永遠猫
……ノイズが、聞こえる。
意識は、混濁している。
真っ赤な空の下。
まるで、何もかもが燃えているかのような。
そんな、赤い空の下。
辺りにあるものは、壊れた建物。
あちこちから、燻る煙。
まるで、全てが終わってしまった後のような……そんな景色。
「どうか……貴方に全てを押し付けてしまう私を許してください」
そんな声が聞こえる。
誰だろう。
一体何を言っているんだろう。
「それでも……どうか……」
僕の疑問は、声にはならない。
ただ、誰のものか分からない声だけが響く。
その声すらも、遠くなって……。
「……アリス!」
僕は、呼ぶ声に目を覚ます。
「……」
まず目に入ったのは、カルラさんの顔。
……頭の後ろがやわらかい。
どうやら膝枕をされているらしい事に僕は気づく。
「ここって……」
カルラさんの更に上に見えるのは、石の天井。
どうやらここって、亀裂の中みたいだけど……。
「お前の拠点だよ、アリス」
「へ?」
不機嫌そうなジャックさんの声に、僕は身体を起こして辺りを見回す。
……ここが亀裂の奥なのは間違いない。
僕は立ち上がって、亀裂の奥へと進む。
そこには扉なんてものはなくて。
木箱が1つ。
その上で、ミケがこっちをじっと見ている。
え?
あれ?
なんで?
思わず木箱に近づいて、ミケをぺたぺたと触ってみる。
うん、もふもふだね。
ぎゅっと抱きしめる。
うん、あったかい。
「……バカですな」
……何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
「そのまま吾輩を抱きしめてていいから、聞くように。気づかれたくないから、反応しなくてよいです」
あ、ミケだこれ。
顔のすぐ横からボソボソ聞こえてくる。
「まず、拠点は吾輩が隠しました。此処に不特定多数の人間を招く貴方の馬鹿っぷりには呆れますが、まあプリンセスギアの本能みたいなものだから仕方ありません」
ああ、どうしよう。
凄く重要な事を聞かされてる気がする。
「それより、とりあえず彼等には帰ってもらうように。街に行くのはまだ速い。とりあえずロックドラゴンはぶちのめしたから、しばらくはモンスターも出てきません。送っていかなくても大丈夫です。ここについては、貴方が色んな意味で可哀想な子ってことですましておくといいでしょう」
やだ、何それ。
僕がかわいそう。
「やっぱりソレ、アリスの猫か?」
「え? あ、うん」
僕はミケから顔を離して、ジャックさんに頷く。
「しかしなあ……これがお前の拠点、か」
「あー……うん。まあ、一応」
うう、凄く可哀想な物を見る目で見られてる。
違うもん、本当は違うんだもん。
「……ともかく、朝になった。戻るとしよう」
「そうですね。アリスさんは……どうされますか?」
フリードさんの、リルカさんの……全員の視線が僕に向けられる。
「強制はしない。出来れば俺達と来てほしいが……」
フリードさんの言葉に、僕は考える。
街……ここから近い町っていえば、王都の事だ。
フリードさん達はいい人だけど、うーん。
「……にゃー」
あ、ミケの視線すっごい感じる。
すごい「断れ」オーラ感じる。
うう、なんか怖いよう。
「ご、ごめん。僕、今はここを離れられない理由が……」
「……そうか」
フリードさんはそう言って頷く。
「おいおい、待て待て! そうかじゃねえだろバカ!」
ジャックさんがフリードさんを押しのけて、僕に詰め寄る。
「ここを離れられない理由ってなんだ」
「え? えっと、その」
「いいか、俺達はお前を探しに来たんだ」
「う、うん」
「お前は強ぇ、とんでもなく強ぇ。正直、お前レベルの武姫なんざ見つかるとも思えねえ」
そんなに褒められると照れるけど。
でも、うーん。
「正直、この場で担いででも持って帰るべきだと俺は思って……いってえ!」
言いかけて、ジャックさんがカルラさんに杖で殴られている。
「そんなのに意味はないって分かってんでしょうが」
「だからってよお! コイツが他の連中にとられてもいいのかよ!」
「その時は仕方がないわ」
カルラさんの言葉に、リルカさんも頷く。
「アリスさんは、古い世代の武姫とみて間違いありません。この意味は、お分かりでしょう……?」
「そりゃ……でもよう」
「とりあえず友達。それでいいじゃない。また会いに来ていいんでしょ?」
「う、うん」
なんだろう、僕の分かんない会話が進んでる。
でも、ジャックさんも何か納得してるみたいだし……うーん。
ふと、隅の方に目を向けて。
そこに立てかけてあるものに気付く。
ガイアブレード。
そういえば、ロックドラゴンからドロップしたんだっけ。
「あ、あの」
「ん?」
黙って立っていたフリードさんに、僕はガイアブレードを差し出す。
「これ、フリードさんなら使えるよね?」
「……ロックドラゴンから出てきた剣だな。それは君のモノだ」
「いや、僕の武器は拳だから……ガイアブレードは使わないし」
フリードさんは少し悩んだような様子を見せた後、ガイアブレードを手に取る。
「……これは間違いなく聖剣や魔剣と呼ばれる類のものだぞ。君が持っていて損はないと思うのだが」
僕の知識だと、そこまで凄いものでもないんだけど……でも、違うんだろうなあ。
どっちにしろ、僕は剣を使うようにできてない。
使えないわけじゃないけど、持っててもあんまり意味はないと思う。
……それに、その。
倉庫に……あるし、ね。
「使える人が持ってた方がいいよ。そのガイアブレードはフリードさんのものだよ。ね?」
ガイアブレード。
土属性を持っている剣で、単純に武器として見ても性能はそれなりの部類に入る。
特殊効果で「破壊不能」を持っているから、ゲーム時代でも地味に人気はあった。
まあ、本当に地味な人気だったんだけど。
「……そうか」
そう言うと、フリードさんは腰の剣を抜いて、空になった鞘にガイアブレードを差す。
元々装飾過多なガイアブレードをフリードさんが差すと、ますます達人っぽい雰囲気が出てくる。
でも、そうか。
鞘は1本しかないから、そうなるよね。
「その剣、どうするの?」
騙されてフリードさんが買った剣。
鞘から出たままで抜身の剣をじっと見つめて、フリードさんは頷く。
「アリス」
「何?」
フリードさんは剣の柄の方を僕に向けると、僕に視線を移す。
「良ければ、この剣を受け取ってくれないか」
「ん、いいけど?」
抜身のままの剣を持ち歩くわけにはいかないもんね。
ガイアブレードだってあるんだから、僕に渡しておくっていうのは良い選択だと思う。
とりあえず倉庫にいれておけば、劣化もしないだろうしね。
「そうか」
フリードさんはそう言うと、僕の前で片膝をつく。
んん?
