現代武姫概論
「えーと……僕、を? 探してた……んですか?」
そう聞き返す僕。
だって、ねえ。
僕この人、知らないよ?
「あの、見間違いじゃないですか。僕達、初めて会いますよね?」
「ああ、初めてだ」
頷くフリードさん。
その背後から、魔法使いと治癒士のお姉さんも進み出てくる。
「……暴れないのね。しかも会話もスムーズだわ」
「ええ、確かな知性を感じます。劣化も一切無い……ですね」
何かすごい失礼な事言われてるけど、うん。
さっきからの会話の流れを考えると。
僕、武姫だとバレてるどころか「はぐれ」だと思われてるんじゃないのかな、これ。
でも、その割には退治しようって気には見えないし。
うーん、狙いが分かんない。
でも、いざとなったら全力で逃げよう。
そう決めて、僕はフリードさん達を見回す。
「ん……と。とりあえず僕は正義の味方ジャスティス仮面ってことで納得しといてください」
「努力しよう」
努力しないでいいから納得してよ。
やっぱりジャスティオンとかジャスティスブルーとかのほうがよかったかな?
「で、えーと。僕を探してたっていうのは?」
聞きながら、可能性について考える。
まずは、遠目か何かで見た僕の美少女っぷりに惚れたりした可能性。
これは充分に在り得る可能性だと思う。
次に、溢れ出る僕のオーラとか宿命的な気配とか。
そういう何かに導かれたとか。
此処がファンタジーな世界である以上、在り得ない話じゃない。
最後に、彼等が賞金稼ぎか何かで「はぐれ武姫」……つまり僕を退治しにきた可能性。
これもまだ捨てきれない。
その場合はスキルを使ってでも全力で逃げるつもりだ。
「ああ、つまり……だ。武姫を探しにきたんだ」
フリードさんの言葉に首をかしげる僕。
そんな事言われても。
「えーと……はぐれ武姫を討伐……破壊しにきた的な?」
「いや、違う」
むう、ますます分かんない。
僕が訝しげな顔をしているのに気付いたのか、フリードさんは言葉を探すように視線を宙に彷徨わせて。
「つまり、だな。その、なんだ。契約者の居ない武姫を探しにきたわけだ」
「はあ」
適当な返事をする僕を、フリードさんはじっと見つめてくる。
……身長差があるから、結構怖い。
「契約しにきたんだ。その為に、探していた」
ああ、そういうことかあ。
うーん、確かにはぐれ武姫には契約者居ないし。
そういうのと契約すればタダで済むけど。
でも、なあ。
「んーと。でも、街で自分好みのを造ったほうがいいんじゃないですか? その方が最新なんですし、機士と武姫ってそういうものでは?」
ゲームのプリンセスギアではまず最初にプレイヤーの機士に武姫が1体与えられる。
課金アイテムの外観セットとかもあるけど、基本的にはプレイヤー好みに仕上げるのが普通だ。
そうして出来た武姫は、自分を起動したマスターを唯一無二の相棒とする。
機士もまた、武姫を相棒として生活を共にする。
機士と武姫の関係とはそういうもので、「はぐれ武姫」が発生するのは機士に何かあったことで、武姫がその感情を暴走させたり、あるいは悲しみのあまり人前から消えたりした場合が多い。
僕は違うけどね。
だって僕、最初からこうだもの。
「……そうか。君は相当に古いのだな。そうは見えないが」
古い?
むう、どういうことだろう。
「あの、ね。今では武姫は珍しいものなのよ」
魔法使いのお姉さんが、僕にそう教えてくれる。
でも、それはおかしい。
武姫が珍しいくらい少なかったら、デビルフォースに対抗できないじゃないか。
「そんなはずないです。武姫はデビルフォースに対抗する為に広く技術公開されているはずですよね?」
そう、プリンセスギアの世界観ではそうなっていた。
デビルフォースに対抗するにはプリンセスギアの力が必須だ。
しかしプリンセスギアはすでに無く、あるのは武姫のみ。
プリンセスギアの劣化版である武姫では数を揃えてデビルフォースに対抗するしかなく、しかし1人の機士では1人の武姫としか契約できない。
これは変える事が出来ない根源の盟約であり、数を揃えるには機士の数を増やすしかない。
だからこそ、世界の国々は武姫の技術を広く公開し機士を増やす事を試みた。
プレイヤーもまた見習い機士として新しい武姫と契約する……のが、ゲームのプリンセスギアの設定だ。
だから、武姫が珍しいなんてことは在り得ない……はずだ。
もし、それが在り得るとしたら理由は1つくらいしか浮かばない。
「デビルフォース……って知ってますか?」
デビルフォースが存在しない。
もしそうだとしたら全てに納得はいく。
だけど……フリードさんの答えは、違っていた。
「当然だ。デビルフォースを知らない者など居ない。世界は常にデビルフォースの危機に脅え続けているのだから」
だよ……ね。
でも、だとすると。
ますます納得がいかない。
デビルフォースがあるのに、どうして武姫が珍しくなるんだろう?
