修行しよう
ストナの森。
其処に今、激しい戦闘音が響く。
僕とミケの繰り出す、技の音。
修行の音だ。
「てぇ……りゃあああ!」
僕の拳が、ウッドドールの顔面を砕く。
それだけでウッドドールは仰向けに倒れて動かなくなる。
「そうです! どの部位を破壊すれば効果的か心掛けるのです! それが効率的な戦闘の基本……おっとお!?」
ミケが、背後に現れたウッドドールの蹴りをジャンプして避ける。
そのまま転がって、ミケは杖をウッドドールに向ける。
「マジックショット!」
杖から放たれた魔力弾がウッドドールを砕き、ミケはそのまま杖で地面を叩く。
「古の盟約を此処に示す。大地の記憶よ蘇れ、忘れられし彼方より出でよ」
ミケが唱えているのは召喚魔法。
詠唱時間がそれなりにかかるけど、一緒に戦う仲間を呼び出してくれる頼りになる魔法だ。
というか、僕が修行をしているのは僕の強化もそうだけど、ミケの強化もするためだったりするのだ。
何故なら、召喚士の呼び出す召喚存在には必要最低レベルっていうものがある。
どれだけ高度な召喚存在の呼び出し法を知っていても、レベルが足りなければ召喚が出来ないのだ。
ミケ曰く召喚存在にもプライドがあって、自分の認めない相手には絶対に従わないんだそうだ。
それは召喚の時も同じで、必要レベルが足りないと召喚に応じない……ということになるらしい。
というわけで、ミケが呼び出しているのはさっき呼べるようになったばかりのヤツだ。
「汝、守る者。召喚……シールドギア!」
光り輝く魔法円の中から、鋼色の全身鎧が出てくる。
大きな盾を持ったその姿は僕よりもずっと大きい。
立派な騎士にも見えるその姿だけど、勿論騎士じゃない。
ていうか、人でもない。
「シールドギア、護衛モード!」
ミケの言葉に従って、シールドギアが盾を構えて僕達の近くに来る。
そう、このデカいのはシールドギア。
超古代文明の遺産のギアの1つで、盾兵型とも言われるギアだ。
防御が得意で、盾を使ったカウンター技も使う。
プレイヤーとして最初にコイツと戦うのは、チュートリアルクエストの「起動試験3」の時だったと思う。
その時はスキルも使ってこないから、初心者プレイヤーは「ギアって大したことねーな。そりゃあデビルフォースに負けるわ」などと刷り込まれる。
そうしてギアをナメたプレイヤーが次に出会うのは、グレイス地下宮殿。
そこに一定時間で出現する中ボス扱いのシールドギアと出会った時、大抵の初心者プレイヤーは突っ込んでいく。
チュートリアルの時と同じように怒涛の攻撃で防御を破ろうとして、「シールドカウンター」で自分の攻撃をクリティカルダメージで叩き返される。
でも、それでも気づかない幸運で不運な人達が魔法特化型のプレイヤーだ。
自分も武姫も魔法型の「超火力型」と呼ばれる人達の場合、高レベルダンジョンのカロナック天空要塞で再びシールドギアと遭遇する。
そして、充分に殲滅力を備えた必殺の魔法を「ミラーシールド」で叩き返されるのだ。
おかげでトラウマ製造機だの盾先生だの散々な呼び方をされるシールドギア。
まだミケの呼び出せるレベルだと、大した技も使えない……はずなんだけど。
でも、僕の知ってるのと同じか分からないものなあ。
「ねえ、ミケ」
「なんですかな」
「そのギアってさ」
「シールドギアですな。相変わらず精悍な顔つきをしています」
精悍……うん。
まあ、うん。
全身鎧で光る黄色い目って、ロボっぽくてカッコいいよね。
実際ロボなんだけどさ。
でもさ、今の僕だって最高にカッコいいのに。
ミケってば、もう。
さては、恥ずかしくて照れてるな?
「ねえ、ミケ。シールドギアもカッコいいけど。僕の方がカッコよくない?」
「……そうですな」
ミケはそう言うと、ニッコリ笑って僕に背を向けて歩き出す。
照れてるのかな?
「……視覚機能か、あるいは自己診断機能に異常が……? いや、しかしご主人の性格かも……少々ナルシスト……」
な、なんて失礼な猫なんだ。
全部聞こえてるぞっ!
称号に「初級ナルシスト」が追加されました!
え、ちょっと。
「ステータスオープン」
名前:アリス
レベル:15
装備:
闘神のガントレット
闘神の衣
闘神のブーツ
闘神のブレスレット
セットスキル:
ライトニングナックル
ライトニングキック
ライトニングアタック
称号:
プリンセスギア(非表示)、初級ナルシスト
機士:
なし
「え、ええぇっ!?」
違うもん、僕ナルシストじゃないもん!
何これ、何これ!
って、ぎゃあ! アクティブになってる!
ノンアクティブに変えて……非表示、非表示!
「どうしました? ご主人」
「なんでもない、ミケのバカ!」
「いきなり何ですか」
「知らないよ、もう! うわあん!」
違うもん。
僕、ナルシストじゃないもん。
不貞腐れる僕の前方に現れたのは、枯葉の精霊。
「武器換装!」
サンダーカノン、セット。
闘神のガントレット、解除。
メッセージと共に、僕の手にはガントレットに変わってサンダーカノンが出現する。
「今の僕は……機嫌悪いんだぞっ!」
サンダーカノンから放たれた雷属性の光線が枯葉の精霊を四散させる。
オーバーヒート!
