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騒動と逃亡と予想外

 うう、困った。

 これは困ったぞ。

 状況的にミケの助言は期待できないし。

 下手な事言うと、そこから色々バレそうだ。

 勘違いです、僕は人間ですで通しちゃおうかなあ。


「ぼ、僕は……」

「おい、なんだこりゃあ!」


 突如。

 机をドンと叩く音がする。

 ビックリして音のした方を振り向くと、凶悪な顔をした集団が店員さんに因縁をつけているところだった。


「俺はよぉ、食い物を出せって言ったんだぜ? 誰が魚の切れ端を出せっつったよ! ああ!?」

「この酒もだ! こんなちっこい瓶、ジョッキ1杯にすら届かねえぞ!」


 ああ、お刺身と日本酒(みたいな何か)の組み合わせってところかな。

 でもそれって、そういうものだよねえ。

 ていうか、そういうのが欲しいなら、もっと別の店に行けばいいのに。


 僕がそんな事を考えていると、ミケが頭の上から手を伸ばして僕の鼻をペシペシと叩く。

 ……む、そうか。

 話の途切れた今が抜け出すチャンス!

 僕は凶悪集団に視線を向けているシュペル伯爵の隣からこっそりと抜け出すと、カウンターにお代を置いてコソコソと抜け出そうとして。

 その肩を、がっしと掴まれる。


「お嬢ちゃん、何処行こうってんだい? 暇なら俺達に付き合ってくれよ」


 うわわわあ! 絡まれたあ!

 なんでこういう人達って、余計なところで勘がいいの!?

 って、うわわ!

 シュペル伯爵までこっち見てる!


「えーと、ごめんなさい。僕、忙しいので」

「そんなつれねえ事言うなよ。なんならよ、こんなシケた店じゃねえ所行こうぜ。なあ?」

「忙しいんで。ごめんなさい」


 僕の肩を掴んでる手を無理矢理外して、僕は走り出す。

 全力疾走一歩手前の速度で食堂を走り抜けて、速攻で入り口まで到着。


「それじゃあ、僕はこれで失礼しまーすっ」


 そう言って、身を翻して走る。

 走って、走って。

 そのまま港まで、振り返らずに走る。


 そうして辿りついたのは、港の入口。

 視線の先には、大小様々な船があるのが分かる。

 ……よし、流石に追ってこれないよね。


「お、こんなところでどうしたんだ?」

「きぃやああああああぁあああ!」


 背後からポンと肩に置かれて、思わずそんな声が出る。

 慌てて振り返ると、そこには耳を抑えてうずくまる、でっかいオジサンの姿。


「う、おお……お嬢ちゃん、声でっけえな……」

「う、うわわ!? ごめんなさい!」


 うわー、やっちゃった!

 僕は慌ててオジサンに手を差し伸べるけど、オジサンはフラフラしながら立ち上がる。


「で、あー、なんだっけ。あ、そうだ。こんなところでどうしたんだ?」

「あ、えーと。うん。観光用に船をチャーターしたくて。オジサン、誰かいい人とか知らないかな?」

「ん? んー、観光か。そりゃ時期が悪かったなあ」


 時期が悪い?

 むう、どういう意味だろう?

 僕が疑問符を浮かべていると、オジサンが快活に笑う。


「あー、そうか。お嬢ちゃんはこの街来るの初めてか」

「うん、実はそうなんだ」


 ということにしておこう。

 ゲーム時代のは含まないものね。

 僕がそう答えると、オジサンは納得したように頷く。


「ほれ、港を見てみろよ」


 言われて、僕は港に目を向ける。

 大小様々な船が、そこにはある。

 うーん、普通に見えるけどなあ。


「あそこに並んでる船はな、ほとんどアグナム海賊団の船なんだよ」

「え、ええっ!? 何それ!」


 なんで海賊団の船が堂々と港にいるのさ!

