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ハルクラ島へ

 ハルクラ島。

 そう呼ばれる場所がある。

 スクリッド海底洞窟というダンジョンのある小さな島だ。

 ゲームでは、プレイヤーは其処に咲くというアクアムーンという花を探しに行くクエストでお世話になる。

 スクリッド海底洞窟の適正レベルは20。

 僕のレベルは15。

 装備が揃っているなら、ちょっと背伸びするくらいが狩りの基本だ。

 もっとも、あんまり背伸びしすぎると蹂躙されちゃうんだけどね。

 その分旨みはあるけど、ゲームじゃなくて現実になった今となっては試す気も起きない。


「んー、場所はこれでいいとして」


 モニタールームの正面、巨大モニターに映った地図を見て僕は唸る。

 そう、このモニター。

 ゲーム時代に使えたマップ機能みたいなものが使えるのだ。

 といっても、それよりもずっと便利だ。

 世界地図らしきものから目的の場所を表示できる機能は、ゲーム時代には無かったしね。


「何を悩んでおられるのですかな?」


 ふかふかのふわふわになったミケが、僕の膝の上から僕を見上げてくる。

 ……くそう、こんなに可愛くないのに可愛い。

 ふわふわの猫って、その存在だけで全てを許されるよね。


「うん、どうやってハルクラ島に行こうかなーって」


 そう、ハルクラ島は孤島だ。

 其処に行くには、港町のシャプニから船をチャーターしないといけないのだ。

 何しろ、孤島だから橋もかかってなければ定期船も出てない。

 泳ぐというのは勿論却下だ。

 だって僕、前世でもまともに泳いだ記憶ないもん。

 しかも僕、ロボなんだよ?

 幾ら錆びないって言われても、塩水とか超怖いよね。


「そんなもの、船に乗ればよろしいのでは?」

「……その船をどうやってチャーターするかって悩んでるんじゃないか」


 ミケをもふもふしながら、僕は悩む。

 そう、船をチャーターするということは、この世界の人間と関わるという事だ。

 僕が気軽に人里に出ていい存在でない事は、もう充分に分かってる。

 武姫ですら珍しいモノとなっているこの時代で、万が一僕の正体がバレたら大騒ぎどころじゃすまない。

 場合によっては、ハルクラ島を諦めて別の狩場を探した方がいいくらいだ。


「うーん……」

「いや、ですから普通にチャーターすれば宜しいでしょう?」

「普通って」


 もう、何を言ってるんだろうね。

 可愛いからって何を言っても許されると思ったら間違いだぞ。

 でもモフモフして可愛いから許す。


「何のために衣装変換機能の話をしたと思ってるのですか」

「あ、そっか」


 そういえば、探索者になりきる為の衣装とか選んだもんね。

 散々ミケに酷い事言われたせいで、記憶を封印しちゃってたよ。

 僕はミケを床に置いて、びしっとポーズをキメる。


「衣装変換!」


 オフにしていたアバターをオン……可視状態に変える。

 僕の身体が光に包まれて、鋼色の騎士姿に変わる。

 うん、僕ってばカッコいい。


「ふっふっふー。謎が謎呼ぶ素敵なナイト、アリス参上! 今宵の僕はえーと……なんか凄いぞ!」 

「外でそれを言ってはいけませんよ。馬鹿がバレますからな」


 ……違うもん。

 本番では、もっといい感じの台詞が出るんだもん。

 今はほら……練習だから。


「言っておきますが、万が一成功とやらをしたとしても、馬鹿だと思われますからな。まあ、実際馬鹿だから仕方ないのですが馬鹿が馬鹿をさらしても事実確認にしかならず相手にも失礼だということをですな?」

「ミケ、こっちおいで。何もしないから」

「嫌です」


 ミケの暴言で僕の心はささくれたぞ。

 賠償として僕に肉球をふにふにさせるべきだ。

 じりじりと、互いに距離を測る僕達。


「ともかく、妙な発言は出来る限り控えた上でその格好であれば怪しまれる事も少ないでしょう。まあ……できれば剣もあったほうがよいのですが」

「剣かあ……でも僕の武器は拳だし、サブ武器はサンダーカノンだしなあ」

「普通に下げればよいのでは?」


 ミケに言われて、僕は動きをピタリと止める。

 そういえば、さっきお風呂に入った時普通に服を脱げた。

 装備解除とかじゃなくて、普通に……だ。

 全く気付かなかったけど、それってつまり装備もコマンドを使わずに脱着が可能ってこと……だよね?

