知能
「まあ、召喚アイテムはともかく。ご主人もそろそろスキルを使う余裕が出てきたのではないですかな?」
ミケに言われて、僕は自分の身体をあちこち確かめてみる。
ステータス確認しても、詳細なステータスは出てこない。
減り具合で体調が変わるから、それで何となく理解できるだけ。
最大値とか、そういうのは僕には分からない。
「んー、分かんないよ。確認する方法がないもの」
「まあ、そうですな。しかしあれだけ勉強したのですし、多少は上がっていてもよいと思うのですが」
ん?
何か不穏な台詞を聞いたぞ?
「えっと……勉強? 修行じゃなくて?」
「修行でご主人のバカが治るならそれでもよいのですが」
「バ、バカじゃないもん!」
「嘘おっしゃい」
ひどいや。
僕、バカじゃないよ。
「まあ、頭が可哀想という表現でもいいですが」
「ねえ、それもっと酷くなってない!?」
「ともかく、見たところご主人はバ……もといア……あー、可哀想なままのご様子。もっと勉強しないといけないかもしれませんな」
バカって言いかけた!
ていうか、アホって言おうともしたぞ!
ゆ、許せん!
「ともかくごひゅひふふぁふぇふゅふぁ」
むにっとミケの両頬を挟んで押さえつける。
ふっふっふ、これでその毒舌は叩けまい!
「あれ? でも、勉強すると知能が上がる……ってことなのかな?」
「ふぁひっふほっほ」
ミケの正面に魔力の塊が……ってうわあっ!
僕の顔面に向かって飛んできたマジックショットを僕は慌てて仰向けで回避する。
「ちょっとミケ、危ないじゃない!」
「黙らっしゃい! 我輩の顔を無遠慮に潰しといて、マジックショットの1発くらいでグダグダ言うんじゃありません!」
「ミケが僕の事を酷く言うからじゃないか!」
「実際酷いんだから仕方ないでしょう! 我輩はキチンと叱れる紳士ですぞ!」
「紳士はレディを貶さないもん!」
ジリジリと間合いをはかる僕達2人。
相手の目から視線を外さないように、ぐるぐると円の動き。
互いに威嚇し合った後、しばらくしてミケが溜息をつく。
「まあ……先程の質問ですがな。勉強すれば知能が上がるのではなく、勉強によって知能の上昇を促すのです」
「要は知能の上がりやすい行動をする事で知能の上昇を促す、だよね」
それなら理解の範囲内だ。
ゲーム時代でも、武姫の能力を上げるのは武姫の行う行動に準拠していた。
勉強で知能の能力が上がりやすくなる……っていうのは分かる。
でも、スキルを使う事でも知能は上がりやすくなったと思うんだけどなあ。
「それは我輩のような術士の場合ですな。ご主人の場合は身体の動きの一環としてのスキルの使用ですから事情が異なると思いますぞ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんです」
ふーん、なんか損した気分。
ん?
