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惑い

 ……自分で決めた事だ。

 自分でそうしようと、決めたんだ。

 でも。

 今の僕は、正直悩んでる。


 うん、あの時はあれが正解だと思ったんだ。

 でも歩いているうちに、本当にいいのかな……なんて思えてきちゃったんだ。

 だって、ほら。

 あの拠点……どうやって説明しよう?

 僕があの遺跡(拠点)の主だって、バレバレになるよね。

 そんな場所に案内して、プリンセスギアだって疑われないかな?

 そんな事になったら、もっと大騒ぎにならないかな?


 ……僕、本当に。

 フリードさん達を信用していいのかな?

 どうしよう。

 今からでも「やっぱやめよう」って言うべきなのかな。

 でも、今からじゃ……。

 いや、そんな事考えてたらダメだ。

 フリードさん達はいい人に決まってる。

 決まってる……よね?


「……どうした?」


 僕のすぐ後ろを歩いていたフリードさんが、そう声をかけてくれる。


「身体の調子がよくないのか?」

「あ、う、ううん。違うよ、大丈夫」

「さっきのスキルの影響じゃないかしら。凄い威力だったもの」


 カルラさんの言葉に、リルカさんも頷く。


「武姫とはいえ、魂力の消耗はどうしようもないものでしょう」


 そう言うと、リルカさんは腰のバックから青色のポーションを取り出す。

 見間違えようもない。

 あれは魂力ポーションだ。

 リルカさんは魂力ポーションを手の平に乗せて、僕にそっと差し出してくる。


「助けて頂いたお礼には足りませんが……どうぞ使ってください」

「え、あ……う……」


 正直に言えば、必要はない。

 魂力ポーションは、充分な量を持っている。

 でも。

 

 どうすればいいか戸惑う僕に、リルカさんは優しく微笑む。


「ん……でしたら、これは私からの、今日の友情の記念……ということで如何ですか?」


 そう言って、リルカさんは僕の手に魂力ポーションを握らせる。

 僕は手の中のそれを、じっと見つめて。

 どう言葉にしたらいいか分からなくて、戸惑う。


 ……分かる。

 理解できる。

 僕がどうしようもない最低な事を考えているっていうのに。

 リルカさん達は、本当に僕を心配してくれている。


「……あ」


 だから、僕は。

 ようやくそれに気づいた僕は。

 つっかえながらも、言葉を口にする。


「あ、ありがとう。大切に、使うね」

「いや、今使えよ」


 ジャックさんが寄ってきて、魂力ポーションの蓋をキュポンと開ける。


「あ、ああ! 僕の……」

「大切に使うなんて言う奴は、大抵最後まで使えなくて腐らせるんだ。飲めオラ」

「ちょ、む、もぶっ」


 瓶の口を、僕にグイグイと押し付けるジャックさん。

 ちょっと、それじゃ飲めないし!