何してんの?
「ならば、この剣をお前に捧げよう」
「へ?」
「……受け取ってくれるんだろう?」
「え? あ、うん?」
言ったけど。
なんで急に芝居がかるの?
フリードさんてニヒルな印象あったんだけど。
とりあえず剣を受け取ると、フリードさんは口の端に笑みを浮かべて立ち上がる。
「その剣、大事にしてやってくれ。友情の証だ」
「あ、うん。友情、友情ね」
僕の頭にポンと手を載せて、フリードさんは身を翻す。
「なら、行くか……また会いに来る」
「お、おいフリード……本当にいいのかよ」
「いいから行くわよバカ!」
「それでは、また」
フリードさんを先頭に、皆が亀裂から出ていく。
僕は、受け取った剣を持ったまま立ち尽くして見送って。
「バカですなあ……」
僕の背後から、そんな声が聞こえてくる。
僕は、勢いよく振り向いて。
そこに居たモノを見て、思い切り固まった。
「いやはや、馬鹿の極みとはこの事か。そろそろ称号にバカとか追加される勢いですが、その辺り如何でしょうな」
そこに居たのは、間違いなくミケだ。
何やら黒いローブみたいな服を着ていて。
2足歩行しているソレが僕のミケであるなら……の話なんだけど。
「あの、君……ミケ、でいいんだよね?」
「然り」
ミケはそう言うと、青い宝石のはまった杖を取り出してみせる。
「吾輩は永遠猫のミケ。職業は召喚士。よろしく頼みますよ、ご主人」
「……うん、ちょっと待って」
何これ。
永遠猫って、そんなんだっけ。
ペットだよね、永遠猫って。
ネコトイレとか使うネコだよね。
「吾輩、あの砂場は使ったことありませんぞ?」
「え、そうなの?」
「トイレがあるのに何故砂場を使わねばならんのか。貴方の趣味かと思って吾輩、あえて口は出さずにおりましたが」
「ち、違うもん!」
何この猫。
可愛くない!
「ていうか何、君! 永遠猫ってそんなんだっけ!?」
「そんなんですが」
「そうなの!?」
「まあ、プリンセスギアに仕えている場合に限りますがな。吾輩、そもそも永遠に生きるプリンセスギアの友人として造られましたが故に。会話くらい出来ずにどうします」
そ、そんな設定……だった……かな?
それとも此処が現実だから違うの?
うう、僕、混乱してきたよ。
「あ、そういえば僕の拠点! どこやったの!?」
「どこと言われましても」
そう言うと、ミケは杖で地面をトンと叩く。
それだけで、木箱の奥にあった岩壁が消えてなくなって……そこには、僕の拠点の扉があった。
「吾輩、召喚士ですから。岩壁を召喚してそれっぽく見せておりました」
……そういえば召喚士にそんなスキル、あったなあ。
うーん、本当に召喚士なんだ。
「あのさ、ミケ」
「なんでしょうご主人」
「ミケのレベルって……幾つ?」
まさか僕より高い……ってことはないよね?
高かったら泣くよ?
「吾輩のレベルはご主人のレベルに連動します故、今は12ですな」
「そ、そっかあ」
「明らかにほっとした顔をしておられますな」
「そ、そんなことないよ!」
ミケは胡散臭そうな顔をした後、杖で扉を指し示す。
「ともかく。吾輩が覚醒した以上は、これ以上のバカは許しませんぞ。まずはお勉強です」
「へ?」
お勉強?
何を?
「常識をお勉強です。幸いにも拠点には情報端末がございます。なあに、ご主人は多少寝なくても平気な身体なのです。不眠不休で叩き込んで差し上げます」
「え……」
「そもそもさっきのロンゲに対してだって、ご主人は隙が多すぎですぞ。あの中でアイツが一番隙を見せてはならん男だと吾輩は見受けましたがな?」
「え、ええー……」
ミケ。
僕の可愛いミケ。
あの可愛いモフモフのミケは、何処に行ってしまったんだろう。
「可愛いミケなら此処にいるではないですか。さあご主人、呆けてないで行きますぞ」
……前世の皆、気を付けて。
永遠猫は……ただの癒し系じゃなかったみたい、です。
名前:ミケ
種族:永遠猫
職業:召喚士
レベル:12(連動)
装備:
蒼石の杖
黒のローブ
黒の靴
セットスキル:
マジックショット
ヒーリング
召喚
称号:
なし
パートナー:
アリス