 

 僕は早速、アイテムウインドウから適当な剣を1本選び出す。

 手の中に現れたソレを掴むと、僕は騎士鎧の腰に下げる。

 そうすると、剣は何の問題も起こらずに僕の腰にブラン、と下がる。


「……ん……」


 闘神のガントレットを着けた手で、その剣に触れて軽く抜いてみる。

 剣は鞘から何の抵抗もなく抜けて、その刀身を僅かにさらす。

 うん、これは……。


「そっか。そうだよね。ここ、現実だもんね」


 僕はそう呟いて、剣を鞘に戻す。

 分かっているようで、まだ僕は分かっていなかった。

 考えてみれば、当然のことじゃないか。

 ここは現実であって、ゲームじゃないんだから。


「よく分かりませんが、解決したようですな」

「うん、そだね」


 僕はそう言って、笑う。

 僕の弱点は……まあ、いっぱいあるけど。

 一番はこういうところなんだと思う。

 ゲームの世界に似ているから。

 僕自身、身体をほとんど動かせない人生だったから。

 あらゆる意味で、現実を知らない。

 ミケが居てくれたのは、僕にとっては本当に幸運だったと思う。

 1人だったらたぶん、もうとっくのとうにプリンセスギアだとバレちゃってたはずだ。


「ねえ、ミケ」

「なんでしょう、ご主人」

「シャプニの町で船をチャーターしようと思うんだけど。何か気を付ける事、あるかな?」


 頼りになる僕の参謀に、そうやって問いかける。

 ミケはふむと頷き、考えるような様子を見せる。


「そうですな……足元を見られないようにするのは重要ですが……まあ、ご主人の外見は小娘と見られても仕方ないですから、これは諦めましょう」


 ムカッ。

 でもまあ、そうだよね。


「あとは、ナメられないことですな。ナメられると話を聞いてくれない事もありますからな。まあ……これもある程度の諦めは必要でしょう」


 ムカッ。

 我慢だ僕、我慢。


「最大の問題は、騙されない事ですな。これは何より重要です」

「あ、うん。そうだね。しっかり船のオーナーの人か確かめないと」


 お金を渡したら実は船のオーナーじゃありませんでした。

 準備するとか言ってどこかにお金持って逃げちゃいました……とか笑えない。


「それもそうなのですがな。人の交流の盛んな場所にはよくも悪くも、人の悪意も集まります」


 まあ、そうだね。

 クエストでも悪人が船で逃げた、とかよくあったし。


「ご主人。ご主人は見た目は一応……まあ、なんとか? そう分類して問題ないくらいには美少女です」


 僕はミケに飛びかかる。

 もう許せん。

 このイケニャンめ!

 とっつかまえてモフモフしてやる!

 けれどミケは予想していたかのようにヒラリとかわすと、失礼な台詞を続行する。


「しかも初見でそうと分かるくらいにはバカでアホで騙されやすいです。つまり、すごいカモなのですよ。そうなると、どうなるか分かりますか?」


 むう、そんな事言われてもなあ。

 ボられるとか?


「ご主人を捕まえて売ろうとする人間が現れるということですよ。まあ、所謂人買い連中ですな」

「え? 僕が武姫だってバレるってこと?」

「そうではありません。ご主人が人間だとしても売ろうとする連中がいるということです」


 人間が人間を売る。

 知ってる。

 奴隷商人っていうやつだ。

 そう、そういえば此処って僕の居た世界とは違う世界だもの。

 そんな奴がいたって、おかしくはない。

 

 僕は、思い出す。

 そういえば海賊関連のクエストも幾つかゲームにはあった。

 大犯罪者にして凶悪海賊、アグナムを追うクエスト。

 義賊、ヴォルフィングの足跡を追うクエスト。

 そうした海賊達も、ここでは現実に活動している。

 現実なんだから、クエストに縛られるわけじゃない。

 港にだって停泊しているだろうし、略奪だってしているかもしれない。

 そうした連中とやり合う可能性だって、出てくるってことだ。


「……そう、だよね」


 知らず知らずのうちに、僕は拳を握る。

 僕がこの世界で生きていくなら。

 ここで引きこもらずに生きていこうと思うなら。

 いつかは、そうした連中と会う事もある。

 ついこの間、盗賊に会ったように……だ。


「気を付けなければいけません。いざという時に吾輩が助言できる状況であるとは限りませんからな」

「……うん」


 そうだ。

 ミケが喋ると、それだけで永遠猫だとバレる。

 例え僕がプリンセスギアだとバレなくても、ミケ自身も狙われる可能性がある。

 だからミケは外では喋らない。

 僕にも、同じくらいの危機感があって然るべきだろう。


「分かってるよ、ミケ」


 だから僕は、そうミケに答える。


「充分に気を付けるよ。だって僕は、プリンセスギアなんだから」


 そうだ。

 この世界には、いつかデビルフォースが来る。

 僕がプリンセスギアであるなら、いつかデビルフォースと戦わなきゃいけない時が来る。

 その時の為に、備えなきゃいけないんだ。

 人と関わるリスクについて、どうこう言ってる場合じゃない。

 むしろ今こそ、練習するべき時……だと思う。


「うむ、その意気です」


 ミケはそう言うと、ちょっと満足そうに頷く。


「まあ、実際に海賊と会う危険性など……まあ、そうはないでしょう。しかし、そのくらいの気持ちで、ということですな」


 ミケの言い様に、僕はクスリと笑う。


「うん、そうだね。そのくらいの気概でいくことにするよ」

「頼みますよ」

「任せてよ!」

 

 僕はそう言って、胸をドンと叩いてみせた。 

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