でも待てよ。
「だとすると、あれ。ひょっとして、頭のいい人ほどスキルたくさん使えるってこと?」
「その表現は相当頭悪いですが、その通りです。知能の高い人ほど魂力が強いとされています。この関連性については、魂とは高密度な情報の塊である……という、かのシュラインハーゼ博士の理論の証拠ともされていますな。もっとも魂力の消費により個人の維持に障害が発生するのか、そして時間による自動回復の理論……はては元ある魂の形と知能の上昇により加算される部分の差異とは如何なるものか……等々、単純にシュラインハーゼ博士の理論を盲信できるものではない、という事は理解する必要が……ご主人、聞いてますかな?」
あうあう、頭いたぁい。
シュラインハーゼ博士がなんかすごい、って事だけは分かった気がする。
「え、えーと。つまり魂っていうのは情報の塊なんだよね?」
「今のところ、その説が有力であるとされていますな」
うーん。
理解できる部分はあるんだよなあ。
だって僕、前世は人間だったんだし。
魂が情報の塊だっていうなら、ロボの中に入ったとしても問題は無い……ような気もする。
身体はどっからきたっていう問題も残るけど……転生っていうのは、えてしてそういうものだよね。
うん、たぶん。きっと。
「で、さ。最初の話に戻るけど。知能の上昇って分かるものなの?」
……あ、ミケがまた僕をバカを見る顔で見てる。
なんだよう、もう。
「自分が頭が良くなったかどうかなど、分かりそうなものですが」
「そんな事ないよ。だって僕には分かんないもの」
「いや、何かあるはずです。例えば、相手に対応した戦法の組み立てが前より簡単に出来るようになったとか。相手と相対した時の最適な位置取りが見えるようになったとか。そういうのはありませんかな?」
うーん。
僕は、今日の戦いを思い返してみる。
つまり、効率の良い戦いを出来るようになったか……っていうことだよね。
「それなら、少しは良くなったと思う……かな」
「ふむ、つまり全然ダメということですな」
絞り出した僕の言葉は、スッパリとミケに切り捨てられる。
「そ、そんなことないよう」
「いいえ、確かな実感がないなら、それは単なる慣れです。知能の上昇とは言えませんな」
「むう」
なんだか言い負かされてしまう僕。
うーん、特化型ってこういうリスクを常に背負って戦ってたんだなあ。
意外に能力平均型の方が人生としては幸せなのかもしれないね。
「ところでご主人」
「何?」
「シールドギアが枯葉の精霊に絡まれておるのですが」
あ、ほんとだ。
ごめんね、シールドギア。
「コード、セット」
僕の拳に青白い輝きが宿る。
枯葉の精霊を見据えて、僕は走る。
「どいて、シールドギア!」
僕の言葉が分かったのか、サッと後方に離れるシールドギア。
それを見てミケが驚いたような顔をしてるけど、とりあえず気にしない。
「ライトニング……ナァックル!」
ズドン、という音と共に枯葉の精霊は吹き飛んで。
お馴染みの青白いスパークに包まれる。
枯葉の精霊程度なら、例え最低ダメージが出たって今の僕なら文字通りの必殺だ。
「ブラスト……エンドッ!」
響く爆発音。
確認するまでもなく、枯葉の精霊を撃破だ。
でも、うーん。
「ねえ、ミケ」
「なんですかな?」
あ、ミケったらシールドギアの肩に乗っかってる。
なんかズルいなあ。
ミケが巨兵型呼べるようになったら僕も絶対乗ってやる。
あ、そうじゃなくて、えーと。
「そろそろストナの森は卒業でもいいんじゃないかなあ?」
「ふむ」
ミケはその言葉に、少し考えるようにして。
「まあ、そうですな。今日は帰るとしましょうか」
「うんうん、そうしようよ」
泥だらけになっちゃったし、僕お風呂入りたいや。
ミケも結構汚れてるから洗わないと……。
……あれ?
「ねえ、ミケ」
「なんですかな」
「ウチってお風呂あったっけ?」
「ありませんな。水場ならありますが」
ちょっと想像する。
流し台でミケを洗って、自分の頭洗ったりする僕。
身体をお湯で拭いたり……。
「ミケ! それはダメだよ!」
「うおぅ!?」
僕はミケをがっしと抱き上げて目線の高さに持っていく。
あ、こうして見ると結構美猫だ!
イケニャンだね、ミケ!
