足りない力
少し残酷な表現があります。
ご注意ください。
バキバキと。
全身が砕ける音がする。
血は流れない。
この身体は、人ではないから。
身代わりドール発動!
戦闘不能回避!
体力が最大値になります!
身代わりドール消費。
腕がもがれ。
身体が岩の顎に砕かれる。
何かの部品が、地に向けて落下する僕の瞳に映る。
分かる。
あれは、僕の部品。
僕が、人とは違う何かである証拠。
身代わりドール発動!
戦闘不能回避!
体力が最大値になります!
身代わりドール消費。
「……」
完全な姿の僕が、地面に着地する。
すでに、何度殺されただろう。
くじけそうな気持も。
狂いそうな心も。
全て、ポーション1つで回復する。
いや、実際には殺されてはいない。
殺される前に身代わりドールが僕を守った。
だから、死んではいない。
例え死ぬ瞬間の全てをこの身が覚えていたとしても。
僕はまだ、1度たりとて死んではいない事になっている。
「コード、セット」
見上げる。
ロックドラゴン。
アルギオス山脈のボスを、僕は見上げる。
ゲームでは敵の入ってこないセーフゾーンであるはずの此処に落ちてきた敵。
そいつを見上げて、僕はスキルを発動する。
「ライトニングゥゥゥ……キィィィィック!」
放つ。
全力で放つ。
ライトニングキックはロックドラゴンを少し傷つけ、それで終わる。
けど、それでいい。
削って、削って。
削り殺す。
地上に向けて降り立とうとする僕に、ロックドラゴンの振り回した頭部が命中する。
「がっ……」
初めてのパターンの攻撃を避けきれず、僕は地上に落下する。
バウンドして、転がって。
立ち上がった僕の目に、ロックドラゴンの放った岩石弾が映る。
……ダメだ。
避けられない。
押し潰され、部品を巻き散らしながら僕は岩に弾き飛ばされ転がる。
ガラクタと大差ない姿になった僕の視界に、ノイズが走る。
砂嵐。
壊れたテレビのような、僕の視界。
それがブツンと切れて。
身代わりドール発動!
戦闘不能回避!
体力が最大値になります!
身代わりドール消費。
何事もなかったかのように、僕はそこに立っている。
「ふふ、ふ」
笑う。
僕は、笑う。
ここまでやっても、ロックドラゴンは退散する気配すらない。
僕の奥……亀裂のある辺りを見つめているのは知っている。
分かる。
こいつは、全員殺すまで何処にも行かないつもりなんだ。
きっと朝になっても、明後日になってもこいつは此処に居る。
見つけた人間を全員殺したくて仕方がないんだ。
ロックドラゴン。
デビルフォースの残した呪い。
プリンセスギアに滅ぼされて尚残る、悪意の形。
アルギオス山脈に染み付いた悲劇の記憶。
それはゲームの頃は、ゲームを面白くする為だけの……ただの設定だった。
でも、こうしてこいつは現実として僕の前に立っていて。
だからこそ、今の僕には理解できる。
「そんなに憎いんだね。人間が……プリンセスギアが憎いんだ。そんな姿になってまで、全部滅ぼしたいんだ」
拳を握る。
闘神のガントレットをロックドラゴンに向けて突き出す。
ゲームじゃない。
ここは現実で。
僕はもう、人間じゃなくて。
この世界には、こんなのがウジャウジャいて。
世界には、常にデビルフォースの危機が迫っていて。
それでも今の僕は、こんなに弱い。
「……僕が、本当にプリンセスギアならよかったのに」
プリンセスギア。
デビルフォースを押し返した、超古代の遺産。
今はもう無い、ただの伝説。
僕にも、プリンセスギアという称号はあった。
でも、そんなもの。
僕の現状を見る限り、全く信用できない。
プリンセスギアは命をかけてデビルフォースを押し返したのに。
僕は、命を何個かけてもロックドラゴンすら押し返せない。
「あと、3個……」
身代わりドールの個数を確認する。
あと3回。
あと3回死んだら、もう死亡を回避できない。
その間にロックドラゴンを破壊しなきゃいけない。
「我が心は燃え盛る炎の如し。故に、我が魂より顕現せよ」
僕の背後から響いた声。
聞き覚えのあるその声に、僕は慌てて振り向く。
そこには、杖を構えたカルラさんの姿。
「燃えよ、貫け、響け、咆哮せよ! ファイアブレス!」
カルラさんの展開した空中の魔法陣から、極太のレーザーのような炎が噴き出す。
火属性の魔法、ファイアブレス。
超強力な魔法だけど、使いどころの難しい高消費の魔法。
ファイアブレスはロックドラゴンの顔を焼き、その効果を終了させる。
いくら地属性に対して特効効果のある火属性の魔法とはいえ、元々の地力が違いすぎる。
「遥かなる天に神は在れり。故に、その裁きより逃れるは能わず」
カルラさんの隣には、リルカさんの姿。
そんな。
なんで、こんなところに。
「……此処に現るは、怒りの日。降り注ぎたまえ、裁きの光!」
天を貫いて現れた光の柱が、ロックドラゴンを包む。
それはファイアブレスに勝るとも劣らない光魔法。
でも、でも。
「なんで……」
なんで、こんなところに出てきちゃうんだ。
やられたら、死んじゃうのに。
普通の人間なのに。
どうして。
「なんで、出てきちゃうのさ……」
「なんで、じゃないわよバカ!」
カルラさんが怒ってる。
どうして?
