初耳
「ス、スクリッド海底神殿?」
どう考えてもスクリッド海底洞窟関連だよね、それ。
でも僕、そんなの聞いた事無いよ?
それにスクリッド海底洞窟は地下四階程度までのダンジョンだけど……そこから先なんて無かったはずなのに。
「そうだ! 黄昏の虹と終末の太陽が揃えばスクリッド海底神殿の扉が開く……碑文の謎が解けるんだ!」
「え、いやだから……何それ?」
どっちも聞いた事無いよ、僕。
そんなクエストに覚えがないってことは、未実装クエスト……いやいや、その考えが良くない。
ゲームには無かったものだと考えた方がいいよね、たぶん。
そもそもの話でいえば、エルダーレインボウにもそんな黄昏の虹だとかいう設定は無い。
魔城ラドガルムのレアドロップであるエルダーレインボウだけど、ゲーム時代では通称「残念レア」とか「ゴミレア」とか呼ばれてた類のものだ。
無属性で、攻撃力はそこそこ。
装備可能レベルは低いけど、特に付加効果も無し。
更にはアイテム説明が空白というおまけつき。
勿論、虹の軌跡を描くエフェクトなんて無かったはずだ。
出たら溜息が出るくらいの残念武器で、他のアイテムと一緒に売り払われる程度の扱いだった。
いつか何か実装されるんじゃないかと思って倉庫に放り込んであった一本……だったんだけど。
そんな僕の複雑な心なんて興奮しているアグナムさんが知るはずも無く、演説じみた武勇伝を話している。
内容を簡単にまとめると、こうだ。
まず、ハルクラ島を見つけたのはアグナムさん達だったらしい。
偶然嵐に巻き込まれて発見したらしいんだけど。
そこで何か面白いものでもないかと思って探索していたら、アグナムさんはスクリッド海底洞窟への入り口を見つけちゃったらしい。
これはお宝の匂いがするぜー、と海賊時代の血が騒いだアグナムさん達は早速突撃。
けど、モンスターの襲撃にあって、しばらくの探索の後アグナムさん以外は撤退することになったらしい。
「しかし俺は諦めなかった! モンスター共をバッタバッタと薙ぎ倒し、地下へ地下へと潜っていく! 勿論モンスター共がどんどん凶悪になっていきやがるが、それでも俺は負けなかった! 手持ちの食糧はとっくに尽き、その辺の海草やら何やらを食いながらも、俺は負けなかった! お宝があると信じていたからだ! 何故か分かるか!?」
バカだからじゃないのかな、と思いつつも僕は言わない。
僕は空気の読める子だもの。
「えーと、ロマンだから?」
「そうだ、浪漫だ! 誰も入った事のねえ海底洞窟! それだけで探検する理由がある! しかも、しかもだ! 俺にはそいつを信じるに足る証拠もあったんだよ」
そう言って、アグナムさんはさっきのペンダントを僕に見せる。
何かの紋章の入った赤い宝石のペンダント。
「これが、さっき言ってた終末の太陽……ですか?」
「そうだ!」
ずいっと前に出てくるアグナムさん。
うう、いよいよ逃げ場がないぞ。
アグナムさんはペンダントを僕の目の前に突き出すと、興奮した口調で語り始める。
「こいつは俺の親が、またその親から受け継いだとかいう代物でな。海の底の神殿の扉を開くカギになるとか言われていたものだ」
とはいえ、海の底では人間は当然呼吸なんて出来ない。
武姫なら行けるのかもしれないけど、そんな貴族にしか持てないものなんて手に入らない。
だから、アグナムさんも受け継いだはいいものの諦めていたんだそうだ。
「それがどうだ。俺の目の前に現れた海底洞窟……こいつは運命だと思ったね」
それでアグナムさんは、無人島を見つけた事だけを報告して、スクリッド海底洞窟の探索を始めたんだそうだ。
食べ物の匂いを嗅ぎつけて寄ってくるモンスター達を避ける為に食糧は最低限で、あとは現地調達。
苦心の果てに、ついにアグナムさんは地下五階への入り口を見つけたのだという。
「地下五階……」
勿論、そんなものは僕の知識には無い。
スクリッド海底洞窟は、一階降りる度に敵の強さが上がっていく。
具体的には、地下四階で敵のレベルは30前後になる。
水属性の敵しか居ないから、僕でも充分に対処できるレベルだとは思うんだけど。
地下五階があるとなると……そこよりもさらに上、ということになるんだと思う。
「……地獄だった。それまでよりも更に強ぇモンスター共がいやがったんだからな。幸いにも、こっちに問答無用で襲い掛かってくるような奴が居ないから助かったが……」
その言葉に、僕はピクリと反応する。
つまり、所謂アクティブモンスター……攻撃性の高いヤツが居ない、ということになる。
それなら色々とやりようもあるかもしれない。
具体的には、その五階のモンスターはやり過ごす。
それでいける……ということだ。
「そして俺は見つけたんだ、あの碑文をな」
「ほう、碑文ですか」
と、そこで突如。
僕たちの頭上から声が降ってくる。
「ん?」
「え?」
見上げる僕達の上には、青い空。
真っ赤な太陽。
真っ赤なお兄さん。
「う、うわあああ! 出たぁああ!」
「とうっ!」
真っ赤なお兄さん……シュペル伯爵は屋根の上から飛ぶと、くるくると回転しながら僕達の側に着地する。
「何やら興味深い話をしていらっしゃる。私も混ぜて頂けませんかな?」
「シュペル伯爵様かよ……立ち聞きたあ趣味が悪いんじゃねえのか?」
「いえいえ、私はそちらのお嬢さんの匂いを辿ってきただけですので」
ヒイ、匂いって何さ!