 僕が驚いてオジサンの顔を見ると、オジサンは肩を竦めてみせる。


「そりゃ、仕方ねえよ。この海の安全は、連中が守ってるようなもんだ。特にこの時期はな」

「へ?」

「お嬢ちゃん、海のモンスターをどのくらい知ってる?」


 海のモンスター……っていうと、イベントで乗船中に襲ってくるやつかな。

 確かフィッシャーマン系のモンスターが数種類にレッドスター、ビッグシェル……だったかな?


「それだけじゃねえよ。ドリルフィッシュにマッハシャーク、ブルーテンタクルにシーサーペントまで出やがる。海鳥系モンスターまで含めたら数え切れねえ。アグナム海賊団みたいな連中にでも頼らなきゃ、船を守りきれねえのさ」

「むう……」


 そういえばそうだよね。

 今聞いたモンスターは全部スクリッド海底洞窟に出る敵だけど。

 平たく言えば海に住むモンスターだ。

 出ないはずがないんだよね。

 うーん、ゲーム時代ではその辺どういう設定になってたのかな……。


「しかも、この時期は終末の赤の月だ。こんな時期に船を出すやつぁ、命知らずとアグナム海賊団の連中くらいさ」

「おいおいロナルド、ひでえ言い草じゃねえか。俺達はもう海賊から足洗ってんだよ」

「……噂をすりゃあ、船長殿のお出ましだぜ」


 船長?

 アグナム海賊団の?

 ていうことは……もしかしなくても、そうだよ、ね。

 振り向いた僕の視界に映ったのは、ゲームと同様の髭達磨の巨体……ではなかった。

 なんだかスラリとして、カッコよく髭を生やしたおじさんだった。

 さっきから話してるロナルドとか呼ばれたオジサンじゃなくて、おじさんって感じ。

 なんだろう、すごくダンディだ。

 でも、ええー?


「えっと……アグナムさん、ですよ、ね?」


 僕が恐る恐る聞くと、アグナムさんは可笑しそうに笑いだす。


「はははっ、俺と久々に会う奴ぁ、大体同じ事を言いやがる! だが安心しろ、俺ぁアグナム以外の何者でもねえよ!」

「そ、そうなん、ですか?」

「おうよ! いつだったか無人島見つけた時の話なんだがよ、その時にひっでえ目にあってなあ! その時以来……な!」


 な、って言われても。

 そんな同意を求める顔されても僕、困ります。


「まあ、ともかくだ! 俺達ぁ今はアグナム海戦団を名乗ってるってわけだ。お天道様に顔向けできる真っ当な商売ってやつさ! 金次第で何処へでも何でも運ぶし護衛だってしてやる! ま、美女は除くがな!」

「何で美女は除くんですか?」

「俺が手を出しちまうからに決まってんだろ?」


 何を言ってるんだ、という顔でアグナムさんは僕を見る。

 そっちこそ何言ってるのさ。


「で、お嬢ちゃんはなんだ? 入団希望か? 俺の船にゃあ、悪い意味での子供好きはいねえ……と思う……いや、でもラカンのやつぁ確か……待てよ、アルトの野郎、確かあの時……」


 アグナムさんは空を見上げて、たっぷり2分くらい考えた後。

 歯をキラリと輝かせて笑う。


「まあ、ともかく安心だ! バッチリ安心の生命保証ってやつだな!」


 うん、どの辺りが安心なのか僕にはよく分かんないや。

 命以外は保証してないし、それ。


「えっとですね。僕入団希望とかじゃないですから」

「あん? じゃあ何しにこんなとこ来てんだよ。客か?」

「えーと……観光です」


 それじゃ、と言って頭を下げて僕は身を翻す。

 うーん、ゲームの知識とかなり違うぞ?

