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港町シャプニへの道程

 港町シャプニ。

 そこに向かう為にはスタット平原を通り抜ける必要がある。

 ゲーム時代は騎乗物でズンズン駆け抜けた場所だけど……今の僕はなんと、ミケから禁止令を出されていたりする。

 というわけで、徒歩で歩いているわけなんだけど。


「ねえ、ミケ。なんで徒歩なの?」


 僕の自慢の騎乗物。

 グランタイガーにスチームフライヤー。

 あれに乗れればすぐなのになあ。


「どうもこうも。スチームフライヤーは問題外ですし、グランタイガーも目立ちすぎですな」

「ええー、可愛い虎じゃない」

「ですから……モンスターに乗るというのがどれだけ非常識か想像してください」


 むう。

 普通の馬とか持って無いんだから仕方ないじゃないか。


「でも、ほら。誰も見てないよ?」

「そう言ってまた王女や王子に見つかるのですな?」

「ぐっ」


 反論できないよ……。

 しかも乗る為に呼び出した途端、誰かに会いそうな気がする。


「はぁー……しかもダッシュ禁止だもんなあ」

「ご主人の全力ダッシュも速すぎますからな。人間の常識内に収めて頂きたい」

「ちぇー」


 トボトボと歩く僕。

 ゲーム時代はそんなに感じなかったけど、こうして現実になってみるとスタット平原は広い。

 青々とした草の上を歩きながら、僕は空を見上げる。

 眩しい太陽。

 その光も熱も、今の僕はしっかりと感じる。

 病院の窓からの光景とは違う、本物の外。

 僕が憧れていた、本物。


「……うん。こうして歩くのも、幸せかもね」

「ふむ? それはよかったですな」


 僕の頭の上でたれているミケが、そう呟く。

 ていうかミケ。

 なんで僕の頭の上なのさ。

 ちょっと重たいよ、君。


「まあ、急ぐ旅でもないし。ゆっくり行こうか」

「そうですなあ……む?」

「どうしたの?」

「にゃー」


 ミケが突然普通の猫のフリを始める。

 ということは、もしかして。

 慌てて耳を澄ますと、遠くから聞こえてくる何かの音。

 まるで馬の走る音みたいな……ていうか、馬の足音だよね。

 その音は段々と近づいてきて、僕はミケを振り落とさないように振り返る。

 

 そこに居たのは黒い馬に乗った、青い長髪のお兄さん。

 腰に差したのは、見間違えようもないガイアブレード。

 そのお兄さんは馬からひらりと降りると、僕の前に立つ。

 うーん、何処かの全裸王子よりも、こっちの方が王子っぽい。


「何処かで見た後ろ姿だと思ったが……やはりアリスか」

「え……っと、こんにちは、フリードさん」


 フリードさん。

 風の翼とかいうギルドに所属しているらしい剣士のお兄さんだ。

 つい三日ほど前に会ったばかりなんだけど……まあ、そうだよね。

 王都拠点にしてるっぽいから、スタット平原うろついてれば会うよね……。


「ああ。どうしたんだ、こんなところで」

「えーっと……シャ、シャプニに行こうかなーって」


 その言葉に、フリードさんがピクリと反応する。


「シャプニ……港町のシャプニか?」

「え? うん」

「何処か旅に出るのか?」


 旅と言えば旅だけど、狩りだよね。

 うーん、なんて説明したものか。

 悩んでいると、フリードさんは馬から降りたまま僕に詰め寄ってくる。


「何故だ。何か不満でもあったのか? 今の生活に不安があるなら、王都でもいいだろう?」

「へ?」

「なんなら、風の翼に来ればいい。お前なら皆歓迎するだろう」


 え、何?

 何なの?

 フリードさんがグイグイくるんだけど。


「あ、ちょ、ちょっと待って?」

「なんだ。まさか他から誘いを受けたのか?」

「いや、だから待って。落ち着いて」

「俺は落ち着いている」


 言いながら僕の肩をがっしと掴むフリードさん。

 うん、どう見ても落ち着いてないよね。


「僕、ちょっとハルクラ島に行くだけだから」

「……ハルクラ島? あんな場所に何の用だ?」


 やだなあ、もう。

 あそこにはスクリッド海底洞窟があるじゃない。


「うん、海底洞窟に行こうかなーって」


 僕がそう答えると、フリードさんは訝しげな顔をする。


「海底洞窟……? あそこは発見されたばかりの無人島だろう?」

「へ?」

「そんな場所の事をお前が知っているのにも驚きだが……海底洞窟なんてものがあるというのは初めて聞いたぞ」

「え? ええ?」


 うわあ。

 なんか凄く「やっちゃった」感があるなあ。

 フリードさんは少しの無言の後、僕の肩を掴んでいた手を離す。


「……アリス」

「な、なにかな?」

「俺も行こう」

「へ?」

「俺もお前に同行しよう」


 なんで言い直したのさ。

 ていうか、ええー?