僕は大丈夫なのに。
「僕は武姫だから……大丈夫なのに」
裁きの光でロックドラゴンは麻痺している。
千載一遇のチャンスに。
でも、僕は動けない。
まるで、僕までが麻痺したかのように。
「どこが大丈夫なのよ」
どこが、って。
僕はあと3回までなら死ねるし。
僕で勝てないなら、もう。
「どういう理屈かは知らないけど……あんなにやられちゃって大丈夫なんて事、絶対にあるわけない」
「いや、でも」
「もし、万が一大丈夫だったとしても」
カルラさんは、僕の台詞を遮る。
「そうだったとしても。あれを見てこれ以上黙ってたら、あたしがあたしを許せない。そんな事を許すくらいなら、あたしは自分を焼き殺すわ」
「私も、同じ気持ちです」
リルカさんが、僕の肩にそっと手をのせる。
「貴方は恐らく、死を回避する奇跡のような能力か……あるいは道具を持っているのでしょう。けれど、それが死んでよい理由にはなりません」
僕をそのまま抱き寄せて、リルカさんは優しく囁く。
「ここまで勇気が出なくて、ごめんなさい。でも、ここからは私達も戦います」
でも、でも。
気持ちは嬉しい。
凄く嬉しい。
でも、ダメだよ。
ロックドラゴンは、本当に強いんだ。
「……ああ、くそっ。本気でヤキが回ったぜオイ!」
「当たらなければ死なん。それを信じるしかないな」
ああ、そんな。
ジャックさんとフリードさんまで。
「やるぞ、ロックドラゴンを倒すんだ!」
フリードさんが叫ぶ。
麻痺していたロックドラゴンが、震えはじめる。
麻痺が、解除されようとしている。
ダメだ。
ダメだ。
複数相手の技が、こいつにはある。
ロックブレス。
広範囲の散弾の嵐。
ドラゴンブレスの中では最弱だけど、それでも僕達にとっては致命傷の必殺攻撃。
どうしよう。
どうすればいい。
例えロックブレスじゃなくても、通常攻撃だけで充分致命傷だ。
どうしよう。
ぐるぐるとループする思考。
最適解なんて、出てきやしない。
どうして。
なんで。
なんで僕は、こんなに弱いんだろう。
こんなにも今、力が欲しいのに。
こんなにも今、誰かを守りたいのに。
どうして、僕は。
どうすれば、僕は。
ロックドラゴンが、動く。
出てきたフリードさん達を眺めて。
嬉しそうに、口を開く。
その中に、力が溜まっていくのが分かる。
ロックブレス。
僕達をまとめて一撃で殺そうとしているのが分かる。
ダメだ。
そんなの、許さない。
「コード、セット」
僕は、跳ぶ。
足に青白い光を纏って。
開かれたロックドラゴンの口に向けて。
「その顎、叩き壊してやる!」
僕は、急降下する。
例え、それがほとんど効かないと分かっていても。
せめて、発動を妨害できれば。
「ライトニング……キック!」
スパーク。
ライトニングキックの衝撃で大きく開かれた顎。
僕は、ロックブレスの発動を妨害できた事を確信する。
そして、そのまま僕は。
閉じた顎に砕かれ。
身代わりドール発動!
戦闘不能回避!
体力が最大値になります!
身代わりドール消費。
そのまま僕は、咀嚼され。
身代わりドール発動!
戦闘不能回避!
体力が最大値になります!
身代わりドール消費。
そのまま僕は、バラバラに砕かれ。
身代わりドール発動!
戦闘不能回避!
体力が最大値になります!
身代わりドール消費。
「あ……」
メキメキという音。
グシャリという音。
致命的な何かが砕けて。
……ノイズの向こうで。
誰かの、叫び声が聞こえた。
視界はもう、砂嵐すら映らない。
僕の意識は、ブツンという音と共に途絶えた。
称号「プリンセスギア」が強制的にアクティブになります。
「デスペナルティ」を適用し再構成。
簡易チェック……「アリス」修復開始。
「プリンセスギア」を限定起動します。
条件クリア。
プリンセスギア限定起動開始。
起動完了。
そうして、「僕」は立ち上がる。
ロックドラゴンの口を力尽くでこじ開けて。
「……コード、セット」
「僕」の手に青白い輝きが宿る。
目も眩むような輝き。
ロックドラゴンの暗い口の中を全て照らしつくす輝き。
「ライトニングナックル」
撃ち抜く。
打ち貫く。
拳からロックドラゴンに叩き込まれた強烈なエネルギーが、スパークしながらロックドラゴンの中を駆け巡る。
「コード、セット」
足に宿る青白い輝き。
自分の中を駆け巡る衝撃に動けないロックドラゴンの下顎を、「僕」は見つめて。
「ライトニングキック」
砕く。
そのエネルギーの全てをロックドラゴンに追加で叩き込んで。
ロックドラゴンの下顎を砕いて、「僕」は大地に落下する。
「僕」と共に落下していくロックドラゴンの欠片。
驚いたように見上げていた4人が、慌てて退避していく。
そうして、「僕」は着地する。
ゆっくりと立ち上がる「僕」の背後には、全身を激しいスパークに包まれたロックドラゴンの姿がある。
「……ブラスト、エンド」
光が、弾ける。
眩い輝きと共に、ロックドラゴンの身体は砕け散る。
砕け散った欠片の中から現れ飛来した輝き。
1本の剣を、「僕」はキャッチする。
ガイアブレード。
ロックドラゴンから手に入る地属性のレア武器。
それを地面に突き刺して。
「……アリス!」
駆け寄ってくる姿を確認して。
称号「プリンセスギア」、ノンアクティブに移行。
「アリス」の修復完了。
「プリンセスギア」の限定起動終了。
再起動開始。
そうして、「僕」の視界は再び途絶えた。
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