 ていうか、そうか。

 週末の赤の月の日はモンスターが狂暴になる。

 そんな時期じゃ、確かに船は出ないよなあ……。

 白の月の時期になってから出直すしかないのかな、とそう考えて。


「おい、ちょっと待て」


 そんな声が、背後からかけられる。

 確かめるまでも無く、アグナムさんの声だ。

 うーん、嫌な予感。

 このままダッシュで逃げちゃおうかな……と考えつつも、僕は振り向く。


「な、なんでしょう?」

「お嬢ちゃんの持ってる、その剣……随分な業物に見えるな」


 僕の剣……っていうと、腰に下げてるやつだよね。

 適当に選んだ剣だから、特に気にしてなかったけど。


「そ、そうですか?」

「おう、俺ぁ剣には目がなくてよ。そういうのはよく分かるんだよ」


 ふーん、そういうものなのかな。

 意外な裏設定を知ってしまった気がする。


「そうなんですか。それじゃ、僕はこれで……」

「だから待てって。売れとも寄越せとも言わねえからよ。ちょっと抜いてみせちゃくれねえか?」

「え、ええ?」

「な、頼むよ。この通りだ!」


 両手をパン、と合わせて僕に頭を下げるアグナムさん。

 う、うーん。

 ゲーム時代のアグナムさんの悪党っぷりが頭に浮かぶせいか、素直に頷き辛いものがあるんだけど。

 でも、頭下げられちゃうと、なんか……こう。

 ここで断るのは悪者っぽい雰囲気あるし。

 剣くらい……大したことないよね。

 それに、アリスには剣のモーションもある程度組み込んであったはずだから素人なコスプレ剣士だとバレることはない……はず。


「う、うーん。分かりました。だから、顔上げてください」

「お? そうか。じゃあ早速頼む!」


 パッと顔をあげて笑顔になるアグナムさん。

 うーん、段々にくめない人に思えてきたかも?

 僕は自分に組み込まれたモーションに従うまま、腰の剣を抜剣する。

 鞘から抜かれた剣は、シャンッという涼やかな音と共に虹の軌跡を描いて。

 僕は剣先を下に向け、ビシッと構える。


 ……ってあれ。なんか妙なエフェクトが出てたような。

 気が付くと、アグナムさんとロナルドさんが目を見開いている。

 あれ?


「……虹の軌跡を描く剣……間違いねえ、黄昏の虹だ……」

「へ?」


 剣を凝視していたアグナムさんは、視線をガバッと上げて、僕を上から下までジロジロと観察し始める。


「銀の騎士……騎士っていうにはちょいチンチクリンだが……」


 なんか失礼な事言われてるけど、嫌な予感しかしない。

 ていうか、思い出した。

 この剣、魔城ラドガルムのレアドロップだ。

 確か、名前はエルダーレインボウ……だったかな。

 うわあ……アグナムさんの目が超輝いてるよ。

 ジリジリと後ろに下がる僕に、ジリジリとアグナムさんが近づいてくる。


「待て、誤解はするなよ。さっきも言ったが剣を奪おうとかって気はねえんだ」

「そ、そうですね?」

「だから、待て。そこで止まって俺の話を聞いてくれねえか」


 ジリジリと下がる僕。

 ジリジリと近づくアグナムさん。


「分かりました、聞きますから。そこで止まって話してくれませんか」


 ジリジリと下がる僕。

 ジリジリと近づくアグナムさん。


「聞きながら逃げるってのはナシだぞ?」

「止まった途端僕を捕まえようとするのはナシですよ?」


 壁際に追いつめられる僕。

 そこでピタリと止まるアグナムさん。


「……分かった。実はな、お前に頼みたい事がある」

「な、なんでしょう」


 アグナムさんは、胸元から赤い宝石のついたペンダントを取り出す。

 何かの紋章の入ったペンダントは、光を受けてギラリと輝く。


「俺とお前がいりゃあ、扉が開く。頼む、俺と一緒にスクリッド海底神殿を攻略してくれ!」

 

今回のまとめ


シュペル伯爵のフラグが立ちました。

アグナム船長のイベントが開始しました。

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