友人
「僕は……アリス」
この世界での。
そして、アリスとしては初めての、自己紹介。
「よろしくね、皆」
「ああ、よろしく頼む」
皆を代表して、フリードさんが手を差し出す。
その行動に、僕は一瞬戸惑って。
思い出す。
そう、これは握手だ。
差し出されたその手を、とって。
硬く握られた感覚に、ビクリとする。
友達。
その言葉を、僕は反芻する。
新しい人生での、新しい友達。
一瞬、チラリと嫌な記憶がよぎって。
僕はそれを、慌てて振り払った。
「さて、この後のことだが。どうするにせよ、まずは山を下りた方がいいように思うがどうだろう」
「あ……んー……」
その言葉に、僕は考える。
確かに、アルギオス山脈の入り口ならばモンスターは出ない。
今後の事を考えるなら、その方がいいだろう。
「うん、そうだね」
僕が頷くと、カルラさんが僕の手をとる。
うわわ、な、何!?
驚く僕に、カルラさんは微笑む。
「じゃ、決まりね。行きましょ」
「あ、うん。あの、手……」
僕の抗議を受け付けてくれず、カルラさんは僕の手を掴んだまま歩き出す。
「……カルラ、ここはまだ危険地帯だぞ」
「分かってるわよ。ちょっとくらいいいじゃないの」
そう言うと残念そうにカルラさんは僕の手を離す。
「基本のフォーメーションは行きと同じ。俺が前衛、カルラとリルカが後裔。ジャックは後方警戒。アリスはカルラとリルカについていてくれ」
護衛ってことかな。
まあ、確かにいざって時は抱えて逃げられるしね。
そう考えて、僕は皆の装備を観察する。
フリードさんが持っているのは鋼の剣。
プリンセスギアでは、まず剣士系が持つ事を目指す剣だ。
着ている服はよく分からない。
たぶん、冒険者の服のオリジナルデザインか何かだと思う。
そんなに防御力は高くない。
次に、カルラさん。
持っている杖はマジックスタッフ。
確か初期の街で買える装備としてはそこそこの杖だ。
着ている服はローブ。
初期装備だ。
そして、リルカさん。
持っている杖はロッド。
着ている服はローブ。
どっちも初期装備だ。
最後にジャックさん。
持っている短剣はダガー。
ナイフの1つ上程度の装備だ。
着ているのは布の服。
初期装備だ。
「……どうされました?」
不思議そうに聞いてくるリルカさん。
どうされましたも何も。
それ全部、此処に着てくるような装備じゃないよう……。
「あ、あのね。その装備のことなんだけど……」
「ああ、いい装備でしょ。土属性の加護がついてるのよ」
「へ、へえ……?」
カルラさんにそう言われて、僕はカルラさんのローブをじっと見る。
うーん。
どう見ても初期装備のローブだけどなあ。
何か能力なんて……うーん?
アイテム詳細確認の能力が解放されました!
む、なんかメッセージ出たぞ。
アイテム詳細閲覧ね……。
たぶん、ゲーム時代みたいなアイテムの見方が出来る能力なんだと思う。
そう考えて、もう1度カルラさんのローブをじっと見る。
……やっぱり変わんないように見える。
「な、なんかそうじっと見られると照れるわね」
うーん。
うーん?
あ、そっか。
「カルラさん、これもうちょっとよく見せてもらっていいですか?」
「え? う、うん。いいわよ?」
「アイテム詳細確認」
アイテム詳細確認開始。
名称:ローブ
布で作られたローブ。術士が愛用する、動きやすい服。
「……普通のローブだね、うん」
「え、ええ!? でも高かったのよ、これ!?」
うん、でも普通のローブだよソレ。
念のため、僕はサンダーカノンを確認してみることにする。
「武器換装」
サンダーカノン、セット。
闘神のガントレット、解除。
手に現れたサンダーカノンをじっと見つめ、僕はコマンドを唱える。
「アイテム詳細確認」
アイテム詳細確認開始。
名称:サンダーカノン
属性:雷
状態:使用可能
雷の力を秘めた魔導砲。使用者の魂力と引き換えに雷撃を放つ。
うん、属性持ってるならこうなるよね。
加護……ってことはたぶん、土属性ってことだものね。
「武器換装」
闘神のガントレット、セット。
サンダーカノン、解除。
「……うん。やっぱりソレ、普通のローブだと思う」
「え、ええー……騙された……」
ガックリと肩をおとすカルラさん……とリルカさん。
「あ、もしかして」
「……はい、私もです」
……あらー。
僕が余計な事しちゃったかなー、とか考えていると。
ジャックさんが僕の頭をがっしと掴む。
「おい、アリス」
「な、ななな……なんですくあっ!?」
いきなり頭掴まないでよ!
ビックリするじゃないか!
「……ちっと、このダガーも見てみろ」
「へ?」
「ゴーレムをぶった切るのに最適なダガーって聞いたんだ。いや、実際いいものなんだがよ」
「あ、うん。えーと……アイテム詳細確認」
アイテム詳細確認開始。
名称:ダガー
扱いやすい短剣。
「……」
思わず目をそらす。
そらした先に、ジャックさんが回り込む。
「おい、どうなんだ」
「……えっとですね」
「おう」
「イワシの頭も信心から、という格言があるんだ」
「おう」
い、言えない!
もうやだ!
すんごい騙されてる!
