港町シャプニ
港町シャプニ。
石造りの建物に、同じく石を敷いた道路。
王都のような白い町並ではなく、温かみを感じさせる色彩。
ゲーム時代でも「王都より好き」と言う人を生み出した港町シャプニが、僕の目の前にある。
「よし、そろそろ馬から降りるぞ」
「え?」
僕が疑問符を浮かべると、フリードさんは行方をスッと指す。
そこにあったのはシャプニの入り口の門と……そこに立つ、兵士の人の姿。
「あ、そうか。街中で馬乗ったらダメだよね」
「まあ、それもそうなんだが……問題はそこじゃなくてな」
フリードさんはそう言うと、馬を止める。
「アリスは、街に行ったことはあるか?」
「えーっと……」
ゲーム時代でなら何度もあるけど。
それはカウントしちゃダメだよねえ。
となると……。
「行ったことが無さそうだな」
フリードさんは、僕の脇の下に手を差し込んでヒョイッと馬から持ち上げる。
そのままストンと下に降ろしてくれるけど……うーむ、すごい子ども扱いされてる気分。
「怪しい奴でないかどうか、通常は街で検査が行われる。あからさまに怪しい奴は、そこで止められるわけだな」
検査かあ。
あんまり調べられて人間じゃないってバレちゃうのはマズイんだけどなあ。
「ふむふむ。でも僕、身分証明できるものとか持って無いよ?」
「特に問題は無いだろう。指名手配されているとか、明らかに挙動不審とかで無ければ基本的には通してくれるからな」
あ、そんなのでいいんだ。
まあ、僕にとっては安心だからいいけど……。
でも、そりゃそうだよね。
何か必要ならミケが言ってたはずだし。
「ふーん、安心だね」
「まあ……そうだな」
何やら言葉を濁すフリードさん。
どうしたんだろう?
「……簡単な話ですよ」
頭に乗っていたミケが、耳元でボソッと囁く。
「基本的に通してくれるという事は、簡単には分からない悪人も通れるということ。門兵がいるから街中が安心……ではないということですな」
なるほどねえ。
何となくわかる気がする。
「よし、行くぞ」
「はぁい」
馬を引くフリードさんについていく僕。
街に入る為に並んでいる人の列の最後尾で順番待ち。
といっても、僕達の他は全部馬車だ。
「馬車ばっかりだねえ」
「港町だからな。恐らくほとんどは商人の馬車だろう」
「ふーん」
そっか、港街だもんね。
いろんな荷物が出入りするのかもしれない。
そんな事を考えているうちに、僕達の順番がやってくる。
「よし、次!」
門兵の人の声が聞こえて、僕達が前に進み出る。
すると、門兵の人が僕を見てピクリと眉を動かす。
う、何?
もしかしていきなりバレた?
「あー、おほん。では名前と目的を」
「俺はフリード。目的は、この子の護衛だ」
ふむふむ。そのくらいでいいのか。
ていうかフリードさん、ジャックさんの用事とかいうのも忘れちゃダメだよ?
「僕はアリスです。目的は……えーと、観光です!」
嘘はついてないよね。
ある意味観光だもの。
「観光か……ふむ」
何故か黙り込む門兵の人。
うう、何?
まさか観光って答えるとマズかったりするの?
「シャプニの名物は新鮮な魚料理だ。是非堪能していってほしい。通ってよし!」
「は、はーい」
ただの親切な人だったみたいだ。
ああ、ドキドキした。
門をくぐって、僕達はシャプニの町に入る。
より強い潮の香りが漂ってきて、僕はとても幸せな気分になる。
海。
初めての海が、本物の海がすぐそこにある。
ウズウズして、走り出したい気分になってしまいそうだ。
でも、まだ早い。
僕はフリードさんに向き直る。
「フリードさん、ここまでありがとう!」
「いや、気にしなくていい」
そう、フリードさんにまずはお礼を言わなきゃね。
「でも、ここまで来たらもう大丈夫。ジャックさんの用事、済ませてあげちゃって!」
「……」
何故か黙り込むフリードさん。
あれー?
フリードさんは黙り込んだまま、僕の顔をじっと見る。
「……本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ?」
え、何?
僕、そんなに信用無いの?
「……本当だな?」
「大丈夫だってば……」
フリードさんはしばらく悩むような様子を見せて。
「いいか、アリス」
「う、うん」
「うまい話には必ず裏があるからな。親切そうな人だからとホイホイついていくんじゃないぞ? それと裏通りには入らず明るくて広い通りをきちんと……」
うわあ。
僕、すごい子ども扱いだ。
もう、フリードさんってば……僕をなんだと思ってるのさ。
「わ、分かってるよう。大丈夫だってば」
「本当にそうか? やはり俺がついていったほうが」
「だ、大丈夫だってば!」
「……そうか。なら今回は信用しよう」
「うん」
今回は、ってついてる辺りがちょっと気になるなあ。
「で、帰還の予定は何日後だ?」
「へ?」
「まさか何も決めてなかったのか?」
「え、えーと……三日後、くらい……?」
「分かった」
そう言うと、フリードさんは踵を返す。
ま、まさか迎えにきたりとかしないよね?