「フリードさん、なんか用事あったんじゃないの?」

「気にするな。ジャックが困るだけだ」


 いや、気にするよ。

 ジャックさんが可哀想。


「大体、お前を放っていく方が問題だ。ジャックだって俺と同じ行動をとるはずだ」

「そ、そうかなあ?」

「ああ。むしろお前を放っておいた場合、俺は皆に冷血漢と言われてしまうだろうな」

 

 む、むむ。

 そういうものなのかなあ。


「俺を助けると思って、同行させてくれないか?」

「う、うーん。でも、シャプニまでだよ?」

「考えておこう」

「考えないでいいから同意してよ……」


 僕がフリードさんを抗議の視線で見ると、フリードさんはフッと笑う。

 む、今のはカッコいい。

 僕も今度マネしてみなきゃ。

 そんな事を考えていると、フリードさんは僕をひょいっと抱え上げて馬に乗せる。

 続いて自分も馬に乗って、手綱を握る。

 すると、あら不思議。

 フリードさんに抱えられるようにして馬に乗る僕の完成だ。


「……なんかフリードさん、手慣れてない?」

「馬に二人乗りするのは、探索者なら珍しい事じゃないさ」

「ふーん?」


 そういうものなのかな。

 僕もこっちの常識とか、あんまり無いしなあ。

 やがて馬は走りだし、僕がテクテクと歩くよりもずっと速い速度でスタット平原を駆けていく。


「そういえば、その鎧……」

「あ、うん。カッコいい?」


 僕が頭を後ろに向けてフリードさんを見上げると、フリードさんは無言で微笑む。


「フル装備に近い割には随分と軽い。魔法鋼製か?」

「えーと……分かんないや」


 僕の誤魔化しにフリードさんはそうか、と答える。

 アバターだからって深く考えてなかったけど。

 そういえば、この騎士鎧って何で出来てるんだろね。

 あとでミケに聞いてみようかな?


「あ、フリードさん」

「何だ?」

「僕、カッコいい?」


 僕がもう一度頭を後ろに向けてフリードさんを見上げると、フリードさんは無言で微笑む。

 ……あ、知ってるぞ。

 この反応は肯定も否定もしない誤魔化し方だ。

 大人ってズルい。


「しかし、お前は不思議な奴だな」

「へ?」


 僕が顔を膨らませて抗議の意を示していると、フリードさんがそう呟いた。


「凄まじい強さを見せたかと思えば、そうやって普通……まあ、普通の人間のようなところもある。貴族共の武姫にだって、お前ほど感情豊かな者は居ないだろうな」

「そうなの?」

「ああ、奴等の武姫は……なんというか、無感情に思える」


 それを聞いて、僕はピンときた。

 ゲームのプリンセスギアでは、初期状態の武姫は表情が全く無い状態から始まる。

 それは出来上がったばかりで、感情というものを理解していないからだ。

 プレイヤーと一緒に行動する事で、様々な性格の武姫に進化していくのだ。

 つまり、無感情ということは……そういう性格になるように育てたか、あるいはほとんど育てていないかだ。

 もし前者だとしたら、たとえば武姫をずっと一人で訓練させてるとか、そういう状態ではそうなるかもしれない。

 つまり、ほとんど機士が関わっていない状態。

 けど、そんな育て方をする人はゲーム時代には居なかった。

 何故なら、武姫で重要なのは感情と絆。

 どれだけ能力が高くても、それを育んでいない武姫は性能を発揮できない。

 もし貴族の武姫とかいうのがそんなのばっかりだとしたら……いくらスペックだけ高くても、ほとんど意味がない。


「……そっか」

「ああ」


 けど、そこで僕はある事に気付く。


「ねえ、フリードさん」

「なんだ?」

「王家の人も機士なんだよね? サーファイス王子とか……」


 なんとなくだけど、サーファイス王子とかルビリア姫ならそういう育て方はしてなさそうな気がする。

 僕の言葉に、フリードさんは考え込むような様子を見せる。


「……恐らく、な。ただ王家の方々を拝見する機会などそうはないからな。俺には分からんよ」

「そっか」


 ゲーム時代ではそんな描写なかったし、ゲームと現実では相当事情が違うみたいだしなあ。

 うーん、色々と悩ましいな。


「お前はどうなんだ?」

「え?」

「お前は、機士を作らないのか?」


 む、そうくるかあ。

 うーん、機士かあ……。

 確かに今の僕はそういう対象だもんね。


「……まだ考えてないかなあ」

「そうか」

「うん」


 そう答えると、フリードさんは無言で馬を走らせる。

 馬の蹄の音と、風の音だけが響いて。

 フリードさんは、ぽつりと呟くように僕に囁く。


「もし、それを考える時が来たなら……俺も考慮に入れてくれ」

「へ? あ、うん?」


 そりゃ、フリードさんもカルラさんも、リルカさんも。

 あとたぶん、ジャックさんもいい人だと思うけど。


「今すぐにどうこうって話じゃない。お前がその気になったら……だな」

「あはは。でも、その頃にはフリードさんには別の武姫が隣にいるかもよ?」


 そんな冗談を言うと、フリードさんは片手を手綱から離し、真面目な顔で僕を腕でぐいっと引き寄せる。


「うわわっ! ちょ、手綱! 危ないって!」

「アリス」

 

 低い声で名前を呼ばれて、ビクリとする。

 馬の足音が響く中でもしっかりと聞こえる、確かな響き。


「俺は、本気だ」


 茶化す事も、混ぜっ返す事も出来ない。

 なんて返事すればいいのかすら分からない。

 頭が真っ白になる僕を乗せたまま、馬はスタット平原を走る。


「ほら、シャプニが見えてきたぞ」


 背後から、先程までの雰囲気が嘘か何かのようなフリードさんの優しげな声が聞こえてくる。

 僕の目の前に見えてくるのは、綺麗な街並。

 微かに漂ってくる、潮の香り。

 でも、今の僕はそれどころじゃない。


「あ、あのさ。フリードさん、さっきの本気って……」

「ん? ああ、言葉の通りだ。まあ、その時になったら思い出してくれればいい」


 そんな軽く流すようなアレじゃなかった気がするけどなあ……。

 うう、ロボのはずなのに胃が痛いよう。


 

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