「なら、やっぱりおかしいです。デビルフォースに対抗するには武姫の数を揃えなきゃいけないはず。一体どうなってるんですか?」
「貴族だ」
「え?」
「貴族が、武姫の情報を隠蔽しているんだ」
フリードさん達によると、随分昔に偉い人が「武姫は強力すぎる」と懸念をもったらしい。
武姫の強い力を反乱にでも利用されたら、デビルフォースの襲来前に国がとんでもない事になる。
武姫の技術は隠蔽し、ギアを軍の標準装備として広めるべきだ……と。
けど、そんな事を言うと大反発が起きる。
だからこそ、こっそり……何代もかけ、気が遠くなるような長い時間をかけて武姫の技術を隠蔽したらしい。
偶然を装って技術を少しずつ失わせ、武姫を「失われた技術」としてしまったそうなのだ。
「え、ええー……」
そんな馬鹿な。
何それ。
過去のデビルフォースの教訓はどこいっちゃったのさ。
ギアでも対抗できなかったから武姫があるんじゃないか。
「でも、王族や貴族には武姫の技術が残っている。事実上、武姫は連中限定の玩具になっちゃってるのよ」
「いや、でもそんな。よく文句出ませんね、それ」
「ギアでも押し留める事は出来る。あとは選ばれた精鋭の持つ最高性能の武姫で一気にデビルフォースを押し返せる……というのが王族や貴族の見解なのです」
悲しそうに首を振る治癒士のお姉さん。
ううん、なんだかなあ。
「建前上、一般人でも武姫の所有は制限されてないわ。でも、造れない以上機士にはなれない。当然よね」
うん、それはその通りだ。
それでも武姫を所有しようと思ったなら、どうするか。
んー……、ああ。
そういうことか。
だから「はぐれ」を探してたんだ。
「そっか、所有者の居ない武姫なら完品で手に入りますものね」
「そうね。最悪壊しちゃっても、技術は手に入るわ」
なんて怖い事言うんだ。
そんなこと言いながら僕を見ないでよ。
「技術……じゃあ、造れるようになるんですか?」
「武姫の更に劣化版くらいなら何とか……といったところだが。それでもかなりの額がかかってしまう」
武姫には特殊な材料が必要で、それに国が高い税金をかけているんだそうだ。
理由は希少金属だから……ということらしい。
大人って汚い。
ちなみに、その劣化版の武姫は「新式武姫」と呼ばれているんだそうだ。
「ん……大体理由は分かりました」
「ああ」
成程なあ。
うん、やっぱり街に行かなくてよかった。
行ってたら大騒ぎになってたぞ、これ。
「劣化版とはいえ武姫には違いないから、貴族の特権は崩れていると言ってもいい。でも、それじゃデビルフォースに対抗できるとは思えないのよ」
まあ、そうだろうね。
その新式とやらじゃ、たぶん本来の目的には遠いと思う。
プリンセスギアの劣化版の武姫の更に劣化品だもの。
「だから、此処で……えーと……ジャ、ジャスティ……」
「ジャスティス仮面です」
「ジャスティス仮面に出会えたのは運が良かったわ。ねえ、その仮面外さない? 似合ってないわよ」
……結構カッコいいと思うんだけどな。
仕方なく僕が仮面を外すと、魔法使いのお姉さんは明らかにほっとした顔をする。
「うん、その方がいいわよ」
「はあ、そですか」
おかしいなあ。
仮面をつけるとミステリアスさとカッコよさが3倍くらいになるはずなんだけど。
「で、えーと。貴方と契約したいのよ。デビルフォースと対抗するためには、少しでも強い武姫の力が必要だもの」
「ええ。ジャスティス仮面……さんは、今まで見た中でも最高クラスです。はぐれ武姫の方は……その、少々気難しい方が……多いんです」
気難しいっていうか、暴れん坊だよね。
感情を暴走させてるから、出会えば即戦闘か話にならないような状態か、どっちか……みたいな設定だったと思う。
「うーん、そう言われても……」
事情は分かったけど。
でも、会ったばっかりの人といきなり契約っていうのもなあ。
僕だってその、困る。
一生モノの話なんだから。
「僕達、まだ会ったばかりですし……まずは友達から、ってことにしませんか?」
その言葉に、フリードさん達は目を丸くする。
3人で、顔を見合わせて。
その後、もう1度僕の方に向き直る。
「いや、すまない。こんなに会話がスムーズに進んだのもそうだが、いや、なんだ。色々と驚いている。だが、まあ、当然の要求だな」
「はあ」
「それで構わない。契約までいかずとも、俺達に力を貸してくれると有り難い」
「あ、それは勿論。じゃあ、友達ってことでいいですか?」
「ああ、よろしく頼む」
よし、友達ならもう敬語いらないよね。
「そうと決まれば、山を下りた方がいいが……」
「あ、ちょっと待ってフリード」
魔法使いのお姉さんが、そこで待ったをかける。
「なんだ?」
「友達ってことになったのはいいわ。でも、その前に自己紹介させてよ。いつまでも何とか仮面って呼ぶのも嫌だし」
……そんなに嫌かなあ。
不満そうな僕をフリードはチラリを見て、口を開く。
「まあ、自己紹介は必要だな。俺はフリードだ」
「あたしはカルラよ。よろしくね」
「私はリルカと申します」
魔法使いの人がカルラで、治癒士の人がリルカ。
うん、覚えたぞ。
「あ、僕の名前は……」
「おい、見ろよコレ! 上質のイエロージュエルがこんなにたくさん! すごくねえか! ……ん? なんだ、どういう状況?」
両手一杯にイエロージュエルを抱えてご満悦なのがジャックさん。
「ジャック……もうちょっと向こう行っててくれる?」
額を抑えながらカルラさんがそう言ったのも、無理のない事だ。
なんかこう、もう。
折角僕の自己紹介の最中だったのに。
……不貞腐れてなんかないぞ。
むう。
本作品の初めての感想をいただけました。
とっても嬉しいです。
ありがとうございます!