 ジャックさんが僕に瓶の口を無理矢理咥えさせた辺りで、フリードさんがジャックさんの頭を叩く。


「……ジャック。心配なのは分かるが、程々にしろ」

「ケッ、そんなんじゃねえよ」


 言いながら、その辺の小石を蹴飛ばすジャックさん。

 僕は魂力ポーションを飲みながら、その様子をチラチラと見る。

 ……この人も口は悪いし態度も悪いけど、いい人。


 ……皆、いい人。

 たぶん、この中で一番嫌な奴なのは僕。


 魂力ポーションを飲み終えて。

 僕は、精一杯の笑顔を作ってみせる。


 ……僕は、本当に嫌な奴だ。

 ここまでいい人達なのに。

 僕がプリンセスギアかもしれないってバレたら、態度が変わるんじゃないかって。

 まだ、そう考えてる。


「どうだ、アリス。ちょっとは元気戻ったか?」

「う、うん」


 僕の頭をガシガシと撫でるジャックさんに、僕はそう言って笑う。


「もう大丈夫だよ」

「そうかい」


 僕の頭を撫でる手を止めて。

 ジャックさんは、僕の顔を覗き込む。


「何か悩んでるんなら、聞くぜ……ま、有料だがな」


 そんな事を僕に囁いて、ジャックさんはパッと離れる。


「さ、行こうぜ。本気で日が暮れちまわあ」


 ……本当にいい人達だ。

 僕がただの人間だったら、こんなに悩まなかったのかな。

 僕が、アリスじゃなかったら。

 僕が、武姫じゃなかったら。


 ……でも、そうしたら。

 フリードさん達は、同じように僕に接してくれたのかな。


 怖い考えが浮かんできて、僕は慌ててそれを振り払う。

 ダメだ。

 そんな事、考えちゃいけない。

 精一杯の笑顔を浮かべて、僕はフリードさん達に視線の先の広場を示す。

 

「ここだよ、ここが僕の家のある場所。もうここまで来れば……」


 周りを切り立った崖に囲まれた広場。

 安全な僕の拠点のある場所まで、あと少し。


「ここまで敵に全く会わないなんて……ちょっとビックリね」

「アリスのバリバリキックにビビってんじゃねえのか?」


 ……バリバリキックじゃなくて、ライトニングキックなんだけどなあ。

 でも、ここまで敵に会わなかったのは本当に幸運だった。

 普通なら、こんな遭遇率なんて在り得ない。

 ゲームじゃないから、エンカウント確率なんて関係ないのかもしれないけど。

 何たって、ここは現実なんだから。

 そんな運のいい時だってあるだろうと思う。


 ……そこまで考えて。

 僕は、とある可能性に気付く。


 敵がいない。

 全くと言っていい程、出会わない。

 ここは、ゲームじゃない。

 どうして敵はいない?


 可能性としては。

 何かのせいで、いなくなった。

 

 なら。

 それなら。

 何かってのは……何だ?


 ロックゴーレム。

 違う。

 思い出せ。

 思い出せ。

 思い出せ。

 此処のボスは、何だ。


「皆、走って! 前に!」


 言って、僕はカルラさんとリルカさんを抱えて走り出す。


「な!?」

「アリス!?」


 ジャックさんとフリードさんも、思考の切り替えが早い。

 僕の言葉の意味は分からずとも、僕を追いかけるように走って広場に飛び込む。


 広場に飛び込んでしまえば、こっちのものだ。

 敵は、このフィールドには。


 ズズン……、と。

 

 僕の思考を打ち切るように、巨体が広場に降り立つ。


 それは、巨大な岩の塊。


 違う。


 それは、巨大な岩の竜。

 それは、このアルギオス山脈の砦を滅ぼしたデビルフォースの残した呪い。

 プリンセスギアに滅ぼされて尚残る、悪意の形。

 アルギオス山脈に染み付いた悲劇の記憶。


 ロックドラゴン。

 アルギオス山脈のボスモンスター。

 巨大な絶望が、僕の目の前に立っている。


「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 それは、咆哮。

 悪意に満ちた。

 いや、悪意のみで構成された咆哮。

 ただ、敵を破壊するだけの衝動。


「くっ……迎撃するぞ!」


 フリードさんの指示にジャックさんが、カルラさんが、リルカさんが武器を構える。

 


「……ダメだよ」


 そう、ダメだ。

 こいつは、ダメだ。

 ゴーレムどころの話じゃない。

 ロックゴーレムなんか目じゃないくらいの力を持ってるのがコイツだ。

 フォレストゴーレムよりも、もっと強い。

 今の僕でも、敵わない。

 フリードさん達も、敵うはずがない。


 僕のせいだ。

 僕が、ウジウジ悩んでたから。

 僕が、こんな所に連れてきたから。

 僕が、フリードさん達に出会ったから。


「……後ろの、一番大きい亀裂」

「何……?」

「たぶん僕が認めてるから、ドアは開くと思う」

「……何を、言っている?」


 戸惑うフリードさんに構わず、僕は話し続ける。


「朝まで其処でやり過ごして。安全だと思ったら、急いで山を下りて」


 僕の責任だ。

 だから、せめて。


「こいつだけは、僕が壊すから」


 闘神のガントレットの感触を確かめながら、僕はロックドラゴンを見上げる。


「……お前はどうする」

「時間が無い。アイツ、溜めの必要な攻撃を準備してる。僕は大丈夫だから」


 そう。

 ロックドラゴンのロックブレス。

 広範囲の散弾の嵐だ。

 

