても楽しくないんだもん。

 基本スキルなら地味なモノもあるけど……むう。

 今の僕には使えないしなあ……。


「まあ、今考えても仕方ないですな」

「えーっと、使っていいってこと?」

「ふーむ……」


 僕が聞くと、ミケは少し悩んだような様子を見せた後に溜息をつく。


「使うな、とは言いません。使わざるを得ない状況もあるでしょう。しかし、多様しすぎないように」

「うん、分かった」

「しかし、ご主人。一つ覚えておいてください」

「何?」

「ご主人のスキルについて何か聞かれても、誤魔化すように」

「え? うん」


 どうせ聞かれても答えようがないのに。

 でも、ミケがそう言うんならそれが正しいんだろう。


「さて……あとはまあ、あまり人間離れしたところを見せすぎないように。どうせジャックにはご主人が人間では無いところを見られてはいますが……あの男、ああ見えて口は堅そうですから余計な事は言わないでしょう」


 言われて、僕はロックドラゴンとの戦いの事を思い出す。

 ……そうだよね。

 僕あの時、思いっきり部品とか撒き散らしたものね……。

 身代わりドールがなければ、僕は今頃此処に居なかったはずだ。

 それに、あの時の最後。

 僕が、「僕」じゃなくなった時の事。

 それを思い出して、僕はゾクリとする。

 あの圧倒的な力を、僕はまだ覚えてる。

 僕なのに、僕じゃない僕。

 僕の中にある、僕の知らない何か。

 あれは、一体なんだったんだろう。


「……ミケ」

「なんですかな、ご主人」

「ミケのご主人様は……僕、だよね?」


 僕のそんな質問に、ミケは訝しげな顔をする。


「当然でしょう? 他に誰がいると?」

「……そう、だよね」


 そう、そうだ。

 僕は、僕だ。

 僕がアリスで。

 今此処にいる僕が、僕の身体の主人だ。

 それで、いいんだよね。


「疲れているのですかな。もうお休みになったほうがよろしいかと」

「……うん、そうだね」


 そうだよね。

 きっと僕は疲れてる。

 考え過ぎたから、きっとこんな事を考えてしまうんだ。

 だから、寝て起きたら、きっといつも通り。

 こんなわけのわからない事なんて、考えないようになってるに決まってる。


「……おやすみ、ミケ」

「おやすみなさい、ご主人。よい夢を」


 その言葉と同時に、部屋の明かりが消されて暗くなる。

 目を瞑った僕を見ているのは、空に浮かぶ終末の赤い月。

 そして……暗闇に光る、ミケの目。

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