「……さ、行こうよ! 大分時間使っちゃったし!」
「こら、誤魔化すな! やっぱりコレもなのか! あ、てことはこの服もか!?」
「やだもう、やだー! 典型的な詐欺すぎて涙で前が見えないよー!」
ああ、もう。
あったなあ、そういう詐欺。
それっぽい名前をつけたゴミを高価格で売る詐欺。
騙されちゃう人、たまにいたんだよなあ。
でもコレ、名前すらデフォルトだよ……。
でも、うーん。
普通の人にはアイテムの詳細なんて見れないんだろなあ。
僕が目元を拭くと、フリードさんが僕をじっと見ている。
「あ、ごめんフリードさん。早く行かないとね」
「……ああ」
言いながらもフリードさんは、腰の剣にチラチラと目を落としている。
「あの、まさか」
「……土属性に対する追加ダメージのある剣だと聞いた」
……見たくない。
見たくないけど。
「……アイテム詳細確認」
アイテム詳細確認開始。
名称:鋼の剣
鋼で出来た剣。
やだなあ、もう。
悲しくて立てないよ、僕。
「あのクソ商人……帰ったらブッ飛ばしてやるわ!」
「だ、ダメですよ。きちんと騎士団に通報してしかるべき手続きを……」
「待て待て、ここは動かぬ証拠を突き付けて誠意を見せてもらうほうがだな」
「いいから。帰るぞ」
ワイワイ言い始めたジャックさん達を、フリードさんが宥める。
うーん、いい人そうなのは充分に分かるんだけどなあ。
そんなに怪しい店で買ったのかなあ?
僕は歩きながら、それをカルラさんに確かめてみる事にする。
「え? 買った店?」
「うん。小さいお店なの? 露店とか……」
そう、プレイヤー露店にはたまにそういう詐欺が混ざっていたりもしたのだ。
そんな悪意ある人ばかりじゃないから、気を付けて覗いて回れば普通に楽しいんだけどね。
「違うわよ。王都でも結構デカい店よ。ジュゴーグ武具店っていうんだけどね」
「へえ……そうなんだ」
「そうよ。そこから来た商人だから信用したのに」
ん?
んー?
何か妙な事を聞いたような。
「お店で買ったんじゃないの?」
「ああ、風の翼……私達のギルドのことね。そこの拠点に来たのよ」
「へ、へえ……ちなみに何て言って来たの?」
「ジュゴーグ武具店の方からまいりましたサギュでございますー、って。感じのいい奴だったんだけどなあ。分かんないものねえ」
何それ、何それ!
完璧に詐欺師だよう!
「そ、それ。本当にその武器店の人?」
「おう、そうだぜ。普通に店員やってたはずだ」
ジャックさんの言葉に、僕はちょっとだけ驚く。
そうなんだ。
でもそうなると、本物の店員さんが詐欺やったってことになるのかな。
うーん。
なんか、やり方が拙いなあ。
お店しっかり構えてるなら、バレたら逃げられないだろうに。
「その武器店、行かないとダメかもねえ」
「おう、文句言わねえとな」
そんな会話をしながら、僕達は山を下っていく。
幸いにもモンスターに出会う事もなく、僕達はアルギオス山脈の麓……登山口まで辿りつく。
「ふうー、帰りは楽だったな!」
「ああ、この後はスタット平原を抜ければ王都に着くが……」
フリードさんは言いながら、空を見上げる。
時刻はもう夕方を大分過ぎている。
このままの速度で歩けば、たぶん夜にスタット平原を抜けることになるだろう。
「今夜の月は……確か赤だったか?」
「そうだな。緑の月は昨晩で終わりのはずだ」
赤の月。
終末の赤の月。
赤の月がもっとも輝く夜は、モンスターが狂暴になる。
「となると、そこの掘っ建て小屋で一晩過ごすしかねえか?」
「ああ、そうなるな」
まあ、そうなるよね。
でもなあ、うーん。
赤の月の夜。
ゲーム時代で考えれば、モンスターがどっさり増えて襲ってくる夜。
でも、現実で考えればどうなんだろう。
「安全、なのかな?」
「分からん」
僕の質問に、フリードさんはアッサリとそう答える。
え、分かんないの?
「アルギオス山脈にはあまり人が来ないからな……。あの小屋も定期的に探索者で整備はしているが……」
「ま、そうだわな。赤の月の夜なんぞにこの辺りで過ごしたいと思う輩はいねえわな」
ジャックさんの言葉に、他の2人も頷く。
う、うーん。
それって相当にマズいんじゃないの?
となると、安全に過ごせる場所って……。
「スタット平原を抜けるのは無しなの?」
「アリかもしれないが……正直、赤の夜に平原を抜けようとするのは危険だぞ。数が多すぎる」
むう、そうかあ。
となると……う、うーん。
それしか、ないかなあ。
たぶん、大丈夫だよね。
フリードさん達、とんでもなくいい人達っぽいし。
僕は考えて、悩んで。
意を決して、それを口にする。
「あ、あの、さ」
「ん?」
僕に一気に向けられた視線に、ちょっとたじろいで。
「なら、僕の家に来ない? この中腹にあるんだけど」
そこまでなら、たぶん夜になるまでに着くはず。
ゲストルームもあるんだし、4人くらい泊めても何とかなるよね。
「……家? アリスの、か?」
「アリスってば、こんな山に家建ててたの?」
「あ、うーん。説明が難しいんだけど……」
うーん、どう説明したものかな。
でも、こんないい人達が死んじゃうのって嫌だし。
案内しないわけにもいかないよね。
あー、うーん。
どう説明したものかなあ。
僕は4人を先導して歩きながら、そんな事を考えていた。