「早く! 走って! 僕1人だけなら何とかなるから!」

「……くっ!」


 ジャックさんがリルカさんを。

 フリードさんがカルラさんを抱えて亀裂の中へと走っていく。

 そうだ、これでいい。

 地面を撃ち抜く轟音。

 僕の身体は気が狂いそうな痛みと共に、その中で叩き潰されて。


 身代わりドール発動!

 戦闘不能回避!

 体力が最大値になります!

 身代わりドール消費。


 攻撃が終わった後に。

 僕は、変わらない姿でそこに立っている。


「……そっか、こんな感覚なんだな」


 身代わりドール。

 失われた魔法技術で造られた秘宝。

 課金アイテムで、10個セットで700円。

 ゲーム時代の必須品は、僕に生々しい死の感覚を残したまま「死」という現実をを回避した。


「怖いな。僕、こんなものを使ってたんだな」


 叩き潰された感覚が。

 欠片も残っていないはずの痛みが、僕の中に残ってる。

 恐怖が、僕の中に残ってる。


 フィアーポーション消費。

 アリスから「恐怖」が消えました!


 でも、それも消える。

 殺された恐怖も、強敵への恐怖も。

 ただのバッドステータスとして処理されて、ポーションの1個で消えてなくなる。

 気持ち悪いくらいに澄み切った心で、僕はロックドラゴンを見上げる。


 強い。

 ロックドラゴンは、強い。

 僕じゃ敵わないくらい強くて。

 僕が死んだくらいじゃ全然届かない。


「コード、セット」


 僕を踏み潰そうとする足を回避して、僕はライトニングキックをセットする。

 

 跳ぶ。

 高く跳ぶ。

 ロックドラゴンの巨体すら足場にして。

 ロックドラゴンの頭より高く。


 青白い光を纏う僕の足は、ロックドラゴンを叩き壊そうと暴力的な輝きを放つ。

 

「ライトニングゥゥゥゥ……キィィィィィィック!」


 蹴る。

 スパークする。

 でも、それだけ。

 今の僕じゃ、ライトニングキックを使っても倒すには程遠い。


 足りない。

 手持ちのカードじゃ、決定力が足りない。

 僕に噛みつこうとする牙を避けて、僕は地面に着地する。

 その手には、1枚のスクロール。

 乱暴に広げて、僕はそれを読み上げる。


「証を此処に示す。故に、我が身は疾風と化す」


 速度増加スクロール消費。

 速度増加!


 放たれた岩石弾を避けて、僕はもう1枚のスクロールを開く。


「証を此処に示す。故に、我が身に力の証が宿る」


 攻撃力増加スクロール消費。

 物理攻撃力増加!

 魔法攻撃力増加!


 スクロール1枚辺りの制限時間は、120秒。

 持ってきているスクロールは10枚ずつ。

 あわせて1200秒。

 すなわち20分。

 その間に、こいつに僕の全部を叩き込む。

 

 壊すのは、きっと無理だけど。

 それでも、撤退したくなるくらいに追い込んでやる。

 

 空に輝くのは、終末の赤の月。

 モンスターが最も強く、凶暴になる夜。

 なら、月よ。終末の赤の月よ。

 今だけは僕にも、その加護を。


 赤く照らされた大地で。

 僕は武姫という怪物となって、ロックドラゴンに襲いかかる。

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