明らかにオーバーキルだけど、ちょっとスッキリ。
ていうか、またオーバーヒートだ。
「ねえ、ミケ」
「なんですかな、ご主人」
「サンダーカノンがすぐオーバーヒートするんだけど、なんでかなあ?」
「ふむ?」
僕の覚えてる限りだと、1発撃つ度にサンダーカノンはオーバーヒートしてる。
確かにオーバーヒートしやすい武器だけど、そこまで酷い確率じゃなかったはずなんだけどなあ。
「ふうむ?」
ミケは僕の手の中のサンダーカノンをじろじろ見つめて、次に僕の顔を見る。
「ん、何? カッコいい?」
「いつも通りですな」
それってカッコいいって事でいいんだよね?
ね?
「特にサンダーカノンに問題があるようには見えませんな」
「うーん。じゃあ何でだろう?」
「ご主人の運が悪いのではないですかな?」
「そんなこと……」
そんなことないよ、と言いかけて。
僕は思い出す。
確か、えーと。
アリスの初期ステータスの「幸運」って初期値0で初期ボーナスも0振りだった気がする。
もし、それが今の僕の「運」に直結してるなら。
「う、うわあああ!?」
「うわおっ!? なんですかご主人!」
「ミケッ、ミケッ!」
僕はミケを拾い上げてモフモフ……しようとして服着てるので、顔にスリスリする。
「僕、たぶんすっごい運ない人だと思う! どうしよう、運の上昇装備なんて僕持って無いよう!」
「落ち着きなさい、ご主人! どうせ色んな物が足りてないんだから、今更運くらいで何ですか!」
僕の顔に、ミケの両手が押し付けられる。
肉球のもにゅっとした感触。
そして香る獣臭さ。
……ちょっと癒されたかな。
僕はミケを地面に下ろして、深呼吸する。
「ところでミケ、さっき何か凄い失礼な事言わなかった?」
「空耳でしょう」
そうかなあ。
まあ、いいか。
「まあ、どちらにせよご主人は近距離主体なのです。遠距離は吾輩がサポートすれば問題ありません」
「サポートって……ミケだってマジックショットしか使えないじゃない」
「レベル20になればアーチャーギアが呼び出せますからな」
「そっか」
弓兵型と言われるアーチャーギアなら、確かに遠距離攻撃のプロだ。
それをミケが召喚できるようになれば、僕がサンダーカノンを使う機会も自然と減るはずだ。
「ええ、ところでご主人」
「何? ミケ」
「先程からシールドギアが泥スライム相手に頑張ってるので、何とかしていただけませんかな」
あ、ほんとだ。
シールドギアにスライムが絡みつこうとしてる。
「ミケのマジックショット……は、そうか。無属性か」
「そうですな。シールドギアのスキルも結局無属性ですからな」
あ、やっぱりスキル使えるんだ、アレ。
だとすると、ひょっとして今の僕より強いんじゃないの?
「武器換装」
闘神のガントレット、セット。
サンダーカノン、解除。
僕は拳を握り、泥スライムを見据える。
「コード、セット」
走る。
僕の腕に、青白い輝きが宿る。
「ライトニィィング……ナァァックル!」
ズドン、と。
拳を叩きつけた個所を中心に、お馴染みの衝撃がはしる。
泥スライムは衝撃で吹き飛んで、その身体を激しいスパークが包む。
縦に伸びたり、横に伸びたり。
青白いスパークに包まれる泥スライムに、僕は背を向ける。
「ブラスト……エンド!」
閃光と共に、泥スライムは爆散。
最高にカッコいい瞬間の余韻を楽しむ僕の頭に、何かがゴインとぶつかって地面に落ちる。
いったぁい!
何、何事!?
「ほう、泥スライムのコアですな」
コア。
文字通り、泥スライムの中心核の事だ。
ぷちレアアイテムって所だけど、僕にとってはあまり価値はない。
でも、ミケという召喚士がいる現状だと少し異なる。
だってこれは、召喚契約アイテムだから。
「これを使えば泥スライムの召喚が出来るようになりますな」
そう、確かミケはギア系の契約ばっかり充実してる召喚士だ。
しかも、ほとんどレベルが足りなくて呼べない。
だから、このストナの森のモンスターを呼べるようになっておくのはいい事……かもしれない。
それに、それにだ。
あのフォレストゴーレムのコアなんかゲットしたりしたら相当凄いんじゃないかな。
「ねえ、ミケ」
「なんですかな?」
「この森で集められる召喚アイテム、集めちゃおうよ」
「ふむ……」
あれ、なんか不満そうな顔してる。
「まあ、異存はないのですが」
「ならいいじゃない」
「吾輩、ギアが好きなのですがなあ」
……ああ、ゲーム時代にそういうプレイヤーの人もいたなあ。
機導師プレイとか言われてたっけ。
あれも相当にコアな遊び方だったけど。
……そっか。身近にいると、こんな感じなんだぁ。
「……なんですかな?」
「ううん。今ちょっと、ミケともっと仲良くなれそうな気がしただけ」
「はあ。それは良いことですな」
そっか、ミケも趣味に生きる人なんだね。
猫だけど。
……でも。
だったら、僕の趣味にも……もう少し理解を示してくれないかなあ。
「……ご主人、その目をやめて頂けますかな」
慈愛に満ちた僕の視線は、ミケに拒否された。
むう、相互理解って難しいね。
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