フリードさんの背中を見送って、僕は港に向かうべく歩き出す。
「……人がいっぱいだなあ」
行き交う人々。
ざわざわという喧噪。
ゲーム時代のものとは何かが違う、その光景。
前の人生も含めて初めての、喧騒の中で。
僕は、気合いを入れてみる。
「よおっし、頑張るぞお!」
さて、港はどっちだったかなー、っと。
辺りをキョロキョロと見回して、前に視線を向けて。
僕はそこに、キラキラと輝く何かを見つける。
「……ん?」
太陽の光を受けて、キラキラと輝く何か。
それは、服だ。
赤い服。
それも、ただの赤じゃない。
キラキラと輝く赤色。
そんな真っ赤に輝くスーツと、同じ色のシルクハット。
そして、長い金髪。
そんな後ろ姿が人ごみの中にある。
「……げっ!」
その正体に気付いて、僕は思わず声が出る。
あんな格好してる人は、僕の記憶の中だと一人しかいない。
シュペル伯爵。
色んなイベントで出てくる、武姫が好きでたまらないという変人。
マッド・シュペルとかいう異名を持つ人で、王様でも逆らえないとかなんとか。
うわあ、もう。
なんでこんなところに。
僕はシュペル伯爵に気付かれる前に、そっと離れようとして。
「おやあ?」
響いた声に、ビクリとする。
「おや。おや。おやあ?」
ヒイ!
何あの人!
この人ごみの中を後ろ歩きでスイスイ向かってくる!
「愛しい気配がしますね? おや。おや。おやあ?」
思わず身を翻して逃げようとした僕の目の前に、ぬっと突き出される顔。
ぎゃああ!
ほんとなんなの、超速いんだけど!
「おやおや、これはこれは。こんにちはお嬢さん」
「こ、こんにちは?」
「お初にお目にかかります、私はシュペル・メディウス・アルステイル。人は私をシュペル伯爵とお呼びくださいます」
「あ、は、はい。僕はアリスです。そ、それでは」
さようなら、と言おうとして。
シュペル伯爵が僕の手をしっかりと掴む。
「はい。それでは、まずは互いの親交を深める為に食事でも。ご存知ですか? この町の名物は魚料理なのですよ? 私、あのサシミとかスシとかいう料理が好きでしてね? 東方の島国の郷土料理らしいのですが、あの黒いソースが中々に味わい深いものがございまして」
「え、ちょっと待ってください。僕、これから用事が……」
「問題ありませんとも。ええ、ええ!」
ズルズルと引きずられていく僕。
うう、どうしよう。
悪い人じゃなかったはずだけど……。
そのまま引きずられてやってきたのは、ウオマルとかいうお店。
むう、ゲーム時代にこんなお店なかった気がするなあ。
抵抗を諦めた僕は、椅子に座って。
何故かその隣にシュペル伯爵が座る。
「あの、正面の席が空いてるんですけど」
「お気にせず。此処が今日の私が一番幸せになれる席なのです」
「はあ」
本気で変な人だなあ。
服も変な色だし。
「こ、これはこれは伯爵様!」
「やあ、店主殿。また来てしまいましたよ。ご迷惑でしたかな?」
慌てたように走ってきたいかつい顔のおじさんに、伯爵が笑顔で声をかける。
そんな伯爵に、おじさんは慌てたように首を横に振る。
「と、とんでもございません! この店を出せたのも伯爵様のおかげでございます! 伯爵様のお力添え無くば私など、今頃この町にいたかどうか!」
「ハハハ。まあ、その話はもうよいではないですか。それより、今日のおススメを二人分お願いしますよ」
「はい、ただちに! おい、伯爵様達にお茶をお持ちしろ!」
店の奥に声をかけて、そのまま慌てて引っ込んでいくおじさん。
それを見送った後、僕はシュペル伯爵をチラリと見る。
うーん、何があったのか気になる……けど。
なんか聞いたら負けな気がする。
「さて、お嬢さん」
「は、はい!?」
いきなり声をかけてくる伯爵に、僕は思わず背筋を正してしまう。
うう、心臓に悪いなあ。
今の僕に心臓あるか分からないけど。
「ちょっとお耳を拝借」
「へ?」
僕がそう聞き返すと、シュペル伯爵は僕の耳に顔をそっと寄せる。
何だろう?
そう考えて耳を澄ますと……シュペル伯爵は、僕の耳をカプリと噛む。
「ぎゃあああ!」
「フッ」
「噛んだ! 人の耳噛んだあ!」
変態だ!
この人、変態だあ!
「さて、冗談はこのくらいにいたしまして」
「嘘だ! 嘘だ! 本気の顔してる!」
「冗談はこのくらいにいたしまして、本題なのですが」
無理矢理話題を変えようとしてる!
僕が睨み付けても、シュペル伯爵は気にした様子もない。
「お嬢さんのような方が、何故このような場所に?」
「へ?」
先程までとは違う真面目な顔で、伯爵は僕の顔を覗き込む。
声を低く抑えて、僕にだけ聞こえるような声で伯爵は囁く。
「……お嬢さんは人間ではない。恐らくは武姫でしょうが……機士が同行しているようにも見えません。何故、このような場所に?」
「え? ぼ、僕は……」
「誤魔化しは通用しませんよ。私は愛しい人の気配を間違えた事が無いのが自慢でしてね。貴方は相当に出来がいいですが……それでも、私の目は誤魔化せませんよ」
シュペル伯爵はそう言うと、僕のツインテールに触れる。
もし僕が人間なら、緊張で汗がダラダラと流れていたことだろう。
「可能性としてははぐれですが……どうにも、私はそうとも思えない。一体貴方、何者ですか?」
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