「ともかくミケ! それはダメだよ!」
「何がですか! というか下ろしていただきたい!」
「僕は、我が家へのお風呂の導入を強く提案します!」
そう、お風呂だ。
こんなに僕の身体は自由に動くんだから。
お風呂で疲れたなー、とか言って筋肉ほぐしたりとか……。
「ねえ、僕って筋肉とかどうなってるの? てゆーか錆びたりしない?」
「ひとまずご主人が前よりアレになってきたなあ、とは思いますがエクスノート連合の技術の結晶たるご主人は人類と変わらぬ生活を送っても何ともありませぬな」
あ、そうなんだ。
ていうか、またバカにされた気がする。
「うーん」
そういえばストナの森って川があったよなあ。
真ん中を区切る橋があったから何となく覚えてる。
とりあえずお風呂については考えるとして、川で水浴びっていうのもいいかもしれないよね。
ミケを胸元に抱えたまま、僕は川へと向かっていく。
その後を、シールドギアもガチャンガチャンとついてくる。
「んー」
「どうしました、ご主人」
色々と諦めた口調のミケが、僕に聞いてくる。
「いや、なぁんか忘れてる気がするんだよねえ」
「ご主人は忘れてる事と知らない事の方が多いと思いますが?」
「うん、否定はしない」
だってゲームの時の常識が少ししか通用しないんだもの。
仕方ないじゃないか。
合ってたのはモンスターの基本情報とか、ルビリア姫とかのこと……くらい……。
僕の目の前にあるのは、さわさわと流れる川。
そこには水浴びしてる人……っていうか思い出した!
トラウマ過ぎて忘れてた!
「ミケ……って、あ! もう普通の猫のフリしてる!」
「にゃー」
「誰ですか!」
可愛らしい声が響く。
うわあ、うわあ!
忘れてた!
そうだ、この場所はこのイベントがあったんだった!
プリンセスギアには、幾つかのクエストをストーリーに従って連続でこなしていく「ストーリークエスト」というものが存在する。
このストナの森の川に関連するのは「冒険姫ルビリア」の途中で発生する「ルビリア姫の秘密」。
神出鬼没の冒険姫の謎の一端が明らかになる……んだけど。
「誰だと聞いているのです……出てきなさい!」
ひゃあー……。
聞こえてくるのは、間違いなくルビリア姫の声。
でも、違うんだ。
あそこにいるのは、違う。
あそこにいるのは、ルビリア姫の双子のお兄さんのサーファイス王子。
ルビリア姫に変装して、タッグで世直しをしているのだ。
プレイヤーはそれに巻き込まれているうちに、このイベントに遭遇するんだけど。
この「ルビリア姫の秘密」で、今までのちょっとラブっぽいイベント織り交ぜた中の何処から何処までがサーファイス王子だったのか、本気で悩まされる事になるという仕掛けだ。
公式掲示板の考察スレッドも散々議論が飛び交ってたものなあ。
僕としては、あの「ほっぺにキス」はルビリア姫本人だったと信じたい。
「ち、違うんですサーファイス王子! 僕はただ通りすがりで! さ、さような……」
「へえ?」
こそこそ逃げようとした僕の背後から聞こえてくる声。
肩にしっかりと置かれた手が、僕をぐいっと引き寄せる。
「お前……なんで僕の顔を知ってるんだ? 僕は普段は顔を隠してる……遠目にも精々ルビリアか、そのそっくりさんだとしか思えないはずなんだけどな」
し、しまったああ!?
そういえばサーファイス王子って、別名「仮面王子」だったあ!
なんでわざわざ名前言っちゃったんだ、僕のバカ!
「ねえ、君。もう一度聞くよ。なんで僕の名前知ってたの?」
肩を掴んだまま、自分の方へ僕を回転させるサーファイス王子。
川から急いで上がってきたのか、身体からは水が滴って……。
「……」
「ねえ、聞いてる?」
僕は全裸のサーファイス王子の手をそっとどけると、ニコリと笑いかける。
そうして、そのまま数歩後ろに下がって。
「ぎゃああああ!」
ミケを抱えたまま、全力でダッシュ開始。
「あ、こ、こらあ! 何故逃げる! くそっ、怪しい奴め!」
「う、うわぎゃわあ! く、来るな変態! ヘンターイ!」
「な、僕の何処が変態だってんだ!」
「服を着ろぉぉ!」
あ、とか。
うわ、とかいう声が聞こえてきた気がするけれど。
あんな全裸でキメ顔するような人を待つ道理なんて無い。
僕はそのまま王子が見えなくなる所まで走り抜けると、帰還の石で拠点へと帰還した。
新しいフラグが立ったようです。
ピコーン。