この人、超怖い!
「……相変わらずだな、アンタ」
「お褒めに預かり光栄の至り」
「褒めてねえよ」
ガタガタ震える僕と、あきれた様子のアグナムさん。
そして一人ニヤニヤとした笑みを浮かべるシュペル伯爵。
ど、どうしよう。
なんか知り合いっぽいし、この流れはまさか!
「……まあ、アンタはスポンサー様だしな。別に構わねえけどよ。どうせ俺達についてくるつもりなんだろ?」
「当然でしょう? 楽しい楽しい四人……おっと、三人旅ですとも」
「あ? 四人ってなんだよ」
「ハハハ、数え間違いですとも」
言いながら、何やら僕に視線を向けているシュペル伯爵。
うん。
まさかミケの事に気付いてるとか……ないよね?
ていうか僕、まだ行くって言ってないんだけど。
「で、アンタが出るってこたあ……あの船で行くのか?」
「ええ、勿論。私のクリムゾン号でいきますよ?」
アグナムさんが僕からシュペル伯爵に注意がいった隙に、僕は壁際からスルリと抜け出して。
そのままそうっと抜き足差し足。
この場を静かに抜け出そうとする僕の両手を、しっかりと掴むお兄さん二人。
「おいおい、何処行こうってんだよ」
「そうですよ、空気を読みなさい。ここは一致団結して冒険に繰り出す流れでしょう?」
「そんな空気知らないですもん」
むう、そりゃ僕だって未知なる冒険とかにドキドキしないわけじゃないけどさ。
それ以前にシュペル伯爵がなあ……。
「……暖かいですね」
「へ?」
「いえ、先程お嬢さんの耳を拝借した時にも思ったのですが……実に、うん」
「何の話だ?」
「いえいえ、こちらの話ですとも」
アグナムさんにそう言って、胡散臭い笑顔を返すシュペル伯爵。
む、むう。
なんだろう。
嫌な予感しかしないなあ……。
こうなる前に逃げ出したかったんだけど。
「まあ、気にすんなよお嬢ちゃん。伯爵殿はドン引きするくらいのド変態だが、一応それなり申し訳程度には常識的な人間に比較的近いと言っても高い確率で許容して貰えるくらいの倫理観は持ってると信じたかった男だからよ」
「それ、常識無いって言ってますよね」
「ハハハ、気にすんなよ!」
無茶言わないでよ……。
これ以上ないくらいにげんなりする僕の肩を叩きながら、アグナムさんは真面目な顔をする。
「まあ、ともかくだ。俺ぁ、どうしてもスクリッド海底神殿に行きてぇんだ。その為にはお嬢ちゃんの力と、その剣が要る……礼は充分にするし、分け前もやる。だからよ、力を貸しちゃくれねえか?」
アグナムさんの真剣な瞳に、僕は悩んでしまう。
確かに、元々スクリッド海底洞窟には行こうと思っていた。
でも、この人達と一緒に行くという事はミケの助力がほとんど期待できない状況だということでもある。
それに……なんというか、僕の中でアグナムさんはまだ、ゲームの中での極悪非道のアグナム海賊団のイメージが強いのだ。
油断したが最後売り飛ばされたりとかしないかなあ……とか考えてしまったりもする。
そりゃ、ゲーム時代と違う事は分かっている。
ここは現実で、アグナム海賊団はアグナム海戦団を名乗ってる。
あのゲームの中のアグナムはゲームの中だけの存在で、こっちのアグナムさんとは別人だ。
それは充分に分かっている……つもりなのだけれども。
やっぱり断ろうと。
そう考えた僕が口を開こうとしたその瞬間。
「なんだあ? アリスじゃねえか。何やってんだお前」
「へ?」
突然呼ばれて振り向いたその先には、前に会ったお兄さんの姿。
茶色の髪と茶色の眼。
抜け目の無さそうな顔。
細い身体を布の服に包んだ、その姿。
「ジャ……ジャックさん!?」
抜け目の無さそうな顔を、面白いもんを見た……と言いたげに歪めたジャックさんの姿が、そこにあった。




